ジェイク4
1
「日食、日食ねえ・・・」
ヒゲ面のドワーフは、腕組みしながら首を傾げてみせた。
「太陽が、こう欠けたり隠れたりとかするんだが」
「どんな小さな事でも構いません。何かご存知ないですか?」
ベアとエイティがドワーフ相手にしきりに食い下がる。
が・・・
「すまんな。我々ドワーフは地面の下で過ごす事が多いから。お天道様の事はよく分からんのだわ。あんたもドワーフなら、その辺承知しているだろう」
「うむ・・・そうだな。時間を取らせてすまなかった」
「お役に立てなくて悪かったな。ところで、どうだいこれから一杯?」
「付き合いたいのはやまやまなんだが・・・連れがいるからな。また今度見かけたら誘ってくれ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
「それじゃあな」
「どうも、ありがとうございました」
二人が一礼してからドワーフの下を離れ、オレがいる席まで戻ってきた。
「ダメだったみてえだな」
「そうね。やっぱり違ったのかしら」
「うむ」
二人が難しい顔で押し黙る。
「まあそう気にするなって」
「もう。ジェイク、君自身の問題でしょ! もう少し真剣に・・・」
「別にオレは」
「しょうがないわねえ。ここでこうしていても始まらないし。一回宿に戻って今後の事を考えましょう。ねえ、ボビー」
エイティが、足元に控えていたボビーを抱き上げ頭を撫でてやると、ボビーは嬉しそうにクンクンと鼻を鳴らした。
オレ達はエイティの言葉に従って、酒場の扉を抜けて外へ出た。
ジリジリとした強烈なまでの日差しが頭の上から降り注いで来る。
暑さを避けるためなのか、往来には人の姿はほとんど無かった。
宿への道を踏み出すと、ジャリっと砂を踏む音が響く。
砂漠の中のオアシスの畔にポツンとある町アマス。
それがオレ達が今いる場所の名前だ。
そもそも何でオレ達がこんな所にいるのか、話はエルフの森であった事件にまで遡る。
エルフの森の神殿を探索した結果、色々あってオレの出生に関する情報がおぼろげながら分かってきたんだ。
十五年前の七月七日、皆既日食があった場所。
それがオレの出生に関するキーワードだ。
オレ自身はのんびりやるつもりだったんだけどな、エイティの世話好きが炸裂しちまった。
ダリアの城塞都市へ戻るやいなや、聞き込みやら文献の調査まで、皆既日食に関する情報を集めまくったんだ。
しかし思ったような成果は見られなかったんだ。
ようやく仕入れた情報が「十年程前、砂漠の国で太陽が欠けるのを見たような気がする、かもなあ・・・」という、何ともいい加減で頼りないものだった。
皆既日食っていうのは太陽が完全に隠れてしまう現象の事だから、この情報はあまり関係無いだろうって話になってたんだけど。
それでも一応確かめに行こうって、やっぱりエイティが言い出した。
で、一番近い砂漠の国がここって訳だ。
一番近いったって、ダリアの城塞都市があるヤウルフ大陸から、海を越えて南にあるアフール大陸まで行かなければならない。
船や馬車を乗り継いで五日程の道程だった。
それにしても・・・
ここは暑い、暑過ぎる。
ダリアの城塞都市を出た時は冬だったのに、海を一つ越えてこの大陸に上陸したら、いきなり季節が夏になっていた。
昨日の夜の話だ。
宿に落ち着いたところで、あまりの暑さにローブを脱ぎかけたオレをエイティはこっぴどく叱りつけてきたんだ。
その理由は、だ。
オレの身体は生物学上は女に分類されるからだ。
しかし、オレの育ての親のベインはオレを男として育ててくれた。
オレ自身も自分が男だと思っていたし、男として生きてきた。
エイティやベアと行動を共にするようになって、エイティには知られてしまったオレの正体もベアには内緒にしていたんだ。
しかしエルフの森での事件の中で、とうとうベアにもオレの秘密がバレちまった。
でも悪い事ばかりじゃなかったぜ。
秘密が秘密じゃなくなったからさ、それを隠す必要もなくなったんだ。
気が楽になったと言っても良い。
だから暑さに負けて思わずローブを脱ごうとしたんだけど、いくら正体を隠す必要が無いからって、男であるベアのいる前で裸になるなんてとんでもないって。
でもさ、胸にはサラシを巻いているしちゃんと下着だって付けている。
最低限隠す所は隠しているんだから良いじゃないかって食い下がったんだけど、結局は許してもらえなかった。
面倒な話だけど、女の身体をしているといろんなところで制限があるんだよな。
一夜明けて今日、まずは全員の冬服を夏服に買い換えた。
こっちがこんなに暑いと分かっていればあらかじめ夏服を用意しておいたのに、無駄な出費だよな。
夏服とはいっても、ここの日差しは強烈だから、肌を出すような格好は却ってマズイらしい。
エイティはお気に入りの淡いブルーを基調としたブラウスとロングのスカートに白い帽子。
自慢のブロンドの長い髪は、暑さ対策として三つ編みにまとめて背中に垂らしている。
ベアは珍しく緑のシャツなんかを羽織っているけど、似合うかどうかは微妙なところだ。本人が気に入ってるみたいだから、まあ良いんだろう。
オレは生地の薄いローブ。
体型を隠す為にワザとダボダボの物を選ぶのは相変わらずだ。
この町で売られているローブにはみんなフードが付いたいたんだけど、実際に試してみてその理由が分かった。
この土地はあまりにも太陽の日差しが強烈なので、フードを被った方がかえって涼しいからなんだ。
ボビーだけはどうしようもない。
せっかく生え変わった冬毛を一夜で夏毛に戻すなんて無理な話だよな。
ボビーと出会ったのは雪山だったくらいだから、どちらかと言えば暑いのよりは寒い方が好きなんだろう。
暑さにあたったのか、少し元気が無いようだ。
支度が出来たら皆既日食の情報を求めて町中を歩き回った。
町ったってそれ程広くもない。
半日も回ればいい所目処が付く。
文字通り老若男女、人間だけじゃなくエルフやドワーフなどの色々な人に話を聞いて回ったけど、やっぱり皆既日食に関する情報は得られなかったんだ。
確かに日食はあったらしい。
でもそれは十年前の事だったし、太陽が欠けたと言ってもせいぜい三分の一くらいでしかなかったらしい。
完全に空振りだったって訳だ。
「で、これからどうする?」
「そうねえ、これ以上ここにいても何も無さそうだけど」
ボビーを抱いたままのエイティが小さく溜息をつく。
「だいぶ金も使ったしな。せめて帰りの旅費ぐらいは稼げると良いんだけど」
「そう簡単に儲け話なんて転がってないわよ。ねえボビー」
言われたボビーはシュタっとエイティの腕から飛び降りる。
「ハイ、ボクお肉食べたいです。どこかに落ちてないですかねえ?」
クンクンと鼻を鳴らして肉を探すボビー。まあ落ちてないと思うけどな。
「ワシら冒険者が稼ぐとなるとやはり冒険だが・・・どこかにそんな話は無いものか」
オレ達がそんな話をしながらとぼとぼと往来を歩いていると
「ちょっとそこの三人さん。あんたら冒険者やろ?」
突然背後から奇妙な言葉で話し掛けられた。
「えっ?」
「ハイ?」
「何だ?」
三人で一様に振り向く。
するとそこには一人の男が立っていたんだ。