ジェイク5

戻る


「闇雲にシュートに飛び込んでも時間の無駄だから、ある程度は絞りたいわね」
 再び第四層に戻ったオレ達だったが、とにかく正解のシュートを探し出すのは大仕事になるはずだ。
 ルアンナは、ここと下の二枚のマップにじっと見入りながら考えている。
「ジェイク君、シュートの場所は?」
「すまねえ、ちゃんと覚えていなかった」
「そっか、それじゃあもう一度歩き直しね」
 デュマピックには、地形は表示されるけれどもシュートの位置までは表示してくれない。
 こんな事になるのが分かっていたら、さっきシュートの位置を記録しておけば良かったんだけど、終わった事をとやかく言っても始まらねえしな。
「下の階の、既に歩いている場所へ落ちると思われるシュートは無視するわ。それだけでもいくつかは省けるはずよ」
 ルアンナが、第四層のマップに第三層のマップの空白部分を写していく。
 それで探索範囲を限定していくって訳さ。
「ジェイク君、段取りは分かっているわね?」
「任せてくれよ」
「それは頼もしいわね。ディル、何かあるかしら?」
「いや。この場はルアンナに任せる」
「そう。それじゃあ始めましょう」
 女王としての気質なのか、今やすっかりパーティを仕切っているルアンナの号令で、第四層の再探索が始まった。
 オレ達は再度シュートとピットの地雷原を歩く。
 もちろんリトフェイトの恩恵でそれらに落っこちるような事は無い。
 下の階との関係で、この階の南側三分の一くらいの場所にあるシュートは全て無視する。
 やがて。
「手始めにこれにしましょうか」
 ルアンナが一つ目のシュートを指定した。
 場所的には、この階の中央やや西より。
 例の壁によって仕切られた区域からは若干離れているかな。
「でもさあ、リトフェイトが効いているからシュートには落ちれないんじゃない?」
「エイティ、予想通りの反応ありがとう。でもその心配は無用よ」
 ルアンナがクスっと笑ってからオレへと視線を向ける。
 オレは全員がシュートの上にいる事を確認してから、呪文を唱え始めた。
 その呪文は
「パリオス!」
 呪文が完成すると同時に、オレ達を宙に浮かせていた魔法による力場が消える。
「えっ?」
「おい」
「なんだ!」
 慌てる三人組みと余裕の表情でそれを眺めているオレとルアンナ。
 パリオスは、それまでパーティに掛けられていた呪文を全て無効にしてしまう呪文だ。
 普段は、戦闘で敵から不利な呪文を掛けられた時に使うものだが、こんな使い方もあるって訳さ。
 リトフェイトの効果を失ったオレ達は、当然のように落下する。
 そして出た先は、第三層の未踏のエリアだった。
「さて、一発で当りだと嬉しいんだけどね」
「そう甘くはないだろうけどな」
 いまだ呆然としている三人組みは置いといて、ルアンナとオレで落下地点や周囲の地形の確認をし、手元のマップに記録していく。
「ハズレみたいね」
「そうだな」
「ジェイク君、マロールで戻る?」
「いや、この一方通行のドアを使えば昇降機はすぐそこだ。歩こうぜ」
「それじゃあ行きましょう。ほらディル、ベアさんにエイティも。行くわよ」
 頼もしい女王さんだよな。

 そんな感じで第四層のシュートを一つずつ潰していく作業が続いた。
 目的のシュートまではリトフェイトを掛けてから移動、そしてそこに着いたらパリオスでリトフェイトの効果を消して落下。
 エイティ達も事の段取りが分かったようで、もうシュートに落ちるのにも慌てたりはしない。
 落ちたら周囲の地形を第三層のマップに書き込んで、再び上へ戻る。
 そして四つ目のシュートを落ちた所で。
「隠し扉があるぞ」
 ディルウィッシュが玄室の一郭にある隠し扉を見つけた。
 デュマピックで確認すると、扉の向うもまだ未踏のエリアのようだ。
 これは行ってみるしかないだろう。
 ディルウィッシュの先導で扉を抜ける。
「魔力の歪み、転移の結界があるようね」
 ルアンナの言うとおり、そこにはこの階の他の場所へ飛ばされる転移地点があった。
 全員で顔を見合わせて大きく頷いてから転移地点へ乗り込む。
 するとその先には
「階段よ!」
 いきなり第四層へ続くと思われる階段が現れたんだ。
 いや正確に言うと、オレ達が階段の前に飛ばされたんだけどな。
 まっ、そんな事はどうでもいいだろ。
 とにかく急いで階段を上ると、そこは例の壁によって仕切られた空間の中だった。
「やったわね。でもこんなに早く見つかるなんて思ってなかったなあ」
 みんな同じ気持ちだったと思う。
 でもな・・・
 現実はそんなに甘くねえんだよ。
「行き止まり、みたいね」
「だな」
 壁によって仕切られたそのエリアには下から上ってきた階段の他には何も無かったんだ。
 もちろん隠し扉や転移地帯といったようなものも無し。
 マップで確認すると、このエリアの残り半分くらいが壁一枚を隔てた東側にあるらしいのだが・・・
「この向こう側に上への階段があるんでしょうねえ」
 恨めしそうに壁を見つめるルアンナ。
「ねえジェイク、マロールで壁の向うへ飛べないかな?」
「だからそれは無理だって」
「やっぱり」
 あーあと溜息をつくエイティ。
 未踏のエリアへのマロールによる転移は、昔なら可能だったんだ。
 古い時代のマロールは目的地までの方位と距離をイメージして行われた。
 だから『東へ1ブロック』とイメージしてやれば、たとえそこがまだ行った事の無い場所でも飛び込めた。
 しかし、この術式は今では禁止されている。
 何故なら、飛び込んだその場所が危険地帯かも知れないからだ。
 分厚い壁や岩の中だったり、足場の無い空間だったり、深い海の底だったり・・・
 そんな場所に転移してしまったら、その瞬間に生命を落としてしまうかも知れない。
 だから現在のマロールは、一度訪れた場所をイメージする事で転移するように改良されている。
 これによってマロールによる事故は大幅に減ったが、今みたいなわずか壁一枚向こうにすら飛べないという欠点も生まれてしまった。
「はあ、何だか歩いて帰るのも嫌になったわね」
「オレもだよ」
「元の場所になら戻れるんでしょ。お願いジェイク」
「しょうがねえな」
 確認の為、ルアンナ、ディルウィッシュ、ベアと、順に顔をチラッと見回してみたけど、誰も異論を唱える者はいなかった。
 みんなシュートに落ちては歩いて戻るのに少し飽き始めているんだろう。
 という訳で。
「マロール」
 オレが呪文を使う事になる。
 次の瞬間には、オレ達は再び壁の外側へ戻っていたのさ。
「やっぱり便利よねえ」
「回数は限られてるけどな」
「最後の一回は魔力の回復のために使えば良いのよね」
 エイティが言う通り、最後のマロールは第二層にある魔力回復の効果がある部屋への移動の為に使う事になる。
 だが、そこからまたここまで戻る分も考えると、探索に使える回数は限定される。
 ましてや戦闘での無駄打ちは厳禁だ。
 呪文のペース配分は重要なポイントだろう。
 
 壁の周囲を中心に、かなりのシュートを潰した。
 それにしてもだ。
 人間というのは悲しい生き物で、一度楽な事を覚えてしまうとあとは堕落への坂道をひたすら転がり落ちるものらしい。
 例の部屋へ戻ればいつでも魔力が回復出来るとなればなおさらだ。
 結局、シュートに落ちてはマロールで戻るの繰り返しになってしまう。
 そして次のシュートまでの歩いての移動時には、ピット対策としてリトフェイトを掛けなければならないし、落ちる時にはパリオスでその効果を打ち消してやらなければならない。
 特に敵も出て来ないし、何だかオレだけが異常に働いているような気がするんだけど・・・
 そんな感じで探索を続けて、また新たなシュートに落ちる。
「そろそろ正解に辿り着いて欲しいわね」
 もう10回目くらいになる落下で出た先は、やはり袋小路のようだった。
「またハズレかな」
「ちょっと待って。この先に妙な魔力のゆがみを感じるわ」
 オレとルアンナは顔を見合わせて頷くと、そちらへと近付いて行った。
「転移の結界がある。今度こそ怪しいんじゃないかしら」
「行ってみようぜ」
 オレ達は転移地点に踏み込んだ。
 すると次の瞬間には、まだ未踏の通路に移動していたんだ。
 その通路を更に進むと、同じような転移地点。
 ルアンナが振り返って、全員の視線を確認するとみんな無言で頷いた。
 意を決して転移地点に踏み込むと・・・
 目の前に階段が現れたんだ。
「ようやく見つけたみたいね」
 階段を上るとそこは第四層の閉鎖空間、それも出た場所はさっきの東側だった。
 通路を進み中央部の扉を開けると、中には第三層で見たのと同じような石碑があった。
『この先動く床に進路を阻まれる
 空間を自由に移動出来ねば永久に彷徨うであろう』
「警告って訳か」
「空間を自由に移動っていうのは、マロールの事よね」
「おいおい。またオレの仕事かよ」
「そういう事。頑張ってね、ジェイク」
 もうどうにでもしてくれって感じだよ。
 まあいいさ。
 魔法使いとしてのオレの力、全て出し切ってでもこの迷宮を突破してやる。

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