ジェイク6

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 祝賀ムード一色に満ち溢れた街角は、人また人でごった返していた。
 道行く人々の談笑と物売り達の景気の良い口上があちらこちらに飛び交っている。
 この街では三日後に大規模な式典が執り行われる予定になっている。
 式典と言うと何だか堅苦しいけど、簡単に言うと結婚式だ。
 しかしただの結婚式じゃあないんだな。
 国民から絶大な支持を受けている女王陛下と、その女王の幼馴染で今は軍を取り仕切る将軍閣下の結婚式ともなれば、国中が浮かれないはずがない。
 オレ達もその結婚式に出席するためにこの街に滞在中って訳さ。
「楽しみねえ、ルアンナの結婚式。ジェイクもそう思うでしょ?」
「そうだな」
 夢見る乙女の代表格とも言えるエイティはもちろんだが、オレ自身も何となくウキウキした気分になっている。
「ワシはうまい酒が呑めればそれで満足だ」
「ボクはお肉ですね」
 一方ベアとボビーは色気より食い気といったところか。
 楽しみ方は人それぞれだろうな。
 季節は風薫る六月。
 六月の花嫁は幸せになれるなんて言い伝えがあるくらいだからな、結婚式には最適な季節なんだろう。

 今から一年とちょっと前の話だ。
 オレ達が拠点にしているダリアの城塞都市とは友好国であるレマで、女王が城を追われるという大事件が起こったんだ。
 女王の名はルアンナ。
 そして女王と一緒に城から脱出したのが臣下の将軍ディルウィッシュだった。
 半ば強制的ではあったけど、女王の依頼を受けたオレ達はレマへ直行、レマ城の奪還作戦を遂行したんだ。
 苦闘の末、戦いはオレ達の勝利に終わり、レマ城は無事に魔の手から解放された。
 その事件の中で、お互いに愛を確認し合ったルアンナとディルウィッシュ、しばらくしてから「結婚します」と連絡を寄こしてきたんだ。
 あれからあっと言う間に月日は流れ、いよいよ三日後、二人は挙式するって訳さ。
 なんとオレ達は、二人の友人として式に招待されている。
 最初は「国を救った英雄」という肩書きだったけど、さすがにこれは辞退させてもらった。
 それでやむなく「友人」ということになったのだが、一般の冒険者が女王の結婚式に招待されるはずもないからな、破格の扱いと言えるだろう。
 その他の出席者といえば王族貴族がほとんどだろうし、あの超わがままお嬢様のクレアなんかも当然のことながら招待されているはずだ。
 式はレマ城下にある大聖堂、そして披露宴はレマ城内にて行われるそうだ。
 披露宴が立食パーティ形式になったのは、テーブルマナーなんか苦手なオレ達に対する心ばかりの配慮なんだろう。
 まあ、ルアンナ自身もあまり堅苦しいのは好きな方じゃないみたいだしな。

「でもなあ、ディルウィッシュも大変だよなあ?」
「どうして?」
 何気なくオレがつぶやくのにエイティが聞いてきた。
「だってさ、女王と結婚するのに王位には就かないんだろ。プライベートでは夫婦かも知れないけど、表向きは女王とその家臣。ましてやレマ王家に婿入りだもんな。絶対にルアンナの尻に敷かれるぜ」
「違いない。女王と結婚するのも楽じゃないな」
 ガハハとベアが笑った。
「もう、二人ともそんなふうに言うもんじゃないわよ。良いじゃない、好きな人と一緒になれるんだから。羨ましいわ」
 はぁ、とため息をもらすエイティ。
 うっとりとしたその視線が、街角のショーウィンドゥのガラス越しに飾られた白いドレスに留まった。
「ウェディングドレスよ、素敵ねえ」
 今回の慶事に少しでもあやかろうと、街は今や結婚ブームだ。
 ちょっと歩けば「祝、結婚」と書かれた垂れ幕やら横断幕がそこかしこに見られるし、ルアンナケーキとかルアンナクッキーとか、はたまたクィーンティなんて訳の分からないものが街のあちこちで売られている。
 中には「女王陛下愛用のフライパン!」なんて看板を出している店まであった。
 ルアンナ自身が料理をするとは聞いたことがないけど、まさか夫婦喧嘩の時にでも使うんじゃねえだろうな?
 そんな中でもウェディングドレスを売る店なんかは、まだマシな方だよな。
「ねえ、ジェイクだってちょっとはこういうのに興味無い?」
「オレが? 何でさ?」
「だって女の子・・・もう、ジェイクってば本当に張り合いがないんだから!」
 エイティが言うのも分かるけどな。
 確かにオレは生物学的には女に分類されているはずだ。
 だが、オレが生まれ育ったその経緯において、オレが女だったことなんてほとんどと言っていいくらい無かったんだからな。
 そんなオレにいきなりウェディングドレスの話なんかされたってピンと来るはずがない。
 今だって着ているのは体型を隠すためのダボダボのローブだ。
 夏場に備えて生地こそ薄くなってはいるものの、中身が透けて見えるなんて事はないはずさ。
 そのローブの下の胸周りにはきっちりとサラシを巻いて、女特有の二つの膨らみを押さえ込んでいる。
 最近そのサラシが少しきつくなってきたことはエイティには黙っておこうぜ。
 そんな話がエイティの耳に入ったら、今度こそ女物の下着を着けろとか言い出しかねないからな。
 ついでに言っておくと、エイティは黄色のブラウスの上に胸当ての装備で下はデニム地のミニスカート姿。
 手にはレマ城で見つけたファウストハルバードを持っている。
 ベアはいつものフルプレートの上下で武器はグレートアックス。
 冒険者ってのは、街中を歩く時でも出来るだけ装備品を身に付けたままでいるものなのさ。
 さすがに結婚式当日はそれなりの恰好をして出席する事になってはいる予定だ。
 もちろん貸衣装だけどな。
「あーあ、私もこんなドレス着てみたいなあ」
 ショーウィンドゥ越しにウェディングドレスを見つめるエイティ。
「着れば良いじゃねえか。この店で試着ぐらいさせてくれるだろ」
「あのねえジェイク、試着で着たって意味がないでしょ。こういうのは、ちゃんとしたお式で着るものよ」
「ふーん」
 ドレスなんていつ着たってたいして変わらないだろうに、とは言わなかった。
 また「女心がどうの」とかって話になるのは面倒だからな。
「まっ、そのためにはまずは男だな」
「そうなのよ。どこかに良い男が転がってないかしら?」
 エイティはベアの言葉に大きく頷くと辺りをキョロキョロ。
 どうやら本気で男が転がっていないか探し始めたらしい。
 普段エイティの周りにいる男と言えばまずはベアだ。
 でも種族の違いから来る美的感覚の違いは大きく、二人の間にそんな話が出る気配はこれっぽっちも無いと言って良いだろう。
 次はボビーか?
 確かにボビーはオスだし、これ以上ないってくらいにエイティになついているからな。
 つってもボビーはボーパルバニーだからなあ・・・
 種族の違いどころの話じゃないよな。
 そうなると、オレか?
 オレは普段から男の恰好をしているし、自分自身男だと思いながら生きている。
 でも恋愛とか結婚なんて事になると話が別だよな。
 もしもオレの身体が本当に男のものだったらひょっとしたら、なんてこともあったかもしれない。
 しかし現状ではそれはありえない話だ。
 結局のところ、エイティの周りにはめぼしい男なんていない訳だ。
 ドレスを着るための相手探しはまだまだこれからってところか。
 エイティが相変わらずキョロキョロと往来に視線を巡らせていた、その時だった。
「ねえねえ、早く行こうよ」
「あそこの占い、よく当たるって評判なんだから」
「それにね、占いの先生がとっても素敵な人なんだって」
 綺麗に着飾った街の娘が三人、オレ達の目の前をキャッキャとはしゃぎながら通り過ぎて行ったんだ。
 エイティの視線がその娘達の後姿に見入っている。
「まさか・・・」
 オレがそうつぶやいた直後だった。
「占いか」
 エイティの口元がにやぁと歪んだ。
「おいエイティ、まさか本当に」
「行ってみましょう。占いで良い男を探してもらうわ」
「嘘だろ・・・」
 唖然とするオレ達をしり目に、エイティは三人娘の後を追って歩き始めた。

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