ジェイク6

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13

 異変を感じたセインが素早く骸骨から離れるより早く、オレ達は既に戦闘態勢に入っていた。
 骸骨がいきなり動き出すのもとっくの昔に慣れちまったからな、もうこんなことでいちいち驚いたりなんかしないさ。
 祭壇に横たわっていた骸骨がゆっくりと起き上がる。
 その手には一振りの剣が握られていた。
「ただのスケルトンじゃないですね。かつて戦士だった者か、あるいは・・・」
「相手が何者かなんて関係ないわ。目の前の敵を倒すのみよ」
 セインの言葉を遮るように、ファウストハルバードを構えたエイティが骸骨へと迫る。
 骸骨野郎はなおも歯をカタカタと鳴らし続ける。
 するとどうだ?
 それに応えるように、周りの祭壇に横たわっていた骸骨達が一斉に起き上がってきたんだ。
 その数ざっと見て十五、六体ってところか、いずれも手には長剣を構えていた。
 グズグスしてるとさらに増えかねないからな、できるだけ早く倒してしまいたいところだ。
 エイティとベアが得物を振るって奮戦するも、敵はなかなかにできるヤツのようだった。
 二人の攻撃を受け止め、隙あらば反撃する。
 数が多いこともあって、かなりの苦戦を強いられていた。
 エルメットが銀の十字架を掲げ、祈りの言葉を紡ぐ。
「亡者達よ、いま一度眠りに就きなさい」
 銀の十字架から放たれた聖なる光が骸骨達を照らす。
 しかし骸骨達は何事もなかったかのように、その動きを止めることはなかった。
「ディスペルが通用しないなんて」
「落ち着きなさいエルメット。相手はかなり高等なアンデッドモンスターらしいですね」
 冷静に敵の分析をするセインだが、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃない。
 ディスペルがダメならいよいよオレの出番だろう。
 ラハリト程度の呪文じゃ通用しないことは分かっている、ここは出力を上げさせてもらうぜ。
 オレはラダルトを放つべく、呪文の詠唱に入った。
「・・・?」
 なんてこった!
 オレの呪文の詠唱は、完成直前で途絶えてしまったんだ。
 詠唱をしようにも肝心の声が出せない状態。
 オレと同じようにエルメットも目を白黒させながら口をパクパクしている。
 これはまさか・・・
「油断していました、相手がモンティノを使ったようです」
 オレもだけど、さすがのセインも焦っているらしい。
 スペルユーザーにとって、呪文を封じられるのは致命傷以外の何ものでもない。
 モンティノは、言葉を発することそのものを封じ込めて、呪文の詠唱を行わせないようにする呪文だ。
 呪文の詠唱ができなければ、当然呪文は発動しない。
 今のオレは、まさにモンティノによって言葉を奪われた状態なんだ。
 初心者ならいざ知らず、オレくらいのレベルでモンティノに引っ掛かるなんて間抜けを通り越してバカと言う他ないだろう。
 ただの骸骨だと思って油断していたのがまずかった。
 こんな呪文を使うということは、あいつらは・・・
「おそらく生前はロードだった者達の成れの果てでしょう。あいつらはスケルトンロードです」
 エイティよ、やっぱり敵の正体の確認は大事だったみたいだぜ。
 もっとも、今更それが分かったところで遅いんだけどな。
 とにかくもうオレは呪文は使えない。
 魔法使いが呪文を使えない段階で、もう何の戦力にもならないのは子供だって知っているよな。
 こうなったからには、余計なダメージを食らわないようにひたすら護りを固めつつ、あとは仲間を信じるだけだ。
 エイティとベアの頑張りで何とか五体ほどは倒したみたいだけど、何しろ元からの数が多かったからな。
 その上、だ。
 骸骨の中の一体が突然カタカタと歯を鳴らし始めたんだ。
 仲間を呼んでいるに違いない。
 エルメットのディスペルが効かず、オレも呪文を封じられている。
 そんな状態でこれ以上敵が増えたら、とてもじゃないけど堪え切れそうもない。
 周りは既に骸骨達に囲まれてしまって逃げるのは無理だ。
 もしもエイティかベアのどちらか一人でも力尽きたら、その瞬間にオレ達は骸骨の軍団に制圧されてしまうだろう。
 オレ達の周りをさらに集まった骸骨の集団が取り囲む。
(もうダメか・・・)
 絶体絶命、追い詰められたと思ったその時だった。
 それまでじっと戦況を見詰めていたセインが呪文の詠唱に入った。
 一体どんな呪文を使うのかは分からないけど、何か策があるなら早く出して欲しいもんだぜ。
 とてつもなく長く感じたけど、本当は一瞬だったのかもしれない。
 詠唱を完成させたセインが気合と共に呪文を発動させた。
「ラシオス!」
 それは炎でも冷気でもない、オレのような魔法使いには理解を超えた呪文だった。
 名前からすると、イカダの上でジャイアントクラブと戦った時に使った呪文の上位に当たるものだと思うけど・・・
 セインの呪文を受けた骸骨達は、骨しかない身体を痙攣させながら次々とその場に崩れ落ちていった。
 呪文に耐え切ったヤツが何体かいたけれど、そいつらもオレ達には見向きもせずに、骸骨同士で戦い始めたんだ。
「道が開いた。一気に突破するぞ!」
 ベアがグレートアックスを振り回しながら目の前の骸骨を蹴散らしていく。
「その前に鍵を手に入れないと。ボビー、お願い!」
 エイティが叫ぶとそれまでおとなしくしていたボビーが、文字通り脱兎のごとく走り出した。
 一番最初に動き出して一番最初にエイティが倒していた骸骨の口の中から鍵を探し出すと、まだ暴れている骸骨達の足の間をすり抜けてエイティの下へと戻って来た。
「ボビー、お手柄よ」
 エイティが抱き上げたボビーの口にはしっかりと鍵がくわえられていたんだ。
「鍵を手に入れたら長居は無用です。皆さん走って!」
 セインが指差す通路奥を目指して、骸骨達の間を走り抜ける。
 
 走って走って、次の角を曲がったところでようやく骸骨達の姿が見えなくなる。
「ああ、酷い目にあったぜ・・・」
「私もです」
 それまで言葉を封じられていたオレとエルメットだったけど、ここまで来てようやくそれも回復した。
「ジェイク、大ポカよ」
「すまねえ。弁解の言葉もないよ」
「まあそう言いなさんな。そもそもエイティよ、お前さんが敵がただの戦士かそれともロードかを確かめないうちに飛び出したんだからな」
「うっ、そうだったわね。アハハ」
「ったく、次は頼むぜエイティ」
「分かってるわよ」
 オレとエイティとベア。
 お互いに信頼し合っている仲間だからこそ言えることってあるよな。
 そんなオレ達を見て、セインとエルメットがくすくすと笑っていた。
「素敵な仲間がいて羨ましいわ」
「何を言ってるのよエルメット。セインとエルメットももう私達の仲間でしょ」
「本当? そう言ってもらえて嬉しいわ」
「そうそう、仲間、仲間ってね」
 何を浮かれているのやら、必要以上に「仲間」を連呼するエイティだった。
 ところで、だ。
「そう言えばセイン、さっきの呪文は何だったんだ?」
 気になったから聞いてみた。
「ラシオスですか。あれは広範囲の敵に精神的なダメージを与えて、身体は元より心をも傷つける呪文です。うまくいけばさっきの連中のように混乱してしまい同士討ちをさせることも可能なのですが・・・
 正直骸骨に精神的な呪文が効くのか、いまいち自信がなかったもので」
「うまく行ったってわけか」
「そういうことです」
 してやったりという顔で微笑むセイン。
 どんな時でも笑顔が様になる男だよ。
「ねえ早く行きましょう。こんな所にいたらさっきの骸骨達が追い掛けて来ないとも限らないわ」
「そうですね。行きましょう」
 後ろを気にするエイティにも、決して笑顔を向けることを忘れないセインが歩き始める。
 やがて。
 オレ達の目の前には、もうすっかりお馴染みになった鉄格子が待ち構えていた。
「ここで先ほど手に入れた鍵が役に立つはずですよ」
「この鍵穴ね」
 ボビーが見つけた鍵を預かっていたエイティがゆっくりと鍵穴に鍵を差し込んだ。
「それじゃあ、回すから」
 誰も反対なんてするはずがない。
 エイティはオレ達の反応を確認してから、慎重に鍵を回した。
 ガチャン。
 手応えあったな。
 それでも・・・
「あれっ、この鉄格子やけに重いわ」
 鍵は開いたはずなのに、エイティの力では鉄格子はどうにも動きそうもなかった。
「そうなんですよ。以前来た時もこの鉄格子の重さには参りました」
 セインも男とは言え僧侶から転じたサイオニックだ、力仕事はいまいち不得手なんだろう。
「どれ、ワシがやってみよう」
 エイティに代わってベアが鉄格子に手を掛ける。
「フンッ、ぬお・・・おりゃあー」
 さすがはドワーフのパワーはハンパじゃない。
 鉄格子はギギギギィィィィィと凄まじい音を立てながらも開いていった。
 これでオレ達の行く手を遮る物はなくなった。
「ベインはこの先にいるんだろ? 行こうぜ」
 オレの言葉に全員が頷くと慎重に、そしてゆっくりと鉄格子をくぐったんだ。

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