ジェイク4

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14

 階段を上りきる手前で突然、槍を構えた女兵士達に行く手を遮られた。
「しまった・・・」
 とっさの事だったから呪文で眠らせようにも間に合わない。
 ここは強行突破かとベア、エイティと目配せを交わした、その時だった。
「構わぬ、通せ」
 奥から凛とした威厳のある女の声が響いてきた。
 声に従い、女兵士は道を開けるとオレ達に進むように促してきた。
「行こう」
 ベアが最後の階段を上る。
 エイティ、ボビー、ラッキー、そしてオレも後に続いた。
 階段を上りきったそこは華美な装飾が施された広間になっていた。
 もうここから先へ上る階段は無い。
 どうやらここがピラミッドの最上階のようだった。
 広間の中央にはワラで編まれた椅子が設えてあって、オレよりは年上、エイティよりは年下くらいに見える少女が座っていた。
 さっきの声の主はこの少女だろう。
 少女の周りには槍を持った兵士の他に、弓矢を持った女や、白い法衣や赤いローブを着た女達が控えていて、警戒心も顕な険しい視線がオレ達を射抜いていた。
 この女達はどうやら少女の親衛隊といったところか。
 その中から一人の女が前に進み出てきた。
 自分の背丈よりも長い杖を持ち、背中まで届く豊かな髪は艶のあるグレイ、白いマントを羽織っているその女は奇妙な仮面を付けて顔を隠していた。
「アマズールの女王の御前です。控えなさい」
 顔を隠しているからよく分からないけど、声の感じからするとまだ若いらしい仮面の女が、厳しい口調でオレ達に命じた。
 オレ達はおとなしくその場にひざまづく。
 幸い、拘束されたり武器を取り上げられたりといった事は無かった。
「私はアマズールの司祭クワリ・クボナ。アマズールの政(まつりごと)の一切を取り仕切る者です。これより女王の詮議があります。甘んじて受けなさい」
 そう宣言したクワリ・クボナは椅子に座った少女の側へと下がり、その耳元で何かを囁いている。
 少女は何度かウンウンと頷いてからおもむろに声を発した。
「わらわはアマズールの女王である。我らの聖地を訪れたそなたらは何者じゃ?」
 自らを女王と名乗った少女は純白のドレスにその身を包まれていた。
 風変わりな頭飾りを付け、首には小さな骨やビーズ玉で出来たネックレスを幾重にも掛けている。
「私達は旅の者です」
 女王の問いにおずおずとエイティが答える。
 ここはエイティの交渉術に任せるしかない。
「旅の者よ、そなたらは石を取りに来たのか?」
 石というのはルビーの目玉の事だろうか。
 だとしたらその通りなんだけど・・・
「いいえ、そんな事はありません」
 エイティは迷わずそう答えた。
 正直に「はい」と答えるのは得策ではないと判断したんだろう。
「わらわに何か貢物はあるか?」
「貢物、ですか・・・」
 エイティは少し考えてから
「これはどうでしょう」
 自分の道具入れからアクセサリーを取り出してみせた。
 あの動く宝箱から手に入れたやつだ。
 クワリ・クボナがアクセサリーを受け取って女王に手渡す。
「おお、これはなかなか・・・ん? これは安物ではないか」
 さすがは女王だ、あのアクセサリーが安物だって一目で見抜いたようだな。
 怒りの表情でエイティを睨む女王。
「わらわは謝罪を要求する。他に何か差し出す物は無いのか?」
「差し出す物ですか・・・そう言われても」
 エイティは困った顔でオレ達に視線をよこしてくる。
 しかし他に差し出す物なんて無いしな。
「ほう、そなたら良いウサギを連れているではないか。それを貢物として差し出すが良かろう」
 オレ達が困っていると、突然女王が命じた。
 女王が差し出すように命じた物、それは言うまでもない、エイティの側に控えていたボビーだ。
 さすがのエイティもこれにはおとなしく応じる訳には行かなかった。
「それはダメです。この子は私達の大切な仲間ですから」
 思わず立ち上がり女王に対して食い下がる。
「控えなさい」
 クワリ・クボナが一括すると、槍を持った兵士達がエイティと女王の間に割って入った。
 エイティはおとなしく引き下がったけれども、大切な物は絶対に渡さないとばかりにボビーを抱きしめる。
「どうしてもウサギは渡さぬと言うのだな?」
「ハイ」
 女王の厳しい視線にもエイティは動じない。
「面白い。そなたはなかなか肝が据わっている。どうだ、わらわの僕(しもべ)とならぬか。見てのとおりアマズールは女の国じゃ。そなたのような女なら歓迎するぞ」
 女王は愉快気に微笑んでいる。
 そんな女王に対してエイティは無言で応える。
「どうじゃ?」
 更に迫る女王に対して、ついに我慢が出来なくなったのか、ラッキーがしゃしゃり出てしまったんだ。
「歓迎されるのは女だけなんやろか? そしたらワイら男はどうなるんや?」
「無礼者。男風情が軽々しく女王と口を聞くでない」
 またも響くクワリ・クボナの一括。
 それに応じて親衛隊の女達が色めき立つ。
「落ち着け、皆の者。わらわは寛大故話をする事を許そう」
 女王が告げると親衛隊はおとなしく控える。
「この国を取り仕切るのは女と決まっておる。故に男には用は無い。早急にこの国を立ち去るが良かろう。どうしてもこの国に留まりたいと言うなら特別に鉱山で働く事を許す。
 もしもそなたが色男ならば夜伽の相手でも申し付けるところであったが・・・」
 女王はそこで言葉を切ると、チラリとラッキーを一瞥した。
「そなたのような醜男ではその用も無いわ。ましてやそっちの髭の男などはもっての外である」
「ぶ、醜男はあんまりやで」
 トホホとうな垂れるラッキー。
 女王は、もはやラッキーには話す事すらないとばかりに視線を廻らした。
 その視線が、オレに向けられた所でピタリと止まる。
「ん? そっちのボウヤは可愛い顔をしているではないか」
「オ、オレか?」
 クワリ・クボナがオレの側に来て、女王が見やすいようにとクイとオレの顔を上げた。
「止めろ」
 クワリ・クボナの手を払うが時既に遅し。
 オレの顔を見て満足そうに頷く女王、どうやらオレは気に入られてしまったらしい。

「うむ。良い顔をしておるぞ。そなたに今宵の夜伽を申し付ける。ありがたく受けるが良い」
「夜伽って・・・」
「女王の相手を勤めるのだ。大変な名誉であるぞ」
 相手ったって別に話相手とかじゃない。
 それくらいオレだって知ってる。
 要するにアレだ、男として女王の夜の相手をしろって話だろ。
 そんなのオレに出来る訳ないだろう。
 さっきからこんな話ばかりでうんざりしてくるけど、オレには女王の相手をするような身体的機能は備わっていないんだ。
 例え出来たとしたって、命じられて相手をするなんて、そんな屈辱的な事はしたくなかった。
「早速支度に掛かります」
 クワリ・クボナが親衛隊の女達に目で合図をすると、その中の二人がオレの側に寄り添い、両側から腕を取られて無理やり立たされた。
「止めろ、離せ」
 もがいてはみたけど無駄だった。
 相手は女とは言え兵士として鍛えられている。
 非力なオレの抵抗は全く意味を成さない。
 もうダメかと思った、その時だった。
「待って下さい」
 エイティの声が響いた。
「待って下さい。その子は、ジェイクは女の子です」
 ザワリ。
 その場にいた女達に動揺が走った。
「エイティ、何言い出すんだよ」
「とにかく時間を稼ぐの」
 エイティはひざまずいた姿勢のままオレの顔を見上げ、そう小声で囁いた。
「ジェイクは女の子です。手荒な事はしないで下さい」
 クワリ・クボナが、まだ抵抗出来ない状態のオレの身体を調べ始めた。
 いくらサラシを巻いていたって、いくらダボダボのローブで身体のラインを隠したって、直接触れば分かるはずだ。
 ローブの上からではあったけど、肩、胸、腰などにクワリ・クボナの手の感触が伝わってくる。
 そして。
「間違いありません」
 女王に進言した。
 それと同時にオレの身体を拘束していた女達が離れる。
 オレが女と分かったから扱いが丁寧になったようだ。
「そうか」
 女王はつまらなそうに視線をそらしたけれども、再びそれがオレに向けられた。
「そなたの口から直接聞きたい。そなたは女か男か?」
「それは・・・」
 こんな時、以前のオレなら迷わず「男だ」と答えていたはずなんだ。
 でも今はその言葉が出て来ない。
 果たしてオレは何者なんだ?
 そしてオレの口からやっと漏れ出た言葉。
「オレは・・・男として生きてきた」
 それが精一杯だった。
 女であるとは認めたくない。
 でも男じゃない事も分かっている。
 そう、オレは男じゃない。
 ラッキーのように本能のままに女を求めたりなんかしない。
 ましてや女王の夜伽の相手なんて出来やしない。
 何故なら、それはオレが・・・
「何故だ? 何故そなたは自分が女である事を隠すのか? 何故そなたは自分が女だと認めない? 何故そなたは自分が女である事に誇りを持たぬのだ?」
 矢継ぎ早に繰り出される女王の質問。
 どう答えたら良いか分からずに困惑するオレに、更に思わぬ所からも横槍が飛んで来た。
「ワイも女王さんと同じ事を聞きたい」
 ラッキーだった。
「少年、いや少年とちゃうんか。そんならジェイクはんやな。
 何でジェイクはんはそんな無理せなアカンのや? もったいないやんか、せっかく女に生まれて来たのに。もっと普通の女の子らしく、女としての人生を楽しんだ方が楽なんちゃうの?」
「それは・・・」
 答えられない。
 答えられるはずがない。
 自分で自分が分からないんだ、人に説明なんて出来るはずがない。
「ジェイク、無理しなくて良いんだよ」
 エイティがそっとオレの肩に手を置いてなだめてくれた。
 そして。
「皆さん、聞いて下さい」
 話し始めたんだ。エイティのオレに対する思いを。
「ジェイクは訳があって子供の頃から男の子として育てられました。ジェイク自身はそれが当たり前だと思っていたんです。決して無理をしていた訳じゃありません。
 でも・・・
 ジェイクも成長して今は思春期と呼ばれる年齢になりました。身体はもちろんですけど、心の方も少しずつ女として成長してきていると私は思っています。
 男の子として生きてきた時間とこれから過ごすであろう女としての時間。
 ジェイクは今ちょうどその間にいるのです。本人もようやくそれに気付き始めている頃です。
 どうか、どうかもう少しジェイクに時間を与えて下さい。そうすればきっとジェイクは自分がこれからどう生きるのか、その道を探し出せるはずです」
 エイティの言葉が途切れると、皆一様に水を打ったように静まり返った。
「エイティ、オレ・・・」
「ん、もういいから」
 どうにもならない自分の思いにうまく言葉が出て来ない。
 エイティはそんなオレを優しく抱きしめてくれたんだ。

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