ジェイク4

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 下りの階段は地の底まで抜けているんじゃないかって思える程長かった。
 実際はそんな事は無いんだろうけど、視界の限られた闇の世界を歩くのは、明るい場所を歩く時に比べて何倍もの距離や時間を感じるものさ。
 踊り場を三回、いや四回経てようやく一番下まで降りる事が出来たらしい。
 目の前には鉄格子があった。
 ラッキーが、動く宝箱から入手したカギを使ってみると・・・
 鉄格子はゆっくりと開いていった。
「ここからが本格的な地下迷宮だ。みんな覚悟は良いな?」
 ベアの言葉に全員無言で頷く。
 その顔には何とも言えない緊張感がみなぎっていた。
 鉄格子を抜けるとまずは北に向かって真っ直ぐ通路が伸びていた。
 特に枝道や小部屋なども無い、ただの直線通路だ。
 こんな場所では敵に襲われる確立は低いと言える。
 が、その反面、もしも敵に囲まれでもしたら逃げ場が無く、そういう意味では危険な場所とも言える。
 まっ、油断大敵って事さ。
 通路の突き当りを左、短い通路を更に左と折れると、今度は南に向かって進む事になる。
 そこを進んでいると、先頭を歩いていたベアの足元でカチッとスイッチが入るような音がして、それと同時に突然足元の床が崩れ始めた。
 逃げる暇なんて無い。オレ達は一気に奈落の底へと突き落とされてしまったんだ。
 瞬間「うわー」って悲鳴が上がったけど、幸いにも落とし穴は浅かったらしく、すぐに床に到達してくれた。
「もう、何なのよコレは。ジェイク、ちゃんとリトフェイトは掛けてたんでしょ?」
「さっき掛けたって。そのおかげで床への激突はまぬがれただろ」
「あっ、そう言えばそうね」
 どうやらこの落とし穴は、リトフェイトを掛けていても回避出来ないタイプのものだったらしい。
 でも事前にリトフェイトを掛けておいた効果で、誰もケガもせずに済んだって訳さ。
「とにかく無事で何よりだった。上への階段を探そう」
 こんな時でも冷静に状況を判断して、的確に指示を出していくベアの存在は頼もしい。
 落ち着いたところで改めて今いる場所を確かめてみる。
 形はやや不規則だけど、それ程広い部屋でもないらしい。
 幸い巨大な蟲やモンスターもいないしな。
 結局この部屋には元の場所へ戻る階段は見つからなかった。
 その代わりにスイッチが一つ。
「どないする?」
「押すしかあるまい」
 ごく短い言葉で確認を交わす男二人。
 このスイッチを押すとさっきみたいにまた下に落とされるかも知れない。
 しかしこれしか手掛かりが無いんだからしょうがないだろ。
 ラッキーがスイッチを押してみると・・・
「あれ?」
「ここは・・・」
 オレ達は、元いた通路の途中、落とし穴があった場所の手前へと戻されていたんだ。
「落とし穴を突破出来なかったら引き返せって事やな」
「どうするの。引き返す?」
「エイティはん、それはないで。ここで引き下がったらトレジャーハンターラッキー様の名が廃るってもんや」
 どんな立派な名前なんだか知らねえけど、ラッキーの盗賊魂に火が付いた事だけは間違いないみたいだな。
 今度はラッキーが先頭に立って、一歩一歩慎重に進んで行く。
 ちなみにさっきオレ達が落っこちた落とし穴は綺麗に塞がっていた。
 一体どんな仕掛けになっているのやら・・・
「これや。さっきはドワーフの大将がこれを踏ん付けたんやな」
 ラッキーが見つけたのは、床からわずかにせり出した粘土ブロックだった。
 それが落とし穴を発生させるスイッチになってたって訳か。
 粘土のブロックは一つ一つは小さいものの、それが通路のあちこちに、かなりの数が仕込まれているようだ。
 足元も暗いし、それら全てを避けて通過するのは・・・ちょっと無理かも知れないよな。
 ラッキーは左右の壁を調べながら通路を戻り始めた。
 そして。
「これやな」
 壁に仕込まれていた何かのスイッチをポチッと押したラッキーが走りながら戻って来た。
 そしてラッキーは有ろう事か、床一面に散りばめられたスイッチ目掛けて大きくジャンプしたんだ。
「バカ、よせ!」
「止めてー!」
 オレ達が止めるのも間に合わない。
 ラッキーの身体が綺麗な弧を描いて宙返りする、そして次の瞬間にはスイッチの上に華麗に着地していた。
 また落ちるのかと身体を固くして身構えていたけど・・・
「落ちない」
「みたいね」
 エイティと二人、呆けた顔で見つめ合っていた。
「そこの通路の壁に仕込んであったスイッチな、アレが落とし穴を解除するスイッチやったんや。もうこの罠は無効やで」
 自信満々な顔でラッキー。
「へえ、さすがは盗賊ね」
「だーかーらー、トレジャーハンターやって」
 あくまで訂正を入れるラッキー。そんなに盗賊と呼ばれるのがイヤなのか。

 落とし穴を抜けると通路はまた突き当たり、そこを右、短い通路を右にと折れる。
 今度は北へ向かって真っ直ぐに伸びる通路だ。
「ここも何かありそうね」
「そうやな」
 ラッキーが慎重に壁や床を調べながら進む。
「あっ、見つけたで。こんな所にスイッチが。これを押せば・・・」
 ラッキーが見つけたスイッチを押そうとした、その時だった。
 チュチュッっとオレ達の足元をごくごく普通のネズミが走り過ぎて行ったんだ。
 今まででかい蟲ばかり見てたから、普通の生き物に思わずホッとしてしまう。
 が、そのネズミを見てキラーンと目を輝かせたヤツがいたんだ。
 ボビーだ。
 オレ達にとってはなんて事はない只のネズミだけど、ボビーにとってネズミは正に走るご馳走だったらしい。
「待てー」
 何かに取り付かれたように、ネズミを追って猛ダッシュするボビー。
「あっ、待ちなさいボビー」
 エイティがボビーを追って数歩踏み出した。
「ダメだエイティ、待て」
 オレが呼び止めるも間に合わなかったらしい。
 カチッ!
 言わんこっちゃない、どうやらエイティは何かのスイッチを踏んじまったみてえだな。
「えっ、えっ? えぇー!」
 たちまちパニックになるエイティ。
「落ち着け」
「でも何が起こるのかしら? 落とし穴じゃないみたいだし」
「みんな、静かにしてや」
 ラッキーの言葉にシンとした静寂が広がる。
 そして・・・
 ゴロ、ゴロ、ゴロ。
 背後から、何か重い物が転がりながら近付いて来るような音が。
「みんな、走るんや!」
 ラッキーが叫ぶ。
「走れ、走れー!」
 事態を把握したのか、ベアも走れと叫び出した。
 とにかく全員通路の奥へと走り出す。
 後ろからはゴロゴロと、更に何かが近付いて来る音がする。
 気になって少しだけ振り返ってみた。
 すると、幅高さ共に通路目一杯の巨大な岩が、オレ達の後を追うように転がって来ていたんだ。
「う、ウソだろー」
「ジェイク、後ろなんか見てないで走りなさい!」
 言われるまでもない。あんな岩に押しつぶされたら命がいくつ有ったって足りないからな。
 今、目の前にモンスターの群れが現れたってこのまま蹴散らせそうな気がする。
 そのくらいの勢いでとにかく走って走って走り抜いた。
 やがて、目の前数メートルの所に通路が右に折れているのが見えた。
「飛び込め!」
 ベアが叫ぶ。
 まずはラッキーがそこへ飛び込んだ。
 さすがは盗賊、身が軽いだけじゃなく足も速いらしい。
 次はエイティ。
 長身故の足の長さはこんな時も有利だよな。
 そしてベアだ。
 オレより足も短いのに、そして何よりフルプレートの重装備なのに。
 それでもオレより早いのは、やはりドワーフという種族が遺伝的に持つ体力故か。
 で、オレだ。
 ローブが足に纏わり付いて走りにくいってのもあるけど、基本的に体力が無いんだよな。
 それでも必死に走って走って、やっとの思いで脇道に飛び込んだ。
 その直後だった。
 転がって来た岩が通路の突き当たりに激突、ズガーンという轟音と共に粉々に砕け散ったんだ。
 間一髪とはこの事だ。
 どっと吹き出したのは冷や汗だろう。
 全身から力が抜け落ち、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「た、助かった・・・」
「もうダメかと思ったわ」
 へたり込んでいるのはオレだけじゃなかった。
 エイティもベアもラッキーも、ガックリとその場に崩れ落ちていたんだ。
 とにかく全員無事だったらしい。
「さっき見つけたスイッチ、あれ押しとったらこんな目に遭わんで済んだんやけどなあ」
「どうしてさっさと押さなかったのよ?」
「そやかてウサ公とエイティはんが急に走り出したんやないか」
「そうだったかしら。覚えてないわ。って、あれ・・・そう言えばボビーは?」
 ラッキーの攻撃をあっさりとすっとぼけるエイティ、そのままボビーの姿を探してキョロキョロと視線を廻らす。
「ボビー、どこぉ?」
「ハイ、何ですか?」
「ボ、ボビー・・・」
 通路の隅にボビーを見つけたエイティ、思わず絶句していた。
 なんとボビーはあの騒ぎの中でも見事にネズミを捕獲して、一足早くこの通路に駆け込み、今はそのネズミを堪能している最中だったんだ。
 騒ぎを起こした張本人が涼しい顔で食事中とは、呆れて言葉なんか出て来ない。
 何だかなあ・・・

ピラミッド地下迷宮マップ・その1

1・鉄格子
2・ベアが踏んだスイッチ&落とし穴
3・落とし穴からの帰還ポイント
4・落とし穴解除スイッチ
5・岩の罠解除スイッチ
6・エイティが踏んだ岩のスイッチ
7・全力疾走した通路
8・岩から逃げた脇道
※・マップ2へ続く


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