ジェイク4
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痩せてひょろっとした感じのその男は、エイティよりも若干背が低い。
男としては小柄な方だろう。
年齢は二十代前半か、ひょっとしたらもう少し上かもな。
短く刈った髪は濃いめのブラウン、額には迷彩柄のバンダナが巻かれてある。
軽そうな皮鎧を着込み、左の腰には短剣を下げ、右の腰には丸く巻かれたムチが見えた。足元は動きやすそうなブーツ。
顔は・・・まあ十人並みと言うか、ハンサムと言うよりは愛嬌があるよなって感じか。
「あんた、シーフかい?」
オレは思った事を素直に口にした。
「シーフなんて、そんな盗人みたいに言わんといてぇな。ワイはトレジャーハンターや」
「トレジャーハンター?」
「まっ、言うてみたらお宝探しの専門家やな」
「お宝!」
思わずお宝という言葉に反応してしまった。
どうやら儲け話が転がり込んできたらしい。
「で、そのトレジャーハンターさんが何の用かしら?」
問いかけるような顔でエイティ。
「これはこれは綺麗なお嬢さんや。申し遅れました。ワイはラッキーいいますねん。まっ、通り名みたいなものやけどな」
「あ、ありがとう」
はにかむエイティ。『綺麗なお嬢さん』と言われて悪い気はしないらしい。
「私はエイティ。ベアとジェイク。そしてこの子がボビーよ」
エイティは順にオレ達を紹介していった。
こういった初めての人間との交渉事はたいていエイティの役回りだから、オレもベアもじっと成り行きを見守る。
「あんたら冒険者やろ? それも結構腕の立つ。見たら分かるわ」
「まあそんなところね」
「その腕前、ひとつ貸してもらえんやろか。実はな、砂漠の真ん中に建っとるピラミッドっちゅう古代の遺跡があるんや」
「ピラミッド?」
「そうや。そこにな、ルビーの目玉って呼ばれるゴッツイ宝石があるらしいねん。ワイはそれを探しに行きたいんや」
「なるほど。それで私達にボディガードを頼みたいって訳ね」
「そうなんや。なんせ砂漠の中やろ。道中どんなモンスターと出くわすやら分からんし、ピラミッドの中も結構ヤバイらしいんや。
あっ、道案内はワイがするから大丈夫やで。あんたらはモンスター退治にだけ集中してもらえたら」
このラッキーって男、身体だけじゃなく口の方も相当軽いらしい。
話にどの程度の信憑性があるのかイマイチ分からねえけど、悪いヤツじゃあなさそうだ。
「どうする?」
エイティがオレ達に確認する。
「ワシは構わんぞ。面白そうだ」
ベアは満足そうにアゴヒゲを撫でている。
「オレも。ただ問題は報酬だ。そのルビーの目玉って宝石はそっちが取るんだろ。だったらオレ達にはその他に何があるんだ」
ただ働きはゴメンだからな、ここはしっかり聞いておきたい。
「もちろん報酬は払うよって。前金で一人500、ルビーの目玉を探し出したら更に500でどうや?」
「1000だ。成功報酬は1000ゴールド」
「うわっ、しっかりしとるなあ、少年。でも1000は高いで。せめて700にしてえな」
「800!」
「750で」
壮絶な駆け引き。でもそれをエイティが止めた。
「もういいわジェイク。750ゴールドで受けましょう。それだけあれば今回の旅費は全て出るしね」
「分かった。じゃあ成功報酬は750ゴールドだ。でも前金はちゃんと貰うからな」
「契約成立やな」
ラッキーがオレに差し出した手を握り返す。契約成立の握手ってやつだ。
「ん? 少年、なんや華奢な手やなあ」
「ああ。オレは魔法使いだから、残念ながら腕っ節は弱いんだ。でも呪文の方はバッチリだから」
「そうか。そら頼りになりそやな」
しれっと答えるとラッキーはそれで納得したらしい。別に嘘は言ってないしな。
確かにオレは魔法使いだし、魔法使いは腕力がカラッキシなのは冒険者じゃなくたって誰でも知ってる話だ。
ただ、オレは少年じゃないって事を黙っていただけさ。
「そしたら出発は明日の朝や。この町の南側の町外れで待ってるさかい。前金はその時に。一応ワイも色々用意するけど、なんたって砂漠やからな。あんたらも水やら何やら余分に用意してもらえたら助かるわ」
「ええそうね。それじゃあこれから用意しておくわ」
「ほなそういうこって。いやあエイティはん別嬪さんやから楽しみやなあ」
「えっ、そんな別嬪さんだなんて・・・」
普段あまり褒められ慣れていないのか、エイティが恥ずかしそうに顔を隠す・・・
その瞬間だった。
ラッキーが音も無くエイティの傍に寄り添ったかと思うとその手がエイティの腰に回されたんだ。
「きゃっ」
短い悲鳴を上げるエイティ。そしてそれと同時に。
「な、何するのよー!」
素早く身体をよじるとラッキー目掛けて張り手を放った。
しかし相手は逃げる事に関してはプロの盗賊だ。ラッキーがひょいと後ろへ体をかわすとエイティの張り手は虚しく空を切っただけで終わってしまった。
「まあまあ。怒るとカワイイ顔が台無しやで」
「ちょっとラッキー、誰のせいで怒ってると・・・」
怒りの治まらないエイティがなおもラッキーに詰め寄ろうとすると
「キ、キ、キ・・・」
下の方から妙な呻き声が聞こえてきた。
「キサマー、汚い手でエイティさんに触るんじゃなーい!」
ボビーだった。
小さな身体をワナワナと震わせ、ギンギンと怒りに満ちた目がラッキーをこれでもかとばかりに睨み上げていた。
ボビーがこんなに怒っているのを見るのは初めてだ。
「な、何や? ウサ公がしゃべった〜」
たじろぐラッキー。
「ボクはウサ公じゃなーい! ボクの名前はボビーだ」
ラッキー目掛けて飛び跳ねるボビー。
ヤバイ、ボビーはマジだ。マジでラッキーの首を噛み切ろうとしている。
ボーパルバニーとしての本能と、大好きなエイティを汚されたという怒り。
それがボビーを突き動かしていた。
「わー、ちょっと待て。落ち着けウサ公!」
必死にボビーの突撃をかわすラッキー。
ボビーは着地するやいなや、素早く次の跳躍へ移る。キラリと光るボビーの牙が、ラッキーの喉下を襲った。
「ボビー、よせ!」
オレが叫ぶのもボビーには届いていない。
今度こそボビーがラッキーを仕留めたかと思えた寸前、あまりのボビーの迫力に腰を抜かしたのか、足がもつれたラッキーの身体がその場に崩れ落ちてしまった。
目標を失ったボビーはそのまま反対側の地面へ着地。
結果的にラッキーは、転んだおかげで命拾いした形になった。
「ボビー、もういいわ。止めなさい」
エイティがボビーに駆け寄って抱き上げてやると、ボビーもようやく暴れるのを止める。
「いやあ、参ったわ。そのウサ公、むっちゃコワイんやなあ」
「あのねえ、ラッキー・・・」
「おっとそうや。ワイは明日の準備があるさかい。ほな、これで失礼や。そしたら明日、頼んだでぇ〜」
まだ何か言いたそうなエイティを振り切って足早に立ち去るラッキー。
その後姿はあっという間に通りの向こうへ消えてしまった。
「ったく、信用出来るのかしら、アイツ?」
「その点は大丈夫だろう。悪いヤツじゃない」
エイティを見上げてベア。
「でも信じられる? アイツ私の、私の・・・」
まだ気になるのか、エイティは自分のお尻を手でさすっている。
「良いじゃねえか、ケツの一つや二つ。別に減るもんでもないし」
「あージェイク、そんなふうに言うんだ。知らないわよ。もしアイツにジェイクが女の子だってバレちゃったら」
「バレだら、何だよ?」
「今度はジェイクが触られるかも知れないわよ」
エイティはそこで「イー」と舌を出してみせた。
「触られる? オレが? ケツをか・・・」
思わずその様子を想像しちまった。
「ま、まさか。そんな事」
「分からないわよぉ。アイツ、相当な女好きみたいだから」
「だからってオレみたいなののケツなんか触っても面白くも何とも・・・マジか?」
「お尻だけじゃないわね。胸とかもアイツの手がいやらしく這い回るの。あー、気持ち悪い」
瞬間、背中に悪寒が走った。
モンスターに襲われたりするのとは別の意味で身の危険を感じるような気がする。
この感覚は一体何だ? これが女の身体が持っている本能なのか。
灼熱の太陽の下、正体不明の寒さがオレを襲っていた。