ジェイク3

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 ソロモンに続いて川底へ下りると、左右は切り立った水の壁になっていた。
「これ、いきなり流れてこないだろうな」
「大丈夫ですよ」
 フレアは平然と答えてくれたけど、泳げない人間にとっては、水の壁から迫り来る圧迫感はかなりのものだった。
 足元に、逃げ遅れた魚がピチピチと跳ねている。
 ボビーの耳がピンと立ち、赤い目が爛々と輝いたかと思うと、次の瞬間にはその魚に喰らい付いていた。
「まあ、あんなにおいしそうにお魚を。まるでネコさんみたいですね」
 フレアが少しピントの外れたところで感心している。
「ダメよ、ボビー。後でちゃんとお肉あげるから」
 エイティがたしなめるがボビーはまだピチピチと跳ねる魚と格闘していた。
 ボーパルバニーだけあって、ボビーの好物は肉だ。
 昨夜はフレアからもらった野菜の切れ端程度のものしか食ってなかったから、無理もないか。
 しかし、だ。
 うまそうに魚を頬張るボビーを喰ってしまおうと、水の壁からボビーの何倍もの巨体を持つ動物が飛び出してきたとなると話は別だ。
「ボビー、逃げろ!」
 とっさに反応したボビーは「ピキっ」とウサギ語(?)で悲鳴を上げながらも、間一髪でそいつの餌食になるのを免れていた。
「アリゲーターだ。こいつは群れを成してくるぞ」
 ソロモンが早くも弓に矢をつがえる。
 普通アリゲーターというとワニの事だが、オレ達の目の前にいるコイツは普通のワニとはかなり違う。
 身体は3メートルくらい、四足で這い回るその姿はごく普通のワニのようだが、頭部はどう見てもサメだろう!
 おまけに背びれや尾びれのようなものまである。
 陸上だけでなく、水中でもかなり高い運動能力を発揮しそうだ。
 この場の騒ぎを聞きつけたのか、水の壁から次々とアリゲーターが這い出て来る。
 目の前、そして後ろも。何匹ものアリゲーターが行く手を阻んでいた。
「突破するしかないわ」
「オウ」
 エイティとベアがアリゲーターの群れに突撃していく。
 弓では間に合わないと判断したのか、ソロモンまでが剣を抜いてアリゲーターに切り掛かる。
 フレアは後方でバマツの呪文を唱えて、少しでも防御力を上げている。
「ジェイク! 早く」
「分かってる」
 エイティがオレを呼ぶ。
 いくら腕が立つ前衛陣でも、こう敵の数が多くちゃ一匹ずつ武器で仕留めるのは時間が掛かり過ぎる。
 ここはオレの呪文で一掃するしかない。
「みんな、引け!」
 オレの合図と共に、エイティ達が散開する。
「マダルトー!」
 爬虫類のような変温動物は大概寒さに弱いと相場は決まっている。
 強烈な吹雪がアリゲーターどもを極寒地獄へと誘った。
「走れ!」
 ソロモンが叫んだ。
 前方にいたアリゲーターのほとんどは既に絶命しているものの、まだ息の残っているヤツもいる。
 ソロモン、ベア、エイティが生き残りに止めを刺しながら、オレ達は対岸への階段を駆け上がった。
 しかし、オレ達の後方から迫っていたアリゲーターは、鋭い牙をむき出しにしながらしつこく襲い掛かって来る。
「くっそー、一気に仕留めてやる」
 オレは階段の途中で振り返り、今度はラダルトを放った。
 マダルトよりも遥かに低温、なおかつ猛烈な氷の嵐が巻き起こる。
 アリゲーターの動きが止まったのを見届けると残りの階段を駆け上がった。
 既に堤防の上に達していたソロモンが剣を弓に持ち替えて、生き残りに矢を放つ。
 矢は確実にアリゲーターの急所を捕らえ絶命させていく。
「もう大丈夫だ。みんなよく戦ったな」
 ソロモンがこんなふうに他の人間を褒めるのを初めて聞いたような気がした。
 結構素直なところもあるんだな。
「ケガをしている人はいないかしら? まあ、エイティ、腕から血が」
「私は平気。自分で治療するから。それよりベアを」
「はい」
 フレアはアリゲーターに肩を噛まれて出血しているベアの治療に取り掛かった。
 その間、ベアがじっとフレアの顔を見つめている。
「何だドワーフよ、フレアに惚れたか? だが安心しろ。間違ってもドワーフにくれてやるようなマネは許さんからな」
「ば、バカを言うな。ワシはただ、さっきからこの娘の顔色がさえないような気がしていたからな」
「あらありがとうございます。でも私なら平気ですから」
 ベアの治療を終えたフレアがふっと微笑む。
 しかしその笑みは、どこか固くてぎこちなく見えた。
「全員無事なら先へ進もう。この先に川の水を止める装置がある」

 川を右手に見ながら、つまりは上流へ向かって堤防上を歩いていった。
 途中、いくつかの小部屋や枝道などもあったけど、ソロモンはそれらには一切目もくれずにひたすら目的地へ向かっているようだ。
 川の水を止める、とか言ってたけど、一体何をする気なのか・・・
 ソロモンはもちろん、フレアさえも何も話してくれない状態で、オレ達は黙々と歩き続けた。
 やがて、川が右に折れているのにしたがって、堤防も右に伸びている。
 そこを曲がったところで突然、目の前の闇がうごめいた。
「我々はガーディアン、この地を治める者。貴様らに水の流れを絶つ事は許されん。
 即刻立ち去れ!」
 低く厳かな声が警告を発すると、影のような黒衣の集団が、オレ達の前に立ちはだかった。
 前衛に三人、後衛が二人。
 前衛は、装備などから全員戦士だろう。
 右手に剣、左手に盾を構えている。
 後衛の一人はおそらく僧侶だ。もう一人は魔法使いか。
 体格からすると全員人間かエルフだろう。
 エルフなら耳が尖っているはずだが、戦士達はフルフェイスのヘルメット、僧侶と魔法使いはローブを目深に被っている為に顔はもちろん、耳の形状なんて確認出来ない。
 戦士二人と僧侶は男だが、もう一人の戦士と魔法使いは女だな。
 一団の装備は黒を基調としたもので統一されていたから、まるで闇が動いたような錯覚を受けたのだろう。
「何がガーディアンですか! あなた方にこの地の守護を命じた覚えはありません」
 先頭まで走り出たフレアが憤っている。
「まさか、神殿に住み着いた盗賊集団ってこいつらの事?」
 相手を敵と判断したエイティ、既にスピアを構え戦闘態勢に入っていた。
「倒したほうが良いんだろうな?」
「無論だ」
 ベアとソロモンが短く言葉を交わしたのを合図に、黒衣のパーティとの戦いが始まった。
 
 敵が冒険者と同じようなパーティを組んでいた場合、もっとも注意が必要なのは後衛にいる奴ら、中でも魔法使いだ。
 前衛の連中が盾となって相手の攻撃を防いでいる間に魔法使いは強力な呪文を唱えてくる。
 まあそれはオレにも言える話だ。
 オレだってベアやエイティが前衛で身体を張ってくれているおかげで、後ろから呪文を唱える事が出来るのだ。
 魔法使いが繰りだす呪文は一瞬にして敵パーティを壊滅させるだけの破壊力を持っている。
 いかに相手の魔法使いを封じるかが勝負の分かれ目だ。
「魔法使いを倒せ!」
 ベアとエイティが敵戦士と肉弾戦を繰り広げる中、ソロモンが弓で敵の魔法使いに矢を放った。
 フレアは敵の呪文を封じるべくモンティノを唱える。
 それがうまく効いて、敵の僧侶が呪文を封じられたようだ。
 ソロモンの矢を受けながらも敵魔法使いは呪文の詠唱を続けている。
 相手の呪文はおそらくラハリトだ。
 しかし遅い。
 敵魔法使いが呪文の詠唱を終えるより早く、ラハリトよりもニ段階高位の呪文・ラダルトがオレの手から放たれた。
 言うまでもないけど、高位の呪文の方が詠唱も長くて複雑だ。
 敵の魔法使いよりも二段階高位の呪文をより早く完成させたオレの魔法使いとしての腕はなかなかのものだろ?
 対アリゲーターに続いて再び吹き荒れる氷の嵐。
 それに耐え切れなくなった僧侶と魔法使いが次々にひざまづいていく。
「止めだ」
 辛うじて立っている戦士達に、ソロモンが剣を抜いて飛び掛った。
 ソロモンの剣を受けた黒衣の戦士は、一人、二人と川に突き落とされていく。
 川の流れは比較的早くて、落とされた戦士はあっという間にその濁流に飲み込まれていった。
「よし、私も」
 それを真似たエイティまでも戦士を川へ弾き飛ばしていた。
「お前も、お前もだ」
 更にソロモンは追撃の手を緩めず、虫の息だった僧侶と魔法使いまで川に突き落としてしまった。
「おいおい、やり過ぎじゃねえか?」
「この地の守護者を騙った報いだ。そうだろう、フレア」
 無言のままフレアが頷くのを見届けると、ソロモンは何事も無かったかのように剣を収めた。

 黒衣の一団を倒した先は突き当たりになっていて、そこを左に折れると扉があった。
 この先にはもう道は無い。どうやらここが取りあえずの目的地らしい。
 ソロモンが扉を開ける。
 と、部屋の奥に置かれた奇妙な機械が目に止まった。
「何だ、これは?」
 それは正に「奇妙な」という形容詞がピッタリだろうと言わんばかりの代物だった。
 あちらこちらにピストンやシリンダーがあって、どうやら蒸気機関だろうとは想像が付く。
 おかしいのはその形態だ。
 何故機械のカバーが人の顔の形をしていなければならないんだ?
 このデカイお面に一体どんな意味があるのか。
 まったく、この機械を作った人間のセンスを疑いたくなってしまう。
 しかし、そんな事には全く意に介さない様子のエルフの兄妹は、真剣な顔でこの珍妙な機械を見つめている。
「フレア、本当にやるつもりか?」
 緑の瞳で妹に問いかける兄。
「ここに来るまで随分迷ったけど・・・兄さん、私決めたわ」
 同じく緑の瞳で兄に答える妹。
 オレには兄貴も妹もいないから、この時エルフの兄妹の間でどんな意思の疎通が行われたかはよく分からない。
 表情から迷いが消えて何かを決心した様子のフレアに力強く頷くソロモンだった。
 ところで、フレアは何を決めたんだって?
 オレ達には説明も相談も無いままエルフの兄妹の間で事が決まっていくのはどうも面白くない。
 エイティも不安顔だし、ベアに至っては不安が不信になって顔に出ている。
 そんなオレ達に構う事無く、フレアが決意に満ちた表情で機械の脇に付いたレバーをゆっくりと手前に引いた。

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