ジェイク6

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11

 その島は周囲が川面から鋭く切り立った岩壁になっていた。
 中で一箇所だけ、自然にできたのかあるいは人の手によって削られたのか、川から上陸できそうな平らな部分が申し訳程度に広がっていた。
 セインがそこにイカダを着け、ロープを適当な岩に括り付けるといよいよ島に上陸だ。
 死者の島。
 言われてみればなるほど、オレ達以外には生きているモノの気配すら感じない、何とも薄気味悪い島だぜ。
 それが証拠に、イカダの上では陽気に喋っていた女二人も、ここへ来て急に押し黙ってしまったじゃねえか。
 だがオレは女達とは違った意味で緊張していたんだ。
 この島にベインがいると思うと何故か先へ進むのが怖くなってくる。
 だけどここまで来たからにはベインに会わずに引き返すなんてできない。
 意を決したオレはセインの顔を見てひとつ頷いた。
 そんなオレの気持ちを察してくれたのか、セインもいつもの笑顔で頷き返してくれた。
 大丈夫だ。
 エイティやベアだけじゃない。
 セインと、それにエルメットも。
 オレにはこんなにも多くの仲間達が付いていてくれる。
 不思議だよな、そう思ったら自然に気持ちが楽になってきたんだ。
「案内します」
 セインが歩き出すのに全員が無言で続く。
 オレ達は皆、岩壁をくり貫いて造られた洞窟へと飲み込まれていった。

 洞窟の中は思っていた以上に広かった。
 岩壁の所々に窪みが掘られていて、中に骨と化した亡骸が安置されている。
「気持ち悪いわね」
「ああ」
 エイティと二人、不気味な光景を目の前にして思わず足がすくみそうになる。
「二人とも、これくらいでだらしないぞ」
 一方、イカダから降りたベアはまるで憑き物が落ちたように活きいきとしていた。
 水の上では全く働けなかったベアだけど、ここでは頼りにしても大丈夫そうだな。
 エルメットは例によって、いや今まで以上に、熱心に祈りを捧げている。
 信仰心の高い女だからな、この島の様子にはオレ達以上に感じるものがあるんだろう。
 ボビーは赤い目をさらに赤く見開いて、落ち着きなく辺りをキョロキョロと見回していた。
 動物には人間には見えないモノが見えるっていうからな、ひょっとしたら今もボビーの目には、ここに彷徨う死者の霊なんかが見えているのかもしれない。
「それでは行きますか」
 十分に一呼吸以上の間を置いてオレ達が落ち着くのを見計らうと、セインが洞窟の奥へと歩を進めた。
 その後ろにエルメットが続き、ベア、エイティとボビー、最後尾がオレという陣形で歩き出した、その時だった。
『かえれぇ かえれぇ・・・』
 まるで地の底が唸っているかのような、低く怨念のこもった声が洞窟の中に木霊したんだ。
「な、なにかしら?」
 不安気な顔ながらも周囲に警戒の視線を走らせるエイティ。
『かえるんだ・・・ここはししゃのせかい いきているものはとおさない・・・』
 それが最後の警告だった。
 洞窟の床に転がっていた骨が、骨が、骨が、骨が、骨が・・・
 次々と起き上がり始めたんだ。
「きゃ!」
 悲鳴を上げ身体を硬直させるエイティ。
「うおぉ!」
 一方ベアの動きは機敏だった。
 立ち上がった骸骨達が動き始める前に、一体二体とグレートアックスを叩き付けて破壊していく。
 オレだって負けちゃいられない。
「ラハリト!」
 相手がスケルトンとなれば炎の呪文が効果的なのは今までの経験から分かっていた。
 一瞬にして呪文の詠唱を完成させると、オレの手から放たれた火炎の嵐が次々とスケルトン達を巻き込み燃やし尽くしていく・・・
 はずだった。
 なのにオレの思惑とは裏腹に、骸骨達は一向に崩れない。
 決して呪文が無効化されたわけではない。
 現にラハリトの炎は確実に骸骨達を飲み込んでいるんだから。
 相手はただのスケルトンだぜ? いつもなら今のラハリトで決まっているはずだ。
 しかし目の前にいるスケルトン達は、オレの放ったラハリトに耐え切った。
「どうして・・・?」
「ここは死者の世界です。いわば死者達のホームグラウンドのようなもの。我々の世界で相手にするのとは話が違うのです」
「くそっ」
 セインの説明に短く吐き捨てる。
 前線では奮闘を続けるベアと、ようやく骸骨にも慣れてきたエイティが必死に得物を振るって戦っている。
 しかし骸骨達は次々と際限なく、まるで地面から湧き上がってくるかのように躍り出て来る。
 中にはベアやエイティに腕をへし折られ、頭を叩き割られてもなおも動き続ける骸骨もいた。
 倒しても倒しても、次から次へと襲い来る骸骨の群れ。
 数で押してくる敵には呪文による援護が必要不可欠だ。
「ラハリトがダメなら・・・」
 オレは次の手を打つべく、呪文の詠唱に入った。
 だがしかし。
 オレを制止するように横からすっと手を差し出したのはエルメットだった。
「彷徨える死者達よ、汝らに今一度安らかなる眠りを与えん・・・」
 銀の十字架を目の前に掲げ、祈りの言葉を天に捧げる。
 そして。
 エルメットが銀の十字架をさらに高く突き上げると、十字架は眩い閃光を放った。
 聖なる光に照らされた骸骨達が、次第にその動きを止めていく。
 そして骸骨達はまるで糸が切れたマリオネットのように、次々とその場に崩れ落ちていったんだ。
 それは僧侶を初めとした聖職者達が会得するディスペルと呼ばれるスキルだった。
 神への祈りによって導き出された聖なる力で、不死の魔物を操る魔の力を経つという。
 その成功率は術者の力量に大きく左右される。
 死者の本拠地とも言えるこの場所で、あれだけの数のスケルトンを相手にして確実にディスペルを決めたエルメットのレベル、そして信仰心の高さはかなりのものと言って良いだろう。
 どうせこの先も次々とアンデッドが出て来るはずだからな。
 エルメットのディスペルは大きな戦力になるはずだぜ。

 広間の奥には下へ続く階段があった。
「いよいよ地獄の底へご招待って感じね」
 ようやくエイティにいつもの軽口が戻って来た。
 妙に怯えたりふさぎ込まれたりするよりは、よっぽどマシだよな。
 セインの先導に従って階段を下りる。
 その先、短い通路や踊り場などと階段とを何度か繰り返して、最下層と思われる場所まで出る。
 アーチをくぐるとそこは、ちょっとした広さの部屋になっていた。
 部屋の中心には石を積んで造られた祭壇、そしてオレ達が入ってきたアーチとは反対側の壁に、ガッチリと閉じられた鉄格子があった。
 どうやらこの鉄格子を何とかしないと先へは進めないらしいが・・・
「この鉄格子、鍵穴がないな」
「本当ね、どうやって開けるのかしら?」
 エイティと二人、目の前に立ちはだかる鉄格子を調べるが、開け方なんて分かるはずもなかった。
「その鉄格子は、この死者の殿堂に巣食っている霊達が封じているんですよ」
「どういうことなの、セイン?」
「簡単に言ってしまえば、ゴーストが向こう側から鉄格子を押さえているようなものです」
「それじゃあどうやって開ければ良いのかしら・・・」
 セインの説明に困った顔をするエイティ。
 だが、当のセインは涼しい顔のままだった。
 どうせヤツのことだから、この場を何とかするだけの材料なんてとっくの昔に用意してあるんだろうよ。
「簡単です。鉄格子を封じているのが霊の仕業なら、その霊におとなしくしてもらえば良いのですから」
 セインは懐から長さ10センチくらいの細長い緑の棒が束になった物を取り出した。
「東洋で死者の魂を慰める時に用いる線香というものです」
 手のひらをかざして線香の端に火を点ける。
 すると、セインの家や亡者の塚でも嗅いでいたあの独特の香りが、立ち上る煙に乗って周囲に流れていった。
 ぎぃ、ぎぃ、ぎぎぎぃ・・・
 そして。
 いかにも重そうな音を立てながら鉄格子が開いた。
 それと同時に、向こう側で鉄格子を押さえていたと思われるゴーストがこちらの部屋になだれ込んで来たんだ。
「スケルトンの次はゴーストだなんて!」
「慌てなくても大丈夫ですよ、エイティ」
「えっ?」
 いきり立ちながらファウストハルバードを構えていたエイティを、セインがいつもの落ち着いた口調で諭す。
 そのセインの視線の先には、すでに銀の十字架を天に掲げたエルメットの姿があった。
「彷徨える魂に安らかな眠りを」
 再び輝く銀の十字架。
 その光に照らされて、オレ達の頭の上を浮遊していたゴーストはすうっと消滅していった。
「ディスペル様さまだな」
 思わず感心してしまう。
 何たってオレが下手な呪文を放つよりよっぽど安全で確実なんだから。
 僧侶として高い技術を持つエルメットは、死者達の怨念に満ち溢れたこの場所では何とも頼りになる存在だった。

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