ジェイク5

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20

 レマ城二階、玉座の間。
 ここがオレ達とデーモンロードとの戦いの舞台だ。
「ジェイク君、まずは護りを」
「ああ」
 悪魔相手にいきなり攻撃呪文を唱えたところで、ことごとく無効化されるのがオチだからな。
 まずはルアンナと二人でコルツを唱え、敵の攻撃呪文に対する防御結界を張る。
 更に今回は、ロードであるディルウィッシュとバルキリーのエイティもバマツを唱えて物理防御を整える。
 バマツによって作り出された空気の壁がデーモンロードの攻撃を少しでも緩和してくれるだろう。
「まずはワシが行くぞ」
 呪文を使えないベアが先陣を切る。
 身の丈程もあるグレートアックスを軽々と振り回し、デーモンロードへ迫った。
「ベア、無理をするんじゃない!」
 ディルウィッシュの言葉はベアの耳に届かなかったのか、ベアは構わずデーモンロードへグレートアックスを叩き付けた。
 はずだったのに・・・
 次の瞬間、ダメージを受けていたのはベアの方だった。
 あまりにもデーモンロードの動きが早過ぎて、オレの目には何が起こったのか分からない。
 ベアの一撃をかわしたのか、それとも弾いたのか。
 グレートアックスはデーモンロードにはかすりもしなかったらしい。
 逆にデーモンロードの拳がベアの腹部に深々とめり込んでいたんだ。
 そのまま吹っ飛ばされたベアだったが、ピクリとも動かない。
「まさか・・・」
 ルアンナが駆け寄って状況を確認する。
「良かった。石化させられたけど命に別状は無いわ」
「ルアンナ、ベアの治療をお願い。私はディルウィッシュさんと一緒にヤツの相手をするわ」
「ディルをお願いね」
「任せて」
 エイティはボビーを従えると、既にデーモンロードと剣を交えているディルウィッシュに加勢する。
 エイティが持つファウストハルバードは退魔の効果がある。
 いくら相手が魔界の王でも悪魔は悪魔。
 きっと通用するはずだ。
 一方ルアンナは手早くマディを唱えてベアの症状を治療する。
「ベアさん、大丈夫ですか?」
「う・・・ああ、何とか生きていたようだな」
「オッサンはタフだからな。あのくらいの攻撃で死ぬような玉じゃないだろ」
「無論だ。だが一人で先走り過ぎたようだな」
「うまくディル達と連携を取って下さい。私達は後方で援護を続けます」
「承知した、女王よ」
 再びデーモンロードへと立ち向かって行くベア。
 ディルウィッシュ、エイティにベアが加わって、デーモンロードとの戦いを繰り広げている中、オレは一人焦っていた。
「なあルアンナ、オレはもう何も出来ないのかな?」
「どうしたのジェイク君」
「魔法使いには僧侶程には補助の呪文は充実していないからさ。エイティ達が必死で戦っているのに指をくわえて見ているだけなんて」
「そんな事無いわジェイク君。貴方には貴方の役割がちゃんとあるはず。まずは落ち着いて戦況を見極める事が肝心ね」
「分かった」
 魔法使いの役割・・・
 それは攻撃呪文を唱えて敵を一掃する事だとずっと思っていた。
 しかし今は違う。
 高い無効化能力を誇る悪魔達にはオレの呪文はほとんど効かなかった。
 それじゃあオレに出来る事は何か?
 オレの役割って何なんだ?
 その答えをこの戦いの中で探し出さなければならない。
 焦る気持ちを抑えて現在の戦況を確認する。
 ディルウィッシュとベアが囮になってデーモンロードの隙を誘い、ファウストハルバードを持つエイティの攻撃を決め手にしようとしているようだ。
 しかしデーモンロードは今までのどんな敵よりも遥かに手強い相手に思えた。
 三人相手の戦いも全く苦にしない。
 それどころか楽しんでいるようにさえ見えた。
「フっ、その程度の腕で余と戦えると思っているのか」
 遊びは終わりとばかりにデーモンロードの動きが速さを増す。
 ディルウィッシュのマスターソードを素手で弾き、ベアのグレートアックスを身体をわずかに捻るだけでかわす。
 そしてエイティの退魔の一撃には、ファウストハルバードの柄の部分を掴んでしまった。
「うっ!」
「降魔の長矛か。しかしそれとて使う者の技量が無ければただの棒切れに過ぎん」
 デーモンロードはファウストハルバードを掴んだままエイティの腹に蹴りを叩き込む。
「エイティ!」
「く・・・」
 デーモンロードの蹴りを食らって吹っ飛ばされたエイティが、うずくまったままの姿勢で苦しそうにもがいている。
 
 戦いは一瞬にして不利な展開に陥ってしまった。
 もう我慢出来ねえ。
「ラハリト!」
 多少の牽制にでもなればと攻撃呪文を放つ。
 しかしデーモンロードは顔色一つ変えず、ましてやオレの呪文を避けようなんて夢にも考えていないようだった。
「笑止な」
 デーモンロードの口元に浮んだ不敵な笑み。
 それは勝利を確信した者の笑みなのか。
 ラハリトの炎はデーモンロードに届く寸前に燃え尽きてしまい、ヤツの髪の毛一本焦がす事すら出来なかった。
「小僧、呪文とはこう使うものだ」
 デーモンロードの指先がわずかに返ると、そこから生み出された業火がオレ達に襲い来る。
「ヤバイ!」
 この熱量、そしてこの破壊力。
 ガリガリ、バリバリと凄まじい音を立て、オレとルアンナが作った呪文障壁は一瞬にして崩れ落ちてしまった。
 ギリギリで凌いで辛うじてダメージこそ受けなかったものの、次の呪文が来たらとても耐えられそうもない。
「今の呪文、ティルトウェィトか?」
「何を言うか小僧。今のはただのマハリトだ」
「あれがマハリト・・・」
「そうだ。余の魔力を以ってすれば、マハリトでもあのくらいの威力にはなる。どうやら余と其方らとでは根本的な魔力の桁が違うようだな」
 嘲り笑う悪魔公。
 魔力の桁が違うだって?
 そんなの信じられるか。
 きっと何かの間違いだ。
「ふざけるんじゃねえぞ!」
「ジェイク君、落ち着いて」
 ルアンナが止めるのも聞かず、お返しとばかりにティルトウェィトを唱えた。
 もちろん魔力は最大、手加減一切無しだ。
「燃え尽きて消し炭になれ!」
 持てる力の全てを込めて放った爆炎がデーモンロードへと唸りを上げる。
 祈るような気持ちで呪文の成否を見つめる。
 しかしオレの願いはあっさりと退けられてしまった。
 デーモンロードは左手一本差し出すと、ティルトウェィトの爆炎をその手だけで受け止めてしまい・・・
「この程度の呪文が余に通じると思うか」
 余裕の表情で爆炎を握り潰してしまった。
 ダメだ。
 オレの呪文なんてヤツ相手には全く通用しない。
 この戦いでは、オレはあまりにも無力だ。
「ジェイク君落ち着いて。自分に出来る事を考えるの」
 ルアンナの言葉も虚しいものにしか思えなかった。
「ヤツに呪文は通用しない。オレに出来る事なんてもう何もねえよ」
 護って護りきれる相手じゃない。
 攻撃呪文は通用しない。
 それじゃあオレに何が出来る?
 魔法使いのオレに出来る事、魔法使いの役割・・・
「ジェイク、私は諦めないわよ」
「ボクもです」
 エイティとボビーがデーモンロードへと戦いを挑む。
「ワシもまだまだ行けるわ」
「俺もだ」
 ベアとディルウィッシュも参戦して、デーモンロード相手に再度肉弾戦を繰り広げていた。
「ジェイク君、私も諦めないわ。ディル達の援護に徹する。貴方はどうするの?」
 ルアンナはそれでけ言い残すとオレの側から離れて行った。
「オレだって諦めたくねえよ」
 今のオレに出来る事は考える事だけだ。
 考えろ、考えろ・・・
 まだ手はあるはずだ。
 まだ使っていない呪文。
 まだ試した事の無い呪文・・・
 一つずつ、全ての呪文の名前を順に思い浮かべていく。
 そして。
「あった」
 習得してからまだ一度も使った事の無い呪文が一つあった。
 アレを使えばデーモンロード相手でも何とかなるかも知れない。
「でも・・・」
 その呪文には代償が必要だったはずだ。
 代償を払ってでもその呪文を行使するか。
 オレは決めなければならない。
 正直迷った。
 迷った、けど・・・
 前線では、ベアやエイティ達が必死になってデーモンロードに食い下がっていた。
 仲間が死を賭して戦っているのに、オレだけが後ろで怖気付いていられるか。
「やってやる」
 覚悟を決めた。
 心を落ち着けて初めて唱える呪文に集中する。
 オレの中の魔力、精神力が最高潮にまで高められていった。
 呪文の詠唱は完了、あとは強く念じるだけだ。
「奇跡よ起これ!」
 光が溢れる。
 まるで天使が降臨したかのような温かな光。
 その光にゆっくりと包まれる。
「な、なに・・・?」
「一体どうした?」
 突然発生した眩い輝きに、戦いの手が止まりざわめきが起こる。
「まさか小僧・・・」
 今まで一切表情を崩さなかったデーモンロードですら、オレを包む光に目をそむけている。
 やがて光が鎮まる。
 それと同時に、自分の中の魔力が爆発するかのごとく膨れ上がるのを感じた。
「ラハリト!」
 再び放ったラハリトの炎がデーモンロード目掛けて走る。
「ふっ、そのような呪文なぞ・・・な、何事か!」
 呪文は無効化されなかった。
 炎は消え去る事無くデーモンロードの身体を包み込んだ。
 やったぜ、ついにデーモンロードに呪文を決めてやった。
「ジェイク、一体何を?」
 驚きと疑問の顔でエイティ。
「ちょっと細工させてもらったぜ。本当はヤツを一発で倒せれば良かったんだけどな」
「まさかジェイク君、マハマンを?」
「ああ、使ってやった。マハマンの効果でオレ達の魔力を増大させて呪文の効果を高めたんだ。もうヤツは呪文を無効化出来ないぜ」
 不安な表情のルアンナに笑顔で応える。
「でもマハマンなんて使ったら」
「良いさ」
 神の奇跡を呼ぶ呪文マハマン。
 その呪文を使った者は例外なく代償を払わなければならない。
 すなわちレベルの低下だ。
 自分の能力と引き換えにして奇跡を得る。
 これがこの呪文の正体だ。
 そして今、マハマンを使ったオレ自身も代償をきっちりと払わされたはずだ。
 せっかくレベルアップしたばかりだったのにな。
 でも後悔はしていないぜ。
「やっと分かったような気がするんだよ、魔法使いの本当の役割が何かって」
「それは何?」
「それは自分の能力を全て使ってでも仲間を勝利に導く事なんじゃないかって。攻撃呪文はその為の手段の一つに過ぎないって訳さ」
「仲間を勝利に導く事・・・」
「ああそうさ。ラハリトやマダルトで敵を一掃出来ればそれはそれで良し。呪文が通用しない相手ならコルツで護りを固めるのもそうさ。
 そして、本当に強い敵と戦った時には、自分自身を犠牲にしてでも対抗出来る強い力を求める。それもまた魔法使いの役割なんじゃないかってね」
「ジェイク君、貴方って人は・・・」
「おっと、感傷に浸っている暇は無いぜ。これはオマケだ」
 オレはようやくラハリトの炎から抜け出したデーモンロードに対してバコルツを唱えた。
「うぉっ、まさか!」
「魔力アップバージョンのバコルツだ。しばらく呪文は使えないはずだぜ」
「おのれ小僧・・・」
 冷静という名の仮面が剥がれて憤怒の表情を顕にするデーモンロード。
 さあ、面白くなってきた。
 戦いはこれからだぜ。

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