ジェイク5

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22

「愛だの何だのと戯言をほざきおって。何処まで余を愚弄すれば気が済むのだ」
 オレのマハマンで呪文戦を制され、そしてまた大魔導師の魔よけに護られたルアンナの抹殺に失敗したデーモンロード。
 柳眉を逆立てた怒りの表情で大きく肩で息をしながらも、まだ戦う気力は失ってはいない。
 持てる力の全てを注ぎ込んででもオレ達を殲滅させんと、再び手刀を構える。
「みんな、もう一息よ! もう少しでアイツを倒せるからね」
 エイティが檄を飛ばすのを受けて、全員が一斉に動き出す。
 オレもいつまでも寝ている場合じゃねえよな。
 頭痛もだいぶ治まったからな、ここらで戦いに復帰させてもらうぜ。
 とは言っても呪文を相当消費しちまっているからな、無駄打ちは厳禁だ。
 デーモンロードの呪文が回復しないとも限らない。
 コルツとバコルツは温存したい。
 7レベルは残り一回、これは最後の最後まで取っておかないと・・・
 となると使える呪文はかなり限られてくる。
「ラダルト!」
 オレが選んだ呪文は、6レベルに属するラダルトだった。
 これならまだ回数に余裕もあるし、同じレベルに頻繁に使う呪文も他に無い。
 マハマンの恩恵で大幅にアップされた魔力で放つラダルトは、通常の何倍もの破壊力を生み出している。
「ぐぉ・・・」
 無効化される事無くデーモンロードを襲う猛吹雪が、体温を一気に低下させじりじりと体力をすり減らす。
「今だ!」
 呪文に足掻くデーモンロードにディルウィッシュ達が一斉に躍りかかった。
 しかし魔界の王はそう簡単には崩れない。
 ラダルトの嵐から何とか抜け出すと、右の手刀でディルウィッシュのマスターソードを受け、左の掌でグレートアックスを振るうベアを押し返す。
 そのまま二人を跳ね除けると、ファウストハルバードを手にしたエイティには当身を狙う。
 やはり退魔の効果を持つ武器には直接は触れたくないようだ。
 しかしエイティはそれを読んでいた。
 突進して来るデーモンロードに対して一度後ろに下がって間合いを外す。
「それっ!」
 目標を失ってたたらを踏むデーモンロードの左の太ももに退魔の長矛が炸裂した。
「おのれ・・・」
 デーモンロードは片足を引きずりながらもまだ闘志を失わない。
「せめて、女王だけでも地獄の道連れにしない事には余の気が治まらぬわ」
 じわり、じわりとルアンナに歩み寄る。
 その前にディルウィッシュが立ちはだかった。
「もうこれ以上ルアンナには指一本触れさせん」
「そこを退け!」
 二つの影が一つに重なる。
 デーモンロードが渾身の手刀を放つのを、ディルウィッシュがマスターソードを差し出して受け止めたかに思えたのだが・・・
 パキーン。
 玉座の間に響くガラスが割れたような乾いた音と共に、ディルウィッシュのマスターソードが根元から真っ二つに折られて無くなっていた。
「うっ、しまった・・・」
 マスターソードを折られ動揺するディルウィッシュ。
「貰った!」
 歓喜の声と共に再度手刀を放つデーモンロード。
「ディル!」
 最愛の男の名を呼ぶルアンナ。
 三人の声が交錯する中、迫り来る手刀。
 おそらく反射的にだろう、ディルウィッシュ自身も意識していなかったはずだ。
 とっさに腰に差していた錆び付いた剣を抜き、デーモンロードの手刀を受ける為に突き出した。
「そんな錆び付いた剣で何が出来る?」
 剣もろともディルウィッシュの首を刎ねんと、デーモンロードは躊躇する事無く手刀を振り下ろす。
 錆びた剣と悪魔の手刀が激しくぶつかる。
 その瞬間、ディルウィッシュの手にある剣が、眩く光輝いた。

「うおお・・・」
 苦しんでいるのはデーモンロードの方だった。
「そ、その剣は、一体・・・?」
 エイティに左足を傷付けられ、そして今ディルウィッシュの剣と争った右手もズタズタに引き裂かれ、緑の血を流していた。
「この剣は・・・」
 ディルウィッシュ自身も不思議そうに、自らの手にある剣をまじまじと眺める。
 その剣はもう錆び付いてなんかいなかった。
 白銀に輝く刀身。
 そしてその付け根には
「ダイヤモンド・・・」
 煌めくダイヤモンドの結晶が埋め込まれてあった。
「ディル、それはおそらく伝説の剣、ダイヤモンドソードだと思う」
「ダイヤモンドソード?」
「ええ、こんな言い伝えがあるわ。
『悪魔公現るところにダイヤモンドの剣有り』
 その剣は、遥かな太古から悪魔公がこの世に姿を現す度に、何処からともなく出現しては悪魔公を撃退してきた退魔の剣よ。
 悪魔公デーモンロードは今ここにいる。そしてそれを撃ちのめす為に、ダイヤモンドの剣もまたこの場に存在しているの」
「まるで剣に意思があるみたいね」
「きっとあると思う。あの剣は自らの意思で、悪魔公を撃つ為に私達の目の前に姿を見せてくれたのよ」
「なるほどねえ」
 ルアンナの説明に納得とばかりに頷くエイティ。
「ふ、ふざけるな。余を愚弄するのも大概にせんか! 何が剣の意思だ。そのような物があってたまるか」
 おいおいデーモンロードさんよ、精一杯の恫喝のつもりだろうけど、もはや虚しいだけだぜ。
「酷く慌ててるじゃねえか、デーモンロード」
「な、なんだと?」
「アンタ、ディルウィッシュが持っているあの剣に見覚えがあるんじゃねえのか? 今から何世代も前の昔にも、アンタは人間界に姿を見せたがあの剣で撃ち滅ぼされた。そんなオチなんだろ?」
 思いっきりからかってやる口調で魔界の王を挑発する。
「認めん、余は認めんぞ。
 だいたい小僧、キサマがマハマンなんぞを使いよって!
 そこの女、何が降魔の長矛だ!
 叩いても払っても起き上がる体力だけのドワーフ!
 女王が何故魔よけなんぞを持っている?
 そしてあの忌まわしいダイヤモンドの剣まで!
 何故だ? 何故これだけのものがこの場に揃ってしまったのだ?」
 我を忘れて激しく捲くし立てるデーモンロード。
「ハン。どうやら魔界の王の仮面も剥がれちまったみてえだな。今のアンタはそこらの魔物と変わらねえよ」
「うぬぬ・・・」
 ぐうの音も出ないとはこの事だ。
 デーモンロードは言葉を失い、傷付いた自分の手足を見つめるだけだった。
「ジェイク君の言う通りよ。もはやアレは悪魔公でも何でも無い、只の手負いの魔物に過ぎないわ」
「決着の時が来たようだな」
 ダイヤモンドの剣が翻ると、デーモンロードの顔に恐れの色が浮んだ。
 今しか無い。
 ヤツが傷を回復させる前に、そして精神的にも動揺している今が絶好のチャンス。
 まずはオレの呪文だ。
「バスカイアー!」
 別名、虹色の光線。
 この呪文を受けた者は、マヒや石化など、身体の状態に異変をきたしてしまう。
 何でも良い、デーモンロードの動きを封じさえすれば、あとはディルウィッシュ達がどうとでも料理してくれるはずだ。
「うっ、うう・・・」
 既に呪文に対する抵抗力をほとんど失っているデーモンロードは、バスカイアーの光を浴びて身体の自由を奪われてしまう。
 どうやらうまくマヒさせたようだぜ。
「どおりゃー」
「えいっ!」
 ベアのグレートアックスがデーモンロードの腹を叩き割り、エイティのファウストハルバードが胸を深くえぐる。
「もう一丁行くぜ」
 ここは押しの一手だ。
 デーモンロードにとどめを刺すべくオレは更なる呪文を放った。
「アブリエル!」
 エルフの森での事件で一度だけ使った呪文、アブリエル。
 その後何故か使えなくなっていたのだが、マハマンの恩恵で魔力を増幅させた事で使用が解禁になったらしい。
 だったら使える時に使っておきたいってのが人情だろ。
 オレの手から放たれた魔法の矢が、もう虫の息のデーモンロードの心臓を貫いた。
「これまでだ、デーモンロード!」
 ディルウィッシュが大きくダイヤモンドソードを頭上に掲げ、一気に振り下ろす。
 まるで薄布を裂くが如く何の抵抗も無い。
 デーモンロードの首が胴体から刎ね跳ばされて地に落ちる。
 これで最後だ。
「魔界へと消え去りなさい。さようなら、悪魔公」
 ルアンナがモガトを唱えて魔界への門を開いた。
 心臓を射抜かれ、首を刎ねられたデーモンロードに抗う術などあるはずが無い。
 魔界への門がデーモンロードの身体をずるずると吸い込み始め・・・
 やがて完全に飲み込んでしまった。
 まるで何事も無かったかのように魔界への門が閉じられる。
 そして訪れた静寂。
「倒した、よね?」
「勝ったんだよな?」
 思わずエイティと顔を見合わせる。
「うむ、間違いない。ワシらの勝ちだ」
「やりました〜、ボクらの勝ちですよ」
 ベアが勝利を宣言し、ボビーが嬉しそうに跳ね回る。
「ディル」
「ルアンナ」
 勝利を祝い、肩を寄せ合う恋人達。
 にわかには信じられなかったけど、オレ達は勝ったんだ。
 そしてそれは、レマ城を悪魔の手から取り戻した瞬間でもあった。

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