ジェイク4

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11

 地下から続いていた長い長い階段を上りきって地上へ戻ったオレ達。
「なあ、なんか変なんとちゃうか?」
 異変に真っ先に気付いたのはラッキーだった。
「変て、何が?」
「ホラ見てみい。この壁画とか」
 ラッキーがピラミッドに描かれた壁画を指差した。
 確かオレ達がこのピラミッドに着いた時には、壁画はすっかり風化してしまってほとんど見えなくなってたいはずなんだ。
 それなのに今は・・・
「本当ね。壁画が綺麗になってる」
「誰かが直したのか?」
「まさか」
 全員が辺り一面に視線を走らせる。
 確かに壁画は綺麗に回復していた。
 いや、回復したと言うよりも、今描き上げたばかりと言った方が適切なような気がする。
 そもそも壁画が描かれている壁、それに天井や床までもが最近造られたかのように新しくなっている。
 長い年月風雨に曝された古代の遺跡とは、とてもじゃないけど思えない。
 そう言えば、通路にうっすらと積もっていた砂が全く無くなっているな。
 改めて壁画に見入ると、そこに描かれていたのは褐色の肌の人間達だった。
 ある者は穀物の刈り入れをし、またある者は水浴びをし、またある者は踊ったりしている。
 中には槍を持って戦いに臨む者もいるようだ。
 言ってみれば日常生活の様子が描かれていたんだ。
 一つだけ不思議な事は、これだけの人間が描かれていて、男が一人もいないって事だ。
 描かれていたのは全て髪が長くて胸が膨らんでいる、一目で女と分かる人物ばかりだったんだ。
 更にだ、おかしなのは壁画だけじゃなかった。
「なあ、何だか暑くないかな」
「そりゃ暑いわよ。砂漠なんだから」
「そうじゃなくて、こう、蒸し暑いって言うか。何だか気持ち悪いよ」
「そう言えば、そうね」
 確かに砂漠は暑かったし、ピラミッドに着いてからもそれは変わらなかった。
 ただ建物の中は日差しが遮られるから、外にいるよりずっと涼しかったんだ。
 それなのに今は、空気がジトッと湿っている感じがして、何とも言えず気持ち悪い暑さに包まれていた。
 カラッと乾いた暑さとジトッと湿った不快な暑さ。
 この違いは大きい。
 じっとしていてもいつの間にか額や背中から汗がにじみ出てくるのが分かる。
「外の様子が気になるな」
 オレの言葉に、全員が無言のまま近くの階段から上のフロアを目指した。
 上のフロアには外周通路があるから、そこからピラミッドの周囲の様子が分かるはずなんだ。
「ちょっと、見て!」
 二階に上がると、エイティが手近な出口から見えるピラミッドの外を指して叫んだ。
「おい、これは一体・・・」
「どうなっとるんや・・・」
「砂漠が・・・」
「無くなってるー!」
 全員が一斉に外周通路へと走り出た。
 そして眼下に広がる景色を見て呆然。
 砂が無い。
 無限に広がっているかと思えたあの砂漠がすっかり消えて、見事なまでに無くなっていた。
 今オレ達の目の前に広がっている景色は、どこまでもどこまでも熱帯の樹々が生い繁った広大なジャングル。
 時刻はそろそろ夕方に差しかかろうという頃で、西の空に輝く真っ赤な太陽が果てしなく続くジャングルを赤々と染め上げていた。
 改めて足元を確認してみると、砂に覆われていたはずのピラミッドの下層部分が全て露になっていた。
 一体ここはどのくらいの高さなのか?
 目算だけではよく分からないけど、かなり高い場所にいるのは間違い無いだろう。
 今までオレ達が探索していたのは、砂に埋もれるのを免れた、ピラミッド上層部のほんの一郭でしかなかったんだというのが容易に理解出来る。
「ちょっとラッキー、一体何があったのよ? これは何のトラップな訳?」
「さ、さあ・・・そない言われても」
 すっかりパニックに陥っているエイティが取り乱すようにラッキーに詰め寄る。
 しかしラッキーを責めるのは酷ってやつだ。
 いくらラッキーが盗賊だからって、こんな事に答えられるはずがなかった。
 そもそも今オレ達の目の前に広がっている現象がトラップかどうかも分からないんだからな。
 何が起こったのか分からない。
 どうすれば良いのかも分からない。
 結局は困惑するばかりのオレ達だった。
 しかし、事態は呆けているオレ達を待っていてはくれなかった。
「ホー!」
 どこからか、甲高い女の叫び声が響いてきたんだ。

「ホー!」
「ホー!」
 叫び声は一つじゃなかった。
 あちらこちらから次々と上がり、それが次第にオレ達に近付いて来ていた。
「もう、どうなってるのよ!」
「落ち着け」
 冷静さを失っているエイティをベアが一喝する。
 それで少しは落ち着いたのか、エイティはハルバードを構えてやがて起こるであろう戦いに臨む。
 ベアとラッキーもそれぞれの得物を構え、オレは呪文詠唱の準備に入っていた。
「ホー!」
 叫び声は、もうすぐそこに迫っていた。
 そして。
 オレ達の目の前に、武装した女の一団が現れたんだ。
 女達はみんな褐色の肌をしていた。
 顔には赤や白の染料で奇妙な紋様を描き、頭には鳥の羽で作った髪飾り。
 右手には長柄のスピア、左手には赤、黄、緑とカラフルに彩られた、縦に長い盾を装備していた。
 そこまでは良い。
 良い事にしてくれ。
 気になるのが女達の格好で、身体を被っているのは皮製の胸当てと腰周りのわずかな布きれだけ。
 本当に最低限の隠す所だけを隠しただけの、ほとんど半裸と言っても良いくらいの格好だったんだ。
 突然の半裸の女達の登場、こんな事態に異常なまでに反応したのが、言うまでもない、ラッキーだった。
「なんでや? なんでこんな格好したおねーちゃん達がおるんやろ? わおっ、裸同然やん! 最高やんけ! あの娘カワイイなあ。あっ、あっちの娘もええなあ。ここは南国の楽園や! パラダイスや〜」
 これにはオレもずっコケた。
 身体中の力は抜けるし、呪文詠唱の為に高めていた精神集中は一気に切れてしまうし、もうまともに敵と戦える状態じゃない。
 それは敵さんも同じだったようで、一人興奮しているラッキーを見て仲間内でひそひそと話している。
 きっと、思いっきり引かれているか、心の底から軽蔑されているかのどっちかだと思う。
 両方かも知れないけどな。
「もうラッキーのバカ! こんな時に何を考えてるのよ、もう!」
 そんなラッキーに対して顔を真っ赤にして怒るエイティ。
 まっ、当然だよな。
「いやだってエイティはん、こんな格好したおねーちゃん達がぎょうさんおったら、そりゃ男はみんな興奮するわな。なっ、少年もそうやろ?」
「えっ? あっ、いやオレは・・・」
 何でそこでオレに話を振るかな。
 って、ラッキーはオレを男だと思っているからなんだろうけど、オレとしてはどう対応したら良いか分からず、思わず口ごもる。
 だって女の裸なんか自分ので見慣れてるし、別に興奮なんてする訳がない。
「ジェイクもポケッとしない! 目の前にいるのは敵なんだからね」
 だから何でオレが怒られるんだよ。
 エイティはオレの事を分かっているはずだろ?
 どうにも納得出来ないものを感じてしまう。
「そんなエイティはん、女の人相手に暴力はアカンがな」
「女だろうと何だろうと、敵は全て倒す。冒険者の常識でしょ」
「いやしかしなあ」
 エイティとラッキーのこれ以上無いってくらいに無意味な口論、それを止めるかのごとくベアがヘビーアックスを振るった。
 ヘビーアックスは武装した女を盾の上からなぎ払い、女は壁に叩き付けられて動かなくなった。
「大将、そんな・・・」
「心配するな。峰打ちだ。殺してはいない。ワシだって女に手を掛けるのは心が痛むからな」
「さすがは大将や」
「だが本当にヤバイ時は遠慮無く殺るからな」
「上等、上等」
 男達の間で何か通じるものがあったらしい。
 ベアは満足気に頷いているし、ラッキーなんてもうゴキゲンでしょうがないって顔してるぜ。
「分かったわよ。殺さなければ良いんでしょ」
 エイティもしぶしぶ承知したようだ。
 ハルバードの柄の部分で目の前の女達を打ちのめしていく。
 武装した女達も応戦はするものの、所詮ベアとエイティの敵ではなかった。
 結局、ベアが三人、エイティが二人の女兵士を気絶させたところで、残りは逃走してしまった。
 仲間でも呼びに行ったのかもな。
「そしたら気絶しているお嬢ちゃん達を介抱してやらんと。優しくチューでもしたら目ぇ覚ますやろか」
 一人遠い世界で夢を見ているラッキー。
 しかし、エイティがそれを許すはずがない。
 浮かれるラッキーの後頭部をボカっと殴っていた。それもグーで。
「あんたねえ、これ以上変なマネしたら本気で殴るからね」
「って、エイティはんもう殴ってるがな〜」
 何なんだろう、この状況は・・・
 しかしいつまでもこうしてはいられない。逃げた女兵士がいつ仲間を連れて戻って来るか分からないしな。
 ベアと視線を交わすとオレと同じ考えだったようで、お互いウンと頷き合う。
「二人ともいい加減にしろ。いつまでもここにいるのはマズイ。少し移動するぞ」
 ベアの指示でその場を離れる事になった。

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