ジェイク5

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 オレは朝から上機嫌だった。
 目が覚めると冒険者カードの記述が変わっていたからだ。
 この冒険者カードというのは、ダリアの城塞都市が発行しているもので、オレ達冒険者の身分証明みたいなものだ。
『ジェイク・魔法使い・レベル14』
 昨日までは、このレベルの所の数字が『13』だった。
 それが今朝になってみたら『14』に書き換わっていたんだ。
 レベルアップ。
 冒険者として己の技術を磨き、多くのモンスターとの戦いを経験してある一定の技量に達したと認められた時にそれは起こる。
 昨日はレベル7くらいのパーティの助っ人として城塞都市近郊の墓場へと出かけたんだ。
 そこで出て来たスケルトンやゴーストなどのアンデッドモンスター達を相手にしばらく戦った。
 オレにしてみればザコなんだけどな、だからって全部オレが始末しちまったら連中の修行にならないだろ。
 結局は適当にあしらってやったんだけど、それでもオレ自身もしっかり経験値を獲得して規定の数値に達したって訳さ。
 冒険者カードの記述が書き換わるのは、日付が変わった深夜0時だ。
 どんな仕組みになっているのかはよく分からないけど、自動的に書き換わってしまうんだから不思議だよな。
 レベルが高ければそれだけ冒険者としての技能が高いと認められる訳で、言わば強さの象徴でもある。
 オレは既に魔法使いとして全ての呪文を習得していたから、もうこれ以上は無い。
 しかし、レベルが上がればそれだけ魔力も増加する。
 単純に言って呪文の威力も上がるのだ。
 今までならラハリトじゃないと倒せなかったモンスターも、呪文の威力が上がればマハリトで倒せてしまう事もあるんだ。
 これで不機嫌になるはずが無いだろう?
 そんな感じで、オレは今日一日をご機嫌に過ごしていた。

「ジェイク、レベルアップおめでとう」
「ああ、ありがとう」
 夕方になって、エイティとベアとついでにボビーが、オレのレベルアップを祝ってちょっとした宴を開いてくれた。
 宴ったってそんなたいそうなものじゃない。
 いつものグランタン酒場に集まって、いつもよりはちょっとだけ贅沢した料理を注文して食べるだけだ。
 酒場では、仲間がレベルアップした時にこんな風にお祝いをしているパーティをよく見かける。
 それは、厳しい戦いを生き抜いてきた事に対する賛辞であり、パーティの結束を深める為の儀式みたいなものでもあった。
 実際はそんなに堅苦しいものでもないんだけど、とにかく祝ってくれるみんなの気持ちが嬉しかった。
「先月は私、そして今日はジェイク。立て続けにレベルアップしてるわね」
 そうなんだ。
 少し前にはエイティもレベルアップを果たしていて、レベル13になっていた。
 もちろんその時も今みたいなお祝いをしたんだけどな。
 エイティは自分のカードを取り出して、感慨深げに見入っている。
 今までの冒険者としての想い出なんかにひたっているのかも知れないよな。
「ワシももう少しのはずだな」
 次いでベアも自分のカードを取り出してみせた。
 戦士としてレベル14に認定されているベアだが、次のレベルまでに必要な経験値はあと3万ポイントといったところだ。
 二人につられて、オレも書き換わったばかりのカードを取り出してみた。
 何回見ても『レベル14』の数字が輝いて見える。
「でもさあ、ジェイクのカードって嘘だらけよね」
 エイティがオレのカードを覗き込みながら小声で言った。
「嘘って何だよ?」
「だって、ねえ・・・」
 ベアと顔を見合わせて肩をすくめるエイティ。
 まあ分かっちゃいるけどな。
 オレの身体は生物学的には「女」に分類される。
 しかし、冒険者カードでの記載は「男」になっているんだ。
 ついでに生年月日も適当な数字だから、エイティの言うとおり嘘だらけなのは間違いない。
 オレがどうやって虚偽記載だらけのカードを手に入れたかは、以前話したのでここでは省かせてもらおう。
 どの道、カードの内容が偽りだと発覚したらそれなりに罰せられるのは間違いない。
 まさか投獄されるとは思わないけど、冒険者としての資格を剥奪されてダリアの城塞都市から追放ぐらいはされるかも知れない。
 将来的にはどうなるか分からないけど、もうしばらくはこのまま通すしかないだろう。
「うーん、でも最近気になるのよねえ」
「何がだよ?」
「身体つきが女の子っぽくなったかなあって」
「そんな事ねえだろ。ちゃんと胸はサラシ巻いて抑えてるし」
「胸だけじゃないわよ。オシリの辺りとかね。ちょっとした時なんだけどね、丸くなったかなあって」
 両手を使って何やら丸い形を表現するエイティ。
 どうやらそれがオレのシリの形らしい。
 いくらダボダボのローブで体型を隠しても、出る時は出るのかも知れない。
「オッサンもそう思うか?」
「さてな・・・ワシはお前さんのケツになんぞ興味は無いからな」
 つまらなそうにジョッキをあおるベア。
 ドワーフのベアは、やはり髭面の女にしか興味が無いらしい。
「まあ気を付けるに越した事はないわね」
「そうだな。それより早く食べようぜ」
 オレ達のテーブルには、運ばれた料理が所狭しと並べられていて、どれもおいしそうな匂いを放っている。
 オレがその中の一つに手を伸ばそうとした、その時だった。
「エイティ様、ベア様、ジェイク様、ボビー様ですね?」
 ふいにオレ達全員の名前が呼ばれたんだ。
「ハイ・・・」
「む・・・?」
「ああ・・・」
「ピキっ?」
 四者四様の返事をする。
 ちなみに最後のはエイティの足元で肉に噛り付いていたボビーだ。
 人前では人間の言葉で喋るのを禁止されているのであんな返事になったのさ。
 オレ達のテーブルは、フルプレートを着込んだ兵士達によってグルリと囲まれてしまった。
 まさか、オレのカードの虚偽問題が発覚して捕まえに来たとかじゃねえだろうな。
「あのー、何か?」
 おそるおそるエイティが訊ねる。
「ご同行願います」
 兵士の一人がそう告げると、その他の兵士達が一斉に動き出す。
「オイ!」
「ちょっと・・・」
 抵抗する間とて無い。
 オレ達はあっという間に動きを封じられて、酒場の外へと引っ張られる。
「ちょっとお客さん、勘定頼みます」
「そんな事言っても・・・」
 酒場のマスターが慌てて飛び出して来たけど、オレ達もどうしようもない。
「後でダリア城まで請求しに来るが良い」
 兵士はそう言い残すと酒場から出て行った。
 しかし、実際に城に酒代の請求なんて出来るはずがない。
 呆然とするマスターを尻目に、オレ達は店の外へと連れ出された。
 もうここへは帰って来れねえかも知れないよな・・・
 
 酒場から強引に連れ出されたオレ達は、店の前に停められてあった馬車へと押し込まれた。
「オッサン、どうする?」
「今は下手に動けそうもないな」
「しばらく様子を見ましょう」
 三人で頷く。
「ハイヨー!」
 御者の一声で馬車が慌しく動き出す。
 向かう先は・・・どうやらダリア城の方角らしい。
 それにしても、一体何が起こったんだ?
 何らかの事情で連行されるにしてはオレ達を「様」付けで呼んでいたし、何よりボビーまでがボビー「様」だ。
 馬車の中には、オレ、エイティ、ベア、ボビーの他に見張りの兵士が二人。
 その他の兵士達は、後続の馬車に乗っているのだろう。
 重苦しい雰囲気に会話などあるはずもなく、オレはただ馬車の窓から外の景色を眺めていた。
 季節は冬。
 既にとっぷりと陽は暮れてしまい、馬車の窓から見えるのは家々の窓からもれる灯りばかりだ。
 馬車はかなりのスピードで城塞都市の大通りを走り抜け、やがてダリア城の城門をくぐった。
 そのまま城内の敷地をかなり走り、やがて急停車した。
「降りて下さい」
 有無を言わせぬ口調で兵士が告げた。
 オレ達は兵士に追い立てられるまま馬車から降りると、目の前にそびえる城の中へと連れて行かれた。
 ダリア城内。
 オレ達のような一介の冒険者がそうそう入れる場所ではない。
 長く伸びた廊下には赤絨毯が敷かれ、壁や天井は大理石造り。
 所々に美術品などが飾られていて、優美さを醸し出している。
 兵士に導かれるまま城内を進み、何度か通路を折れたところで自分が今どこにいるのか分からなくなった。
 今から帰ると言っても帰り道が分からない。
 このまま付いて行くしかねえだろうな。
 やがて。
「ここだ」
 兵士がとある扉の前で止まり、コンコンと扉をノック。
「お連れしました」
「通せ」
 扉の向うから低い男の声が返ってきた。
 それを受けて、兵士が重々しく扉を開ける。
 オレ達は後を押されるようにその部屋へと入って行った。
 部屋の中には男と女が一人ずつ。
 その二人の視線が真っ直ぐにオレ達に向けられていた。

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