ジェイク6

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12

 ゴーストが封じていた鉄格子の向うには通路が伸びていた。
 オレ達の様子を確認したセインがまず一歩を踏み出したのに全員が続く。
 通路は薄暗く、とても息苦しい。
 闇の向うから奇妙な声が聞こえてくるような気はするし、時々冷たい風が首筋の辺りを吹き抜けていくような、嫌な感覚に襲われたりする。
 いかにも死者達の怨念が渦巻いているといった感じだった。
 そうは言っても、だ。
 一応オレ達は冒険者だからな、いつまでも怖いだの気持ち悪いなんて言っていられない。
 オレはもちろんだけど、元々スケルトンだのゴーストなんてモンスターが苦手なエイティも、徐々にいつもの調子を取り戻してきているみたいだ。
 いい加減この手の奴らにも慣れてきたんだろう。
 その他のメンバーはと言えば、ベアはイカダに乗っている時よりもむしろ落ち着いているくらいだ。
 余裕の表情で調子っぱずれな鼻歌なんか歌っている。
 それに対してボビーは落ち着きがないみたいだな。
 やっぱりオレ達人間には見えていない何かが見えているのかもしれない。
 それでも悲鳴一つ上げずにじっとエイティの足元に控えているのは、普段からのエイティの仕込みの賜物なのか、それともカロンの船の上で「喋るな」と言われた時のエイティの気迫に押されちまったのか・・・
 セインとエルメットは丸っきり初めてというわけでもないんだろう。
 職業柄死者との接触にも慣れているようだし、スケルトンが出ようがゴーストが出ようがまったく平気みたいだ。
 もっともエルメットのディスペルがあれば、よっぽどの敵と遭遇しない限りは大丈夫だろうから、怖がる必要もないらしい。
 通路の両脇には、一区画ごとに区切られた墓地が延々と続いている。
 単に墓石だけのものもあれば、壇上に骸骨が横たわっているというものもあった。
「まさか、この墓を一つずつ調べろ、とか言わないよな」
「調べないとマズイんじゃないかな? ひょっとしたらベインさんのお墓が見つかるかもしれないわよ」 
「おいおい、勘弁してくれよぉ」
 エイティの返事を聞いて気が滅入ってきた。
 この通路がこの先どのくらい続くのか分からないんだぜ。
 一体墓石をいくつ調べたらベインの名前が見つかるのやら・・・
「そうですね、一つ一つ調べるのではあまりにも時間が掛かり過ぎます」
「何か良い方法があるの?」
「死者の世界のことは死者に聞くのが一番でしょう」
「え?」
「マジか?」
 セインの言葉にエイティと顔を見合わせる。
 死者に聞くって、一体・・・
 呆気に取られているオレ達を置いといて、セインは通路の天井へと手のひらをかざした。
 そして簡単に呪文を唱える。
 何が起こるのかと、一同固唾を呑んで事態の推移を見守る中、セインの視線の先、通路の天井から突然ゴーストが沸いて出て来たんだ。
「敵か?」
「静かに。ここはセインに任せて」
 オレ達が戦闘態勢に入ろうとするのをエルメットがやんわりと制する。
 そう言われたら黙って見ている他はない。
 突然湧いて出たゴーストは、オレ達の頭の上をゆっくりと旋回している。
 ゴーストが方向転換する度に背中に何か冷たいモノが這い回るようなゾクゾクとした感触がして、どうにも落ち着かない。
 セインがさらに呪文を唱えると、ゴーストは旋回を止めてオレ達の目の前に下りて来た。
「お休み中にどうもすみませんでしたね」
 ゴーストに一礼するセイン。
 それに対してゴーストは特に気にするふうでもなく、ただその場に浮遊していた。
「少し尋ねたいことがあるのですが。ベインというお方をご存知ないですかな?」
 ゴースト相手に大マジメに聞いているセイン。
 だがしかし、果たしてゴーストがそれに応じてくれるかどうか。
 そう思った矢先だった。
『べいん べいんねえ・・・』
 いかにもしわがれた婆さんのような声で、ゴーストが喋り出したんだ。
『きいたことはあるねえ・・・ でもだれだったか・・・』
「魔法使いなんだ。知らないかな?」
 思わず声が出ていた。
『まほうつかい・・・べいん・・・ああ あいつか』
「知ってるのか?」
『しってるよぉ べいんだろ いちばんおくさ』
「一番、奥?」
『このつうろをずっといったつきあたりだよ しゅごしゃがまもるさいだんさ』
「守護者、祭壇・・・」
 ゴーストの言葉を反芻する。
 なんだなんだ?
 ベインのヤツは一体ここで何をやっているってんだ?
「なるほど、一番奥の祭壇ですか。そんな気はしていましたが、厄介なことになりましたね。
 いやどうも、ありがとうございました」
『もういいのかい それじゃあね・・・』
 すうっとゴーストが消えていく。
「説明してもらえねえかな?」
 今のゴーストとのやり取りにどうにも納得できないオレだった。
「そうですね。簡単に説明しておきましょう。
 私が先ほど使った呪文はチャームです。相手を魅了してこちらに必要な情報を引き出したい時などに使う呪文です」
「そうか、それであのゴーストは親切に教えてくれたのね」
 妙なところに感心しているエイティだったが、オレが聞きたいのはそんなことじゃない。
「で?」
「はい。あのゴーストによると、ベインさんはこの通路をずっと進んだ一番奥の部屋にいるそうです。
 ただし、その部屋には祭壇を護る守護者が待ち構えているのです。守護者は四人、そのうちの誰か一人でも倒せれば祭壇へ進めるのですが・・・」
 セインがゆっくりと間を取る。
 オレ達はもう余計な口は開かずに、ただセインの次の言葉を待った。
「残念ながら私もそこまでは行ったことがありません。私とエルメットだけでは、とても守護者を突破できないからです」
 エルメットが無言のまま頷く。
 なるほど話が見えてきた。
 ベインに会うためには守護者を倒さなければならない。
 だがそいつらは半端じゃなく強い。
 だからベインに会うのはかなり難しいのではないか、と。
「何とかなると思うわよ」
 沈黙を破ったのはエイティだった。
「セインとエルメットだけじゃ突破できなかったかもだけど、今は私達がいるわ。みんなで力を合わせれば、きっと倒せるはずよ」
 何の根拠もないはずだけど、その楽天的な発想がいかにもエイティらしい。
「そうだな。オレ達なら何とかなるだろ」
「久しぶりに暴れさせてもらおうか」
 オレ、エイティ、ベアが顔を見合わせると、自然にその場の空気が和らいだような気がした。
 これだよ。
 オレ達は今までもこうやっていくつもの試練を突破してきたんだ。
 今回だってきっとうまくいくはずさ。

 目的地は通路の最奥となると、ズラッと並んだ墓石には用は無いはずだけど。
「念のため、ですね」
 セインがディアフィックの呪文を唱えた。
 亡者の塚でも使った、探し物のための呪文さ。
「まだ何か必要な物でもあるのかしら?」
「そうですね、鍵の類いがあるのではないかと思うのですが」
 エイティが聞いてもセインはそれ以上の説明はしなかったけど、まあ何かあるのは間違いなさそうだ。
 その他にもエルメットがいくつかの補助呪文を掛けて、万全の準備ができたところで出発と行こうぜ。
 通路は途中で何度か左に折れ、右に折れてはまた真っ直ぐに伸びたりと、かなりの長さだった。
 通路の両側に隙間なく並んだ墓石を一個ずつ調べていたらものすごい手間と時間が掛かったはずだけど、それがないだけでもありがたい。
 時々ゴーストなんかが現れては襲い掛かってきたりしたけれど、それらはエルメットのディスペルで簡単に退けられる。
 いちいちオレの呪文を消費しなくても済むから助かるぜ。
 そして。
 ひたすら通路を進んだその途中、ズラズラッと並んだ墓の中の一つが淡く青い光を放っているのを見つけたんだ。
 そこは墓というよりちょっとした祭壇のようになっていて、その上に骸骨が横たえられていたんだ。
 光っているのは骸骨の顔の部分、もう少し細かく言うと口の辺りだな。
 祭壇の高さはオレの顔ぐらいの位置だろう、ベアが覗くにはちょっと高過ぎるかもな。
「ジェイクお願い。私ああいうのダメなのよ」
「オレだって好きじゃねえよ」
「ワシは背が届かないからな」
 三人で骸骨を調べる役目を押し付けあう。
 さっき「みんなで力を合わせて」とか言ってたのは何だったんだろうな?
「私が調べてみますよ。おそらくはこの先の鉄格子を開ける鍵でしょう」
「ありがとうセイン、優しいのね。誰かさんとは大違いだわ」
「その『誰かさん』てのがオレじゃないことを祈ってるよ」
 エイティとオレの不毛なやり取りにクスクスと笑いながら、セインが問題の骸骨に手を伸ばす。
 そのしなやかな指先が骸骨の口に触れた。
 すると。
『われらの ねむりを さまたげるのは だれだ・・・』
 突然骸骨の口がカタカタと動き出し、喉を締め上げられたジイサンのような声が辺りに響き渡ったんだ。

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