ジェイク5

戻る


 とにかく時間が惜しいというディルウィッシュとルアンナに急かされて部屋を出るオレ達。
 今は歩き出した二人に付いて行くしかない。
 城の中というのはとにかく造りが複雑だが、前を歩く二人は別段迷ったりといった様子もない。
 いくつかの通路や広間を通り抜けて、やがて階段を下り始めた。
「外へ出るんじゃないのか?」
「ええ、この城の地下に転移魔方陣が設置されている部屋があるのです」
 振り返らずにルアンナ。
「分かった」
 オレももうそれ以上は聞く事も無い。
 ただ黙って二人の後ろを歩くだけだ。
 二階分を下りたところで階段は途切れる。
 ディルウィッシュが通路の更に奥へ視線を送った。
「この先だ」
 全員で頷くとまた歩き出す。
 そして。
 いかつい鎧に身を固めた兵士二人が見張りをしている扉の前でその歩みは止まった。
 特に言葉を発するでもなく、ディルウィッシュが扉を開ける。
 それに続いたルアンナは、見張りの兵士に「ご苦労様」とねぎらいの言葉を掛けて部屋の中へ消えた。
 ベア、エイティ、ボビー、そしてオレの順で転移魔方陣があるという部屋へ入る。
「お待ちしておりました」
「早速お願いします」
 部屋の中では、一人の老魔法使いがオレ達が来るのを待っていたようだ。
 恭しい態度で深々とルアンナに一礼する老魔法使い。
 目の前の床には、幾何学模様やルーン文字などで構成された魔方陣。
「ささ、早く」
 老魔法使いに促されて、オレ達は魔方陣の中に進入した。
「それでは」
 老魔法使いが低い旋律の呪文を唱える。
 すると。
 オレ達を囲む魔方陣がまばゆい輝きを放ち、身体はマロールで体験するような浮遊感に包まれた。
 瞬間、意識が遠のく。
 そして次に意識が回復した時には、オレ達はもう別の場所に飛ばされていた。

「良かったわ。ここはまだ無事だった」
「そうだな」
 ルアンナとディルウィッシュが顔を見合わせて頷く。
「ここは?」
「ハイ。ここはレマ城があるアリアナ山の麓の洞窟です」
「あっという間だったわね。ねえ、ジェイクもあの魔方陣使えるの?」
「いや、オレには無理だな」
「なんだ」
 ちょっぴりがっかりした様子のエイティがキョロキョロと周囲に視線を配る。
 天然の洞窟に手を加えたものだろうか、岩肌は綺麗に整えられているし、魔方陣があるこのスペースからいくつか通路が伸びているのが見て取れた。
「ここが悪魔達に制圧されていたらマズイところだったが・・・幸いここまでは手が回っていないようだな」
「それで急いでいたのだな。無事に着いて何よりだった。それにしてもこの壁の細工はなかなかだな。ホウ、これは見事だ」
 ドワーフのベアにはこういった洞窟のような場所の方が落ち着けるのかも知れないよな。
 壁や天井などの岩肌を眺めては満足そうに頷いている。
「そういう訳だ。さあ城へ急ごう」
 ディルウィッシュが魔方陣から歩き出すのに全員で続いた。
 通路はそれ程長くない。
 外へ出ると、積もった雪が月明かりに反射して、夜なのに結構明るかった。
 ヒューと一陣の風が吹き抜ける。
「さ、さっむいー!」
 真っ先に悲鳴を上げたのはエイティだった。
「ったく。真冬なのに足なんか出してるからだ」
「だって。ダリアは結構暖かかったし、今日は酒場で食事だけのつもりだったから」
 最初から冒険に出るつもりならそれなりの支度をしたんだろうけど、今日のエイティはスパッツに生足と冬山にはふさわしくないくらいの軽装だ。
「エイティさん、ボクが温めてあげますよ」
「ボビー、ありがとー」
 ボビーがエイティの足元に身体を寄せると、エイティはボビーの身体を抱きしめ剥き出しになった太ももに当てている。
「ごめんなさい。レマはダリアよりも北方に位置しているし、ここは標高もかなり高いのよ」
 すまなそうな表情でルアンナ。
「あっ、いえ大丈夫です。普段から鍛えてますから。アハハ」
 レマの女王から詫びられたらそれ以上は言えないよな。
 エイティは無理に笑ってみせたけど、唇とか真っ青だぜ。
「ルアンナ、コイツら本当に使えるのか?」
「ええ、大丈夫よ、きっと」
 渋面のディルウィッシュと苦笑気味のルアンナ。
「まあそれなりの働きはさせてもらうよ」
「自信家だな、小僧」
「ジェイクだ」
「分かった。頼んだぞジェイク。それじゃあみんな、上を見てくれ」
 ディルウィッシュが遥か上方を指差した。
 振り返って見上げると、切り立った山の頂に、半分の月に照らされた城影がポッカリと浮んでいる。
 一瞬オレの脳裏に「天空の城」という言葉が浮んだ。
「あれが目指すレマ城だ。我々はあそこへ向かうのだが・・・」
「ちょっといいかな?」
「何だジェイク」
「レマ城へは歩いていくしかないのか? さっきの魔方陣がダメでもマロールとかさ」
「それは・・・」
 ディルウィッシュとルアンナが困ったような表情で視線を交わす。
「さっきも言ったけど、レマ城には呪文による侵攻を防ぐ為の結界が張られています。レマ城へ行った事のある人ならともかく、そうでない人はマロールでは直接は入れません。私もディルもマロールは使えませんからね。
 転移魔方陣だけがその例外だったんだけど、それを封じられたらあとは歩いていくしか方法はないわね」
「念の為ロクトフェイトも試してみたが・・・」
「やはりダメでした。きっと城の中にいる何者かが更に強力な結界を張ったのでしょう。おそらくですが、私かディルがマロールの効果が秘められた品を用いてもダメでしょうね」
 深々と溜息をつくルアンナ。
 どうやら城へは本当に歩いて行くしか方法が無さそうだ。
 これは先が思いやられるな。
「お二人はロクトフェイトが使えるのですか?」
「ああ。ちなみに俺はロード職、ルアンナは僧侶から転じた司教職だ。ルアンナ、魔法使いの呪文は・・・」
「残念ながら4レベルまでしか習得していないわ。でも僧侶の呪文は全て習得していますから」
 エイティの問いに二人が答えた。
「それは頼もしい。ウチのエイティはまだ僧侶呪文を全て習得してはいないからな」
「イザって時に役に立たねえんだよな」
「悪かったわねえ・・・」
「エイティさん、ボクが付いてます」
 一通りのやり取りの後、再度ディルウィッシュが切り出した。
「城まで行くルートは二つある。一つは山肌にそって整備された登山道。そしてもう一つは、山の中に造られた迷宮だ」
「山の中に迷宮があるのか?」
「ああ。もともとあった空洞に手を加えたものだ。敵の侵攻を抑える目的でかなり複雑な構造になっている。普段は新入隊の兵士の為のトレーニングに使われたりしているがな」
「どっちのルートがお勧めだ?」
「俺としては登山道を選びたい」
 ディルウィッシュが再度山を見上げた。
「登山道ってマジかよ。道はかなり険しそうだし、だいいち雪が積もっているんじゃねえのか?」
「確かにそうだ。しかし山の中の迷宮ルートは、俺ですらキチンと道を把握していない。場所によってはかなり厄介なトラップもあると聞いているからな」
「でもなあ、夜の雪山だぜ。下手すれば城に辿り着く前に遭難なんて事も・・・」
 オレとディルウィッシュの意見は真っ二つに割れてしまった。
「ルアンナはどう思う?」
「そうですね・・・」
 全員の視線がルアンナに集まった。
 この見るからに聡明そうな女王はしばらく考えると
「ここはディルに任せたいと思います」
 はっきりとした口調で結論を出した。
「登山道にしろ迷宮にしろ、ディルに道案内を請う訳です。ならば案内役の勧める方を選ぶのが適切ではないでしょうか」
「うーん」
 オレはまだ納得出来ずにいた。
「大丈夫よジェイク。それに、イザとなったら君のマロールでここまでは戻れるでしょ」
「そうね。ジェイク君のマロールはイザという時の切り札ね。幸いここまでは転移封じの結界は張られていないから」
 エイティとルアンナの女二人がオレを説得し、ベアとディルウィッシュの男二人はじっとその様子を見守っている。
 どうやら登山道に反対しているのはオレだけのようだ。
「分かったよ」
 これ以上一人でゴネていてもしょうがない。
 不承ぶしょうではあるけど、オレも登山道を行く事に同意した。
「それじゃあ出発だ」
 話が決まるとさっさと歩き出すディルウィッシュ。
 ルアンナとエイティが続き、オレも歩き出そうかというところで、ポンとベアがオレの肩を叩いてきた。
「よく折れてくれたな」
「ああ」
 一言だけ応じた。
 ちょっとした意見の衝突からパーティは崩壊、なんてよく聞く話だ。
 オレ一人が我を張ったところで何も解決しないしな。
 四対一ならオレが下りるしかなかったんだろうけど、実際のところは少し悔しい気もしてた。
 それを見抜いてオレに言葉を掛けてくれたベアの心遣いが、ちょっとだけ嬉しかったんだ。

続きを読む