ジェイク4
12
女達と遭遇した場所から少し離れた所にあった部屋へと移動し、そこに立て籠もる事にした。
迷宮内で一息つきたい時なんかは、こういった部屋を利用するのがセオリーだ。
逃げ道が無く一見危険なようだけど、見通しの良い通路なんかだとかえって挟み撃ちを喰らいやすい。
疲弊した状態で下手に通路を移動すれば、不意に敵と出くわした時に思わぬ苦戦をしかねないしな。
とにかく、今のオレ達には時間が必要だった。
疲れた身体を休める時間。
混乱した頭を鎮める時間。
そして、今のこの状況をきっちり把握して、これからどうするのかを考える時間。
水も食料もまだ余裕はある。
もうしばらくは大丈夫だろう。
「さて・・・」
落ち着いてきたところでベアが切り出した。
「ここは一体何処なのか、ワシらは一体どうなったのか? ゆっくりと考えてみよう」
「ここは何処って、やっぱりピラミッドの中だと思うけど」
重々しい口調でエイティ。
「ピラミッドはピラミッドやろうけど・・・あのおねーちゃん達、何者やろか?」
「あんたはまた女の話?」
「だって気になるやんか」
相変わらずのエイティとラッキー。
「いやエイティよ、ラッキーの言う通り、あの女達が何者かは重要な話だと思うぞ。それが分かれば今の状況も分かってくると思うのだが」
「そうか、それもそうよね。うーん、武装した女達ねえ・・・盗賊って感じじゃなかったわね。どちらかと言えば、このピラミッドを護る衛兵ってところかしら」
「何を護るんやろか? お宝かな、それとも女王様でもいたりして」
「だから何よ、その女王様って!」
「落ち着けエイティ。ジェイクはどう思う?」
ラッキーとエイティを相手にしていたら話が進まないと踏んだのか、ベアがオレに意見を求めてきた。
しばらく考えてからオレは思い付いた言葉を口にする。
「古代王朝アマズール」
突然出て来たその名前に、全員が「えっ?」という顔でオレを見入ってきた。
「ラッキー言ってたよな。この地には昔アマズールっていう古代王朝があったって」
「ああ、そうやけど」
「その王朝は女王が支配していて、国を治める重要な役職はみんな女だったんだろ。神官や巫女も女だし、このピラミッドを護るのも女兵士だったはずさ」
「それじゃあさっきの女達は?」
「アマズールの女兵士って訳か」
「そうだと思う。壁画に描かれていたのも全部女だっただろ。ここは女が支配する女の国なんだよ」
そこで一旦言葉を切ってみんなの反応をうかがう。
しかしすぐには反応は返って来ない。みんな無言のまま、じっと考え事をしているようだ。
そりゃそうだよな。
突然「ここは女が支配していた古代の王朝だ」なんて言われたって、にわかには信じられないからな。
それに最大の問題が残っている、それは・・・
「まあ良いわ。ジェイクの言う通りだとしましょう。でもどうして? どうして私達はその古代王朝とやらに紛れ込んだの?」
そう。
エイティが口にしたその疑問こそが最大の問題なんだ。
どうしてオレ達はこんな所にいるのか・・・
「そりゃあ、王朝が復活したんとちゃうやろか・・・」
「何時の間に? 私達が地下に潜っていたのはほんの二時間くらいよ」
「そやなあ」
ラッキーの説はいくら何でも無理があり過ぎる。
ピラミッドだけじゃなく砂漠まで消えてジャングルになってしまったんだからな。
「実は、砂漠にあったピラミッドとこのピラミッドは丸っきり別の物なんじゃないかしら? 地下通路で帰り道に迷って出口を間違えたとか・・・
ううん、どこかに仕掛けてあったテレポーターの罠で飛ばされたのかも。きっとそうよ」
自信満々に自説を披露するエイティ。
しかしそれをラッキーが全面的に否定した。
「えー、そんなトラップ無かったって。トラップの事やったらワイの方が専門や。いくらエイティはんでもこればかりは譲れんなあ」
「そうかしら? イマイチ信用出来ないのよねえ。ねえ、ジェイクはどう思う?」
エイティがオレに意見を求めてきた。
王朝が復活した訳でもない、テレポートで移動した訳でもないとすると・・・
ふと、オレの中である考えが浮んできた。
オレ自身信じられないんだけど、でもこの考え方が一番無理が無いんじゃないかと思った。
そう思ったから、それを素直に口にする事にした。
「オレ達が昔に移動したんじゃないかな。オレ達が生きていた時代から古代王朝が栄えていた時代に」
「あーそれ聞いた事ある。タイムスリップとかいうやつでしょ。でもどうして?」
「さっき地下で手に入れた翡翠の彫像、あれがきっかけなんじゃないかな」
オレが言うと、ラッキーは自分の道具入れから彫像を取り出してみせた。
「これが何かしたんかな?」
全員がじっとその彫像に見入った。
確かにこの像には何か不思議なものを感じるけど、それが何かまでは誰も分からない。
「これを元の場所に戻したら私達も戻れるかしら?」
「そんな。あんなに苦労して手に入れたっちゅうのに」
「確かに苦労した。だが罠を仕掛ける方にもあそこまで徹底して仕掛けなければならない理由があったのだろう」
「どういう事や、大将?」
ベアはそれに対しては何も答えず、オレに視線をよこした。
どうやら説明しろって事らしい。
「理由は簡単さ。彫像を持ち出したらこうなる。彫像自体に特別な力があったのか、それともあの場所から彫像を持ち出した事で何かが起こったのか、それは分からねえけどな。
でもさ、今のオレ達が体験している事は事実だろ。だから簡単には持ち出せないように徹底的にトラップを仕掛けたんだ」
「でも、どこかの腕の良い盗賊さんが、そのトラップを全部突破しちゃったって訳か。おかげでこんな訳の分からない世界に放り込まれるなんてね」
「そんな、ワイのせいかいな」
「いや、お前さんは悪くない。お前さんがトラップを見抜けなかったらワシらは今頃全滅していただろうしな」
そこで言葉が途切れる。
だいたいの状況は分かった。
「で、これからどうするんだ? さっきエイティが言ったみたいに、まさか本当にその彫像を元の場所に戻しに行くなんて言わないよな」
「そうねえ・・・」
「ウム・・・」
エイティもベアも、それきりじっと黙り込んでしまう。
おそらくエイティは、彫像を元に戻してでも元の世界に帰りたいって思っているんだろう。
だがもう一人、ラッキーはと言うと
「ワイはイヤやで。トレジャーハンターたる者、一度手に入れたお宝を元に戻すなんて」
エイティとは反対の意見を唱えた。
「それで元の世界に戻れないとしても?」
「それは困るけど・・・けどやな、これ返さんでも帰れる方法があるかも知れへんやろ。それを探そうや。それにまだルビーの目玉は手に入れてないんやで。ここで引き下がれる訳があらへん」
「ルビーの目玉って、こんな状況でもまだお宝探し?」
「当然や」
睨みあうエイティとラッキー。
そのまま二人の言葉が途切れる。
二人の意見は真っ二つに分かれてしまった。
「ジェイク、お前さんはどう思う?」
見かねたベアがオレに意見を求めてきた。
「えっ、オレ?」
言われてようやくこんがらがった思考を整理し始める。
どうするのが一番良いんだろう?
いや、そんな事よりオレは一体どうしたいんだろう?
オレの気持ちは一体何処にあるだろう?
オレは、オレは・・・
そして導き出された一つの答え。
「オレは、返さなくても良いと思う」
「ジェイク」
みんなの視線がオレに集まる。
「こう言っちゃ何だけどさ、オレは別に元の世界に未練なんて無いんだ。親も兄弟も親戚もいないしな。
それにさ、せっかく苦労して手に入れたんだろ。それを返しに行くのってやっぱり悔しいよ」
独りよがりかも知れない。
単なるワガママかも知れない。
冒険者としてのプライドみたいなものだったのかも知れない。
いやそんな事よりも、元の世界とは関係無いここなら、男がどうとか女がどうとか、そんなしがらみから解放されるんじゃないか・・・
正直な話、そんな事を思ったりしたんだ。
「よし分かった。急いで彫像を返しに行く必要は無いだろう」
ベアがオレの意見に同意した。
「ラッキーが言う通り、他の方法があるやも知れぬ。それを返しに行くのは最後の手段だ」
「大将、話が分かるやんけ。少年もよう言うてくれた」
オレ、ベア、ラッキーの気持ちは固まった。
あとはエイティだけど・・・
エイティは、自分の腕の中で気持ち良さそうに眠っているボビーの頭を優しく撫でながらしばらく考えている様子だ。
そして
「もう、どうなっても知らないからね」
フワリと微笑んだ。
今日一番の会心の笑みだ。
これで決まりだよな。
彫像は返さない。
こうなったら、足掻けるところまで足掻いてやろうじゃねえか。