ジェイク5
9
何だか知らねえけど、取りあえず警告には従っておいた方が良いに決まっている。
いったん第二層まで飛んで魔力を回復させ、万全の態勢を整えてから再度マロールで戻り、階段を使って第五層へ上がった。
出た場所はこの階の比較的北側、目の前の通路はすぐそこで左に折れているし、すぐ右手は扉だ。
扉は後回しにして通路を歩いてこの階の大まかな造りだけでも分かると後の探索が楽になるんだけど・・・
「この通路、こっち向きに動いているわよね」
「歩いて行くのは無理じゃねえか?」
そうなのだ。
一体どんな仕掛けになっているのか、通路はオレ達の方に向かって川のように流れて来ている。
その速さもかなりのもので、とても流れに逆らって移動出来そうにない。
という訳で。
「扉から行こう」
ディルウィッシュが扉に手を掛けた。
扉の向うは2ブロックの小部屋になっていて、北側にはもう一つ別の扉があった。
更にだ。
壁に埋め込まれた、いかにもなスイッチが等間隔で横に三つ並んでいる。
何も考えずにそのスイッチを押してみた。
「ちょっとジェイク、何かあったらどうするのよ!」
「んな事言ったってなあ、取りあえず押してみないと何が起こるか分からねえだろ」
「でも、こっちだって心の準備ってものが必要なのよね」
エイティとのこんなやり取りもいつも通りだ。
そして、その仲裁にルアンナが入るというのも、既に定番となりつつあった。
「まあまあ。ジェイク君の言う事ももっともかもね。で、そのスイッチを押すと何が起こるのか分かったのかしら?」
「いや、それは・・・そうだ! さっきの通路が止まってるんじゃねえか?」
「なるほど」
「確認してくる」
ルアンナと視線を交わしたディルウィッシュが扉から出て行った。
「オイっ、みんな来てくれ」
そのディルウィッシュが扉の向うで叫んでいる。
オレ達も扉から出て、元の場所に戻ると・・・
「流れが逆になってるわね」
という訳さ。
「さっきのスイッチは通路の流れ方を操作するものだったのね。もう少し試してみましょう。ベアさん、お願い出来るかしら?」
「うむ」
ベアがさっきの部屋へ戻り、ルアンナの合図で何度かスイッチを押していく。
その結果、スイッチはあくまで床の流れを切り替えるだけで、動きそのものを止める事は出来なかったんだ。
流れる床の仕組みが分かったところで、試しにそれを使って移動してみる。
「乗る時は足を取られないように気を付けろ」
何しろかなりの速さで動いているからな、躊躇なんかしていないで一気に飛び乗った方がかえって安全かも知れない。
向うへ流れるように設定してから全員で一気に移動する床に飛び乗る。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「おおっ!」
それぞれ勝手な悲鳴を上げつつも、オレ達は移動する床に流されて、あっという間に終点に着いてしまった。
結局出た場所は、スイッチがあった部屋の北側、つまりは扉を開ければすぐの所だったんだ。
そこは若干開けた空間にはなっていたけど、東西にはそれぞれ通路が伸びていた。
それらももちろん移動床。
「なるほど。この階は移動する床とそれを制御するスイッチとで構成されているのね。でも、スイッチと床の動きの関連を調べて移動していくのはかなり大変そうね」
ルアンナが移動する床に視線を落としながら溜息をつく。
「なあ、別にそんなの調べなくても良いんじゃねえか?」
「どういう事、ジェイク君?」
「取りあえず適当にスイッチを押したら通路に乗っかって流されるだけ流される。それからデュマピックで地形を確認して、更に行けそうな通路を適当に潰していく。行き詰ったらマロールで戻れば良いんだし」
「また君は適当、適当って・・・」
「いいえエイティ、ジェイク君の言う通りかも知れないわ。ここは適当に流されていけば何とかなるかも知れないわね。何たってジェイク君がいるんだもん、最後はビシッと決めてくれるでしょう」
「変に期待されても困るけど・・・でもまあ、難しく考える必要なんて無いって。適当にやってけば何とかなるだろ」
かくして、「適当にやる」がこの階探索の合言葉になったんだ。
適当に選んだ通路に乗ってそのまま流され、出た先で見つけた小部屋のスイッチを適当に押す。
そしてまた通路に流されてはスイッチ。
はじめのうちは、結局元の場所へ戻されたりとかもしたけれど、それでも自分の足で歩くよりも遥かに早くマップが埋まっていく。
「きゃあ〜〜〜♪」
「エイティさ〜〜〜ん☆」
悲鳴というよりも歓声を上げているエイティとボビー、こいつらはもう流される事自体を楽しんでいるに違いない。
ディルウィッシュとベアの男二人もまんざらでもなさそうだしな。
そんな中、
「この辺りをもう一度調べたいわね。ジェイク君」
「ハイハイ」
マップを確認しながら探索の指示を出すのはルアンナだ。
オレは言われた通りにマロールでみんなをその場所まで運ぶ。
マロールが属している7レベルの呪文は四回までしか使えない。
第二層で魔力を回復させてから、ここまで戻るのに一回。
更に探索で二回使ったら、最後のマロールで第二層へ飛んで再度魔力の回復。
ここまで連続して呪文を唱えた経験は無かったし、正直少し辛くなってきた。
魔力は回復出来ても、呪文を発動させる為の精神力までは回復出来ないからな。
でもまあ、もう少しでマップも完成となれば、多少の無理もするってものさ。
それにこの階の探索は、パズルを解いているみたいで面白いしな。
やがてこの階の南側の一郭に辿り着く。
「エイティさん、ここ変ですよ」
「本当、ボビー?」
何かに気付いた様子のボビーが壁をカリカリやり出した。
エイティがその壁を調べるうちに隠し扉が見つかった。
「お手柄よボビー」
エイティがボビーを抱き上げ頭を撫でてやると、ボビーのヤツはこの上なく幸せそうに目を細めていた。
せっかくボビーが見つけてくれたんだ、当然扉を開けて中を調べる。
「魔力の歪み、転移の結界があるわね」
ルアンナの言う通り、その部屋の奥には転移地点があった。
もうマップの空白も残り少ない、上への階段発見の期待が高まる。
全員が転移地点に足を踏み入れた次の瞬間、周囲の温度が一気に上昇していた。
「敵だ!」
久しぶりの敵襲に、ディルウィッシュ達が一斉に動き出した。
剣を抜き、戦斧を振り上げ、長矛を構える。
コイツらは今までやる事も無くてヒマだったからな、ここぞとばかりに暴れるつもりらしい。
オレ達の目の前には、悪魔と獣の軍団が立ちはだかっていた。
悪魔の方は、レッサーデーモンと同じ真紅の身体ながらも体格は一回り小さく人間並み。
頭部には羊のような角を持ち、活きたヘビをそのまま利用したムチを振るっている。
戦場の指揮官、ヘルマスター。
その実力は、悪魔族の中では中級クラスといったところらしく、ラハリトなどを頻繁に使ってくる。
そしてヘルマスターが連れて歩いているのが、魔界の番犬ヘルハウンド。
番犬と言っても只の犬じゃない。
次々と仲間を呼びながら高熱のブレスを吐きまくるんだからな、油断していたらあっという間にやられてしまう。
「ジェイク君!」
「分かってる」
ルアンナに言われるまでもない、まずは敵の呪文に備えないとな。
きわどいタイミングでヘルマスターがラハリトを放ってきたが、間一髪で間に合った。
二人掛かりでコルツを唱えて作り上げた鉄壁の呪文障壁が、確実にラハリトの業火からオレ達を護ってくれる。
呪文だけじゃないぜ。
既に大群となったヘルハウンドが次々とブレスを連発するも、それらを完全に弾き返してしまう。
正直コルツという呪文にこれ程の効力があるとは思っていなかった。
オレが一人でコルツを唱えたとしても、こんなに頑丈な呪文障壁は作り出せないはずなんだ。
しかし今はルアンナがいる。
術者の力量や呪文を唱えた人数によって障壁の強度は飛躍的に高まるんだ。
敵の呪文を防ぐ事が出来たらあとは攻撃するだけだ。
ディルウィッシュとベアがヘルマスターを、そしてエイティとボビーがヘルハウンドの相手をしていた。
ヘルマスターの方は残り三体、こっちは何とかなりそうだけど問題は・・・
「もう、倒しても倒してもキリがないじゃない!」
次々と仲間を呼ぶヘルハウンドに苦戦するエイティとボビー。
ヘルハウンドは、攻撃するもの、ブレスを吐いて牽制するもの、そして仲間を呼ぶものと、それぞれの役割を分担して組織的な戦いを展開していた。
その知能の高さは犬のそれじゃあない、立派に人間様と同等のレベルだろう。
エイティがハルバードを振り回し、ボビーも自慢の牙でワン公の首筋を噛み切るも、敵が増える方が遥かに早い。
「ジェイク、こっちお願い」
エイティの援軍要請だ。
「へっ、やっぱオレの出番だな」
今まで攻撃に参加出来なくてウズウズしてたんだ、ここは暴れさせてもらうぜ。
相手は灼熱のブレスを吐いてくる。
炎を得意とする敵を一掃するには、強力な冷気の呪文をお見舞いしてやるのが一番さ。
「ラダルト!」
荒れ狂う氷の嵐が地獄の番犬どもを一瞬にして飲み込んでしまう。
身体は凍り付き、体温を奪われ、体力を一気に消耗する。
そして嵐が治まった後には、もう二度と動く事の無い獣のむくろが転がっていた。
コルツで護りを固めるのも大切だけど、やっぱりオレには攻撃呪文で敵を倒す方が性に合っているよな。
あとはヘルマスターだ。
戦況を見ると、ディルウィッシュとベアにルアンナが加勢していた。
ルアンナはオレのように高度な攻撃呪文は使えないが、豊富な補助呪文を唱えて戦いを有利に展開させていた。
バマツで味方の守備力を上げ、モーリスで敵を暗闇に陥れる。
既に一体を倒していて残りは二体。
必死の抵抗でムチを振り回すヘルマスター。
しかしディルウィッシュのマスターソードがそのムチを根元から斬り落とし、一気に肉薄。
次の瞬間にはヘルマスターの身体を貫いていた。
一方ベアも負けてはいない。
豪腕から繰り出すヘビーアックスを脳天から叩き付けると、ヘルマスターは敢えなく絶命してしまった。
中級悪魔といえど、今のオレ達にとっては敵じゃないみたいだな。
さてと、この階の探索ものこりわずか。
ヘルマスターと戦った部屋を出ると、目の前には・・・
「やっと見つけたわね」
階段を見つけてホッと安堵の息を吐くルアンナだった。