ジェイク4
13
この部屋に立て籠もってからどのくらいの時間が経過しただろう。
外からの情報は全く入って来ていない。
全員で車座になって座り、携帯してきた食料で簡単に腹ごしらえを済ます。
食料ったって数枚のビスケットや木の実なんかを水で流し込むだけだ。
味の方は素っ気無いけど、何も食べてないよりは遥かにマシだからな。
食事が済むと、これからの事を打ち合わせる。
目下の目標は、ルビーの目玉を探す事だ。
ピラミッドの様子が丸っきり変わってしまったから一概には言えないけど、まだ調べていない階段を上がってピラミッド上部を目指した方が良いんじゃないかって話になった。
「それで、一つ確認しておきたいんだけど・・・」
エイティが切り出す。
「またさっきみたいに武装した女達と出くわしたらどうするの? 殺さずにやり過ごすのかしら」
それはオレも確認しておきたかった。
敵に対する応戦の仕方が違えば、呪文の使い方も違ってくる。
方針だけはハッキリとさせておきたい。
「そりゃあ決まってるがな。女は殺したらアカン」
当たり前だとばかりにラッキー。
「やっぱりね。そう言うと思ったわ。でも、それで大丈夫なの?」
「何とかなるって。なあ、大将もそう思うやろ?」
「ウム、そうだな」
ラッキーに話を振られたベア、難しい顔ながらも首を縦に振った。
「まったく。男ってしょうがないわねえ」
エイティは呆れ顔で溜息をつく。
「そりゃ仕方ないってエイティはん。男はみんな女の事しか考えてへん生き物や。なっ、少年かてそうやろ?」
「えっ、オレは別に・・・」
急にオレに話が来たけど、こんな話どう応じたら良いのか分からない。
仕方ないので無関心を装ってみたけど、コレがマズかったらしい。
ラッキーの男心に火を付けちゃったみたいなんだ。
「アカン、アカンで少年。男やったらもっと女に対してガツンと行かなアカン。例えばさっきの女の格好思い出してみ。
あのオッパイやで、あのオシリやで。何かこう込み上げて来るものがあるやろ? 男の身体の一部が熱くなったりするやろ? なっ」
「あ?」
熱弁を振るうラッキーだったけど、その言葉にその場の時間が凍り付いた。
それと同時にオレの思考も停止する。
『ナンデスカ? オトコノカラダノイチブッテ???』
・・・・・・・
・・・・・
・・・
そして。
ようやくソレに思い当たった。
その瞬間、頭にかあっと血が昇った。
おそらく顔も真っ赤になっていると思う。
だってそうだろ、ソレって男のアレの事だろ。
オレは女だからアレは無いんだよ。
「無い。無い。無い。そんなの無いから、オレ」
ブンブンブンと首を思いっきり横に振る。
頭がパニックになっていて何を言っているのか分からない。
何かとんでもない事を言ってしまったような気もするけど、もう自分でも訳が分からない。
「なんや少年、純情なんやなあ」
「えっ、あっ、いやだから・・・」
どうやらラッキーはオレが『そんなモノは無い』という意味で言ったのを、『そんな事は無い』というふうに受け取ったらしい。
そりゃそうだ。
ラッキーはオレを男だと思っているんだから、無いはずは無いんだよ。
じゃなくて〜〜〜。
オレは何を考えているんだ。
あー、もう訳が分んねえ。
「少年ひょっとしたら照れてるん? あっ、もう反応してたりするんかな。一つ確かめてみよか」
ラッキーがグイっと身を乗り出すと、その手がオレに伸びて来た。
それも下の方に。
男ならアレが有る場所だけどオレは女だから無いんだって。
イヤ、有るとか無いとか関係無しに、他人のそんな所を触ったらダメだろう〜。
とは思うものの、恐怖で身体がすくんでしまい、自分では避ける事も逃げる事も出来ない。
絶対絶命、もうどうにもならないと思ってギュッと目を閉じた、その時だった。
ボッカーン!
迷宮内のダークゾーンにハマッて完全に帰り道を見失った新米の冒険者が、足元でのんきな時間を過ごしていたバブリースライムを踏ん付けてしまい、予想外の出来事とその感触に迷宮中に響き渡るくらいの悲鳴を上げてしまい、すっかりパニックに陥って我を忘れてその場から走り出した挙句、真っ暗闇で視界が利かないものだから思いっきり壁に激突してしまったかのような、ものすごい音がした。
何とも長い例え話だったけど、こんな事を連想するくらいだから、オレも相当パニクっていたんだと思う。
ゆっくりと目を開ける。
「ジェイクに下品な事教えるんじゃないのぉ!」
怒りに満ちた形相のエイティが繰り出したコブシが、ラッキーの後頭部を見事に捉えていた。
しかも今回はかなり本気だったらしい。
エイティの怒りの鉄拳を喰らったラッキーの身体は軽く宙に浮いてからドサッと落下、今はオレの目の前に転がっていた。
見事悪漢を倒したエイティ、素早くオレを保護してくれた。
「大丈夫だったジェイク?」
「あ、ああ・・・」
まだ放心状態だけど、何とか危機は去ったらしい。
「エイティはん、何しますのん?」
「今度変な事したら本気で殴るって言ったでしょ」
エイティはオレをかくまいながら、まだ倒れたままの姿勢のラッキーに怒りをぶちまけていた。
「そんな、ワイはただ少年と男同士の会話をやなあ」
「うるさい、黙りなさい!」
二人のやり取りはまだしばらく続いていたみたいだけど、気が抜けて身体の力も抜けてしまったオレの耳にはもう入って来なかった。
それにしても焦った。
こんなに焦ったのはいつ以来だろうってくらいに焦った。
ラッキーが変な事を言うから・・・
あれ?
オレは何でこんなに動揺したんだっけ?
それにさっきオレは自分の事を何と思っていた?
『オレは女だから・・・』
そのフレーズが何度も頭の中で行き交っていたんじゃなかったか?
いや待て待て。
それはオレの身体の話で、確かにオレの身体は女の物だけど、心は・・・心は。
違う、かもな。
アマズールの女兵士と遭遇した時、オレはこう思ったはずなんだ。
『女の裸なんか見たって興奮する訳ない』
そして今だ。
ラッキーがちょっと男の身体の話をしただけであれだけ動揺してしまった。
オレと同じくらいの年頃の普通の男だったら皆、女の裸を見ればそれなりに興奮するだろうし、男の身体の話だったら別に平気なはずだよな。
でもオレはそうじゃなかった。
やっぱり違うのかな。
今まで男として生きてきたつもりのオレだったけど、やっぱりオレは男じゃなくて、だから、だから・・・
「ジェイク、大丈夫?」
エイティに話し掛けられ、オレの物思いはそこで途切れた。
「あ、どうかしたかエイティ?」
「かわいそうに。さっきの事がよっぽどショックだったのね。でももう平気よ。ラッキーは私が懲らしめておいたから」
どうやらエイティは、オレがラッキーに襲われ掛けた事でまだ呆けていたと思っているらしい。
まっ、半分は正解だけどな。
「ホラ立って。そろそろ行くわよ」
「ありがと」
エイティが差し出してくれた手につかまり、ゆっくりと立ち上がった。
大丈夫、足にはちゃんと力が入るし、次第に頭もスッキリしてきた。
これなら何とかやれそうだ。
「よし、行くぞ」
ベアが外の気配を伺いながら扉を開け、部屋を出る。
オレ達もそれに続こうとしたんだけど・・・
「アレはどうするんだ?」
オレが視線を向けた先には、エイティの制裁でのされたラッキーがまだ転がっていたんだ。
「放っときましょう」
エイティはそれだけ言うとオレを促して部屋を出てしまった。
「ちょっ、待ってやー」
ラッキーの呻き声が背後に聞こえていた。
部屋から外へ出てみると、既に太陽は沈んでいて、周囲は宵闇に包まれていた。
東の空に浮んだ半分の月が、ジャングルを青白く照らしている。
ピラミッド上層部を目指して通路を進む。
途中、何度か武装した女達と遭遇した。
女達は二人か三人の編成でピラミッドの中を巡回しているようだった。
侵入者の情報は既に伝わっているのだろう、通路や階段のいたるところで女兵士による警備が固められていた。
ラッキーの強硬な主張により、女兵士は殺さないという方針になっている。
という訳で・・・
「カティノ!」
ベアやエイティが得物を振り回して立ち回るよりも、オレの呪文で眠らせた方が簡単確実、騒ぎも起きなくて済むって話だ。
「見事なもんやな、少年」
「ま、まあな」
ラッキーが話し掛けてくるけどさっきの事があったからな、オレの方はまだ完全には気持ちの整理が出来ていない。
素っ気無い返事をするだけで後は黙り込んでしまった。
そんなオレの様子を気にしてか、エイティが割り込んできて話を切り替える。
「ラッキー、この後はどっちへ行けば良いのかしら?」
「ああ、ここを真っ直ぐ行った先や。そこの階段はまだ調べてへん」
「了解。ジェイク、行きましょう」
「ああ」
エイティに促されて通路を進む。
ラッキーが言った階段を上るとすぐまた階段があって、それを上ると出た外周通路の先に、鉄格子で遮られた階段があった。
鉄格子を開ける事が出来ればこの階段から更に上に進めるんだけど・・・
「ねえ、アレ何かしら?」
エイティが鉄格子の上を指差す。
見ると、そこには粘土を削って創られたレリーフが飾ってあった。
そのレリーフ、どこかで見たような気がするんだけど・・・
「ひょっとしたらコレかな?」
ラッキーが道具入れから例の翡翠の彫像を取り出した。
確かに。
動物なのか人間なのか、何かの顔をモチーフとしている彫像とレリーフは、同じ作者の手によるものなのか、とてもよく似ていた。
「おーい、これがどうかしたんか?」
ラッキーが頭上のレリーフに向かって翡翠の彫像を差し出し、フラフラと振ってみせた。
「バカね。そんな事したって何も起こる訳無いでしょ」
呆れ顔のエイティ。
しかし、だ。
ギギギギギ・・・
「オイ、マジかいな」
「開いた、わね・・・」
オレ達の行方を阻んでいた鉄格子は、いともあっさり開いてしまったんだ。
「ど、どないしよっか?」
「ここまで来たんだ、行くしかあるまい」
「行きましょう。ジェイクも良いわね」
「ああ、行こうぜ」
オレ達は階段を上り始めた。