ジェイク5

戻る


11

「おっしゃ、復活」
 一時間程熟睡したオレは、完全にいつもの調子を取り戻していた。
 あの時、ルアンナが部屋を出た後、入れ替わりでベアが戻って来たそうだ。
 結果、ディルウィッシュとルアンナは二人だけの時間を持ったらしいけど、二人で何を話していたかなんて野暮な事を聞くヤツはいない。
 それはともかく、準備が出来たところで探索の再開だ。

 マロールで第五層のまで戻り階段を上がると、第六層の南側の一郭に出た。
 エイティが階段の近くの壁に張り紙を見つけた。
『傭兵達の休憩所
 騒ぎを起こすな』
「どういう意味なのかしら?」
「ああ、今はもう使われていないが、ここは以前見張りの兵士達の詰め所になっていたんだ」
「ディルも詰めていたの?」
「いや、俺自身は無かったな。ただ同僚達からおおよその話は聞いていた。確か・・・」
 遠い記憶を探るように、ディルウィッシュが通路を歩き出した。
 外周通路をグルリと周って一旦北側まで出ると、そこから内部へと進入する扉があった。
 やがて。
「あったぞ。第八層まで続く昇降機だ」
 第二層にあったのと同じような昇降機が、この階の中央部に設置されていたんだ。
「これを使えば一気に上まで行けるのね」
「甘いんじゃねえか。またさっきみたいなトラップがあるんじゃ」
「うっ、確かにそうね」
 言葉に詰まるエイティ。
「まずは上まで行ってみましょう」
 ルアンナの提案で昇降機を作動させる。
 目的地はもちろん第八層さ。
 
 ディルウィッシュによると、第八層がこの迷宮の最上層だという。
 つまりはここを突破すればそこはもうレマ城って訳なんだけど・・・
 オレ達は、昇降機の設置してある区画から抜け出る事が出来ないでいた。
 部屋はいくつかあるものの、それらには外部に通じている扉が無い。
 いや、ある事はあったんだけど、固く施錠されていてとてもじゃないけど開けられそうもなかったんだ。
「うぐぐぐぐ・・・エイティさんダメみたいです」
「そう、ありがとうボビー。もういいわ」
 ボビーの自慢の牙でも文字通り歯が立たなかったんだから、無理やりこじ開けるのは諦めた方が良いだろう。
「ここまで来て足止めなんて」
「ここのカギを探すか、もしくは他に道があるのかといったところかしらね」
 エイティとルアンナが恨めしそうに扉を見つめている。
「ディルウィッシュ、カギがあるのはどこだと思う? おそらく第六層か第七層のどっちかだろうけど」
「さあな。俺には見当も付かない」
「第六層が怪しいんじゃないかな。だって兵隊さん達の詰め所だったんでしょ」
「なるほどな。一理あるんじゃねえか」
 結局、エイティの意見が採用されてオレ達はまた第六層まで戻ったんだ。
 移動手段はもちろん昇降機。
 すぐそこにあるし、何よりマロールの濫用を抑えたいからな。

 その第六層だけど・・・
 通路に面した多くの小部屋はなるほど、ここが傭兵達の休憩所だった事を容易に連想させてくれる。
 部屋の中には、簡単な寝具やちょっとしたテーブルや椅子なんかがあって、他の階層には無かった生活感がそこかしこに滲み出ていた。
 しかし今は人の姿は一つも無かった。
 そもそもここが詰め所として使われていたのは、ずいぶん前の話らしいからな。
 一つ一つの小部屋の中を丁寧に調べていく。
 しかし・・・
「無いわね」
「うーん・・・」
 一通りの小部屋を調べまわったんだけど、目的の物は見つからない。
 念の為に外周通路の方ももう一周して探してみたけど無駄だった。
「ここは諦めて第七層へ行きましょうか」
「そうだな」
 ルアンナとディルウィッシュとの間で話がまとまる。
 もちろん反対するヤツなんかいる訳無い。
「昇降機から行くんだよな。そこまでマロールで飛ぼうか?」
「いいわよ、ジェイク。すぐ近くだし歩きましょう」
 もちろんマロールを使えば一瞬だけど、そこはみんなオレに気を遣ってくれたんだろうな。
 再び昇降機を利用するべく外周通路から内部へと戻る。
 すると、もうお馴染みになった悪魔が魔界からの通路を開いた時に起こる空気の揺らぎが目の前に出現したんだ。
「フンっ、今度はどんな輩かな?」
「少しは歯ごたえのあるヤツだと良いがな」
 ベアとディルウィッシュがそれぞれの得物を構えて敵の来襲に備える。
 やがて空気の揺らぎが鎮まると、敵の姿が明らかになる。
 それを確認したオレ達の動きが一瞬止まってしまった・・・
「おや、素敵なレディ達がいるね」
「ふふふ、カッコイイお兄さんに可愛いボウヤもね」
 そこにいるのは人型をした二体の悪魔だった。
 一体は男、そしてもう一体は女の姿をしていた。
 二体の悪魔に共通しているのは、男も女も一糸まとわぬ裸体だって事さ。
 二体とも別に恥ずかしがるでもなく、自慢なのか何なのか、自分の裸体を余すところ無く見せ付けてくれている。
 いや、別に見たい訳じゃないんだけどな。
 ついでに言うと二体とも、背中に魔族の象徴でもある大きな翼を背負っている。
 女型の悪魔の方はオレにも見覚えがある。
 淫魔サッキュバス。
 初めてエイティ達と組んで探索した教会で、オレ達はこの女型の悪魔と遭遇したんだ。
 あの時サッキュバスは、ベアとボビーをその色目を使って眠らせてしまった。
 しかしオレとエイティは眠りに堕ちる事は無かったんだ。
 何故かって?
 理由は簡単、オレとエイティが女だからだ。
 サッキュバスの色香は男にしか通用しなかったんだ。
 当然の事ながら、女であるオレとエイティはヤツの影響を受けずに済んだ。
 そして、それがきっかけでエイティにオレの秘密がバレちまったんだよな・・・
 女型の悪魔がサッキュバスだとすると、もう一人の男型の悪魔の正体も自ずと知れてくる。
 サッキュバスと対を成す男の淫魔インキュバスだろう。
 サッキュバスが男を魅了する悪魔なら、このインキュバスは女を魅了するのか。
 となるとその対象は、エイティにルアンナ。
 そして・・・オレか?
 いやいやちょっと待て。
 あんな男に魅了されるオレの姿を想像すると、背筋が凍り付きそうになる。
 それだけは絶っっっっっ対に勘弁して欲しいところだ。
 いや、それ以前に・・・
 男型と女型の淫魔が揃っているという事は、オレ達全員が眠らされてしまうんじゃねえのか?
 それってかなりマズイ状況かもな。
「素敵なレディの皆さん、どうぞボクと一緒に夢の世界へ」
 キザな台詞と共に、インキュバスの瞳が妖しく光る。
「みんな、アイツの目を見ちゃダメよ」
 エイティにならって、オレもヤツから目を逸らした。
 しかし状況はかなりヤバイ。
 さっきぐっすりと眠ったはずなのに、次々と睡魔が襲ってくる。
「うっ・・・」
 耐え切れなくなったエイティがついに片ひざを付いてしまった。
 オレは・・・あんなヤツに魅了されるなんてゴメンだとばかりに、ここは必死で耐える。
 何とか反撃をと思うが、うまく集中出来なくて呪文を唱えられない。
「さあ、アタシ達も楽しみましょう」
 次はサッキュバス、こちらも今頃はその瞳に妖しい光を浮かべているはずだ。
「いかん・・・」
「ボク眠いですぅ・・・」
 ベアとボビーがあっという間に眠りの世界へ堕ちていく。
 ったく、男ってのは誘惑に弱い生き物だよ。
 淫魔の攻撃は女よりも男の方が、より影響を受けやすいのかもな。
「く、くそ・・・」
 もう一人の男、ディルウィッシュは懸命に淫魔の誘惑に耐えていた。
 しかしそれも限界か、ついにガクッと身体が落ち始めた、その時だった。
「ディル!」
 叫び声と共にラハリトの炎がサッキュバスへ浴びせられた。
「くっ・・・」
 それでサッキュバスの妖術が解けたのか、ディルウィッシュがスッと立ち上がる。
「ルアンナ、助かった」
「ディル、あんな女に惑わされたりしたら許さないから」
 ラハリトを放ったのは、そうルアンナだった。
 どういう訳か、インキュバスの視線の影響を受けなかったらしい。
「おおレディ、ボクの事が気に入らないのかい?」
「私はね、アナタみたいな男は好みじゃないのよ!」
 ルアンナの気合一閃、突如巨大なかまいたちが発生してインキュバスを巻き込んでしまった。
 かまいたちの正体、それは僧侶系最大の攻撃呪文、マバリコだ。
 その呪文は、ティルトウェィトとまではいかないけど、マダルトかそれ以上の破壊力を秘めている。
「あ、ああ・・・」
 色男も形無しだな。
 インキュバスの妖術が解け、オレとエイティが睡魔から解放された。
「悪夢をどうもありがとう。これは私からのお礼よ!」
 かまいたちの中でもがくインキュバスにエイティの繰り出したハルバードが深々と突き刺さる。
「うわぁ・・・」
 男型の淫魔インキュバスはそのまま塵のように消えてしまった。
 一方サッキュバスもだ。
 既に意識を回復したベアとボビーも加わって、男二人とオス一匹に取り囲まれていた。
 最後の抵抗とばかりに呪文を唱え始めるサッキュバス。
 かすかに聞き取れる詠唱からするとマダルトか。
 しかしだ。
「今更呪文なんぞ唱えても遅いわ!」
 怒りの表情で放つベアのヘビーアックスが、サッキュバスの脳天を叩き割ってしまった。
「ぐ・・・」
 サッキュバスの身体はその場に崩れ落ちると、インキュバスと同じように霧散してしまった。
 やれやれ。
 淫魔も男女揃って出現されると思わぬ苦労をするもんだけど、なんとか片付いたようだな。
「ルアンナ。助かったぞ」
「いえいえ」
「それにしても、よくヤツの術に堕ちなかったな」
「ふふふ。ディル、よく覚えておきなさい。恋する女は強いんだから」
「な・・・」
 ルアンナの言葉に絶句するディルウィッシュ。
「なんてね。さあ、行きましょう」
 ルアンナはさっさと歩き出す。
「ルアンナ、ちょっと変わったみたいね。何か吹っ切れたのかも知れないわ」
「そうかもな」
 オレとエイティは顔を見合わせてクスっ笑うと、ルアンナの後を追った。

続きを読む