ジェイク5

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 魔法陣のある洞窟内で薪を燃やして暖を取り始めてから小一時間が経過していた。
 ダリア城から持って来た食料の他にも、ここに備蓄してあったものも持ち出して腹ごしらえを済ますといよいよ再出発だ。
 登山道から城を目指すのはもう無理と判断する。
 必然的に残りは・・・
「山の中の迷宮しか道は無い」
 ディルウィッシュが決断した。
 最初からオレが主張した通りになったんだけど、オレを含めて今更そんな事を持ち出すヤツはいなかった。
「雪崩から逃げるのにマロールを一回使ったからなあ・・・」
 魔法使いとしては常に呪文の配分には神経を使わなければならない。
「ジェイク、その心配なら無用だ」
「え?」
 ディルウィッシュはオレの顔を見つめてニヤリと笑うと
「さあ出発だ」
 颯爽と歩き出していた。
 出口へ向かうのとは別の通路を進むと、そこには天井から下げられた縄梯子が設えてあった。
「ここから先は本格的な迷宮になるぞ」
 そう言い残すと、ディルウィッシュは力強く縄梯子を上って行った。
 こういった縄梯子での上下の移動の際は、男が上で女が下に位置するような順になる事が多い。
 女の立場からすれば、スカートやローブの裾を男に下から見られたら良い気分はしないしな。
 という訳でディルウィッシュの次はベア、そしてオレ。
 ボビーを肩に乗せたエイティ、最後がルアンナの順で縄梯子を上った。
 この順からすると、取りあえずオレは男扱いだよな。

 全員が縄梯子を使って一つ上のフロアへと移動した。
 今までいた魔法陣があるフロアを便宜上第一層とすると、当然ここは第二層という事になる。
 ディルウィッシュによると、今いる場所が迷宮の北側に当たるそうだ。
 ここから道が三方に伸びている。
 一つは真っ直ぐ正面に。
 そして残りの二つは左右に向かって。
「隠された扉もあるが、それらに構う必要は無い」
 簡単に説明を終えると、ディルウィッシュは正面の道を歩き始めた。
 隊列は、何となくさっき縄梯子を上った順番に落ち着いていた。
 男二人が前を行き、オレが中央。
 エイティはルアンナの側にピタリと張り付き、護衛に徹するつもりだろう。
 そのエイティ、
「何が出るのか楽しみね」
 一見軽口を叩いているように見えるけど、表情は明らかにさっきまでとは違っている。
 周囲に神経を配り、いつ敵に襲われても即座に対応出来る状態だ。
 もちろんオレだってそうさ。
 いつでも必要な呪文を唱えられるように、呼吸を整え精神を集中させていく。
 軽い緊張感はあるものの、むしろそれが心地良いかも知れないな。
 通路には若干の曲折があったものの、基本的には南に向かって伸びている。
 それが、この階層の中央部へ差し掛かったところで、少し開けたスペースになっていた。
「このまま真っ直ぐ進めば昇降機だが、少し寄り道するぞ」
「寄り道って?」
「まあ黙って付いて来い」
 ディルウィッシュがスペースから左に伸びた通路を進もうとした、その時だった。
 グニャリ。
 この階層全体の空気が不気味に歪むと、オレ達の周りにいくつもの赤い火球が出現した。
「敵だ!」
 ディルウィッシュがスッと腰に下げていた長剣を抜くと、ベアとエイティもそれぞれの得物を構えて戦闘態勢を取る。
 やがて火球は生物の形へと変化する。
 火球の色そのままの真っ赤な身体は人間よりも一回りは大きい。
 山羊のような角と背中には巨大な翼を持つその生物は、オレ達冒険者には割りと馴染み深い低級悪魔だった。
「レッサーデーモンか」
 敵の正体を確認するや、早速ディルウィッシュが自慢の剣を振るう。
 ぐわっと悲鳴を上げて、まずは一体目がその場に崩れ落ちた。
「ふっ、マスターソードの斬れ味はどうだ?」
 不敵に笑うディルウィッシュ。
「ワシらもやるぞ」
「ええ」
 ベアはレッサーデーモンの群れに突撃し、エイティはルアンナに近寄る悪魔を確実に追い払う。
 そのルアンナはパーティの守備力を上げるバマツの呪文を唱えていた。
 オレは攻撃呪文を放つタイミングを窺う。
 ボビーはレッサーデーモンの群れの中を走り回っている。
 撹乱の役ぐらいは立っているだろう。
「クウェー!」
 何体かのレッサーデーモンが甲高い奇声を上げた。
 それに応えるかのように次々と火球が出現する。
「仲間を呼ばれると厄介だぞ」
 いくら低級悪魔とは言え、数で押されるとさすがにマズイ。
 ディルウィッシュとベアが奇声を上げて仲間を呼んでいる悪魔から倒すも、敵は早くも増殖態勢に入っている。
 次々と増えるレッサーデーモンの中の一体が呪文を放った。
 マハリトだ。
「散開!」
 ディルウィッシュの号令で一斉に散らばる。
 単発のマハリトならこれでやり過ごせるのだが、これが連弾となると話は変わってくる。
 次々と放たれるマハリトの炎を逃げ回ってかわすうちに、オレ達は隊列を乱され、パーティとしての連携を絶たれてしまう。
 このままではマズイと判断したのだろう、ディルウィッシュがオレに向かって叫んだ。
「ジェイク、呪文を温存する必要は無い。構わずぶっ放せ!」
「了解。面倒だ、まとめて始末してやる」
 まずは様子見とばかりにマダルトを放つ。
 レッサーデーモンのうちの何体かは仕留めたが、かなりの数が悪魔族が持つ呪文無効化能力でオレの呪文を難無く凌いでしまう。
「クソッ、やり難い奴らだぜ」
 次いで放った呪文は、マダルトよりも遥かに強力な冷気を生み出すラダルトだ。
 決まればこの悪魔どもを一掃出来るはずだが・・・
 それにも耐えた二体がディルウィッシュとベアに襲い掛かった。
「ふん」
「おおりゃ」
 一対一なら負けるはずがない。
 ディルウィッシュとベアはそれぞれ確実にレッサーデーモンを仕留めてしまった。
「ルアンナ、ケガは無いか?」
「ええ」
「他の者はどうだ、大丈夫か?」
 ディルウィッシュが全員の状態を確認するが、特にケガを負った者はいなかった。
 ちょっとばかり苦労したけどな、緒戦としてはこんなもんだろ。
 
 それにしても、だ・・・
「ったく、呪文無効化ばかりしやがって。魔法使いとしてはやり難いったら無いぜ」
 いくら強力な呪文をお見舞いしてやっても、それが効かないんじゃ話にならない。
 オレが一人ぼやいていると
「ジェイク君、ちょっと良いかしら」
 ルアンナがオレの側に寄って来た。
「ジェイク君、少し戦い方を変えた方が良いみたい」
「戦い方を変えろって?」
「ええ。おそらくこの先は、もっと手ごわい悪魔が出て来ると思うの。当然貴方の呪文も効きづらくなる」
「・・・」
 それはオレも感じていた。
 この先レッサーデーモン以上に厄介なヤツが出て来たら、オレの呪文なんて全く役に立たなくなるんじゃないかって。
「だからね、まずはこちらの護りを固める事から考えましょう」
「護りを固めるか。さすがは僧侶出身者の発想だな」
 オレはワザと大げさに肩をすくめてみせた。
「茶化さないで。コルツは使えるでしょ。まずはそれで敵の呪文から身を護る。余裕があったらバコルツで敵の呪文そのものを封じて欲しいの」
「呪文封じならモンティノだろ」
「それはダメ。だってモンティノは他の攻撃呪文同様無効化されるからね」
「それもそうだな」
 単に敵の呪文を封じると言ってもその方法は様々だ。
 オレもよく使うコルツは、パーティの周囲に敵の呪文を弾く結界を張る呪文だ。
 それに対してバコルツは、敵の周囲に呪文障壁を作って呪文そのものを封じるもの。
 そしてモンティノは、相手を沈黙させて呪文の詠唱に欠かせない発声を封じるものだ。
 三つの呪文は微妙に性格が違う。
 それらをうまく使って敵の呪文を押さえ込み、戦いを有利に展開させようというのだ。
 オレが使えるのは、魔法使いが習得しうるコルツとバコルツ。
 ルアンナは僧侶時代に習得したモンティノと、司教になってから習得したコルツが使えるという。
 話し合った結果、まずは二人で同時にコルツを重ね掛けして協力な呪文障壁を作り、その後はそれぞれの判断で攻撃、護りの呪文を使い分けるといったところで落ち着いた。
 
 そして。
 この階層には、魔法使いにとっては嬉しい施設が用意されていた。
 ディルウィッシュが案内してくれたのは、さっきレッサーデーモンと戦った場所から東へ通路を進んだ所にあった小部屋だった。
 その小部屋の床には小型の魔法陣が描かれ、壁には青いレバーが一つあった。
「ジェイク、そのレバーを動かしてみろ」
「こうか?」
 ディルウィッシュに言われ、オレは青いレバーをゆっくりと下ろした。
 すると、魔方陣が煌めき出し、それに呼応するかのように、オレ自身の精神がリフレッシュされていくのが分かった。
 確認するまでもない。
「魔力が回復したようだな」
「そうだ。しばらくはここを拠点に探索を続ける事になる。ルアンナ、この迷宮に転移封じの結界は・・・」
「大丈夫よ」
 落ち着いて応えるルアンナ。
 この女、魔力の流れとか魔力による結界といったものにかなり精通しているようだ。
 ただ「女王」という身分だけじゃあなく、術師としてもかなりの腕前なのかも知れないな。
「ジェイク、迷宮突破のカギはお前のマロールだ。しっかり頼むぞ」
「っ!」
 ディルウィッシュがオレの背中をバンと叩いた。
 単純に痛かったってのもあったけどそれ以上に、ローブ越しとは言えオレが胸に巻いているサラシがバレたんじゃないかって一瞬焦ったりもしたけど・・・
 大丈夫だよな?
 そんなオレの心情の変化を素早く察したのか、エイティがオレの身体をグイっと自分の方に引き寄せた。
「そうね、頼りにしてるからね」
「ああ。任せといてくれよ」
 少しぎこちないような気もしたけど、何とかその場をやり過ごす。
 まあ、しばらくは余計な事を考えるのは止めよう。
 オレの呪文がカギだってんならやってやろうじやないか。
 とにかく、今は迷宮突破に全力を尽くさないとな。

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