ジェイク4

戻る


 ラッキーの乗ったラクダを先頭に、ベア、エイティ、そしてオレの順で続く。
 さっきの休憩で体力もだいぶ回復したとは言え、そう長くは持ちそうもない。
 周囲は相変わらずの砂、砂、砂・・・
 一体いつになったら目指すピラミッドに辿り着くのか。
 暑さ以外にこれと言った刺激の無い旅路はかなりの苦痛だ。
 と思った矢先だった。
「うわー!」
 悲鳴と共に、前を行っていたラッキーの姿が、ラクダもろともオレ達の目の前から消えてしまったんだ。
「大丈夫かー?」
 広大な砂漠に轟くベアの大音声。
 オレとエイティはその場でラクダから飛び降りると、ベアの乗っているラクダの傍へと走った。
 そこは砂をえぐって作られた、すり鉢状の窪地になっていた。
「た、助けてぇーな〜」
 すり鉢の斜面に必死にしがみ付いているラッキーの助けを求める声。
 窪地の一番底には巨大な虫が一匹、捕らえたラクダに鋭い牙を立てていた。
「アリジゴクか!」
 巨大な虫の正体、それはベアが言った通りアリジゴクだった。
 ラッキーが言うところの、砂漠に住むでっかいアリを喰って育ったのか、アリジゴクもまた人体を遥かに凌駕する程の巨体だった。
 ちなみにアリジゴクは、さっきラッキーが挙げたモンスターリストには入ってなかったな、などと無駄な事を考える。
 ラクダから飛び降りたベアが荷物袋からロープを取り出し、斜面にいるラッキーへと放った。
 ラッキーはそのロープへ手を伸ばすも、もろい足場はラッキーが動く度に次々と滑り落ち、もがけばもがくほど身体は下へ落ちて行く。
 ラクダだけでは飽き足りないのか、アリジゴクはラッキーへもその触手を伸ばしてきた。
「ひ、ひえ〜」
 ラッキーの手足は既に砂に埋まってしまい、自力での脱出は不可能に思えた。
「ジェイク!」
 エイティが長柄の武器・ハルバードを振り回したところで、すり鉢の奥底にいるアリジゴクには届かない。
 ヤツに攻撃出来るのは、オレの放つ呪文だけだ。
「分かってる。任せろ」
 瞬時に呪文の詠唱を終える。
 オレが放った呪文は・・・
「ハリト!」
 最も基本的で、最も威力の弱いハリトだった。
 ラッキーを巻き込まないように、効果範囲の一番狭い呪文を選んだのさ。
 小さいと言っても人の頭程もあるハリトの火球は、アリジゴクを一瞬怯ませるには十分な効果を発揮してくれた。
 ベアが再度ロープを放ると、今度こそラッキーはその先端を掴む事に成功した。
「それー!」
 ベアの合図と共に、三人で一気にロープを引き上げる。
 足場は砂地で踏ん張りが効かないけど、この際そんな事は言ってられない。
 必死に斜面を這い上がるラッキー。その身体は、すり鉢の淵まであともう少しの所までやって来ていた。
 しかしアリジゴクも諦めない。
 こんな砂漠で久々に掛かった獲物なのだろう。これを逃せば次は何時になるか分からないから向こうも必死だ。
 すり鉢を上りきったラッキーの手をベアが掴んだ瞬間、アリジゴクの触手が最後のチャンスを逃すまいとばかりに伸びて来た。
「させるものですか!」
 エイティがハルバードを振り下ろし、すり鉢の斜面へ叩き付けた。
 ハルバードの、槍ではなく斧の刃が、ラッキーの足へと迫っていたアリジゴクの触手を切断していた。
 アリジゴクは身をくねらせ、すり鉢の底へと沈んでいく。
「逃がすか」
 追撃の呪文を唱えようとしたオレをエイティが止めた。
「ジェイク、もう良いわ。呪文は温存しましょう」
「ああ、そうだな」
 この先まだどんなモンスターと出くわすか分からない。呪文は出来るだけ温存するに越した事は無いだろう。
 
「いやー、助かったわ。ほんに、おおきに」
 ラッキーがぐったりとその場に崩れ落ちた。
「そやけど、ラクダは失くしてしもうたなあ・・・」
「レンタルだったんでしょ? 返す時大変じゃない」
「こんな時の為に、レンタル料に保険も含まれとったから、それは大丈夫やと思う。それより問題なんはこれから先や。
 荷物もだいぶ失くしてしもうたし、何よりワイの足がなあ・・・」
「地図とコンパスは?」
「ああ、大丈夫や」
「そう、それなら先に進めるわね。荷物なら私達のラクダにまだ残ってるし。あとは誰かに相乗りさせてもらえば・・・」
 エイティがそこまで言い掛けると
「お願いやエイティはん、ワイを後ろに乗っけてってえな」
 ラッキーは懇願するようにエイティの両手をギュッと握り締めてきた。
「キャッ」
 突然のラッキーの行動に飛び跳ねるエイティ。
 そして。
「うわぁ!」
 ラッキーも悲鳴を上げていた。
「何するんや、ウサ公!」
 見るとボビーかラッキーの足に噛み付いていた。
 マジか?
 ボーパルバニーに噛み付かれたらタダじゃすまねえぞ。
「離せ。離せって」
 ラッキーは足を振り回し、更に手でボビーを払おうとする。
 ボビー、その手をサッとかわし
「汚い手でエイティさんに触るなと言っただろう」
 ラッキーをジロリと睨んだ。
「なんやと、ウサ公! あー、血ぃ出とるやんけー」
「フン、自業自得だ。これでも手加減してやったんだからな。少しは感謝しろよ」
 難しい言葉を知ってるボーパルバニーだよな。
 ラッキーの足のふくらはぎの部分からは、ちょっとした出血が見られた。
「エイティはん、バルキリーやったら治療の呪文使えるんやろ。ちょちょっと直してくれへんやろか」
「お断りします。治療の薬あったでしょ。ご自分でどうぞ。それと、ラクダの同乗もお断りさせていただくわ」
「そんな殺生な」
「あなたみたいな手の早い人と一緒になったら何されるか知れたもんじゃない」
「そら無いでエイティはん」
 ラッキーは自分の道具袋から治療の水薬を取り出すと、それを傷口へとかけた。
 治療が済んだら今度はベアの所へ。
 しかし。
「あー、でもヒゲの大将と一緒ってのも暑苦しそうやしなあ」
「イヤなら無理にとは言わんぞ」
 どうやら話は物別れに終わったらしい。
「しゃあない。少年、後ろ乗っけてえな」
 とうとうラッキーはオレに同乗を求めてきた。
 しかし、だ。
「たしか、ラクダが無い者は砂漠を歩くんじゃなかったっけか?」
「あっ・・・」
 ラッキーの顔が「あ」の口のまんまに固まった。
 出発の前にオレに言った言葉を思い出したらしい。
 へへっ、300ゴールドの恨み。ちょっとはスッとしたかな。
「そんな少年、やのうてジェイクはん。そんないけず言わんといてえな。なっ、頼むわ」
 呼び方が少年からジェイクに変わったのは、どういう心境の変化なのか。
「しょうがねえ・・・」
 そこまで言い掛けた時だった。
 昨日も感じたあの悪寒が、オレの背中を貫いて行ったんだ。
「ん、どうかしたんか? ジェイクはん」
「いや、その、なんだ・・・」
 一体オレの身体はどうなっちまったんだ?
 ラッキーがオレの後ろに乗る事に、どうにも説明のしようがない抵抗感が付きまとって離れない。
『いやらしい手つきで触られるんだから』
 エイティの言葉が頭の中で繰り返される。
「ダメ。ダメだよ、ダメ。絶対にダメだ」
「えー、何でやの? 別に良いやろ、男同士なんやしそんなに照れたりせんでも」
「いや、照れてる訳じゃなくて・・・」
 それは、ラッキーにはもちろんだけど、オレにとっても意味不明の抵抗だった。
 オレの様子がおかしいと気付いたエイティ、ピンと来るものがあったのだろう、すかさず助け舟を出してくれた。
「仕方ないわ。ジェイクは私の後ろに乗って。ジェイクが乗っていたラクダをラッキーに貸しましょう。それで良いでしょ、ジェイク」
「ああ。頼むよ」
 エイティの提案にホッと胸を撫で下ろす。
「うわっ、少年ズルイで」
 あっという間にジェイクから少年に呼び方が戻ってしまったようだ。
「うるさいわよラッキー。ゴチャゴチャ言うなら本当に歩きだからね」
「わっ、分かりました〜」
 結局、だ。
 エイティが乗っていたラクダの後ろにオレが乗っけてもらい、オレのラクダはラッキーが乗って、再び砂漠を進む事になった。
「ジェイク、落ち着いて、ね」
「ああ。迷惑掛けて悪かった」
「別に。構わないわ」
 それきり、エイティとの会話は続かなかった。

 しばらくすると目の前にポツンと何かの影が見えてきた。
「あれや! ピラミッドが見えたでー」
 ラッキーが叫ぶとオレ達の周囲の空気がフッと緩んだ。
 長かった。
 本当に長かった。
 わずか半日程の旅が、こんなにも長く苦痛に感じたのは生まれて初めてだったかも知れない。
 その長かった砂漠の旅も、ようやく終わりを告げようとしていた。
 目指すピラミッドはもう目の前だ。

続きを読む