ジェイク5
6
魔力を回復させた小部屋から再び中央の通路へ戻り、そこから進路を南へ取るとやがてこの階層の南端にぶつかる。
そこには、上の階への移動施設である昇降機が設置されていた。
以前立ち寄ったエルフの森の神殿にあったものとは違い、床には特に魔法陣のようなものが描かれていない。
となると、機械的な仕組みで動くようになっているのだろう。
「ボタンが三つあるわね。どれを押せば良いのかしら?」
「適当に押してみるしかねえだろ」
「ねえジェイク、君って時々ホントーにいい加減な事言うわよね」
「生まれつきだよ」
「その性格、直した方が良いと思うけど」
「うるせえ」
エイティとオレの、何の生産性も無い会話にルアンナが割り込む。
「まあまあ二人とも。ディルに聞けば分かるわよ。ねえディル?」
「あ、ああ」
ルアンナに視線を向けられたディルウィッシュだったが、その表情は何故かすぐれない。
気まずそうに顔をうつむけ、視線が虚空を泳いでいるように見えるのだが。
「ディル、貴方まさか?」
「正直に言おう。ここから先は俺も足を踏み入れた事が無い」
「なるほど」
ルアンナが得心したとばかりに頷く。
「どうりで。だからあの時、雪が積もっていても登山道を選んだのね」
「すまなかった」
「いえいえ」
「部隊の訓練は主にこの階層で行われていたから・・・イヤ俺はもっと先まで進みたかったのだが、仲間の意思もあって」
「ハイハイ、分かりました」
「あの登山道なら上まで行ける自信はあったんだ。だからな」
「分かってますって」
二人の間で交わされる何気ない会話。
パッと見は呆れたような顔をしているルアンナだけど、心の底からそう思っているはずも無い。
一方のディルウィッシュはと言うと、ルアンナに弱味を見せた事を照れてるのか?
妙な言い訳を展開させていた。
二人のやり取りはごくごく自然で、とても女王とその臣下のものとは思えなかった。
そう、それはまるで恋人同士の会話のような・・・
「ワッハッハ」
突然豪快な笑い声を上げたのはベア。
「これは面白い。レマの将軍殿よりも我々一般冒険者の方がこのような迷宮の探索には長じているだろう。どうやらここから先はワシらの出番のようだな」
「そうね。どんな迷宮でも踏破してみせるわ」
「だな」
オレ達三人は顔を見合わせて頷き合った。
「そうと決まれば、だ」
オレは昇降機に設置されたボタンをじっと見つめた。
縦に三つ並んだボタンには上から順にそれぞれ「C」、「B」、「A」の文字が彫られてある。
ボタンはそれぞれ移動先の階層を示しているのだろう。
「とにかく上に行くんだからな。一番上から押してみよう」
オレは一番上にあった「C」のボタンを押した。
ウイィィィンと、低い鳴動が起こったかと思うと、昇降機はゆっくりと上へ動き出した。
「さて、何があるのかしらね?」
「楽しみだな」
やがて昇降機の動きが止まる。
オレ達の目の前には・・・
何も無かったんだ。
いやいや。
何も無いというのはいささか正確さを欠いている。
もちろん床はある。
天井もある。
しかし、迷宮を構成する壁が一切無かった。
何も無い、ただっ広い空間だけが視界が利く限り遥か向こうまで開けていた。
「なんだ。これなら楽勝じゃない」
エイティは早速一歩を踏み出そうとしていた。
「ちょっと待ったエイティ! ピラミッドの時を思い出せ」
オレが叫ぶと、エイティの足がピタリと止まった。
おそらくエイティの脳裏にも、あのピラミッドで体験した悪夢が甦ったはずだ。
その悪夢の名は、トラップ。
一見何も無いように見える床に巧妙に隠されたトラップは、それを踏んだら最後一斉に発動して侵入者の行く手を阻む。
ディルウィッシュは言ったはずだ、この迷宮は敵の侵入を防ぐ為の要塞だと。
今のオレ達の立場は何だ?
目の前に立ちはだかる迷宮を突破しようとしている侵入者だ。
城の主がいるとかなんて関係ないからな。
となれば・・・
「まさか、この床一面にトラップが?」
「その可能性はあるな」
おそるおそる、目の前の床を覗き込むエイティとベア。
「間違いねえよ。いかにもって感じだろ」
「確かにそうね」
「ディル・・・」
不安そうに傍らに立つディルウィッシュの顔を見上げるルアンナ。
その視線を受けて、ディルウィッシュが決意を固めたようだ。
「ジェイク」
「何だ?」
「リトフェイトは使えるな?」
「当然」
「ならばその呪文を俺に掛けてくれ。俺一人で少し様子を見てくる」
浮遊の呪文リトフェイト。
あらかじめその呪文を掛けておけば、シュートやピットといった落とし穴系のトラップはたいてい回避出来るはずだ。
しかし、目の前の床にトラップが仕掛けられているとして、それが落とし穴ばかりとは限らない。
毒ガスや地雷といったものも当然考えられる。
リトフェイトを掛けたからって必ずしも安全とは限らないのだが。
「ディル、一人でなんてダメよ」
「いやルアンナ、これは俺の仕事だ」
ルアンナの制止を振り切って一人行こうとするディルウィッシュだったが・・・
「フン、今更カッコなんざ付けなさんな」
「そうそう」
「あのなディルウィッシュ、リトフェイトはパーティ全体に効果のある呪文なんだよ。一人だけなんて手間の掛かる事はゴメンだからな」
全員でディルウィッシュを説得する。
オレの説明は自分でも良く分からねえけど・・・要は一人で抜け駆けなんて許さないって事さ。
何たってオレ達はパーティだからな。一蓮托生、運命共同体ってやつさ。
「ねっ、ディル」
「分かった」
最後はルアンナにとどめを刺されて、ディルウィッシュが折れた。
話が決まったところで、オレは今日二度目になるリトフェイトの呪文を唱えた。
魔法による力場が、本当にわずかだけオレ達の身体を宙に浮かせているのだ。
「それじゃあ探索開始ね」
今度こそエイティが昇降機から一歩を踏み出す。
その瞬間、スパーンと小気味いい音が響いた。
「ウソ・・・?」
「いきなりかよ」
エイティの足元の床が綺麗に消えて無くなっていたんだ。
昇降機の目の前すぐの所に仕掛けられていたシュートの落とし穴。
リトフェイトの効果でエイティが落ちる事は無かったけど・・・
「はあ、先が思いやられるな」
思わず溜息が漏れていた。
まずは壁に沿って移動する事にした。
昇降機から壁沿いに西へ、突き当たったら北へ向かう事になる。
何箇所かトラップは見られたけど、それらは全てシュートかピット、つまりはリトフェイトで難無く回避可能なものばかりだった。
「これなら案外簡単に突破出来そうね」
「油断は禁物だぞ、エイティ」
ちょっとした油断から生じる隙が危ない事を、熟練の戦士であるベアはよく知っている。
引き締め役として、常にパーティのムードに神経を払っているんだ。
やがてこの階層の北西の端で、下から続いていると思われる階段を発見した。
「下りるか?」
「いや、今はこの階を先に歩いてしまおう」
言うやディルウィッシュはこちらへ振り返り、ルアンナに確認の視線を送る。
無言で頷くルアンナ。
もちろんオレやエイティに異存があるはずもない。
今度は壁に沿って東へと進む。
すると。
「壁があるわね」
しばらく進んだ所で、壁に囲まれた一郭を発見した。
調べてみると、壁は5×5ブロックの正方形を構成していた。
周囲に扉は一切無い。
「中へは入れないのか?」
オレはゴンゴンと壁の表面を叩いて回ったが、コレといった反応は無し。
全員で丁寧に壁の周りを調べてみたけど、結局隠し扉のようなものは見当たらなかった。
パーティに盗賊がいれば何か分かったかも知れないんだけど、いないものはしょうがないよな。
「分からない事は後回しだ。先へ行こう」
ベアが宣言して再び移動。
だが・・・
結局一回りしても、あの壁によって仕切られた空間以外には何も見つからなかったんだ。
念の為、目の前の何も無い空間も歩いてみたが、結果は同じ。
あるのは無数に配置されたシュートとピットだけだった。
「どうなっているのかしら?」
「やっぱりあの壁の中だろ」
「でも入れないわよ」
「そうだな、壁を乗り越えたりとか出来ないかな?」
「天井と壁の間に隙間なんて無かったわよ」
エイティとオレの、やっぱり何の進展性も見られない会話に、今度もルアンナが割り込んできた。
「ねえ、この階だけで考えていたらダメなんじゃないかしら。まだ下の階は調べていないんだし」
「そうか。考えてみればそうだよな。下の階にあそこへ続いている階段があるかもだし」
そう結論付けたオレ達は、昇降機で一つ下の階へと移動した。