ジェイク5

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21

 奇跡を呼ぶ禁断の呪文マハマン。
 その恩恵でオレ達の呪文の効力は飛躍的に高められた。
 その威力はデーモンロードの呪文無効化能力を打ち破り、またデーモンロードが呪文を使う事すら封じ込めてしまった。
 これで戦いは俄然オレ達が有利になったはずだ。
 が。
「っ痛・・・」
「ジェイク君!」
「頭が痛い・・・これもマハマンの代償かな」
「じっとしていて」
 ルアンナが優しくオレの身体を支えてくれた。
 マハマンの代償としてのレベルダウン。
 それに伴う能力の低下による副作用だろう。
 連続マロールに続いての頭痛がオレの頭を締め付ける。
 せっかく呪文が通用するようになったのに、肝心な呪文を唱えられないなんて情けない話だよな。
「ジェイク君、本当に良くやってくれたわ。あとは私達に任せて。エイティ、ジェイク君をお願い。私が攻撃に加わるわ」
 ルアンナの召集に応じてエイティがオレ達の所まで戻って来た。
「ジェイク!」
「平気さ。少し休めば回復する」
「エイティも少し休んでて。お腹、まだ痛むんでしょ」
「ありがとうルアンナ。ジェイクは私が見ているわ」
 エイティはデーモンロードから腹部に一発、強烈な蹴りを食らっていたはずだ。
 平気な風を装っているけど、実際はかなりキツイのかもな。
「ジェイク、必ず勝とうね」
「もちろんさ」
「少し休んでなさい。ジェイクが復活したら一気にアイツを倒すから」
「すまねえ、エイティ」
 エイティに身体を支えてもらいながらその場に腰を下ろす。
 しばらく呪文は無理かも知れないけど、決して戦いからは目を離さない。
 オレの側にいるエイティも、片ひざ立ちの姿勢ながらもファウストハルバードを構えたまま。
 デーモンロードの動きにいつでも対応出来る状態を保っている。
 エイティに代わって前線に出たルアンナが早速攻撃呪文を放つ。
「マバリコ!」
 呪文無効化能力を打ち破る強力なかまいたち。
「くっ・・・」
 デーモンロードは両腕を顔の前で十字に組んでそれに耐える。
 無効化は出来ないとはいえそこは魔界の王だ、マバリコのダメージを最小限に食い止めている。
「良いぞルアンナ。確実にヤツの体力を奪っているはずだ」
「僧侶系の6レベルにはあまり余裕が無いからモガトの乱発は出来ないけどね」
「俺が試してみよう」
 モガトが属している僧侶系の6レベルには、究極の治療回復呪文のマディも含まれている。
 もしもの時の為にマディを切らす事は出来ない。
 グレーターデーモンをモガトで魔界へ送り返し、ベアの石化をマディで治療したルアンナは、もうこれ以上は6レベルの呪文を無駄には出来ない。
 しかし、ロードのディルウィッシュも僧侶系の全ての呪文を習得している。
 呪文の扱いはルアンナよりは劣るだろうけど、使えないよりは遥かにマシだ。
「モガト!」
 対グレーターデーモン戦でルアンナが見せてくれたのと同じ魔界への門が、ディルウィッシュによって再び開かれた。
 魔界の門が悪魔公を吸い込む。
 しかしデーモンロードは両足をしっかりと踏みしめ、その場に押し留まる。
 そして
「破っ!」
 気合一閃、魔界の門を手刀で斬り崩してしまった。
「魔界の王である余がこのような呪文に掛かるとでも思うか」
 モガトは失敗に終わってしまったものの、デーモンロード自身もかなり追い詰められているように見える。
 そこをすかさずベアが追撃する。
「フン! ハッ!」
 振り回されるグレートアックス。
 戦いが始まった時にはかすりもしなかったベアの攻撃だったけど、今のデーモンロードはそれらを全て手で受け止めていた。
 もうかわし切るだけの体力も残されていないのか、とにかく押しているのはベアだった。
 しかしデーモンロードも負けてはいない。
 身長の低いベアの身体を飛び越えると背後から手刀を放つ。
「うぉっ!」
 その一撃で転がるベアに代わって今度はディルウィッシュが悪魔公に挑む。
 力はベアに劣るかも知れないディルウィッシュだが、それを補って余りある剣技の切れとスピード。
 ベアとの違いにデーモンロードの対応がわずかに遅れる。
 ディルウィッシュのマスターソードが煌めくと同時に、ルアンナの放ったラハリトの炎がデーモンロードを襲う。
 二人の攻撃が重なり、さながら魔法剣のような破壊力を発揮する。
「ぐわっ・・・」
 デーモンロードの胸元から滴り落ちる魔族特有の緑の血。
「おのれ・・・これ以上余を愚弄するのは許さんぞ」
 呪文など使わなくても、魔物が持つ自然回復能力が、デーモンロードの傷をたちどころに癒してしまう。
「クソっ、これじゃあキリが無いな」
「焦るなベア。確実に体力は奪っている」
 ここは決め所とばかりに、男二人がデーモンロードへと詰め寄った。
 デーモンロードは二人をまとめて迎え撃つ・・・
 かに思えたのだが、次の瞬間には男達の頭上を越えていた。
 玉座の間の天井は高い。
 中空を勇躍するデーモンロードが下り立ったのは、ルアンナの目の前だった。
 瞬間、ルアンナの表情が凍り付いた。
「女王ルアンナ、その首貰った!」
 しまったと誰もが思ったが反応出来ない。
 デーモンロードの放つ手刀がルアンナの首を捉える。
「ルアンナー!」
 ディルウィッシュの絶叫が玉座の間に響いた。
 
 デーモンロードの手刀に弾き飛ばされたルアンナの身体がフワリと浮き上がる。
 そして。
 バタンと鈍い音と共に落下する。
 首こそ胴体と繋がっているものの、ルアンナの身体はピクリとも動かない。
「まさか・・・」
 そんな事はあるはずが無い、と信じたかった。
 しかしデーモンロードの放ったあの手刀は、確実にルアンナの首筋に決まっていた。
 下手をすると首の骨を折って即死なんて事も・・・
「ルアンナ、しっかりしろルアンナ」
 ディルウィッシュがルアンナに駆け寄り、その身体をそっと抱き寄せる。
 一方デーモンロードに対しては、ベアとオレの側を飛び出したエイティが油断無く睨みを利かせている。
「ルアンナ、頼む死なないでくれ」
「ディル・・・」
 かすかな声だったけど、確かにルアンナはディルウィッシュの名前を呼んだ。
「ルアンナ、無事か」
「ディル・・・私、生きてるの?」
「ああ、生きているとも。こうして生きて俺の腕の中にいる」
 ルアンナは生きていた。
 デーモンロードの必殺の一撃を受けながらも死なずに済んだ。
「何故だ? 余の攻撃は確実に決まっていたはず。首を斬り落とせずとも骨くらいは確実に砕いていたはずだ」
 驚愕するデーモンロード。
 その時だった。
 デーモンロードの手刀を受けてズタズタになってしまったルアンナのマフラーがはらりと落ちる。
 そしてルアンナの首には、見覚えのあるペンダントが掛けられてあった。
「あれは・・・クレアが持っていた魔よけか?」
 間違いない。
 あれはクレアがいつも首に掛けていた大魔導師の魔よけだ。
 古の大魔導師が創り出し、クレアの家に代々伝えられたあの魔よけは、それを持つ者を守護し、敵対する者が触れただけで災いをもたらす。
 ルアンナとクレアは従姉妹だという。
 その血の繋がりが、クレアだけでなくルアンナにも魔よけの所持者として認められたのか。
 魔よけはまた、敵のどんな特殊攻撃からも所持する者を護るという。
 迷宮の中で淫魔達と戦った時を思い出せ。
 オレやエイティがインキュバスの魔力で眠らされようとした時でも、ルアンナだけは淫魔の誘いを一切受け付けなかったはずだ。
 そして今また、デーモンロードの必殺の一撃にもルアンナは耐えていた。
 それも全て魔よけの恩恵なのか。
「魔よけだと? そのような物が何故この場に存在するのだ・・・」
 デーモンロードの口元が歪む。
「クレアちゃんがね、持たせてくれたの。きっとイザという時の切り札になるからって」
「ルアンナ、喋るな!」
 切り札なんてもんじゃねえ。
 クレアが魔よけを持たせてくれなかったら、ルアンナは今頃確実に死んでいたはずだ。
 ここはクレアの機転に感謝しなければならないだろう。
「ディル、お願いがあるの・・・」
「何だルアンナ?」
「私を諦めないで・・・私は貴方を愛しています。世界中の誰よりも。だからディルも、女王なんかじゃなくて一人の女性として、私を愛して欲しい」
「ルアンナ、俺は今ようやく気付いた事がある」
「それは、何?」
「ルアンナを失いたくないと心から思った。ルアンナが生きていてくれて良かった」
「どうしてそう思うの?」
「それは・・・俺もルアンナを愛しているからだ。ルアンナ、これからもずっと俺の側にいて欲しい」
「ありがとうディル。でもその言葉はもっと早く聞きたかったわ」
「待たせて済まなかったな。だが、俺はもう迷わない。幼馴染としてでも女王としてでもなく、一人の女としてルアンナ、君を愛する」
 そこで言葉が途切れ、ディルウィッシュがルアンナを更に抱き寄せた。
 すうっと顔が近付いたかと思うと次の瞬間、二人の唇が一つに重なっていた。
 それを見て思わずドキリとしてしまったけど、二人にはオレ達の視線も関係ないらしい。
 幼馴染、そして女王と臣下という主従関係から、今や二人は恋人同士へと変わったんだ。
 やがて二人の顔が離れる。
「ルアンナ、俺達の明日を勝ち取るぞ」
「ええ」
「その為にも、まずはヤツを倒さないとな」
 ディルウィッシュとルアンナが共に手を取りながら立ち上がる。
 その視線の先には、倒すべく悪魔公が仁王立ちしていた。

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