ジェイク5
12
第八層の昇降機のある区画の外へ出る方法を探してやって来た第七層。
ここで何も見つからなければ、レマ城を目前にして道を絶たれる事になる。
昇降機を中心にした9ブロックのその部屋は、東西南北にそれぞれ三枚ずつ、計12枚の扉が設置されてあった。
「さて、どれから開ければ・・・なんて聞くのは無意味ね。どうせジェイクは『適当にしろ』って言うんだろうし」
「分かってるじゃねえか」
「はいはい。それじゃあジェイク、どれでも適当に選んで開けてみなさい」
「そうだな・・・」
オレは適当に目に付いた東側の右端の扉を開けてみた。
「な・・・・」
「えっ?」
「はいぃ?」
順にオレ、ルアンナ、エイティだ。
扉の外の光景を見て思わず絶句しちまったんだ。
「これはまた・・・」
「うむむ」
ディルウィッシュとベアも思わず顔をしかめている。
オレ達が思わず言葉を失う光景、それは第四層と同じような何も無い空間だった。
造りは複雑でも良いから壁があった方がまだ安心てのも変な話だよな。
「またこのパターン? もういい加減にして欲しいんだけど」
「全くだ」
第四層で体験したピットとシュートの地雷原、あの悪夢が再び目の前にあるのかと思うとさすがに気が滅入ってくる。
「ねえ、ちょっと待って。そこに何か書いてある」
ルアンナが扉の上を指している。
そこを見ると
『クリスタルルーム
壁は見えなくてもそこにある』
とあった。
「なるほど。目には見えないガラスの壁か」
「本当に?」
エイティがハルバードの一番柄尻の部分を掴んでそおっと突き出してみる。
そのまま数歩、慎重に進んだところで。
コツン。
ハルバードの先が何かに触れた。
そのまま何も見えない空間をコンコンと叩くエイティ。
「間違いないわね。ここに壁がある」
「さて、どうやって探索する?」
「手探りで行くしかあるまい」
結局、このベアの意見が採用される事になった。
通路の右端をディルウィッシュ、左側にベア。
それぞれ壁に手を付きながら歩く事になる。
前方は、エイティが担当する。
こっちはさっきの要領でハルバードを前方に伸ばす格好になる。
これで、三方向の壁の有無を確認しつつそれをマップに記録していけば何とかなるはずだ。
マップの作成は今回もルアンナが引き受けてくれた。
オレは・・・迷った時の為のマロール担当って訳さ。
「ルアンナ、右側壁が切れているぞ」
「左側は壁のままだ」
「了解。エイティ、前方はどう?」
「んー、何も無いみたいね」
「分かったわ。それじゃあここで右に折れましょう」
前三人の報告をマップに書き込みつつ進路を決めていくルアンナ。
基本的には常に通路を右へ、右へと辿っていく。
いわゆる右手法ってやつだ。
どんなに複雑な迷路でも、この方法なら一通りの通路を歩き回れるはずだ。
手探りでの探索は、まあダークゾーンなんかを歩く時と同じ要領なんだけど、今回は視界が利くのでお互いの顔が見えるだけまだマシだよな。
それに悪い事ばかりじゃないぜ。
壁が透けて向こう側が見えるんだからな、敵が物影に隠れて・・・なんて心配がいらないんだ。
「んー、まさか自分が生まれて今まで暮らしてきた城の下に、こんな場所があったなんてねえ」
とはルアンナの弁だ。
そりゃそうだ。
誰だって自分の生活空間の足元にこんな迷路が広がっているなんて思いもしないだろうな。
「まったくだな。こんな事になるんだったら平和な時にでもこの迷宮を一通り歩いておくんだった」
「そうよ。ディルが事前にきちんとこの中を調べてくれていたらこんなに苦労しなくて良かったのに」
「済まんなルアンナ。だが次からは大丈夫のはずだから許してくれ」
「次がある事を期待しているわ」
二人の間ではずむ会話。
にしてもだ、城を追われた女王にしては、ルアンナの表情は朗らかに思えた。
その様子がどうにも気になって、思わずエイティの側へと駆け寄っていた。
「なあ、ルアンナってひょっとしてこの状況を楽しんでるんじゃねえか?」
「そうかも知れないわね」
「良いのかよ」
「やたらと深刻ぶるよりは良いんじゃないかな。でもルアンナの気持ちも分かるような気がするけどね」
「ルアンナの気持ち?」
「皮肉にも、今度の事件のおかげで、一時的とは言え女王の職務から解放されたのよね。それに、最近関係が薄れかけていたディルウィッシュさんとまた昔に戻ったような時間を持てている。これで楽しくないはずがないんじゃない?」
「そんなもんか?」
「それが女心ってやつなのよ。ジェイクもそのうち分かるんじゃない」
「知らねえよ、そんなの」
納得とばかりに頷いているエイティに対して、オレの表情は憮然としたものだったと思う。
女心ねえ、そんなのオレに分かる時が来るとは思えないけどな。
その時、エイティが前方に伸ばして構えていたハルバードがコツンと乾いた音を立てた。
「あっ、ルアンナ、前方に障害物発見で〜す」
「了解。ディルは?」
「右側は壁のままだな」
「ベアさん?」
「こっちは壁が切れている」
「それじゃあそちらに曲がりましょう」
エイティの言う通り、マップとにらめっこしながら探索の指示を出すルアンナの様子は活き活きとして見えた。
まっ、妙にふさぎ込まれるよりはマシだよな。
どこをどう彷徨ったのかはよく分からねえけど、オレ達はこの階層の一番南側まで到達していた。
そんなオレ達の目の前には・・・
壁一面にズラッと並んだ扉、扉、また扉。
どうやらこの階の外周の壁全てに扉が設置されているようだった。
しかしながら、見えないガラスの壁に阻まれて、すぐ隣に見えている扉にすら触れないというのは、いささかストレスが溜まるよな。
「ここから強力な魔力のゆがみを感じるわ」
ルアンナが扉の向こう側の様子を探ろうと意識を集中させている。
「おそらく、この扉を抜けるとこの階の北側まではじかれるだろうな」
「どういう事? ジェイク君」
「よくあるトリックさ。壁に仕掛けられた転移の結界と言えば分かり易いかな。北と南、東と西が繋がっているのさ」
そう。
それは迷宮探索を生業にしている冒険者のほとんどが経験しているであろう、よくある仕掛けだった。
マッピングの際にこの転移結界に気付かずにいると大変な事になるけど、特に被害を被る訳で無し。
現在地を確認しながら探索を続ければ問題は無いはずだ。
という訳で。
「扉を開けるわね」
エイティが目の前の扉を開けて先に進んだ。
もちろん全員がそれに続く。
出た場所は予想通りというか、この階層の北側だった。
そこでもやはり右手法に従って移動する、と・・・
すぐ隣の扉に辿り着く。
後ろを振り返るエイティに、ルアンナが無言で頷く。
先に進めの合図だ。
再び扉に手を掛けるエイティ。
その扉を抜けて出た場所は、さっきの南側の扉を抜けた所の1ブロック隣の通路だった。
「まったくねえ。すぐそこに見えるのに壁に阻まれて辿り着けない隣の扉へ行く為に、こんな手間を掛けなきゃならないなんて」
はぁと溜息を吐くルアンナ。
「腐るな、ルアンナ。こうやって少しずつ通路を潰していけば、いつかは進展があるはずだ。時間が解決してくれるさ」
そっとルアンナの肩を抱くディルウィッシュだった。
ルアンナの言う通り、見えない壁との戦いはかなりの苦労を強いられた。
探索し残した箇所へ戻る為にオレも何度かマロールを唱えたしな。
しかしまた、ディルウィッシュの言う事も間違いではなかったんだ。
時間の経過と共に少しずつ埋まっていくマップが、迷宮突破が間近に迫っている事を予感させてくれる。
結局、この階層では第八層の昇降機の近くの扉を開けるカギを見つける事は出来なかったんだ。
その代わり。
「階段があったぞ」
第七層東側の一郭で、上へ続く階段を見つける事が出来たんだ。
ディルウィッシュを先頭に階段を上るオレ達。
そして出た先は、第八層の昇降機のあった区画の外側だった。
「ようやく来られたわね」
「もう一息なんじゃねえかな」
誰もが迷宮突破、そしてレマ城がすぐ間近に迫っているとの手ごたえを感じていたはずだ。
「確か、レマ城からの下り階段が・・・」
ディルウィッシュが記憶を探るように、この階層の南側へと進路を取った。
なるほど、レマ城からの下り階段があった場所が、この迷宮脱出の為の上り階段がある場所という訳だ。
もうこうなったら、あとはディルウィッシュに任せた方が良いだろう。
オレ達はみんな黙ってディルウィッシュの後に続いた。
この階層には、特にトラップのようなものも見られなかった。
順調に通路を進み、何箇所か通路を折れると、目の前にはホールのような空間が広がっていた。
「あの先だ」
ディルウィッシュが先を急ぐ。
城への階段はもう目の前だった。
しかし・・・
迷宮突破を目前にして、オレ達の前に立ちはだかる者が現れたんだ。