ジェイク5

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10

 第六層へ上がる前にもやっぱり魔力の回復は必要だ。
 オレ達はもう何度目になるか分からないマロールで第二層の例の部屋まで戻って来ていた。
 スイッチを入れて魔力を回復させて、さてもう一度マロールというところで・・・
「うっ」
 ズキンと締め付けられるような激しい痛みがオレの頭の中を駆け抜けた。
「どうしたのジェイク?」
「いや、ちょっと頭が、イタタ」
「顔色悪いよ。マロールの使い過ぎなんじゃない」
「そうかもな」
 正直こんな頭痛は初めてだった。
「お願い、しばらくジェイクを休ませてあげて」
「そうね。ジェイク君には無理させ過ぎたかもしれないわね」
 という訳で、オレの調子が戻るまでしばらく休憩となったんだ。
「見張りをしている」
「付き合おう」
 ディルウィッシュとベアが部屋を出て、ここに残ったのはオレ、エイティとボビー、そしてルアンナ。
「ジェイク、しばらく寝ると良いわ」
「そうさせてもらうよ」
 ここは素直に甘える事にする。
 そもそもオレを休ませる為の休憩だからな。
 そのまましばらくうとうとと浅いまどろみの中を彷徨う。
 やがて・・・
 エイティとルアンナが小声でおしゃべりし始めたようだ。
 女ってのはどうしてこうも話す事が好きなんだろうな?
 盗み聞きするつもりも無かったけど、二人の会話が夢うつつながらに聞こえてくる。
「ジェイク、寝ちゃったわね」
「そうね。頑張ってくれてたから」
「ホラ、ボビーも」
「ボビー君もぐっすりか」
 どうやらボビーのヤツもエイティのひざの上で寝ちまったみたいだな。
 しばらくの沈黙の後、エイティが切り出した。
「ねえルアンナ、ディルウィッシュさんとはどういう関係なの?」
「何よ突然・・・」
「だって気になるじゃない。単に女王とその家臣という訳でもないんでしょ」
「そう・・・そうね。私とディルは・・・」
 ルアンナがポツポツと語り始めた。

「私とディルはいわゆる幼馴染だったの。
 私は、もちろん王族で、ディルのご両親は王族とか貴族とかは全く関係の無い一般の出の人だったんだけど、お城に仕えてよく働いてくれていたわ。ディルはその親御さんにくっついていつもお城に遊びに来ていたの。 
 ディルの方が一つ年が上でね、私と年が近いものだからいつも一緒に遊んでた。お城の中なんて隅から隅まで走り回ったし、時にはお城を抜け出して山の中を探検したりしてた。
 もちろんその後にはお父様やお母様からものすごく怒られた。でも、いつもディルがかばってくれたの。『俺が勝手に連れ出したんだから』って。でも本当は逆。いつも私がディルにお願いしてお城から連れ出してもらっていたの。
 彼、剣術が得意でしょう。私もディルと一緒に剣術の真似事なんかもしてたんだけど、運動神経が鈍くて・・・
 ディル、言ってくれたわ。『俺がルアンナを護るから』って。だから私は剣術なんか出来なくたって良いって。子供心に嬉しかったなあ」
「そういうのって素敵よね」
「ええ。子供の頃の良い想い出かな。大切な、大切な・・・」
「分かるな、そういうの」
「ディルは16歳でお城に仕官するようになったの。一生懸命お城の仕事に務めてくれた。私が無理しないでって言っても聞かないくらいに。その理由を聞いたら『ルアンナにふさわしい男になるんだ』って、キザよねえ。でも嬉しかったな。
 私はいつまでもずっとディルと一緒にいたいと強く思っていたし、実際に一緒にいられると思っていた。
 ディルもきっと同じだったんだと思う。だから、王族である私と一緒にいられるような立派な男性になりたかったんでしょうね」
「その夢は叶ったんでしょ? 今だってこうして・・・」
「ううん、現実はそんなに甘くなかった」
「え?」
「私には四歳年下の弟がいたの。私は長女だったけど、王位なんか弟に譲って王族から離れたいと思っていた。そうすれば少しでも早くディルと一緒になれるでしょ。でも・・・」
「でも?」
「三年前、弟は死んでしまったわ。お父様とお母様も一緒に」
「!」
「馬車に乗っていての事故としか聞いていないわ。詳しい事は今もまだ分かっていないらしいの。事故としてはあまりにも不自然だったから、暗殺されたんじゃないかって噂も飛びかったらしいわね。その時私はたまたま体調を崩していて一人お城に残っていたから辛くも難を逃れたんだけど・・・
 それからが大変だった。
 お父様も、お母様も、弟もみんないなくなって残ったのは私だけ。当然私がお父様の跡を継いで王位を引き受けなければならなかったの。
 私は女王に就任した。
 知ってる? 女王って結構大変な役職なのよ。御伽噺なんかのお姫様とは全然違うの。国内の治安、財政、他国との外交。城内の派閥争いから軍の掌握、それこそジャガイモ一個から大砲の弾の値段まで、全部把握していなければならないの。
 レマという国が丸ごと全部私一人に圧し掛かってきたのね。
 ものすごい重圧だったし、実際に激務だったわ。それこそ女王に就任してから今まで必死になって国の仕事に携わってきたつもりよ。
 でも・・・ううん、だからかな? ディルとの関係は少しずつ離れていったような気がする。
 ディルも今は出世して、レマの全軍を指揮する将軍の立場にまで上り詰めたわ。でも私はレマの女王、言うなれば彼の上司。軍で言えば上官ね。男の人ってやっぱりそういうのを気にするじゃない。気が引けるって言うのかしら。いくら幼馴染でも、女王を娶るなんて無理だって。次第に私との距離を取るようになって・・・
 最近ではもう、女王と将軍としての業務に関する事しか話していなかったわ」
「ルアンナ・・・ゴメンなさい、私何て言ったら良いのか・・・」
「良いのよエイティ。貴方が気に病む事じゃないわ」
「でも・・・」
「ディルはどう思っているのか分からないけど、私は今でもディルが好き。出来るなら女王なんて辞めてしまってディルと二人で何処かへ行きたいわ。
 でも、それは無理よね。お父様とお母様が残してくれたこの国を捨てるなんて、私には出来ない話だわ」
「どうにもならないの?」
「さあ? 男と女の仲なんてどうなるか、それは神様でも分からないんじゃないかしら」
「ねえ、もしも、もしもの話よ。今ルアンナがその気になればどこか他の国、例えばダリアにでも亡命出来るんじゃないの? ディルウィッシュさんと二人で亡命して・・・」
「そうね。今なら城を追われた女王として他国に逃げる事も出来るかも知れない。そうすればもう私は女王じゃなくなる。ディルとも何の気兼ねも無しに、昔のような関係に戻れるかも知れない。でも、私にその気は無いわ」
「ルアンナ・・・」
「さっきも言ったけど、私にはこの国を捨てるなんて事は出来ないの。私が女王になったのも運命なら、城を追われたのもまた運命。そして城を取り戻す為に、ディルや貴方達と一緒にこうして迷宮に挑んでいる事もね。私は自分の運命からは決して逃げたくない。いえ、絶対に逃げたりはしないわ」
「強い人ね、ルアンナって」
「ううん、私は弱い女よ。一人では何も出来ないもの。私が今日までやってこれたのは、やっぱりディルがいてくれたからだと思う」
「でも、ルアンナが女王でいる限りはディルウィッシュさんとは結ばれない?」
「痛いところを突くのねえ、エイティって」
「だって、私達は友達でしょ?」
「そうね。知り合ったのはついさっきだけど、エイティとはずっと昔から友達のような気がするわ。
 あーあ、こんなふうにお友達とおしゃべりしたのはどれくらいぶりかしら?」
「女王様をやるのも大変ね」
「ええ、大変ですよ。一回変わってみる?」
「遠慮しておきます」
「くすっ、さて私の話はもうお終い。ちょっとディル達の様子を見てくるわ」
「ええ、お願い」

 エイティを残してルアンナが部屋を出た後だ。
「ジェイク、ひょっとして起きる?」
「ん・・・ああ」
 特に起き上がったりせずに横になったままの姿勢で応えた。
「もう、盗み聞きなんて趣味悪いよ」
「別に聞こうと思った訳じゃねえよ。そっちが勝手に喋ってただけだろ」
「まあ、そうなんだけど・・・ルアンナの話、どう思った?」
「よく分かんねえよ」
「分からない? 何が?」
「オレはルアンナみたいに他の人を好きになったりとか経験無いからな」
「それもそうか。でもさあ、実際のところジェイクは男と女のどっちを好きになるの?」
「あぁ? 知るかよ、そんなの」
「自分の事でしょ。まっ、いくらジェイク自身が『オレは男だ』とか言ってても本当に女の人を好きになるとは思えないし。かと言って男の人を好きになるってのも想像出来ないわね」
「言ってろ」
「あの二人、うまくいくと良いね」
「またエイティは。変なお節介考えてるんじゃねえだろうな」
「だって、幸せになって欲しいじゃない」
「そりゃそうだけどな」
「ねえジェイク」
「なんだ?」
「絶対にルアンナをレマ城まで連れて行こうね」
「ああ、当然さ。オレの能力全部使ってでもやってやるよ」
「頼りにしてるよ」
「任せろよ。その為にはもう少し寝かせてくれ」
「うん。今度こそゆっくり休みなさい」
 もう言葉は出なかった。
 オレの意識は深く深く、眠りの海の底へと沈んでいった。

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