ジェイク4

戻る


 翌早朝。
 各自武器や防具などの装備を整え、昨日のうちに用意しておいた食料や水、薬などの荷物を確認してから待ち合わせの場所へ向かった。
 ちなみに、エルフの森の事件でそれまで愛用していたスピアを失くしたエイティは、武器をハルバードに買い換えていた。
 ハルバードっていうのはまあ槍と斧を組み合わせたような武器で、使いこなせばそれまで使っていたスピアよりも格段の攻撃力を発揮する。
 一方ベアの方も、エイティが武器を新調したのが羨ましかったのか、それまで使っていたバトルアックスからヘビーアックスへとバージョンアップさせていた。
 防具の方はあまり変わらない。
 エイティは胸当てを中心にしたバルキリーらしい装備だし、ベアはフルプレートの重装備だ。
 二人とも砂漠の暑さに備えてフード付きのマントを買い足していた。
 オレは昨日買ったフード付きのローブ、武器などは持たずに手ぶらなのはいつもの事さ。
 ついでに言うとボビーもいつも通りだ。どこも変わりようが無いからな。
 南側の町外れ、それが昨日出会った自称トレジャーハンターの盗賊、ラッキーが指定した待ち合わせ場所だ。
 そこへ行くと、ラッキーは既に待っていた
 そのラッキーが連れていたのは・・・
「ラクダがいるわぁ」
 エイティが驚きの声を上げた。
 ラッキーと共にその場にいたのは、四頭のラクダだった。
「よぉ、皆さんおはようさん。どうや、このラクダ。砂漠の旅にはコレが欠かせへんのや」
 自慢気にラクダの首を撫でるラッキー。
 ラクダは、背中にコブが二つある、いわゆるフタコブラクダだった。
 それらが足を折った状態で、チョコンと座っている。
 コブのところにちょっとした荷物が括り付けられてあるのはラッキーが色々と用意してくれたのか、いつでも出発出来る状態のようだな。
「私ラクダに乗るの初めてよ」
「ワシもだ。これは楽しみだな」
「オレはベインと旅をしていた時に乗った事があったな」
「お肉おいしそうです」
 思い掛けないラクダの出現に、はしゃぐ三人と一匹。最後の発言は、まあ聞かなかった事にしておこう。
「ラクダを用意しておくなんて気が利くじゃないラッキー。少し見直したわ」
「そうだな。歩いて行くと思ってたから正直助かるぜ」
「歩いてなんて行ける訳ないがな。そんな事したら砂漠の真ん中で遭難してまうわ」
「遠いのか?」
「いーやそれ程でも。ラクダに揺られてのんびり行っても三、四時間てところやな。今から出れば昼前には着くやろ。ほな行こか」
 ラッキーはさっさとラクダによじ登ろうとしていたけど、ちょっと待った。
 その前にやる事があるはずだぜ。
「オイちょっと待ってくれよ。出発の前に約束の前金を貰えないかな。別に疑う訳じゃないけど、約束は約束だから」
「ああ、そやったな。少年お金の事になるとしっかりしとるなあ。そしたらコレが前金や」
 ラッキーが差し出した皮袋を受け取って中身を確認する。
「イチ、ニー、サン・・・あれっ、随分少なくないか?」
「えっ、本当?」
「ああ、エイティ、ちょっと手を出してくれ」
 エイティが広げた両の手のひらの中に、ラッキーから受け取った皮袋の中身を出してみる。
 そこにあったのは、100ゴールドの金貨が六枚だけ・・・
「オイオイ、600ゴールドってどういう事だよ? 約束は一人500だったはずだろ」
 つまりは三人分で1500ゴールドはあるはずだ。
「もちろんや。約束は一人500ゴールド。でもな、このラクダのレンタル料が掛かってるんや。
 一頭300ゴールド。三頭分で900ゴールドや。もちろんワイの分はちゃんとワイが払ったで。全員が平等に300ゴールドずつ負担したんや。別にかまへんやろ?」
「そりゃそうだけど・・・」
 何か腑に落ちない。
 500ゴールド貰えるはずが手元に来るのは200ゴールド。
 この落差はやっぱりデカイ。
 オレがまだ不満そうな顔をしていると
「なんやったら少年だけラクダ無しでもかまへんで。今ラクダ返してきたらまだ300ゴールド返してもらえるかも知れんし。でもそんな事したら、少年だけ砂漠の中歩きやけど・・・どないする?」
「う・・・」
「ジェイク、諦めましょう。確かにラッキーの言うとおり。砂漠を歩いて行くのは無謀だし、全員が平等に負担しているんだから、誰にも文句は言えないわ」
「ワシもエイティと同じ意見だ」
「分かった」
 二人に諭されてしぶしぶ引き下がった。
 まだちょっと納得出来ないけど、仕方ないか。
「さあ、出発や。みんなラクダに乗った乗った」
 ラッキーの声が響いた。

 町を出てからニ時間、周囲にはコレといったものは何も無く、ただただ果てしない砂の海だけがどこまでもどこまでも広がっていた。
 後ろを振り返っても既に町の影も見えず、オレ達が乗っているラクダの足跡が頼りない軌跡を描いて伸びていた。
 砂漠にはちょっとした丘陵や低くえぐられた谷のようになっている場所など、かなりのアップダウンがあって、ラクダの旅も正直あまり楽なものじゃない。
 初めのうちはキャッキャとはしゃいでいたオレ達も、やがて言葉数が少なくなって、今ではみんな黙り込んでしまい、ただラクダの背に揺られるばかりだ。
 ラクダの歩みはとにかくのんびりで、これなら自分の足で歩いたほうが速そうだ。
 とは言っても、足場の悪い砂地は、ただ歩くだけでも相当な体力を消耗するだろうし、下手すりゃ遭難てのも嘘や脅しなんかじゃないってのは容易に想像出来た。
 まだ午前中のはずなのに太陽は容赦なく照り付け、オレ達の体力をジリジリと奪っていく。
 日除けのためにローブのフードを被っているものの、あまり役には立っていない気がする。
 暑さで頭がガンガンしてくるのを少しでも和らげようと、何度も首を振ってみる。
 そんな事しても何の効果も無かったけどな。
 エイティが、オレのラクダに並走するように自分のラクダを付けて来た。
「ジェイク、大丈夫?」
「ああ」
 そう答えたものの、実際はかなり辛かった。
 身体中の水分が全て出尽くしたのか、もう汗もかいていないような気がする。
 でもオレはまだ薄手のローブだからマシな方だよな。
 ベアなんてフルプレートだぜ。
 マントで隠しているとは言え、それから外れて剥き出しになっている金属の部分は相当熱くなっているはずだ。オレならとてもじゃないけど着ていられないだろうな。
 毛皮を着ているボビーにいたってはもうピクリとも動けない様子で、一緒のラクダのエイティがしきりに身体を撫でたり「ボビー、もう少しだからね。もうちょっと頑張って」などと声を掛けたりしている。
 エイティ自身だって相当辛いはずなのに、常に仲間の様子を気にしてくれている。
 正にパーティのオッカサン、じゃなくて、姉貴的存在だ。
 ラッキーはと言うと、砂漠の旅には慣れているのかあまり辛そうな素振りは見られない。こまめに地図とコンパスを見比べては方向を修正しているようだ。
 未だ見えない目的地。
 景色は単調な砂漠の旅。
 そんな中、一瞬だけオレの意識が途切れた・・・ようだった。
 気が付いた時にはドスーンとラクダの背から白い砂の上に落っこちていたんだ。
「ジェイク!」
 慌てて自分のラクダから飛び降りたエイティが、オレの傍に駆け付けてくれた。
「大丈夫? しっかりして」
 エイティは、オレの額に手を当てると水筒の水を頭からかけてくれた。
 どうやらオレは軽い熱射病になっていたらしい。
「ラッキー!」
「分かっとる」
 これ以上は無理と判断したラッキーが、荷物の中から簡易式のテントを取り出すと、あっという間に組み立ててしまった。
 そこに出来たわずかな日影に何とか自力でもぐりこみ、何よりもまず水を一口、喉を潤してホッと一息つく。
 風も無いし相変わらずの暑さだけど、太陽光の直撃をまぬがれるだけでずいぶん楽になる。
「ジェイク、気分はどう?」
「ああ、楽になった。もう大丈夫だから」
「そう。でも無理しなくて良いからね。イザとなったらマロールで町まで引き返すから。でもジェイクが倒れちゃったらそれも出来なくなるわね」
「責任重大だな」
「命預けてるんだから。頼りにしてるわよ」
「任せといてくれよ」
 実際、オレだって歩いて砂漠を戻るつもりはサラサラ無かったしな。
「それにしても暑いわね。もう少し風でもあれば涼しくなるのに」
「エイティはん、風なんて吹いたらエライ事になるで」
「えっ、どういう事?」
「ホラ、砂漠の砂は粒が細かくて軽いんや。ちょっとの風でも舞い上がる」
 ラッキーは砂漠の砂をすくってサラサラと落としてみせた。
 なるほど、その粒は本当に細かくて、風に吹かれたら簡単に飛び散ってしまいそうだ。
「わずかな風でも視界が遮られたりとかするんや。ましてやもっと強い風が吹いたら・・・」
「砂嵐?」
「その通り。そうなったらもうその場を動かれへん。下手に動いたら自分の居場所を見失って遭難確定や」
「砂漠って、やっぱり怖い所なのね」
「そやな。でもこーんな砂だらけの不毛な土地でも、ちゃんと生き物はおるんやで」
「本当かよ?」
 思わず身を乗り出す。生き物ってのがどんなヤツか知らねえけど、何も好きこのんでこんな場所に住む必要も無いだろうに。
「ああそうや。でっかいアリにでっかいクモ、それにでっかいムカデとかな」
「それってモンスターじゃねえか」
「そうとも言うわな。まっ、そんなバケモノと出遭った時のために、あんたらに来てもらったんやけどな」
 そこまで言うとラッキーは立ち上がり、パンパンとお尻に付いた砂を払った。
「さて、そろそろ行こか。日中はまだまだ暑くなる。のんびりしてたらそれこそ干上がっちまうわ」
「そうか。目的地はまだ遠いのか?」
「いんや。もう一時間も掛からんはずや。お宝は目の前やで」
 ベアが聞くのに答えると、ラッキーはさっさとテントの撤収作業を始めてしまった。
 遮る物が無くなり、再び太陽光の直撃にさらされる。
「ジェイク、行けるかしら?」
「ああ。まだ完全て訳じゃないけど。だいぶ楽になったよ」
「ボビーも大丈夫ね?」
「ハイ。頑張ります」
 普段ならうっとうしいくらいのエイティの世話焼きも、こんな時にはありがたい。
 オレ達は再びラクダにまたがると、灼熱の大地を歩み始めた。

続きを読む