ジェイク5

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 昇降機の「B」のボタンを押して出たのがこの階層だ。
 魔方陣があった階の二つ上、つまりは第三層に当たる。
 まずは通路を歩いて大まかな地形の確認、そして扉を開けて玄室を調べていく。
 その扉を開けると。
「どうやらお客さんのようだな」
 ディルウィッシュが早くもマスターソードを抜いている。
 そこにいたのは、デーモンインプと呼ばれる、レッサーデーモンよりも更に低級な悪魔だった。
 見た目は直立したイタチにツバサを付けたような感じで、大きさもせいぜい犬くらいのもんだ。
 敵の先遣隊、もしくは見張り部隊といったところだろう。
 オレ達の訪問に驚いたのかそれとも嬉しかったのか、小型の悪魔達はキーキーと耳障りな声を上げながら部屋の中を縦横に飛び回っている。
 数にして六体、比較的呪文も効きやすいし、オレが一気に始末してやっても良いんだけど・・・
「ジェイク君、さっきの打ち合わせ通りやるわよ」
「デーモンインプくらい呪文で一掃出来るけど」
「練習だと思って。私達は護りを固める。あとはディル達に任せましょう」
「やれやれ、めんどくせえな」
 ここはおとなしくルアンナの指示に従う事にした。
 という訳でオレが唱えたのは、呪文障壁を作り出す
「コルツ!」
 って訳さ。
 ルアンナと二人で作り上げた二重の呪文障壁。
 せっかくだからその出来栄えを試してみたくなった。
「エイティ、少し奴らに呪文を使わせてやってくれ」
「あー、なるほど。良いわよ」
 オレの思惑を読み取ってくれたエイティ、いきなりデーモンインプを倒したりせずにかなり手加減した攻撃を繰り出す。
 いや、攻撃というよりはハルバードの先でつっついているだけなんだけどな。
 しかしそんなエイティのかなり手加減した攻撃にも激しく反応したデーモンインプは、やっぱり耳障りなかん高い奇声と共に呪文を放ってきた。
 メリトによる複数の火球がオレ達を襲う。
 しかしそれらの火球はコルツによる呪文障壁に阻まれて、オレ達の目の前であっけなく霧散してしまった。
「良い感じだな」
「まずまずね」
 ルアンナと二人、呪文の成果に満足する。
「ルアンナ、そろそろ片付けても構わないか?」
「ええ。お願いディル」
「ワシもそろそろ暴れたかったところだ」
「私もね」
 ディルウィッシュのマスターソードが、ベアのヘビーアックスが、そしてエイティのハルバードが、華麗に弧を描いて舞うと同時に低級悪魔達は次々と落とされていく。
「これで最後だ」
 ディルウィッシュが最後の一体を薙ぎ払い、何事も無かったかのように剣を腰に収める。
「見事な腕だな、ディルウィッシュ」
「ベアと、それからエイティもな」
「この調子で次も行きたいわね」
 お互いの健闘を称え合う三人。
 それに対してオレはというと・・・
「攻撃呪文を唱えられなくて不満だって顔してるわね」
「まあね。オレは魔法使いだからさ、やっぱラハリトとかマダルトなんかで敵を一気に蹴散らしてやりたいってのが正直なところさ」
「ふふ。でもね、きっと今の戦いが役に立つ時が来るわ。魔法使いの本当の意味での役割っていうのかな、きっと分かると思うわよ」
「魔法使いの役割? そんなの呪文で敵を倒す事なんじゃねえのか?」
「さあどうかな。でもそれは貴方しだいなんでしょうけどね」
 ルアンナはそこまで言うと、フフっと謎の笑みを残してディルウィッシュの側へ行ってしまった。
 入れ替わりにエイティがオレに寄って来た。
「ルアンナと何を話していたの?」
「魔法使いの役割について、だとよ」
「何それ?」
「さあな」
 腕組みをしたまま憮然とした顔で応える。
 魔法使いの役割、それは数々の攻撃呪文を駆使して敵を一気に蹴散らしていく事のはずだ。
 でもルアンナは『本当の意味での役割』と言った。
 本当の意味って何なのか、今のオレにはサッパリな話だよ。
 
 やがて一通り歩き回ると、この階は四隅にあるいくつかの玄室と環状に設置された通路で構成されているという事が分かってきた。
 しかしだ。
「中央部へ入れないわね」
「うーん」
 描き上がったマップに見入りながら首を傾げるルアンナとオレだった。
 迷宮探索には正確なマップの作製作業は欠かせない。
 多くのパーティでは、デュマピックの呪文を習得する魔法使いがこの担当になる場合が多いのだが、今回はルアンナがその役を買って出てくれた。
 オレはルアンナの補助役だな。
 デュマピックは、今まで辿った通路などを一時的に空間に映し出す呪文だ。
 しかし、マップの確認の度に呪文を使うのでは効率が悪いし、何よりあっという間に呪文を切らしてしまう。
 それで、キチンと紙に書き取る作業が必要なのだが、出来上がったマップは依然として真ん中には何も書き込まれていない状態だった。
「隠し扉の見落としかな」
「そうねえ」
 つくづく盗賊がいないのが恨めしくなる。
「おいボビー、何か気付かなかったか?」
 ボーパルバニーのボビーは、その長い牙で扉のカギを開けるといった特技を持っている。
 何より鼻が利くし、長い耳は人間以上に音に敏感だ。
 ひょっとしたらオレ達が見落としているような事に気付いているかもと思ったのだが。
「ゴメンなさい〜」
 情けない声でうな垂れるボビー。
「ったく、使えねえウサギだな」
 足でグリグリとボビーの身体をこねてやる。
「わわわ、助けてください〜」
「ちょっとジェイク、ボビーをいじめないでよね」
 すかさずエイティがボビーをかばう。
「ねえボビー、もう大丈夫だからね」
 優しく抱き上げて頭を撫でてやると、ボビーはこの上もなく幸せそうな顔をしていた。
 エイティもエイティだ、ボビーを甘やかし過ぎなんじゃねえか?
 あんまり甘やかし過ぎるのもボビーのためにならないだろうに。
「仕方ない、もう一度歩いてみよう」
 いい加減でオレ達の漫才も見飽きたのだろう、ディルウィッシュが再度壁伝いに歩き出した、その直後だった。
「ん? ここは・・・」
 ちょうど昇降機から真っ直ぐに北へ進んで、通路が左右に分かれている箇所の、更に北側すぐの窪み。
 何かに気付いた様子のディルウィッシュがしきりに壁を叩いたりさすったりして調べている。
「ディル、どうかしら?」
「ああ、どうやらここが・・・よし開いたぞ」
 探索再開直後にビンゴ。
 早速ディルウィッシュが自ら見つけた扉を開けて中へ進んだ。
 当然オレ達もあとに続く。
 その部屋は、中央部から東西南北にそれぞれ1ブロックずつ伸びた、十字架のような形をしていた。
 中央にはベアの背丈くらいの石碑が一つ、いかにも苔むしたという感じでひっそりと建っていた。
「何か書いてあるな」
 ディルウィッシュが丁寧に石碑の表面の苔を落とす。
 すると、次のような文字が浮かび上がってきた。
『落石注意!
 落下注意!
 正しき穴は一つ』
「どういう意味かしら?」
「さてな?」
「うむ・・・」
 エイティと男二人が石碑の前で首を傾げる、その後ろで
「ジェイク君、私カラクリが分かったような気がするんだけど・・・」
「オレも」
 ルアンナとオレは愕然となっていた。
 オレの予想が正しければ、この後酷い目に遭うのは間違いないだろうな。
「ルアンナ、説明してくれ」
「ええとね、ディル・・・」
 ルアンナは話して良いものか迷った様子で視線を泳がせていたが、やがて意を決してディルウィッシュの顔を見つめた。
「上の階にあったシュートの中に正解のものが一つだけあるのよ」
「何だって?」
「だから私達はもう一度上へ戻って、あのシュートの中から上への階段に辿り着くためのものがどれかを探し出さなければならないのよね」
 ルアンナの説明に、ディルウィッシュだけでなくエイティもベアも表情が完全に固まっていた。
 そりゃそうだ。
 一つ上の第四層には、床一面にシュートとピットが無数に配置されていた。
 もちろんピットに落ちればそれなりのダメージを食らうだろうし、間違ったシュートに飛び込めばまた上まで戻らねばならず、結局は時間を無駄に浪費させられる。
 あの中から正解のシュートを探し出す手間を考えると、いい加減気が遠くなってくるんだけど・・・
「やるしかないわね」
 ルアンナがピシリと場を引き締める。
「そうね、頑張りましょう。それに私達にはジェイクがいるんだから。こんな時のためのマロールでしょ?」
「ジェイク君、頼りにしてるからね」
 いまだに呆然としている男二人を尻目に、エイティとルアンナがオレに発破を掛けてくる。
 ったく、こんな時は男よりもむしろ女の方が神経が図太いのかも知れないよな。
「しゃあねえな。やってやろうじゃねえか」
 ここからがオレの本領発揮ってヤツさ。

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