ジェイク5
2
男の方は背が高く、軽くウェーブの掛かった少し長めの黒い髪、鋭く光る瞳も黒。
更には身に付けた具足も漆黒で統一されていた。
腰には長剣を帯びていて、騎士という言葉が容易に思い出される。
身に纏った武具はどれも細かな細工がほどこされ、一級品と思われる。
装備品や全身から漂う風格から察するに、かなりの使い手なのだろう。
女はというと、部屋の奥にあるソファに腰を下ろしていた。
真っ直ぐに伸びた亜麻色の髪、前の方は肩口に垂らし、後ろは襟足の所で一つに束ねている。
瞳も髪の色に近いブラウン系。
平服の上に革鎧を纏っているが、その鎧の作りは細部にまで手の込んだ上級品に見えた。
青いマフラーを首に巻き、スカートはシンプルなデザインかつ色もシックなカーキー系。
全体的に落ち着いた雰囲気にまとめられているが、彼女が放つオーラは上品を通り越して高貴とさえ言えるだろう。
しかしその表情はあまり明るいものではなく、疲労のようなものが色濃く滲み出ているように思えた。
年齢は二人とも二十代の半ばから後半くらいだろう。
「突然の無礼を許してくれ」
まずは男が口を開いた。
「私はレマの将軍ディルウィッシュ。そしてあちらに居られるのが」
ディルウィッシュと名乗った漆黒の騎士が女の方へ視線を向けた。
「皆さん初めまして。私はレマの女王ルアンナです」
女の自己紹介に、オレ達は皆息を呑んだ。
間違いなく「女王」と言ったよな?
突然城に連れて来られて、そして目の前にいるのがレマの女王陛下・・・
あまりの展開に思考が付いて行けないのが今の状況だ。
「ええっと、私達は・・・」
「存じています。エイティさんですね?」
「ハイ・・・」
「そちらのドワーフがベアさん。ジェイク君にボビー君」
女王と名乗った女が順にオレ達の名前を呼んだ。
「説明、願えますかな?」
ベアが厳かな口調で女王に問うた。
「もちろんです」
女王ルアンナがゆっくりと語り始めた。
「実は、私どもの居城、レマ城が魔物による襲撃を受けました」
「!」
女王の言葉に、オレは更なる混乱に陥った。
オレだけじゃあない。
エイティもベアも、じっとその場に押し黙り女王の次の言葉を待っている。
「レマ城はアリアナ山の山頂に築かれた城です。護りは固く決して落とされる事は無いだろうと云われてきました。
城の周囲には結界を張り巡らし、呪文を使った侵攻にも備えていたというのに・・・」
「その結界も破られたのか、魔物達が次々と城に攻め寄せて来た。城の兵士達も皆勇敢に戦ったが持ち堪えられず、ついには城は落とされてしまったのだ」
「私は城と運命を共にするつもりでした。しかし・・・」
女王はそこで言葉を切ると、漆黒の騎士ディルウィッシュをじっと見つめた。
「将軍が私に逃げるように言いました。私は最後まで反対したのですが」
「女王を死なせる訳には行かないのでな。レマ城内に設置されていた転移魔方陣を使ってこのダリア城まで避難したのだ」
「転移魔方陣?」
耳慣れない言葉に思わず聞き返してしまった。
「ここダリアと私どものレマは姉妹都市の同盟を結んでいます。そして、お互いの城を行き来出来るように魔方陣によって結ばれているのです」
「それじゃあその魔方陣を使えば、レマ城まで戻れるのですね?」
エイティの顔が一瞬明るくなったが、女王の言葉がそれをまた曇らせてしまった。
「いいえ。どうやらレマ側で魔方陣を消失させてしまったようです。魔方陣を使って城へ戻るのは無理のようですね」
「しかし、アリアナ山の麓にある魔方陣はまだ生きているようなのだ。俺は、反撃の準備が出来次第そこまで出てから再び城へ戻ろうと思う。諸君らにはその手伝いをしてもらいたい」
女王ルアンナと漆黒の騎士ディルウィッシュの説明でようやく話が見えてきた。
突然魔物の軍団によって襲われたレマ城。
魔方陣を使ってここまで避難した女王と将軍。
そして城の奪回の為に再び城へ戻るという。
オレ達にそれを手伝えと言うが・・・
「一つ良いかな?」
「どうぞ」
「この城の兵士を集めて物量作戦で行った方が良いんじゃないのか?」
「いいや、それはダメだ。異形の者との戦いに不慣れな兵士はかえって足手まといにしかならん。むしろ諸君らのような冒険者こそがバケモノ退治にはうってつけだ。
奴らは只の魔物じゃない。あれは悪魔だ。悪魔相手となると、かなりのレベルの者でなければ太刀打ち出来ない。
それにだ、いきなり城へは入れない以上、歩いて行かなければならない。大人数よりは少数精鋭の方が良いだろう」
「ウム、一理ある。さすがはレマの将軍よ」
納得とばかりに頷くベア。
「もう一つ良いですか?」
「どうぞ」
おずおずと女王に向かうエイティを、女王は柔らかい笑顔で促した。
「どうして私達の事をご存知なのでしょうか?」
「それはね、クレアちゃんの紹介だからです。私とクレアちゃんとは従姉妹の関係になりますから。今回の事件の話を聞いたクレアちゃんが、貴方達なら大丈夫と太鼓判を押してくれたものですから」
イタズラっぽい笑みを浮かべる女王に対してオレ達は皆呆然。
「なるほど。酒場からの連れ去り事件の黒幕はクレアだったか・・・」
以前ガリアンと戦った時に知り合った、天下無敵にして傍若無人の超わがままお嬢様、クレアはこの国の大公の娘だ。
かつてこの国を治めていたアガン王も今は政治の表舞台からは退いている為、実質大公が政治の実権を握っている。
その娘であるクレアなら、兵士達に命じてオレ達をここに連れてこさせるぐらいは簡単だろう。
これでボビー「様」の謎も解けたってもんだ。
何たってボビーはクレアのお気に入りだからな。
しかし隣国レマの女王の従姉妹とは知らなかった。
あのお嬢様、一体どのくらいの権力を持っているのやら・・・
「で、そのクレアはどうしたんだ?」
「お友達に会う約束があるとかで、そちらへ行きましたわ。レマ城の件はまだ一般市民には極秘なのです。クレアちゃんには普段通りに生活してもらっています」
「なるほどな」
クレアはワガママなお嬢様だけど頭は切れるほうだし、何たって鋼の心臓の持ち主だ。
誰と会っても何事も無かったかのように振舞ってしまうだろう。
「話は分かってもらえたかしら。私はこれからレマ城へ戻り、悪魔達に乗っ取られた城を取り戻したいと思います。貴方たちには是非ともその手助けをお願いしたいのです」
深々と頭を垂れる女王ルアンナ。
これを見たエイティが申し出を断るはずがない。
「分かりました。私達が必ず女王陛下を城までお送りします。皆も良いわね?」
最後のは確認なんかじゃなくて命令だ。
エイティの中ではもう結論が出ているんだからな。
「ああ、ワシは構わんぞ」
「オレもな」
別に断る理由も無い。
それに女王からの直々の依頼となれば、報奨金もかなりの額が期待出来るだろうしな。
「皆さんありがとうございます。それでは早速出発の準備を・・・」
「お待ちを」
ソファから立ち上がり掛けた女王を、将軍が制した。
「この作戦はやはり危険です。陛下はこの場に残って下さい。私とこの者達で城を奪還した後迎えに来ますから」
恭しい口調で女王に訴える将軍ディルウィッシュ。
しかし女王は将軍の進言を聞き入れなかった。
「いいえ、私は行きますから。それにディル、『陛下』なんて水臭い呼び方は止めましょう。私達は今から目的を一つにした仲間、パーティなのですから」
「ルアンナ・・・」
女王ルアンナと将軍ディルウィッシュの視線が交錯する。
二人の間には、他の誰もが入り込めないような重い空気が漂っているような気がした。
この二人、一体どういう関係なのか・・・
「今からはお互いに役職で呼び合うのは禁止です。私の事は『ルアンナ』と呼んで下さい。貴方達も、良いですね」
「ハイ、ルアンナ、様?」
「『様』も必要ありませんよ、エイティ」
「分かったわ、ルアンナ」
早くも馴染んでいるエイティと女王、イヤこれからはオレも名前で呼ばせてもらおう。
「よろしくなルアンナ。それからディルウィッシュも」
「よろしくね」
「ああ」
笑顔のルアンナと憮然とした表情のディルウィッシュ。
二人は同じようにベアとボビーとも挨拶を交わしていった。
「よろしくね、ボビー君」
「ヨロシクです」
クレアの紹介なら今更隠しても意味無いって事で、今までおとなしくしていたボビーもめでたく言葉を解禁される。
「皆さん、行きましょうか」
一通りの挨拶が済んだところで、ルアンナが出立を宣言した。
「あっ、待って下さい。私達いきなりここへ連れてこられたものだから準備とか全然出来てなくて・・・」
確かに。
魔法使いであるオレはともかく、エイティもベアも寸鉄帯びていない平服姿だ。
このままじゃ悪魔相手の戦いなんて出来る訳がない。
「その心配はありません。お願いします」
ルアンナが部屋の外へ呼び掛けると「失礼します」とばかりに兵士が二人、手にはエイティとベアの装備品を持って入って来た。
「失礼とは思いましたが、貴方がたの宿へ人をやって持って来させました。事は一刻を争います。すぐに支度を」
ったく、用意の良いこった。これもクレアの差し金だろう。
「は、はあ・・・」
何だか訳が分からないという表情のまま、エイティとベアは別室に案内されていった。
それから10分。
「お待たせしました」
装備を整えた二人が部屋へ戻って来た。
ベアはいつも通りのヘビーアックスにフルプレート姿。
エイティはハルバードに胸当て、ブルーのマントはいつもと変わらないけど、今日はスカートじゃなくて青いスパッツを穿いていた。
季節は真冬だぜ。
オシャレのためとは言えあんなに足を出せば寒いに決まってるだろうに。
女心ってのは分からねえもんだな。
そんな二人の姿を確認するとルアンナはすっと立ち上がった。
「皆さんいいですね? それではただ今よりレマ城奪還作戦を遂行します」
ルアンナが力強く宣言すると部屋の中に今までに無い緊張感が駆け巡った。