ジェイク5

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15

 再び周囲の空気が揺らぐと、新手のグレーターデーモンが仲間の招集に応じて現れた。
「な・・・」
 ようやく一体倒したばかりなのに、目の前には全く無傷の蒼き悪魔。
 しかもそいつはいきなり仲間を呼び始めたからたまらない。
「仲間を呼ばせるな!」
 ベアが叫ぶもどうにも止めようがない。
 空気の揺らぎは治まる事無く更に一体、計二体のグレーターデーモンがオレ達の目の前に立ちはだかっていた。
「そ、そんな・・・」
「まさしく悪魔だ」
 絶句するエイティ、戦慄するベア。
 ここに来て、オレにもようやくヤツラの本当の意味での恐ろしさが身にしみて分かってきた。
 はじめは一体だけだったのが、今は二体。
 このまま無限に増え続けられたら倒しても倒してもキリがない。
 いや、今のオレ達じゃあもうこれ以上増えられたら、戦力を分断されて一体をも倒す事は出来ないだろう。
 勝ち誇ったかのように見える表情のグレーターデーモンがマダルトを立て続けに放ってきた。
 バリバリバリ!
 コルツによる呪文障壁が崩壊しようとしている。
「ジェイク君」
「くっそ」
 ルアンナと二人、再度コルツを唱えるも、いつまでも防ぎきれるものでもない。
「ディル、何とか攻撃を」
「ああ、行ってくる」
「ワシも行くぞ」
 男二人が向かって右に立つグレーターデーモン目掛けて駆け出した。
 とにかく一体に狙いを絞るんだ。
「ボビー、私達も行くわよ」
「ハイです」
 エイティはさっきので得物を手放してしまっている。
 その代わりなんだろうけど、ボビーを抱えて走り出した。
「ボビー、頼んだわよ」
「エイティさん、思いっきり投げて下さい」
「それっ!」
 エイティがボビーを、遥かな高みにあるグレーターデーモンの首目掛けて思いっきり投げる。
 宙を飛ぶボビーは自慢の牙を剥き出しにして、そのままグレーターデーモンの首筋に着地、そして思いっきり噛み付いた。
「やったか?」
 これで決まればボビーの大金星だ。
 が・・・
 グレーターデーモンは大きく身体を揺すると、ボビーは敢え無く振り落とされてしまう。
 落ちて来たボビーをエイティが地上で受け止める。
「ボビー、大丈夫?」
「うう、硬かったですぅ」
 ボビーの牙でもグレーターデーモンの装甲は貫けなかったようだ。
 ディルウィッシュとベアも必死に応戦するも、グレーターデーモンの反撃に思うように攻撃出来ないでいた。
「何か手はないか・・・」
 焦る頭で必死に考える。
「もう少し戦力が欲しいわね」
「それだよ」
 ルアンナの一言がオレに気付かせてくれたんだ。
 敵が戦力を補充するなら、こっちも戦力を補充してやれば良い。
 召喚の書とまでは行かないけどな、オレだって魔物を召喚する呪文ぐらいは習得している。
「ソコルディ」
 正直この呪文を使うのは初めてだった。
 どんなヤツが召喚されるかは、術者の技量と運次第。
 グレーターデーモンとは言わねえけど、せめてレッサーデーモンでも呼び出してくれたら少しは戦力になるはずだ。
 オレの周囲がほんのわずかに、そよ風が吹いた程度に空気が少しだけ揺れたような気がした。
 そしてその揺れた空気の中から現れたのは・・・
「ク、クリーピングコインか?」
 それは金貨の形をした魔法生物だった。
 古の魔道師が、自分の持つ金貨の番をさせる為に創り出したと云われている。
 うっかり金貨に手を伸ばした泥棒に申し訳程度のブレスを吐いて驚かすというものだが・・・
 はっきり言ってグレーターデーモン相手では何の戦力にもなりえないはずだ。
「ハ、ハズレだよ〜!」
 思わず絶叫してしまった。
 これってオレの実力のせいか? いや、運が悪かっただけだよな。
 頼むからそういう事にしておいてくれ。
 ソコルディは5レベルに属する高等呪文だ。
 それを消費して呼び出したのがクリーピングコイン。
 これならバコルツを一回でも多く唱える方がマシだったぜ。
 オレの手を離れたクリーピングコインは、グレーターデーモン目掛けてフワフワと飛んで行った。
 いや、行ったところで何の戦力にもならない事は目に見えて明らかだけどな。
 クリーピングコインは、一枚が二枚、二枚が四枚と次々に仲間を呼んで増えている。
 増殖能力という点では、グレーターデーモンと同等かも知れないけどな。
 しかし、クリーピングコインが二枚だろうと四枚だろうと、グレーターデーモンを相手に何ともなるはずが無い。
 それにも関わらず仲間を呼び続けたクリーピングコインは、今や九枚にまで増殖していた。
 それらがグレーターデーモンの目の前をフワフワと浮いては弱っちいブレスをチョロチョロと吐いている。
 もちろんそんなブレスがグレーターデーモンに通用するはずがない。
 ヤツらが嘲り笑うような表情を見せたのは気のせいか?
 グレーターデーモンはクリーピングコインを一掃する為に呪文を・・・
 使わなかったんだ。
 なんとグレーターデーモンはクリーピングコインを直接手で追い払い始めたんだ。
 それは油断。
 もしもオレが呼び出したモンスターがレッサーデーモンクラスなら、グレーターデーモンもそれなりに緊張感を維持して戦ったはずだ。
 しかし相手はあまりにも微弱な力しか持ち得ない魔法生物。
 巨大なる悪魔にとって目の前のコインを始末する事など、虫けらを捻り潰すがごとく簡単な話だったはずだ。
 冷静にマハリトでも唱えておけば何の問題も無かったんだ。
 しかし、人間が素手でハエを捕まえるのが難しいように、グレーターデーモンにとってもクリーピングコインを手で追い払うのはそう簡単な作業じゃなかったんだ。
 クリーピングコイン相手に巨大な腕を振り回すも、それらはことごとく空振りに終わるだけだった。
 グレーターデーモンは我を忘れてコインを手で握りつぶそうと躍起になっていた。
 当然、ディルウィッシュ達への対応がおろそかになる。
 その隙を逃すはずがない。
「でりゃ」
「うおぉ」
 男達の一太刀、一振りがグレーターデーモンの身体に深い傷を追わせる。
 完全に虚を突かれた形になったグレーターデーモン。
 目の前にはクリーピングコインがうっとおしく飛び回り、足元にはディルウィッシュ達。
 油断から生じた隙が、今度は焦りに変わる。
 既に冷静さを失ったグレーターデーモンは、呪文を唱えるでもなく、仲間を呼ぶ事も忘れていた。
 まるで駄々っ子がそうするように、ただ乱暴に手足を振り回して自分に群がる敵を追い払うのに必死になっていた。
 しかしだ。
 そんな力任せの攻撃だけじゃ熟練の冒険者を仕留めるのは無理だぜ。
 ディルウィッシュのマスターソードが、ベアのヘビーアックスが、面白いようにグレーターデーモンの身体を捉え始めた。
 一体目がそうだったように、このグレーターデーモンも足を傷付けられ、やがて立っている事すら出来なくなる。
「ボビー、もう一回お願い」
「ガッテンです」
 崩れ落ちるグレーターデーモンに向かって、再度エイティがボビーを投げ付けた。
 ボビーの小さな身体が巨大なる悪魔の首筋に迫る。
 がぶり。
 やった、やったよ!
 今度こそやってくれた。
 ボビーの鋭く輝く長い牙がグレーターデーモンの喉元を見事に切り裂いてしまったんだ。
 傷口から大量の血を流し、グレーターデーモンはその動きを停止する。
 ボビーの大金星だ。

 残りは一体。
 コイツに新たな仲間を呼ばれたらまた面倒になるところだったが、目の前で仲間を倒されたグレーターデーモンは完全に冷静さを失っていた。
 周囲を飛び回るクリーピングコインに気を取られながらも、思い出したように呪文を唱え始めた。
 グレーターデーモンが放ったのはマダルトだった。
 いくら何でもクリーピングコイン相手に使う呪文じゃないぜ。
 グレーターデーモンの意識がクリーピングコインに向いているその隙に、極限まで集中力を高めていたルアンナが対悪魔の切り札とも言うべき呪文を発動させた。
「モガト!」
 それは魔界の門を開く為の呪文。
 しかしその目的は、召喚とは丸っきり逆だ。
 魔界から悪魔を呼び出すのではなく、魔界へと悪魔を追い返す為の呪文。
 もちろん無効化されてしまえば全く効果は無いし、無効化されないまでも相手が耐え切ってしまえばそれまでだ。
 しかし、今や完全に冷静さを失っているグレーターデーモンと、最高にまで精神を高めた状態にいるルアンナとではどちらが勝つかは明らかだった。
 無効化される事無く開いた魔界の門に、抗う事すら出来ずに飲み込まれていくグレーターデーモン。
 やがて魔界の門が閉じると、周囲は何事も無かったかのように静まり返る。
 この勝負、ルアンナの快勝だな。
「ふう」
 呼吸を整えるルアンナ、その表情は大きな仕事を成し遂げた達成感に満ち溢れていた。
 こうしてオレ達は、計三体ものグレーターデーモンを退ける事に成功したんだ。
 しかしだ。
 アクバー公爵は、召喚の書を使ったとはいえグレーターデーモンを自在に召喚していた。
 それに比べてオレはどうだ?
 最低ランクのモンスターしか召喚出来ないなんてな。
 つくづく魔法使いとしての未熟さを痛感させられたし、正直屈辱だった。
 確かに、クリーピングコインに虚を突かれたグレーターデーモンが油断をしてくれたおかげでオレ達は勝てたと言えるだろう。
 しかし、今回はたまたま運が良かっただけかも知れない。
 次も今回のような幸運が続くとは限らない。
「はあ、オレもまだまだだな」
 思わず漏れた溜息と共に首を大きく横に振っていた。

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