ジェイク5
エピローグ
その後の話を少しだけしておこう。
デーモンロードを撃破し悪魔軍団からレマ城を取り戻したオレ達。
夜通し戦った疲れと激闘から解放された事で気が抜けたのか、あの後あっという間に全員が眠りに落ちてしまったそうだ。
目が覚めたのは一夜明けて更に陽が傾いた翌日の夕方近くだった。
実に丸一昼夜以上眠り続けた事になる。
オレの人生でも、こんなに眠り続けたのはおそらく初めてのはずだ。
レマ城の中は、戦いの片付けや修理などが所々で始まっていたが、何しろ被害が被害だからな。
そう簡単には事が進まないだろう。
中でも大変だったのが、一階ロビーに放置された黄色くて巨大な悪魔のグレーターデビル(仮名)の死体の始末だったそうだ。
とにかく重くて動かせない。
死体を切り刻んだりしたら更に城内を汚してしまうとかで、どうにも手の付けようがない。
結局、モガトの応用で悪魔の死体を魔界へと送り返してしまったらしい。
たとえ死体の状態でも、魔界がアレを引き取ってくれて助かったよな。
城内の僧侶が総出で取り組んだそうだぜ。
見ておきたかったよな。
アクバー公爵が悪魔達を次々と召喚させたあの書物、召喚の書は、結局焼却処分されたそうだ。
珍しい物なので厳重に保管するべしという意見もあったそうだけど、そこはルアンナの一声で処分という決定が下されたそうだ。
さすがは女王というところだけど、直接悪魔達と戦った者の身になって考えれば当然の結果か。
そして、その日の夕方からは、レマ城奪還を祝してちょっとした宴が催された。
とは言っても、多くの被害を出したばかりでおおっぴらな事も出来ない。
戦いの跡も綺麗に片付けられた玉座の間で、飲み物や簡単な食事などを用意してのささやかな席になった。
もちろんオレ達も出席させてもらったぜ。
と言うか、国と女王を救った英雄として扱われたりして、嬉しいやら恥ずかしいやら・・・
まあ、悪い気はしないけどな。
食事も進み、酒も入って、宴はかなり盛り上がってきた。
ちなみにオレはやっぱりエイティに止められて、酒は飲ませてもらえなかった。
ベアなんか底無しってくらいに飲むし、エイティも陽気にやっている。
こっちは素面だし、酔っ払いの相手をするのにも飽きてきた。
新鮮な空気が吸いたくなって、城の外へ出る。
少しだけ雪が降ったのか、薄く積もった新雪を踏んで城の周りを散策する。
いきなりレマに連れて来られた二日前よりも若干やせた月が、雲の切れ間にぽっかりと顔を覗かせていた。
城壁の外まで出ればレマの山々を一望出来るはずだけど、一人で遠くに行くのもマズイだろう。
ちなみに城門に仕掛けられた結界は、アクバー公爵の死と共に消滅したらしい。
外の空気も吸ったし、少し身体も冷えてきた。
そろそろ戻ろうかと思ったところに、人が近付く足音。
「ジェイク君、こんな所にいたのね」
「ルアンナ」
「少し話がしたくって。時間、良いかしら?」
「ああ。オレは構わねえよ」
「そう。少し歩きましょう」
ルアンナに連れられて城門を抜けて城の敷地の外に出る。
そこには、雪を被ったレマの山々を青白い月明かりが静かに、そして優しく照らしている幻想的な風景が広がっていた。
「今回は本当にありがとう」
ルアンナが故郷の山々を眺めながら切り出した。
「無事に城に帰れて良かったな」
「ジェイク君がいなかったら帰って来れなかったと思うわ」
「オレだけじゃねえさ。エイティにベアにボビー。そしてもちろんディルウィッシュとルアンナ。みんなが力を合わせた結果だろ」
「大人の応えね、ジェイク君」
「エイティにはいつまでも子供扱いされてるけどな」
「ふふ。でもごめんなさいね」
「何が?」
「マハマンなんて使わせてしまって。エイティに聞いたけど、レベルアップしたばかりだったんですって?」
「ああ、それだったら気にするなよ。オレは自分の意思であの呪文を使ったんだからさ。後悔なんかしてねえから」
オレは冒険者カードを取り出してみた。
二日前には『レベル14』と表示されていたはずなのに、今は『レベル13』に戻されている。
「でも今回は勉強になったよ」
「へえ、どんなふうに?」
「オレさ、魔法使いとして全ての呪文を習得して少しいい気になってたんだよ。もうこれ以上覚える呪文も無いし、なんて。
でもそれは違った。オレは、魔法陣を使った様々な魔法は全く使えないし、あの公爵みたいに魔界から悪魔を召喚するなんて事も出来ない。まあ、召喚はほどほどにしておかないと後が怖いんたけど・・・」
「うん、そうね。それで?」
「上には上がいるって分かったんだ。まだまだ魔法使いとして学ぶべき事もたくさんある。それに、魔法使いはただ攻撃魔法を唱えてれば良いってもんでもないんだって事も分かったし」
「そうね。私も呪文を扱う者として、まだまだ学ぶ事はたくさんあるわ」
ルアンナはそこで「ちょっと貸して」と、オレの手から冒険者カードを抜き取った。
「私もいつかここに書かれている呪文全てを習得したいわ」
「司教だから大変だろ?」
「そうね。思った以上に大変みたい」
二人でふっと笑う。
「ところでジェイク君、一つ確かめておきたい事があるんだけど、良いかしら?」
「何がだ?」
「ジェイク君、貴方、女の子よね?」
「うっ!」
「その慌てよう、図星みたいね」
「な、何で・・・って言うか、いつ気付いた? まさか、エイティが喋ったとか・・・」
「ふふっ。別にエイティに聞いた訳じゃないわ。『あれっ?』て思ったのは、そうね、縄梯子かしら」
「縄梯子・・・?」
「そう。ホラ、転移魔法陣があった階から上の階へ移動する時に使ったじゃない、縄梯子」
「そう言えば、そうだったっけ」
「あの時ね。ジェイク君私よりも先に上ったでしょ」
「ああ、そうだったかな」
「下から見たジェイク君のお尻の形がね、何となく丸いなって思って」
ルアンナは自分の手で丸い形を作ってみせた。
「あっ・・・」
参った。
確かあの日ダリアの酒場で、エイティも同じようなしぐさをしながらオレの尻がどうとか言ってたはずだ。
エイティから気を付けろとか言われてたのに・・・
迂闊だったぜ。
「このカード、性別の欄には男って記載されているのね」
ルアンナがオレの冒険者カードにじっと目を落としている。
ヤバイ、か?
ルアンナはレマの女王だ。
レマとダリアは親密な関係にある国だからな、通報とかされたりしたらかなりヤバイ。
「でもまあ、何かあったら相談してよ。力になれると思うから」
ルアンナが冒険者カードをオレの手に戻す。
「通報したりとかしないのか?」
「まさか。ジェイク君は私達の恩人じゃない。そんな事しないわよ。って、あれ? ジェイク『君』でいいのかしら」
「『君』でいいよ。間違っても『ちゃん』付けでなんて呼ばないでくれ」
「あら、可愛いじゃない、ジェイク『ちゃん』でも」
「勘弁してくれよ〜」
このままいじめられ続けるのもシャクだからな、ここは反撃に出るしかないだろう。
「ところでそっちはどうなんだよ? ディルウィッシュとはうまく行きそうか?」
「当然です。と言いたいところだけど、まだどうなるか分からないわね」
「良い知らせを期待しているよ」
「そうね。その時は真っ先に知らせるわ。さて、冷えてきたし、そろそろ帰りましょうか」
「ああ」
ルアンナと二人城へと戻る。
玉座の間は相変わらずの賑わいようで、ベアが知らないおっさんと肩を組んで歌ったりしていた。
酔っ払ってろれつが回らない上にかなり調子っぱずれなものだから、何を歌っているんだかさっぱり分からない。
まっ、楽しんでいるようだから良いけどな。
一方では、酔っ払ったエイティがディルウィッシュを相手にして説教をかましていた。
どうやら、もう少しルアンナの気持ちを考えろだとか、男だったらもっとしっかりやれとか言っているらしい。
エイティに気圧されて、すっかりおとなしくなっているディルウィッシュの様子が何だかおかしくて、ルアンナと二人で笑ってしまった。
ボビーはボビーで、女の人達の間ですっかり人気者、と言うかおもちゃにされていた。
次から次へと抱っこされたりエサを貰ったりしていたけど、ボビー自身は早くエイティの所へ行きたいらしく、困った顔をしているみたいだ。
こんな感じで宴は大いに盛り上がったまま、レマ城の夜は更けていったんだ。
その翌朝、オレ達はダリアへと帰って来た。
修復なった転移魔法陣を使って一瞬にしてダリア城へ。
同行したディルウィッシュとルアンナと共に、尽力してくれたダリア城の人達に事件の報告とお礼を告げる。
その際、ルアンナが借りていたあの魔よけをクレアに返した。
魔よけがとても役立った事を告げると、クレアは例の調子で終始ご満悦だった。
その時のクレアの様子をイチイチ書いていたら、この話があと三話くらい伸びるからな、全部省略だ。
頃合を見計らって城を辞した。
これにて今回の事件は全て解決したと思っていたら、もうひとつオマケがあった。
夜になって酒場へ行くとマスターがスッ飛んで来たんだ。
用件は未払いになっている酒代だった。
そういえば、支払いをする間も無く強制連行されたきりになっていたんだよ。
今まですっかり忘れていたけどな、エイティが丁寧に詫びながら支払いを済ませた。
その晩の酒場での話題は、オレ達のレマ城での武勇伝で盛り上がったのは言うまでもないよな。
そして、あれから三ヵ月。
ダリア城下のガーネットの宿に滞在しているオレ達宛に、一通の手紙が届けられた。
送り主は、ディルウィッシュとルアンナの連名になっていた。
封を切ったエイティが手紙の中身を見ると同時に「やったあ!」と飛び上がった。
何事かとオレも手紙を見せてもらった。
そこにはこう書かれてあったんだ。
「わたしたちは 結婚することになりました」
ジェイク5・・・END