ジェイク6
14
ついにオレ達は死者の殿堂の最奥の場所まで辿り着いた。
「ここは外周通路とその内側の区画とで構成されています。内側の区画は、言うなれば死者の殿堂の中枢部といったところなのでしょう」
セインについて外周通路を慎重に進む。
ゆったりと幅を持たせて造られた通路はなるほど、ここが「殿堂」と呼ばれるのにふさわしく立派な柱や壁に描かれた装飾画などで彩られていた。
通路を一周してみると、ここが巨大な正方形だと分かった。
この殿堂最奥だけでも、ちょっとした迷宮のワンフロアが楽々収まるくらいはあるだろう。
そして内側の区画には、東西南北の壁にそれぞれ扉が一つずつあったんだ。
「東西南北、それぞれの部屋にそれぞれの守護者がいるのよね」
「おそらくそうだな」
「問題は何処から行くか、よねえ」
エイティがファウストハルバードの柄の先で通路の床に大まかなマップを描き、扉の位置に部屋の名前を書き入れている。
順に見て回った扉には、それぞれの部屋の名前が書かれてあったんだ。
北が「ドローの間」
東が「バルキリーの間」
南が「侍の間」
そして西が「騎士の間」
「ドローって?」
「ああ、弓使いのことだよな。以前エルフの森で出会ったソロモンみたいな」
「なるほど。ねえセイン、守護者全員と戦わないとダメなのかしら?」
「残念ながら、私とエルメットが案内できるのはここまでなんです」
「そうなの? それじゃあ二人とはここでお別れね」
「そんなまさか。案内はできませんが同行はできますよ。もちろん最後までご一緒いたします」
セインの言葉にエルメットも無言で頷く。
「ありがとう。最後までよろしくね。それで、さっきの件なんだけど」
「私達もこの先がどうなっているのか分かりません。守護者一人を突破すれば良いのか、あるいは全員を倒さなければならないのか・・・」
さてどうしたもんだろうな?
弓矢を使うドローはうまく間合いを詰めることができれば一気に戦いを優位に進められるだろう。
だが飛び道具を掻い潜って間合いを詰められるかどうか。
独特の剣技を使う侍は一番厄介な相手になりそうだ。
ロードとバルキリーは重装備故の守備力の高さが問題だけど・・・
「んー、それじゃあ・・・」
地図を見つめながら何やら思案顔のエイティ。
「ここにしましょう」
ファウストハルバードを片手でクルリと回すと、その先端が東側の扉に書かれた名前の上にガツンと突き刺さった。
「バルキリーの間か」
「どうしてそこを選んだのですか?」
「どうしてって、そうね・・・私がバルキリーだから、かな」
「なるほど」
エイティの返事に納得とばかりに頷くセイン。
うーん、でもオレには分かったような分からないような話なんだけど・・・
「同じバルキリーと戦ってみて、私自身の力量を確かめたいと言うか、そんな感じよ。あとは、相手がバルキリーなら戦い方も分かるし、やりやすいかもって」
「よしっ、それで行こうじゃないか」
「そうですね。エイティがそう言うなら」
ベアとエルメットもエイティに同意する。
そうなると、残ったオレに全員の視線が集まった。
ここでオレ一人が反対してもしょうがないし、何より反対する理由なんかないよな。
「分かった。バルキリーの間へ行こう」
バルキリーの間は通路の東側にある。
幸いにも鍵は掛かっていないらしい。
「良いか? 開けるぞ」
扉に手を掛けたベアが最後の確認とばかりにオレ達の顔を見やる。
エイティはもちろん、オレ、セイン、エルメット、それにボビーも戦いの準備はバッチリだ。
ファウストハルバードを握るエイティの手にギュッと力が入ったのが感じられた。
オレ達スペルユーザーもいつでも呪文を放てるように、精神を集中させていく。
頃合いや良しと見計らったベアがバンっと扉を開けて部屋の中へ転がり込む。
ベアに続いてオレ達も一斉に部屋の中へと雪崩れ込んだ。
しかし。
「誰もいないわね」
エイティがファウストハルバードをあちらこちらに向けながら、部屋の中を確認する。
そこは縦横にかなり広い部屋だったけど、丸っきりの無人だったんだ。
「なんだ、守護者の間なんて言うから何が出てくるのかと思っていたけど」
安堵感から精神の集中が緩んだ、その時だった。
『暗き夜に死は訪れ
汝のミノス 生を得ん』
部屋の中に高らかな女の声が響き渡ったんだ。
「な、何だ?」
「皆さん、落ち着いて。来ます!」
一度集中が緩んでしまうと立て直すのは難しい。
精神の専門家であるセインはそこをよく分かっていた。
こんな時大切なのは、落ち着くことだ、と。
『ご主人様のお呼びにより参上いたしました』
部屋の中に紫色の濃い霧が立ち込め一瞬視界が利かなくなる。
『我が名はブリガード・ダン・ウォルタン。薔薇のハイ・マナードなり』
霧が晴れる。
するとオレ達の目の前には、神々しいまでに煌めいた女達の軍団が存在したんだ。
女達は皆槍を持ち、頭には双翼の生えた兜を被っていた。
金や銀に輝く胸当てに真紅のマントが眩しい。
間違いない、バルキリーの戦闘集団だった。
中でも先頭に立つバルキリーは、長く伸びた煌めく金髪に紺碧のマントを纏っていて、どこかエイティと似た風貌のように思えた。
「ブリガード、ダン、ウォルタン・・・?」
「知ってるのかエイティ?」
「知ってるも何も、伝説のバルキリーの名前よ。まさか、本当に?」
「なるほど『伝説』と来たか。どうやらとんでもないところを引いちまったみてえだな」
背中に汗が伝い落ちた。
「何処を引いても同じようなモノだったはずだ。エイティ、呆けている暇はないぞ」
「了解!」
ベアの檄が飛んでエイティもいつもの調子を取り戻す。
オレだっていつまでも呆けてなんかいられない。
「バコルツ」
真っ先に唱えたのは、敵の周囲に呪文障壁を作るバコルツだった。
この障壁によって、相手の呪文の使用を大幅に制限できるはずだ。
バルキリーも僧侶の呪文を習得しうる職業だ。
その中にはモンティノも含まれる。
スケルトンロードを相手にした時のようなドジを踏むわけにはいかないからな。
エルメットもオレと同じ考えだったのか、まずはモンティノを唱えて相手の呪文を封じ込めることに務めてくれた。
オレのバコルツとエルメットのモンティノで、ほとんどのバルキリーの呪文を押さえ込むことに成功したはずだぜ。
「ロークス!」
セインがまたもオレの知らない呪文を唱えた。
その呪文を受けたと思われるバルキリーの集団は、何故かその動きを停止してしまっている。
「相手に動けなくなったという暗示を掛ける呪文です」
セインに会心の笑みが浮んだ。
なるほどサイオニックの呪文というのは、相手を混乱させたり暗示を掛けたりと、精神的な面で大きく作用するものらしい。
それに対して、オレ達魔法使いの呪文は物理的だ。
その呪文の代表が
「ラダルト!」
って訳さ。
物質の分子運動を極限にまで制限させて超低温の冷気を生み出す、それがこの呪文の原理だ。
オレの放ったラダルトの猛吹雪に巻き込まれたバルキリー達が次々と崩れ落ちる。
スケルトンロードに呪文を封じられたうっぷんは晴らさせてもらったぜ。
オレやセインの呪文で護衛のバルキリー達が壊滅したその一方。
呪文による攻撃をものともしなかった首領格のバルキリーが、エイティとベアを相手に槍を振るって暴れまくっていた。
その女こそがブリガード・ダン・ウォルタン、伝説のバルキリーと云われるその人だった。
ブリガード・ウォルタンはエイティ達二人を相手にしても全く苦にしていない。
それどころか戦いを優位に進めているように思えた。
ブリガード・ウォルタンの操る金色の槍がベア目掛けて鋭く突き出された。
「ぐわっ・・・」
ベアもかわそうと身体を捻るが間に合わない、槍は違うことなくベアの右肩を貫いていた。
そもそもベアのグレートアックスとブリガード・ウォルタンの槍とでは間合いが違いすぎる。
あれではベアが不利なのは誰の目にも明らかだった。
傷付いたベアが前線から下がると、エルメットが素早く治療する。
「済まんな」
「いいえ、これが私の仕事ですから」
パーティに一人本職の僧侶がいるとこういった時にありがたい。
とは言っても、ベアはもうしばらくは戦いには復帰できそうもないからな、あとはエイティに踏ん張ってもらうしかないだろう。
エイティのファウストハルバードとブリガード・ウォルタンの槍とが二度、三度と交錯する。
エイティも必死に応戦してはいるものの、やはり戦いはブリガード・ウォルタンが優位に展開させていた。
『なかなかの使い手なれどまだまだ未熟。武器の重さに負けて早さが落ちていますぞ』
ブリガード・ウォルタンが余裕の表情でエイティの攻撃を捌く。
エイティの持つファウストハルバードは槍と斧を組み合わせた武器だ。
その斧の分だけ重量が増すのは道理だった。
エイティもファウストハルバードを使いこなしているように思っていたけど、格上の相手との戦いとなると、わずかな差が決定的な弱点になってくる。
「マダルト!」
少しでも援護になればとマダルトを放つ。
しかし、ブリガード・ウォルタンは何事もなかったかのようにマダルトの冷気を槍で振り払い、そのままエイティに襲い掛かった。
エイティがファウストハルバードを構えて受けようとするも間に合わない。
ブリガード・ウォルタンの繰り出した槍の先端がエイティの喉元を捉えんとしていた。
しかし、だ。
突然、本当に突然。
何の前触れも無しに、ブリガード・ウォルタンの目の前にセインが現れたんだ。
『ぐわっ』
セインがブリガード・ウォルタンに当身を食らわせ体勢を崩す。
それが功を奏して間一髪でブリガード・ウォルタンの槍をかわしたエイティが、逆襲の一撃を放った。
「ブリガード・ダン・ウォルタン様、この勝負もらいました!」
エイティの魂の叫びと共に繰り出されたファウストハルバードの先端が、ブリガード・ウォルタンの金色の胸当てに深々と食い込んでいた。
『見事なり・・・』
表情を苦痛に歪め、傷付いた胸を押さえながらうずくまるブリガード・ウォルタン、その姿が徐々に紫の霧に変わる。
「ブリガード・ダン・ウォルタン様・・・」
半ば霧と化したブリガード・ウォルタンの元にひざまずくエイティ。
『そなたの名は何と申すか?」
「はい、エイテリウヌと申します」
『エイテリウヌよ、私の意志を継ぐ者として、この聖なる槍を持っていって欲しい』
「ウォルタン様、ウォルタン様!」
エイティが伝説のバルキリーの名を呼び続けるもその声は相手に届いただろうか。
ブリガード・ウォルタンは霧が消えると同時にオレ達の目の前からいなくなっていた。
そしてエイティの手元には、今までブリガード・ウォルタンが使っていた金色の槍が残されていたんだ。
エイティが両手で槍を取り、恭しく頭上に掲げた。
「ブリガード・ダン・ウォルタン様、貴女が使いし聖なる槍、このエイテリウヌが確かに譲り受けました」
それは、エイティがバルキリーとしての最高の武器を手にした瞬間だった。