ジェイク5

戻る


18

 ロビー奥にあった上への階段は見事に破壊されてしまっていた。
「こっちだ」
 ディルウィッシュは壊れた階段には目もくれずにロビーの脇を抜ける。
「三階経由で玉座の間、ね」
「分かってるじゃないか、ルアンナ」
「伊達に女王をやっている訳じゃないわ」
「あのー」
 レマの二人の会話にエイティが割って入った。
 状況を説明しろという事だろう。
「ごめんなさいエイティ。玉座の間は二階にあるんだけど、ロビーから直接上る階段は先程破壊されたわ。でもね、一階から三階へ直接通じている階段があるの。非常用の階段だから普段は使われていないんだけど・・・」
「子供の頃はルアンナと二人で、よくその階段を上ったり下りたりして走り回っていたな」
「そうそう。その度に大人に怒られてね。『非常階段で遊んではいけません』て」
 子供の頃から城の中を隅々まで探検したという二人らしいエピソードだな。
 やがて目の前には、本当にしばらく誰も使っていないと思われる扉が一つ。
「ここかせ先は我々だけで行きます。貴方達は怪我人の捜索、搬送、そして城内の警備に務めて下さい」
「しかし女王・・・」
 ルアンナが、ここまで付いて来ていたレマの兵士達に指示を下す。
 兵士達の中にはルアンナと同行したいという意向の者もかなりいたようだけど・・・
「貴方達はアクバー公爵に仕えていたのでしょう。私達はこれからその公爵と戦わなければなりません。来ない方が良いわ」
「は・・・それでは我々は怪我人の搬送と城内の警備に当たります。行くぞ」
 さすがに女王の貫禄か。
 兵士達はルアンナの指示を受け入れ、持ち場に散って行った。
「よし、行こう」
 ディルウィッシュが扉を開けた。

 三階への階段は、人ひとりがようやく通れるだけの幅しかないものだった。
 螺旋状の階段はかなり急な造りになっていて、手すりをしっかりと握っていないと足を踏み外しそうでちょっと怖い。
 非常階段は、二階部分を素通りして一気に三階へ上がれるようになっていた。
「ここは私のプライベートフロアになっているの」
 なるほどな。
 ここが女王の私室、素顔のルアンナの居住空間って訳か。
 女王の住まいなんてめったに入れるような場所じゃないからな、みんな物珍しそうに見回していた。
 廊下には赤絨毯が敷かれ、壁には何枚かの絵画も掛かっていた。
 派手過ぎず、かと言って地味でもなく。
 ルアンナの趣味の良さがさりげなくうかがえる空間だった。
 下と違って、ここはそれ程荒らされたような形跡も見られなかった。
 とある扉の前でルアンナが立ち止まる。
「ここが私の部屋よ。昔はディルもよく遊びに来てくれたのに、最近はさっぱりね」
「ルアンナ、今はそんな事を言っている場合じゃないだろう。先を急ごう」
 二人の間に微妙な空気が流れたような気がした。
 が、次の瞬間。
「みなさん、伏せて下さーい!」
 突然ボビーが叫ぶ。
「!」
 訳が分からないまま反射的に身を屈める。
 刹那、オレ達の頭上に一陣の黒い影が舞い降りた。
 シャキーンと金属と金属が激しくぶつかる音が響き、そして沈黙。
「今のは一体・・・?」
 ゆっくりと顔を上げる。
 オレの目の前には、片ひざの姿勢でマスターソードを構えるディルウィッシュ。
 そしてその向うには、全身黒づくめの人間が立っていた。
「アクバー公爵より依頼を受けた。女王ルアンナ、貴方には死んでもらう」
「きさま、マスターキラーか」
 ディルウィッシュが襲撃者の名を叫んだ。
 マスターキラーと呼ばれたそいつは、全身に黒装束をまとっていた。
 顔も無表情な仮面で覆い、男か女かもよく分からないくらいだけど、声からするとおそらく男だろう。
 左右それぞれの手に、持ち手の部分から前後に刃が伸びた、特殊な形状の武器を一本ずつ持っていた。
 オレ達の背後から音も無く忍び寄ったマスターキラーだったが、長い耳が自慢のボビーが鋭く気配を感じ取ってくれたおかげで命拾いしたらしい。
 そしてあの金属音は、ディルウィッシュとマスターキラーがお互いの武器を以って交錯した時のものだろう。
「気を付けろ、ヤツはレマの秘密部隊の指揮官だ。中でも暗殺を専門にしている殺し屋だ」
 ディルウィッシュが立ち上がり、マスターキラーに剣を向ける。
「将軍、きさまとはいつかケリを付けなければと思っていた。いい機会だ」
「ルアンナには指一本触れさせない」
「それはどうかな?」
 仮面の下でくっくと笑うマスターキラー。
「ヤツの相手は俺がする。みんなは手を出さないでくれ」
「ディル!」
「ルアンナ、おとなしく下がっていてくれ。ベア、エイティ、ルアンナを頼む」
「待って、ディル」
 ルアンナの制止を振り切って、ディルウィッシュはマスターキラーへと戦いの刃を振りかざした。
「ルアンナ、こっち」
「早く下がるんだ」
 エイティとベアが二人でルアンナを安全な場所まで連れて下がる。
 ディルウィッシュはオレ達に「手を出すな」と言っていたけど、そうも言っていられないだろう。
 オレは何かの時に備えていつでも呪文を放てるように精神を集中させ、じっと戦いの行方を見守る事にする。
 
 マスターキラーの操る特殊な形状の武器が左右から、計四本の刃が文字通り四方からディルウィッシュに襲い掛かる。
 更にマスターキラーはニンジャ特有の体術を最大限に発揮させ、突然距離を詰めたり一気に間合いを離したりと、変幻自在の攻撃を繰り返していた。
 マスターキラーの攻撃にやや押され気味に見えるディルウィッシュだったが、実際には冷静に対処しているのかも知れない。
 確実にマスターキラーの攻撃に対応し、隙あらばマスターソードを突き出したり相手の足元を払ったりと反撃も見せている。
 ディルウィッシュにとって有利なのは、ここが幅の狭い廊下だという事だ。
 もしもここが開けた空間なら、敵に後ろに回り込まれたり、あるいは上から襲われたりもするだろう。
 しかし今は、マスターキラーの動きは廊下の壁や天井に大幅に制限される。
 必然、戦いは直線的な攻防になる。
 マスターキラーが間合いを取る為に後ろに飛ぶ。
 それに合わせてディルウィッシュはわずかずつだが前へ。
 通路の長さは限られている。
 ディルウィッシュを飛び越せないマスターキラーの動ける範囲が次第に狭められていった。
 マスターキラーがディルウィッシュを押し戻そうと正面から猛攻を繰り出すも、ディルウィッシュは正確にそれらの攻撃を受け止め、決して下がる事は無い。
 ディルウィッシュがマスターキラーを押さえ込んだかに思えたが、敵も戦い慣れていた。
 両手に持った武器でディルウィッシュの剣を挟み動きを封じると、そのまま生身の身体でディルウィッシュに当身を食らわす。
 吹っ飛ばされるディルウィッシュの身体が廊下の床を転がる。
 剣こそ手放さなかったものの、マスターキラーの追撃は厳しい。
 突き出される刃を身体をよじってかわすがかわし切れない。
 マスターキラーの必殺の刃が、空中から獲物を狙う猛禽類のようにディルウィッシュ目掛けて襲い掛かった。
 ぐさり。
 刃が身体を貫く音。
 しかし、傷を負ったのはディルウィッシュだけではなかった。
 敵の攻撃を避けきれないと判断したディルウィッシュは、とっさに護りを捨てて反撃に出ていたのだ。
 ディルウィッシュがカウンター気味に剣を繰り出すと、マスターキラーも完全な体勢での攻撃は出来なくなる。
 結果、お互いの武器がお互いの左肩を捉えたのみだった。
 そのままディルウィッシュがマスターキラーの身体を蹴り上げる。
 立ち上がるディルウィッシュと空中で一回転して着地するマスターキラー。
 両者の肩からは赤い滴、レマ城の廊下の赤い絨毯に染み込んでいく。
「ディル・・・」
 オレの隣で、ルアンナが祈るように戦いの行方を見守っている。
 ルアンナの前にはエイティとベア、万が一マスターキラーがこちらに襲い掛かってきたらいつでも迎撃出来るようにと、じっと得物を構えている。
 お互いに手傷を負ったからにはもうこれ以上の長期戦は無理だろう。
 決着を着ける時が来たようだ。
 両者が呼吸を合わせたように走り出す。
 ディルウィッシュのマスターソードが唸る。
 マスターキラーの死の刃がひるがえる。
 その時。
「ディル! 死なないで」
 エイティ達を振り切って戦いの場に飛び出したルアンナ、その身体が目も眩むばかりの輝きを放った。
 それに目が眩んだか、ディルウィッシュ越しにこちらを向いていたマスターキラーの動きが一瞬止まる。
「うおりゃあーーー!」
 その隙を逃さず、ディルウィッシュの一撃がマスターキラーの身体をなぎ払う。
 しばしの静寂と共に時が止まる。
 そして再び時間が動き出した時には、黒き暗殺者の亡骸がディルウィッシュの足元に転がっていた。
「ディル・・・無事で良かった」
「下がっていろと言っただろ」
「だって・・・」
 最愛の男を失うかも知れない恐怖から解放されたルアンナは、そのままディルウィッシュの側へ駆け寄ると傷の具合を確認。
 すぐさま治療呪文を唱えていた。
「まあまあディルウィッシュさん分かってあげて。ルアンナはそれだけディルウィッシュさんの事を愛しているのよ」
「女王と言えど女という訳だ」
「ちょっとエイティ! ベアさんも」
 二人にからかわれて慌てるルアンナの表情が妙におかしい。
「オッサン、女王が女なのは当たり前だろ」
「ウム、それはそうだが・・・」
「もう。まだまだジェイクはお子様ね。女心ってのをこれっぽっちも分かってないんだから」
「エイティ、オレだって分かって言ってるんだけど」
「あらそうだったの」
 みんなに笑いが起こった。
 それにしても『女王と言えど女』とは、ベアもうまい事を言うもんだ。
 ダリア城を出発してからここまで、常に冷静に振舞ってきたルアンナが、ディルウィッシュの事となるとあれだけ心を乱すんだからな。
 オレにはまだ恋だとか愛なんて感情はピンと来ないものだけど、それでも大切な人の身を案じて居ても立ってもいられなくなる気持ちは、何となくだけど分かるような気がする。
 ところで、一つ気になる事があった。
 マスターキラーが目を眩ませたあの光。
 突然ルアンナの身体が放ったあの輝き。
 あれは一体、何だったんだろうな・・・

続きを読む