ジェイク6

戻る


16

「どういうことだ?」
 頭の中が真っ白になった。
 ベインは今何つった?
『そんな場所は陸上の何処にもない』だと?
 そんなバカな・・・
「ベイン教えてくれ。皆既日食は無かったのか?」
『慌てるんじゃねえよ、このガキが。お前が生まれた日、皆既日食は確かにあった」
「じゃあ!」
『問題はその場所さ。皆既日食があった場所は陸上なんかじゃねえ』
「陸上じゃ、ない・・・?」
「ひょっとして、海の上、ですか?」
『姉ちゃん、鋭いじゃねえか』
 エイティの顔を見ながらベインがガハハと笑う。
 そんなベインのバカみたいな面を見ていると、こっちはますます気分が悪くなってくる。
「それは何処だったんですか? それより、ジェイクを生んでくれたお母さんは?」
 エイティがベインに詰め寄るが、当のベインは何も答えない。
「ベイン、もう隠し事は無しで行こうや。全部話してこれよ」
『ジェイクよ、世の中には知らないほうが幸せだってこともあるもんだぜ』
「それでもオレは知りたいんだよ」
『そうか・・・ならジェイク、もしもお前がワシを倒せたら教えてやるよ』
「ベインを、倒せたら?」
『そうさ。今からワシとお前で一対一のサシで勝負だ。ジェイクが勝ったらオレの知っていることは全部話そう』
「オレが負けたら?」
『おとなしく帰るんだな』
「そんな・・・」
「エイティ、良いんだ」
 心配そうな顔をするエイティをなだめる。
「師弟対決ってわけか。おもしれえじゃねえか。でもベイン、アンタはそんな霧みたいな状態だ。まともに勝負なんかできるのか?」
 今のベインは紫の霧の中に幻灯のように映し出されているような状態だ。
『慌てるな。ここはイメージの世界なんだよ。
 自分に身体があると思えば身体はある。
 身体なんか無くたって良いやと思ってるヤツは、ゴーストになってその辺りをフラフラ飛び回ってるって寸法さ』
 ベインが目を閉じブヅフツと小声で何やらつぶやくと、紫の霧がすうっと薄くなり始めた。
 そして霧が完全に消えると、目の前にはオレの記憶の中にあるベインが実体となって甦ったんだ。
『これで文句ねえだろ』
「ああ。それで、勝負の方法は?」
『相手を気絶させるか、この祭壇から相手を落としたら勝ちってのでどうだ』
「なるほど、アンタを殺しちまったらそれこそ話が聞けないからな」
『ヘン、ワシはもう死んだ身だ。死ぬ心配なら自分のほうを心配してろ』
「相変わらず口の減らないジジイだな」
『それはお前だ』
「なあベイン、アンタ何で死んだんだ?」
『それもお前が勝ったら教えてやるよ』
「それもそうか。じゃあ始めようぜ。エイティ、手を出すなよ」
「うん。気を付けてねジェイク」
 エイティがオレの肩をポンとひとつ叩いてから壇を下りた。
 祭壇の上にベインとオレの二人きりになったところで幻の師弟対決が始まった。

『さあ、いつでも来いや』
 ベインは余裕の表情でオレが動くのを待っている。
 ならばここは先手必勝で行かせてもらうぜ。
「バコルツ!」
『むっ?』
 呪文を押さえ込む障壁に囲まれ、ベインの顔から余裕の色が消えた。
『ほう、成長したな。お前の性格なら何も考えずに攻撃呪文をぶちかましてくると思っていたがな』
「魔法使い同士の戦いなんだぜ。呪文を封じたほうが勝つのは道理だろ?」
『違いない。だがこの程度のバコルツでワシの呪文を封じられると思うか!』
 一喝と共にベインが放ったのは小さな火球、魔法使いの1レベルに属する呪文、ハリトだった。
 一発の威力は低いものの、ベインはハリトを三連発させて自分の周りに張られた呪封障壁を打ち破った。
 まさかハリトにこんな使い方があるとは思わなかったぜ。
『お返しだ』
 そしてラハリトの業火がオレに迫る。
 オレはベインがハリトで障壁を破っている間にコルツを唱えていた。
 ベインの放ったラハリトがオレの作り出した対呪障壁と激突する。
「くそっ」
 魔力を上げて障壁の維持に努めるが、ベインの呪文の威力はオレの想像以上だった。
『もう終わりかジェイク!』
 さらに第二波、三波の呪文が襲い来る。
 マハリトを連発させているんだ。
「うわー」
 ついに耐え切れなくなってしまった。
 コルツで作り出した対呪障壁は粉々に打ち砕かれ、遮る物がなくなったオレの身体を直接炎が包み込む。
 ゴロゴロと祭壇の上を転がって火を振り払う。
 幸い少しローブを焦がしただけで済んだ。
「ハア、はあ・・・護って護りきれるもんじゃねえか」
 ならばこっちも攻撃に転じさせてもらうぜ。
「マダルト!」
 しかし
『ラハリト』
 オレの放った冷気の嵐をベインは冷静にラハリトの炎で相殺する。
 そして
『ほれ、マダルトとはこう使うんだ』
 立て続けに呪文を放つベイン。
「くそったれ・・・」
 マダルトの冷気が襲い掛かりオレの体力を一気に奪っていく。
 このままじゃ負けちまう。
 何か手はないか・・・
 とにかくベインの呪文は早い、ティルトウェイトなんかは詠唱に時間が掛かるから使えそうもない。
 炎や冷気の呪文は相殺されてからカウンターが飛んで来る。
 ならば相殺されない呪文ならどうだ?
「バスカイアー!」
 オレが放ったのは別名「虹色光線」ことバスカイアーだ。
 うまく決まれば相手をマヒさせたり石化させたりできるはずだが、失敗すれば何にもならない。
 いわば博打的な呪文だが、これなら他の呪文で相殺されたりはしないだろう。
『うっ、まさか・・・』
 ベインは身体を硬直させて身動きが取れなくなっている。
「へっ、どうやらうまく行ったみてえだな」
『こんら呪文まれ使ひほなふとはな・・・』
 マヒのせいだろう、ベインの呂律がうまく回らない。
 あれなら呪文の詠唱もできないはずだ。
「確か相手を祭壇から落とせば勝ちだったよな」
 相手が身動きできなくても油断は禁物だ、用心しながらベインの背後に迫る。
『おろれころう』
 おそらく「おのれ小僧」と言いたかったんだろう。
 身体はマヒし、うまく喋れないベインの背中に組み付いた。
「よーし、このまま祭壇の下まで引きずり落としてやる」
 力を込めてベインの身体を引っ張るが、思うように動かない。
 オレが非力なのに加えて、ベインもマヒしながらも懸命に踏ん張っているんだ。
「ベイン、おとなしくしろよ」
『うるれえ』
 しばらくはオレとベインの力比べが続いたが、やがてベインの身体が動き始める。
「やばい、早くしないとマヒから回復しちまう」
『なめるなー!」
 マヒから回復したベインが大きく身体を揺すってオレを引き剥がしに掛かる。
 オレも懸命にベインの背中にしがみ付いていたけれど、ベインが思いっきり後ろに倒れてきた。
「うわっ」
 そのままベインの下敷きになる。
 ベインは素早く転がってオレから距離を取るとゆっくりと立ち上がった。
『ジェイク、なめたマネするじゃねえか』
 どうやらベインを怒らせてしまったらしいが、そんなことで怯むオレじゃない。
「そっちこそ、しぶといジジイだぜ」
 だがこのセリフがまずかった。
 本気でベインを怒らせちまったんだ。
『今までは手加減してきたがそれも終わりだ。ジェイク、お前もこっちの住人になれー!』
 ベインの周囲に高密度の魔力が集まり始める。
 あれは、まずい、まずいぞ。
「ティルトウェイトだ! みんな、逃げろ」
 祭壇の下にいる連中に向かって力の限りに叫ぶ。
「ちょっと、ジェイクはどうするの?」
「オレは逃げるわけには行かないだろ。良いから早く!」
 エイティに逃げるように言うと、全神経を集中させて呪文を唱える。
「コルツ・・・コルツ・・・コルツ!」
 何とかコルツを三連発して三重の対呪障壁を作り上げた。
 これでダメならオレはティルトウェイトの業火に焼かれて消し炭だ。
 そして。
 オレの周囲で収束した空気が一気に爆発し、凄まじい炎が吹き上がった。
 ベインのティルトウェィトが炸裂したんだ。
「うおおおおおー」
 対呪障壁は作ることよりもそれを維持するほうがはるかに難しい。
 ありったけの魔力を注ぎ込み、障壁の維持に努める。
 バリバリバリ!
 灼熱の業火に焼き尽くされて一番外側の障壁が破られた。
「まだまだー」
 残り二枚の障壁の維持に全力を注ぐ。
 しかし。
 バリバリバリバリ!
 一枚目よりもさらにけたたましい音を立てて二枚目の障壁も壊れてしまった。
 これで残りは一枚。
 この時点で障壁の維持を諦めて方針を転換、呪文の詠唱に入った。
 二枚の障壁を破ったことでティルトウェイトの炎もかなり弱められているものの、依然その威力は凄まじい。
 バリバリガリガリガリガガガガガ!
 ついに最後の障壁が崩れ落ちた。
 それと同時にオレ目掛けて四方から地獄の炎が降り注ぐ。
「ラダルト!」
 それでもオレは慌てることなく、あらかじめ唱えておいたラダルトを放った。
 ラダルトの氷の嵐がティルトウェイトの炎の壁を突き抜ける。
「今だ」
 氷が炎を打ち消してできたわずかな隙間へ飛び込み、一気に走りぬけた。
「ジェイク!」
「良かった」
 安堵する仲間達の声。
 それとは反対に
『切り抜けやがったか』
 舌打ちするベインの声。
「ベイン、てめえ殺す気か!」
『戦いは常に真剣だ。死ぬ気でやらんか!』
「ちょっと二人とも、いい加減にしなさい」
 またも始まるオレとベインの口げんかにエイティが割って入ろうと祭壇を駆け上がる。
「二人とも、もういいでしょ?」
「でも・・・」
『コイツが生意気でな』
 オレとベインが肩を怒らせて睨み合っていた、その時だった。
『ふふふ、ずいぶん楽しいことをしているみたいね』
 何処からともなく若い女の声が響いたんだ。

続きを読む