ジェイク5

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17

 ついにここまでやって来た。
 オレ達がいるのはレマ城正面の入り口の直前だ。
「戻って来たわね」
 感慨深そうに、自分が生まれ育ち、昨日まで暮らしていた城を見上げるルアンナ。
 城は、あちこちの窓ガラスが割られていたり、何箇所かは壁が崩れ落ちていたりして、悪魔達の襲撃による傷跡が生々しく残されている。
「まだ終わりじゃないぞ」
「そうね」
 レマ生まれの二人の視線が交錯する。
 おそらく、それぞれの瞳にはそれぞれの顔が映し出されているはずだ。
「ディル、行きましょう」
「ああ」
 ディルウィッシュが正面の扉に手を掛けた。
 扉は木製で重厚な造りになっていたけど、何の抵抗も無く開いた。
 見張りや結界のようなものも無いようだ。
 これまでと同じように、ディルウィッシュとベアの男二人が前を固める。
 オレ、ルアンナと続いてしんがりにはエイティとボビー。
 レマ城内部は、ダリア城とはまた違った趣になっているように思えた。
 華美な造りのダリア城に対して、こちらのレマ城は質実といったところか。
 外と同じように、城の中もいたる所が破壊されていた。
「誰もいないのかしら?」
 エイティが慎重に周囲に視線を廻らせる。
 確かに。
 入り口からすぐのロビーには、人の姿は一つも無い。
「まさか、城の者は全て悪魔に殺されたか?」
「ベアさん、そのような事は言わないで下さい。私は皆の無事を信じていますから」
「済まなかった」
 ベアは素直にルアンナに詫びる。
 しかし、そうは言ってても城の人間の安否を一番心配しているのはルアンナ自身のはずだ。
「これからどうするの?」
「城の中を調べるしかないだろう」
 ディルウィッシュが一歩を踏み出した、その時だった。
「待たれよ」
 男の声と共に、ロビーの奥からニ十人程の人間が駆け出してきた。
「ディルウィッシュ将軍、レマに謀反を起こしたとの疑いがありますぞ」
「このまま通す訳には参りませぬ」
 騎士、僧侶、魔法使い、司教。
 いずれもレマの兵士なのか、身に付けているものからすると、かなり高位に属する者達と思われる。
「将軍とその一味を捕らえよ」
「おとなしくしろ」
 騎士達は剣を抜き、術者達もいつでも呪文を放てるように控えている。
「何を言っているんだ」
「将軍、問答無用!」
 騎士の一人がディルウィッシュににじり寄った。
「お待ちなさい!」
 凛として威厳に満ちた声が城内に響いた。
「皆さん、私の顔をお忘れですか? この国の女王ルアンナです」
 レマの兵士達の前に進み出るルアンナ。
「まさか・・・」
「女王陛下・・・」
 女王の登場に戸惑いの色を顕にする兵士達。
「貴方達はアクバー公爵の直属の兵団、親衛隊ですね」
「は・・・」
「謀反を起こしたのはアクバー公爵その人です。公爵はどこです?」
「玉座の間かと・・・」
「分かりました。貴方達にも後で話を聞く事になるかと思いますが、今は公爵に会うのが先です。ディル」
 すっかりおとなしくなっちまった親衛隊の連中との話を手短に切り上げると、ルアンナはディルウィッシュに先に進むように促した。
 ディルウィッシュがロビーの奥にある階段へと歩み寄る。
 が、突然だった。
 何の前触れもなく、ディルウィッシュの目の前の階段がガラガラとけたたましい音を立てながら崩れ落ちたのだ。
「ああ」
「一体何が・・・」
 動揺する兵士達。
「公爵の仕業か」
 忌々しそうに階上を見上げるディルウィッシュ。
 更に追い討ちが来る。
 城内の空気が大きく揺らいだ。
「来ます!」
 ルアンナの一言でオレ達は戦闘態勢に入った。

 それは醜く太った黄色くて巨大な悪魔だった。
 頭部には小さめの角。
 背中の翼も、その巨体の割には小さく思えた。
「オッサン、知ってるか?」
「いや、初めて見る顔だな」
 熟練の戦士であるベアが見た事が無いとなると、よっぽど稀なモンスターなのかも知れない。
 もしかしたら、こうして人間の前に姿を現した事自体が初めてかもな。
 同じく巨大な悪魔でるグレーターデーモンと区別を付ける為に、便宜上グレーターデビルと呼ばせてもらおう。
 デーモンとデビルの違いなんてよく知らないけどな。
「ジェイク君、貴方は少し休んでいて」
 ルアンナがオレの肩を叩いて言った。
「でも・・・」
「この先まだ一山あると思うの。ジェイク君にはそれまで呪文を温存してもらわないと」
「良いのかよ?」
「ええ、ここはレマの人間に任せて」
 そこでルアンナは、アクバー公爵の親衛隊の連中に号令を発した。
「皆さん、これ以上公爵の横暴を許してはなりません。今こそレマの為に立ち上がって下さい。まずはあの醜い魔物を私達の手で打ち倒すのです。
 魔法使いは全員でコルツを唱えて敵の呪文に備えなさい。僧侶はバマツで物理防御力を整えて。騎士の皆さんはディルと一緒に攻撃を」
「はっ!」
 ルアンナの命を受け公爵の親衛隊、いやもう元親衛隊だな、が一斉に動き出した。
 魔法使いや僧侶達が次々と呪文を唱え、ディルウィッシュを先頭に騎士達がグレーターデビル(仮名)に斬り掛かる。
 さすがにみんな戦い慣れしているらしく、わずかずつながらも確実に、黄色い悪魔に傷を負わせていった。
 しかし敵も黙ってやられるばかりじゃない。
 まずは挨拶代わりにとマバリコを放ってきた。
 巨大なかまいたちが、魔法使い達が作り出した呪文障壁と衝突する。
「魔力を上げなさい!」
 ルアンナの檄に魔法使い達が更なる魔力を込めて障壁の維持に努める。
 周囲の空気を巻き込んで大きく渦を巻くかまいたちは、やがて障壁に阻まれて霧散してしまった。
 呪文が通用しないとなると、グレーターデビル(仮名)は直接攻撃に乗り出してきた。
 手近な場所にいた騎士に、贅肉がまとわり付いて醜くたわんだ太くて黄色い腕を叩き付ける。
「うわー」
 騎士もすんでの所でかわしたものの、巨大な爪でプレートメールの装甲をえぐられてしまっていた。
「怯むな、進めー!」
 ディルウィッシュの号令で、騎士達は更に攻撃を繰り返す。
 その様子にオレの隣にいた二人が身体を震わせている。
「もう黙って見ていられん。ワシは行くぞ」
「私も。早くこれを使ってみたかったのよ」
 ベアとエイティが、さっき武器庫で見つけた新しい得物を振りかざして戦線に飛び出して行った。
「ボクも行きますー」
 ボビーもエイティのあとを追う。
 こうなったらオレも黙ってはいられないだろう。
「オレも・・・」
「ジェイク君はダメよ」
「あーーー、クソっ」
 すかさずルアンナに止められ、オレはその場に留まった。
 魔法使いにとって呪文の配分がいかに重要かなんて今更説明するまでも無い。
 ましてや呪文を使わないんじゃ前線に出ても他の仲間達の邪魔になるだけだ。
 こんな時は、自分が魔法使いだというのがどうにも歯がゆくて仕方ないけど、ここは見ているしかないようだな。
「うおりゃあーーー!」
 ベアが自分の身の丈程もあるグレートアックスを振り回す。
 ドワーフが先天的に持つパワー、アックスの重さ、そして刃物としての斬れ味。
 ベアが放った巨斧による一撃はグレーターデビル(仮名)の右のすねに深々と食い込んでいった。
 これで醜い黄色の悪魔の動きが止まる。
 そして圧巻はエイティだった。
 ボビーを囮に走らせてグレーターデビル(仮名)を撹乱させると、エイティ自身は素早く悪魔の巨体の下に潜り込む。
「行っくよー!」
 退魔の効力を秘めたファウストハルバードの槍先をグレーターデビル(仮名)の下腹にグサリと突き刺すと、そのまま悪魔の股間を一気に走り抜ける。
 グレーターデビル(仮名)の身体の中に食い込んでいるファウストハルバードの斧の部分が、一気に悪魔の下半身を引き裂いてしまったんだ。
 足腰をズタズタに裂かれては、あの太った身体を支えられるはずがない。
 グレーターデビル(仮名)がゆっくりと前方に倒れて来た。
 ファウストハルバードを手にしたエイティが更に舞う。
 倒れ行く黄色い悪魔の背中に飛び乗ると、邪魔になる翼を斬り落とし、そして背骨越しに心臓を貫いた。
 ずどーんというけたたましい音と振動。
 前のめりに倒れ落ちたグレーターデビル(仮名)はピクピクとニ三回身体を痙攣させると、その後は完全に動きを停止させてしまった。
「最高ね、この武器」
 悪魔の屍から飛び降りたエイティは、新しい武器による戦いの成果に満面の笑みを見せていた。
「オレがいなくても何とかなったってところか」
「何言ってるのよジェイク。たまには私にだっておいしいところを分けてくれても良いでしょ」
「それにしてもその武器の威力はスゴイな」
「ええ。これならどんな悪魔が来ても楽勝よ」
 エイティは自慢気に、ファウストハルバードを二度三度と振るってみせた。
 確かに。
 退魔の力を秘めたファウストハルバードは、この先公爵が召喚するであろう悪魔にも絶大な効果を発揮してくれるはずだ。
 言ってみれば、強力な切り札ってヤツさ。
「グズグズしているヒマは無い。さっさと公爵を捕らえないとな」
 勝利の余韻が残る中、ディルウィッシュが歩き出した。

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