ジェイク6
15
ブリガード・ウォルタンを倒し聖なる槍を手にしたエイティが恭順の姿勢から立ち上がった。
聖なる槍をクルクルと回すと何もない空間を突き刺す。
「うん。最高」
どうやら新しい武器の性能に満足のようだ。
最後にもう一度ブリガード・ウォルタンが消えた場所に一礼すると、エイティは満面の笑みでオレ達へと振り返った。
「みんな、ありがとう。特にセイン、助かったわ」
「いえいえ。一騎打ちに加勢するような真似をしてしまって」
「そんなことないわ。セインが助けてくれなかったら、私のほうがやられていた」
「でも、あれは何だったんだ?」
あの時のセインは、ブリガード・ウォルタンの目の前に何の前触れもなく突然姿を現したように見えたんだ。
「レイマーを使いました。一時的に姿を消す呪文です。さっきのように姿を消して奇襲を仕掛けたりできるわけですね」
「なるほどねえ、便利な呪文だわ」
納得とばかりにうんうんと頷くエイティ。
「うーん、オレもサイオニックの呪文を勉強してみようかなあ」
「ジェイク転職するの?」
「そうじゃないけどさ。もしもサイオニック呪文の使い手と戦うことにでもなったら、相手のことを知らないとそれだけで不利になるだろう」
「それは言えるわね。呪文はジェイクが専門なんだから、頼んだわよ」
「ああ、任せてくれよ。それはともかく、だ」
オレは一度言葉を切ると、全員の顔を見渡した。
「これからどうすれば良いんだ? やっぱり他の守護者も倒さないとなのか」
「その必要はなさそうです。あれを見て下さい」
セインが指差したその先、外周通路からの入り口とは丁度反対側の壁が淡い青色に発光していた。
セインが壁に近付きその青い光に手を伸ばす。
「スイッチがあります。押しますよ」
ポチっとスイッチを押すとその部分の壁がすうっと消えて、向こう側に新たな通路が現れたんだ。
「どうやら中央部への通路のようです。この先にきっと・・・」
「ベインがいるんだな」
「おそらくは。行ってみましょう」
セインが先導して通路を進む。
程無くして、オレ達の目の前にかなり大きな空間が開けたんだ。
よく見ると、その部屋は巨大な八角形をしているのが分かる。
そして部屋の真ん中には、部屋の形と同じく八角形の壇が三段、階段状にせり上がっていた。
他には何も無い、ただそれだけの部屋だった。
「本当にここが・・・」
「死者の殿堂の中枢部なのか?」
殿堂だとか中枢だとか言うからもっと豪華なモノを想像していたけど、ここにはそんなものは欠片も見当たらなかった。
オレやエイティがキョロキョロと周囲を見回す中、一人セインが壇の中央に上る。
何かを調べるように壇上を見渡すセイン。
そして。
「ジェイク、こちらへ」
オレを壇上へと招いた。
「ジェイク、ほら」
「行ってこい」
エイティとベアがオレの背中を押してくれた。
「ああ行ってくる」
そんな二人の温かさに一つ頷いて応えてから、セインが待つ壇の上へと真っ直ぐに進んで行った。
そこにあったのはベインの臭い、気配、そして記憶だった。
間違いない、ここにベインがいる。
何の根拠もないけどその確信だけはあった。
一歩一歩、壇の中央に近付くにつれ、ますます強くなるベインの存在感。
壇の中央にはあっけなく辿り着けた。
「良いですか?」
目を瞑り大きく深呼吸してから、閉じていた目をパッと見開いた。
「頼む」
セインが無言で頷くとベインを呼び出す儀式が始まった。
「眠れる使者の魂よ、今一度その姿を我々の前に・・・」
他に物音ひとつない静寂の中、セインの祈りの言葉だけが響き渡る。
オレはじっと目を閉じ、手のひらの汗をギュッと握り締めながらその時を待った。
「さあ時は満ちました。ジェイク、逢いたい人の名を呼んで下さい」
「ベイン、オレだ、ジェイクだ。ここにいるんだろ? 姿を見せてくれよ。なっ、ベイン!」
願いを込めてベインの名を呼ぶ。
オレの声は本当にベインに届いているのだろうか?
そんな疑問が頭の中をよぎったりもしたけど、今は信じるしかない。
「ベイン!」
もう一度、その名を叫ぶ。
すると。
オレの目の前に紫の霧が発生したんだ。
もやもやと浮んだ霧はやがて人の姿を形作り・・・
そしてオレの見知った顔が現れた。
『あいかわらずうるせえガキだなあ、ジェイクよ』
薄汚れた青いローブを目深に被ったその姿。
酒の呑み過ぎで赤らんだ顔、目じりに刻まれた深い皺、白髪交じりの鼻ヒゲ。
男としては貧弱ともいえる体格。
間違いない。
そこにいるのは、オレの育ての親にして魔法使いとしての師匠だった男。
「ベイン、あんたか・・・」
『へん、おめえが呼び出したんだろうが』
「あいかわらず口の悪いジジイだぜ」
ベインとのやり取りはいつもこんな感じのケンカ腰だったのを思い出す。
数年ぶりの再会のはずだけど、つい昨日も一緒に過ごしていたかのようだった。
懐かしいとは思ったけど、感動なんてまるで無かった。
『で、何しに来た?』
「何しに来た、は挨拶だな。せっかくこうして来てやったってのによ」
『別に頼んでなんかねえぞ。オマエが勝手に来やがったんだろうが』
ダメだ。
こうなるんじゃないかとは思っていたけど、正にその通り。
ベインの顔を見るなりまたケンカが始まってしまう。
「ちょっと待って下さい」
そんなオレ達を見かねたんだろう、エイティが壇上へと駆け上がって来た。
『アンタは?』
「はい、私はエイテリウヌと申します。ジェイクとはパーティの仲間です」
『ほう、なかなか良い姉ちゃんじゃねえか。ジェイク、お前もやるな』
「そんなんじゃねえよ」
エイティを見てゲヘヘと笑うベインに顔をしかめる。
そんなベインにも構わず話を続けるエイティ。
「ベインさんですね? お伺いしたいことがあってここまで来ました」
『聞きたいこと? 何だ』
「ジェイクのことです。
教えて下さい。ジェイクの生まれた場所。実のご両親について。そして・・・」
エイティが言葉を切り、オレの顔を見つめる。
真っ直ぐなその視線が再びベインに向けられた。
「女の子であるジェイクを男の子として育てた訳を」
「!」
いきなり飛び出たエイティの言葉に心臓が跳ね上がりそうになった。
まだセインやエルメットにはオレの正体については何も教えてはいなかったはずだ。
それをいきなり・・・
二人の反応が気になって顔色をうかがう。
だがセインもエルメットも特に驚いたような素振りは見せなかったんだ。
「ジェイク、男として振舞ってきたつもりでしょうけど、私には最初から分かっていましたから」
「そうなのか?」
「ええ。何と言っても私は占い師です。それくらい見抜けなくてどうしますか」
クスクスと笑うセイン。
「私もです。これでも治療師ですから人の身体には詳しいんですよ。体格とか声とか、ちょっと気を付けていればすぐに分かりますよ」
エルメットもクスリと笑った。
なんてこった、オレの正体なんて二人には最初からバレバレだったってわけか。
「だからいつも言ってるじゃない。ジェイクももう年頃の女の子なんだから、いつまでも男の振りして通るわけじゃないんだから」
はあ、とため息をつくエイティ。
『バカ野郎、バレねえように気を付けろってあれだけ言っただろうが』
「しょうがねえだろ」
「まあまあ二人とも」
オレとベインの間に割って入るエイティ。
ベイン相手だとどうしてもケンカ口調になって話が進まないから、ここは任せたほうが良さそうだ。
「さあベインさん、教えていただけますね」
エイティがグイっとベインに迫った。
『姉ちゃん、アンタどこまで知ってるかね?』
「十五年、いいえもうすぐ十七年になりますね。十七年前の七月七日、皆既日食があった場所。そこがジェイクの生まれ故郷です。私達はそこを探しています」
『ほう、よくそんなことが分かったな。だが・・・』
ベインはそこで言葉を切ると、おかしそうにクックと笑った。
「何がおかしいんだよ!」
「ジェイクは黙ってなさい。ベインさん、どうかしましたか?」
『その日に皆既日食があった場所、か。そんな場所は陸上の何処にも存在しねえだろうなあ』
「!?」
思い掛けないベインの言葉に息を呑むオレ達だった。