ジェイク4
15
「あい分かった。そなたの事はこれ以上は問わぬ事としよう」
女王がそう告げた事で、その場の空気がホッと緩んだ。
これでうまく治まったかに思えたんだけど、事態はそんなに甘くは無かったんだ。
「女王、あの者らの荷物を改めましたところこれが・・・」
クワリ・クボナが何かを持って女王に差し出した。
「あっ!」
それを見た瞬間、オレ達はみんな思わず言葉を飲み込んでしまっていた。
クワリ・クボナが差し出した物、それはあの地下通路の奥から持ち出した翡翠の彫像だった。
「これは・・・」
女王が訝しげに彫像に見入る。
そして。
「これは我が国の秘宝、マウ・ムームー像ではないか。永きに渡って失われていたこの秘宝、そなたら、これを何処で手に入れた?」
「何処って、それは・・・」
正直に答えるのはいくら何でもマズ過ぎるような気がする。
言葉をにごすオレ達。
クワリ・クボナが目で合図をすると、親衛隊の女達がオレ達をグルッと包囲してしまった。
「まあ良い。こうして秘宝が我が手に戻ったのだ。しかし、そなたらは生きて返す訳には行かなくなった。マウ・ムームーへの生贄にしてくれるわ」
女王の沙汰が下った。
どうやらオレ達はそのマウ・ムームーとやらの生贄にされるらしい。
「せめてもの情けだ。持って行くが良い」
クワリ・クボナがオレの懐に何かが詰まった小袋を入れてよこした。
「これは・・・」
しかしクワリ・クボナはそれには答えず、じっと女王の指示を待つ。
やがて女王の手が上がった。
「さらばだ、旅の者よ」
女王の手が振り下ろされると同時に、クワリ・クボナが天井から下がっていた紐を引いた。
「えっ?」
「あっ?」
「まさか!」
足元の床が消えていた。
重力に逆らえないオレ達の身体は、暗く深い闇へと吸い込まれて行った・・・
どこまでもどこまでも。
闇の中を落ちていく。
いや、もう自分達が落ちているのかどうかも分からない。
ひょっとしたらどこか遠い宙の果てに向かって飛ばされているのではないかという錯覚に囚われそうになる。
実際はそんな事は無いのだろうけれども。
エイティは?
ベアは?
ボビーは?
ラッキーは?
仲間達の姿を探そうとしても、身体の自由は利かず、ましてやこの闇だ。
「・・・!」
声を出して叫んだつもりになってはいるけど、その声がちゃんと届いているのかも分からない。
どうにも出来ない状況のまま、ただ落ちて、落ちて、落ち続けた。
やがて。
視界の隅に赤くたぎる物が見えてきた。
その赤い物は徐々に近付いて来る。
いや、近付いているのはオレの方だな。
そしてそれと同時に、周囲の温度が急激に上昇してきた。
「あ、熱い・・・」
オレの知覚がそう認識すると同時に、闇が途切れて視界が戻って来た。
エイティが。
ベアが。
ボビーが。
ラッキーが。
オレのすぐ側でオレと一緒になって落ち続けていたんだ。
「ちょっ、ちょっとジェイク、何とかしなさい!」
「何とかったって、どうしろってんだよ?」
戻って来た仲間とのやり取り。
しかし今はそんな感慨にふけっている場合じゃなかった。
オレ達が向かっている先、それはおそらく地の底を流れる溶岩だ。
そんな所に落っこちたら命がいくつあったって足りる訳ねえだろ。
今からマロールを唱えたって間に合わないし、そんならリトフェイトか。
いや、それでもこの吹き出す熱波からは逃れられない。
今度こそ本当に絶対絶命だと思った、その時だった。
オレの懐からさっきクワリ・クボナがくれたあの小袋がこぼれ落ちたんだ。
小袋は中空で封が解けて、入っていた中身がぶちまけられてしまった。
それは不思議な色に輝く粉末だった。
粉末はあっという間にオレ達を包み込み、そして身体に浸透していった。
すると・・・
「あれ? 熱くない」
不思議な事にあれだけ熱かったのが嘘のように治まっている。
そして落下するスピードも徐々に抑えられていき、オレ達は何事も無かったかのように、赤くたぎる溶岩の上にストンと着地していた。
「嘘だろ?」
「本当みたい・・・」
自分達の今の状況が信じられなかった。
でも間違いない、オレ達は今、溶岩の上に立っている。
しかし事態はこれで終わりじゃない。
女王は言ってたはずだ。
オレ達を『マウ・ムームーの生贄にする』と。
つまりだ、この後そのマウ・ムームーとかいうヤツが出て来るはずなんだ。
それはそんなに遠い話じゃないみたいだぜ。
何故なら、もうそいつはオレ達の目の前に現れようとしているんだから。
軽い地震のような振動と共に、目の前の溶岩がズズズと盛り上がってきた。
そしてそこから、真っ赤に燃え盛った溶岩の魔神がその姿を見せてくれたんだ。
ヤツの顔は、あのマウ・ムームー像そっくりだった。
コイツが、オレ達が生贄にされるというマウ・ムームーに間違いないだろうな。
魔神は、溶岩から上半身だけを露出させていたけれども、その大きさたるや・・・
優に5メートルくらいはあるんじゃないかと思えた。
マウ・ムームーが投げ付ける溶岩の塊を散開してかわす。
あんなのに当たったら本当に命がいくつあっても足りないって。
「戦うぞ」
ベアが開戦を告げる。
そう、オレ達だって手をこまねいてはいられない。
相手が神だか何だか知らねえけど、降りかかる危険は自分達の手で排除するまでだ。
溶岩で出来たマウ・ムームーの身体は、何の策も無しにベアやエイティが攻撃したところで大したダメージは与えられそうにない。
まずはオレの出番だ。
こんな時に唱える呪文はアレしかない。
絶対的な冷気で相手を凍らせる呪文ラダルトだ。
最高潮に高められた精神で発せられる氷の呪文が、灼熱の溶岩の身体を持つ神に襲い掛かる。
マイナスの温度とプラスの温度の対決、これを制した方がこの戦いに勝利する。
「ぐおぉ」
呪文の威力が少しでも上がるように、更に更に魔力を集中させていく。
そして。
温度の戦いに勝ったのはオレだった。
猛烈な威力で吹きすさぶラダルトの嵐が、マウ・ムームーの身体から一気に熱を奪い去った。
手が凍り、顔が凍り、そして全身が凍り付く。
「今だ」
この機を逃さずとばかりに、ベアとエイティがそれぞれの得物を振るう。
凍り付いたマウ・ムームーの身体は、ベアのヘビーアックスの一撃を受ける度にヒビが入り、エイティのハルバードに貫かれて穴が開いていく。
「ワイも行くで」
ラッキーも短剣を片手に飛び出した。
身軽なフットワークでマウ・ムームーの頭部へとよじ登ると、逆手に構えた短剣を突き立てていく。
「コレでどうや、もう一発食らえ!」
ザクザクと短剣を突き刺すラッキー。
そしてその短剣が、マウ・ムームーの右目を捉えた。
すると・・・
マウ・ムームーの右目から、赤く光る玉が零れ落ちたんだ。
ラッキーがすかさずそれを拾い上げるのと同時に、マウ・ムームーが崩れ落ちる。
「全員、退けー!」
退却を告げるベアの声。
それと共に仲間達がオレのいる場所まで下がってきた。
マウ・ムームーは、既に自らの身体を維持できなくなり、崩れた身体は溶岩の流れへと飲み込まれていく。
しかしそれはマウ・ムームーばかりではなかったんだ。
オレ達の足元もグニャリと歪み、そのまま溶岩へと飲み込まれていく・・・
「うわー」
オレ達の悲鳴は最後まで上がったのか。
そのまま意識が遠くなっていった。
☆ ☆ ☆
「ジェイクしっかりして。ジェイク」
エイティの声で意識が回復していく。
気がついてみたらそこはピラミッドの最上階、女王達がいた広間だった。
しかし既に女王達の姿は無い。
華美な装飾も、女王が座っていたワラで編まれた椅子も、何もかもが無くなっていた。
消えたというよりも、遥かな時間の流れがそれらを風化させてしまったと言った方が正しいような気がする。
「ジェイク、大丈夫?」
「ああ」
次第にハッキリとしてくる意識。
ゆっくりと身体を起こす。
「おっ、生き返ったな」
「無事で何よりだった」
「良かったです」
「二人もな、それにボビーも」
ラッキーにベア、そしてもちろんボビーも。
全員がその場に揃っていた。
「外を見て」
エイティに促されて、ピラミッドの外へと視線を走らせる。
「これは・・・」
そこにはもう一本の樹さえも生えてはいなかった。
半分の月に照らされた広大な砂漠が、視界の続く限り広がっていたんだ。
「帰ってきた・・・というか、オレ、夢でも見ていたのかな? それともここは天国か?」
自分の身体をペタペタと触ってその感触を確かめる。
実感がある。
生きている。
どうやら死んではいないらしい。
「あれは夢やなかったで、ジェイクはん。ましてや死んだりなんかしとらん」
ラッキーがオレを「少年」ではなく「ジェイクはん」と名前で呼んだ。
という事は・・・
ラッキーはもうオレの事を知っているし、あの時の出来事は夢なんかじゃなかったって訳だ。
「でもどうして・・・」
元の世界に戻れたのか?
そう言い掛けたオレをエイティが遮る。
「ストップ、ジェイク。その話はもう良いでしょ。私達はこうして元の世界に戻って来れた。それも全員生きて、ね。それで良いじゃない」
「ああ、そうだな」
あの出来事は何だったのか、オレ達はどうやって元の世界に戻れたのか。
気にはなるけど、考えたところで今さら答えなんて分からないだろう。
だったらそれでも別に良いかと思った。
「でも残念だったな。彫像は取り上げられちゃったんだろ。散々苦労して結局収穫無しか」
「そうでもないで、ジェイクはん」
ラッキーがニヤリと笑った。
ラッキーだけじゃない、エイティもベアも何故か顔が歪んでいる。
「ホラ、これや。これがルビーの目玉や」
ラッキーが差し出した宝玉は手のひらに余る程の大きさで、燃えるように赤く輝いていた。
マウ・ムームーの目から零れ落ちたその宝玉はなるほど、ルビーの目玉という名前こそがふさわしいように思えた。
「皆さんおおきに。ホンマにありがとう。おかげでルビーの目玉を手に入れられたでー!」
月明かりの下、ラッキーは赤く燃える宝玉を片手に鼻歌交じりで小躍りしていた。