ジェイク5

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16

 グレーターデーモンを退けたオレ達の目の前には、上へ続く階段があった。
「ここを上ればレマ城だが・・・ジェイク、魔力の回復は必要か?」
「そうだな・・・」
 オレは頭の中で残りの呪文の使用回数を確認する。
 7レベルを三回残しているのをはじめ、各レベルともまだまだ大丈夫だ。
「何とかなりそうだな」
「レマ城へ上がると結界の関係で今までのように簡単に魔力の回復に戻れなくなるぞ」
 最後の確認とばかりに念を押すディルウィッシュに、「分かっている」という意思表示を込めて無言で頷く。
「そうね。今ここを離れるとまた公爵が何らかの妨害をしてくるかも知れないわね。ディル、ここは一気に行くべきだと思う」
 ルアンナの言葉は揺るぎなく、そして力強い。
 さすがはレマの女王として一国を統べるだけの器の大きさみたいなものを感じさせてくれる。
「他のみんなも大丈夫だな?」
 ディルウィッシュがベアとエイティに視線を送った。
「問題無い」
 と頷くベアとは反対に
「あのー、私武器が無くなったんだけど」
 エイティがおずおずといった感じで手を挙げた。
 さっきのグレーターデーモンとの戦いで、エイティはハルバードを蒼き悪魔の口の中に叩き込んでいた。
 その死体はまだそこに転がっているものの回収は・・・まあ無理だよな。
「それについては心当たりがある。付いて来てくれ」
「分かったわ」
 エイティの武器に関してはひとまず置いとくとして、オレ達はレマ城を目指して階段を上って行った。

 そこは白銀の世界だった。
 山頂に降り積もっている雪に、東の空から昇り始めたばかりの冬の太陽がキラキラと眩しい。
 グルリと周囲を見渡すとレマの山々からなる絶景。
 冬空は無風、快晴。
 凛として冷たい朝の空気が、迷宮から抜け出たばかりのオレ達を清々しい気分にさせてくれる。
「いつの間にか夜が明けていたのね」
「ここまで来るのにまる一晩掛かったな」
 オレ達がダリア城下のグランタン酒場で食事をしていたのは、昨夜のまだ早い時間帯だった。
 そこからレマへ連れて来られて山の中の迷宮を抜けたらもう朝になっていた。
 オレは途中少しだけ眠ったけど、他のみんなはほぼ徹夜のはずだ。
 しかし、誰も眠そうにしているヤツはいない。
 やがて来るであろう最後の戦いに備えて、それぞれが士気を高めていた。
「みんな、よくここまで頑張ってくれた。だがこれで終わりじゃない。これからレマ城へ突入する。はっきり言って城内の様子がどうなっているか、俺にも見当が付かない。だが、必ずやレマ城を取り戻す。行くぞ」
 檄を飛ばすディルウィッシュに全員が頷くと行動開始だ。
 迷宮から上がってきた階段は、レマ城の城門の南側すぐの所に位置していた。
 そこからまずは正面の城門へ向かう。
 特に見張りのような者はいない。
 しかし・・・
「魔力の歪み。どうやら結界が張られているようね」
 ルアンナが敏感に魔力による結界を感じ取っていた。
「ここからは入れないの?」
「そうね。試してみる?」
 ルアンナがチラリとディルウィッシュに視線を送る。
「やれやれ」
 ディルウィッシュは渋々といった顔で城門へと消えて行った。
 が・・・
 次の瞬間、ディルウィッシュはオレ達の目の前に現れたんだ。
「つまらん小細工を」
「これも公爵が仕掛けたのかしら?」
「だろうな」
 城門を見つめるディルウィッシュとルアンナ。
「ねえ、ここから入れなかったらどうしたら良いの?」
「心配いらないわ」
 ルアンナは特に困ったという様子もなく笑顔でエイティに応える。
「心配いらないってんなら何とかなるだろ」
「もう、ジェイクはいい加減なんだから」
 むくれるエイティ。
 でもな、オレ達にはどうしようもないんだから、ここはディルウィッシュとルアンナに任せるしかないだろう。
「裏口がある。こっちだ」
 ディルウィッシュに続いて城壁にそって移動。
 やがて城門の真裏に当たる場所へとやって来た。
「確かこの辺りに・・・あったぞ」
 それは石造りの城壁に木の枠ではめ込まれたくぐり戸だった。
 高さはオレの胸くらい、ドワーフ故に背の低いベアなら立ったままでもくぐれるかといったところか。
 くぐり戸は、もう何年も使われていなかったらしく、戸板が朽ちていて今にもボロボロに崩れ落ちそうになっていた。
「子供の頃はディルと一緒に、よくここからお城を抜け出していたわね」
 ルアンナが懐かしそうにくぐり戸に手を掛ける。
「さすがのアクバー公爵も、こんな所に抜け道があるとは知らなかっただろうな」
「そうね。私達にしか分からない場所ってまだまだあるんじゃないかしら」
 幼馴染だったディルウィッシュとルアンナは、子供の頃にこの城の中を隅から隅まで探検したと言っていた。
 そんな二人だからこそこの抜け道を知っていたんだろうし、またこんな朽ち果てたくぐり戸さえ、二人にとっては大切な思い出の場所なのかも知れない。
 くぐり戸から城壁の中へ。
 長身のディルウィッシュやエイティはもちろん、オレやルアンナも背を屈めてくぐり戸を抜けなければならなかったが、やはりと言うか、ベアは普通に立ってままで平気だったのが何だかおかしかった。
 
 くぐり戸には特に結界やトラップのようなものは仕掛けられていなかった。
 公爵がこの場所を見落としていた証拠だろう。
「付いて来てくれ」
 ディルウィッシュがオレ達を先導して歩く。
「そうか、尖塔には武器庫があったわね」
「察しが良いな、ルアンナ」
 レマ城の城壁の四隅にそれぞれ塔が建てられてあった。
 ディルウィッシュがオレ達を案内してくれたのはそのうちの北東部にある塔だ。
 塔の扉を開けるとすぐに上り階段が見えた。
 それを上るとそこには『武器庫』の表示が・・・
「使える物があると良いんだがな」
 ディルウィッシュが武器庫の扉を開けてオレ達を中へ促す。
「へえ・・・」
「これは」
 そこには、剣、斧、槍、弓矢など、あらゆる種類の武器兵器がズラリと並べられてあった。
 その光景に目を丸くして驚くエイティとベア。
 ちなみにオレは魔法使いだからな、武器なんて見たって何の興味も無い。
 ここは黙って見ているしかないだろう。
「どれでも好きな武器を選んでくれ」
「どれでも良いの?」
「もちろんよ」
「ワシも構わんのか?」
「ええ、是非」
 まるで子供がおもちゃを選ぶように、目を輝かせて次々と武器を取るエイティとベア。 
「これが良さそうだ」
 ベアが選んだのは、ヘビーアックスよりも更に一回り大きな斧だった。
「ほう、グレートアックスか。あんたにはピッタリだろうな」
「本当に貰っても構わんのか?」
「ああ、大事に使ってくれ」
「そうさせてもらおう」
 ベアはすっかり新しい武器が気に入ったようだった。
 そしてエイティはというと、やはり長柄の武器を丁寧に調べていた。
「ルアンナ、どれが良いかしら?」
「そうね・・・」
 本来司教職は、未知の品物の鑑定をもこなす程に各種の武器防具などにも精通している。
 ルアンナにもそれは言えるらしく、エイティと一緒に一つ一つ武器を手に取っては品定めをしていた。
 やがて・・・
「これなんかどうかしら?」
 一本の長柄の武器を取り出した。
「これは?」
「ファウストハルバード。かなりの逸品よ」
「へえ」
 エイティは早速そのファウストハルバードを手にしていた。
 形状は、今まで使っていたハルバードとほとんど変わらないみたいだけど、各所に細かい細工が施されていて一目で高級なものだと分かる。
「不思議な感じがするのね。何か特殊な効果でも?」
「退魔の力が宿っています」
 得意げに応えるルアンナ。
「えっ? そんな高価な物を貰っても・・・」
「いいのよエイティ。どうか受け取って」
「でも、それだったらディルウィッシュさんが使った方が良いんじゃないかしら」
「イヤ、俺は長柄はあまり得意じゃないんだ。その武器もエイティに使ってもらった方が喜ぶだろう」
「それじゃあ、遠慮無く!」
 エイティは、早速新しい武器・ファウストハルバードを構え、二度三度と振ってはその感触を確かめている。
「悪くないなんてものじゃないわ。最高よ、これ」
 ご満悦とはこの事だろうな。

「よし、新しい武器も揃った事だしそろそろ・・・」
「待ってディル」
 武器庫を出ようとしたディルウィッシュをルアンナが引き止めた。
「もう一つ、気になる物があったんだけど・・・」
 そう言ってルアンナが取り出したのは、ボロボロに錆び付いて今にも折れそうな剣だった。
「何だルアンナ、そんな錆びた剣なんか使えるはずがないだろう」
「でも何か気になるのよ。ねえディル、持っていくだけでも持っていってみない?」
「荷物になるだけじゃないのか」
 仕方ないといった顔で、ディルウィッシュは錆び付いた剣を腰に収めた。
 ったくこの男、何だかんだ言ってもルアンナには頭が上がらねえんだからな。
 さてと。
 かなり待たされたけど、どうやら準備は出来たみたいだな。
「行こう」
 ディルウィッシュの号令で、オレ達は武器庫をあとにした。

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