ジェイク3

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 オレ達を乗せた魔方陣は、ゆっくりと左回りに回りながら、静かに下降していった。
「フレアの魔力で操っているのか?」
「ふふ、本当に魔法使い君は好奇心旺盛ですね」
 フレアは魔天球に手をかざしたまま、オレと目を合わせないようにしながら話を続けた。
「でもまさか。いくら何でも私にそこまでの魔力はありません。この昇降機に関しても、例によって仕組みは分かっていません。私はただこの神殿にある仕掛けを発動させているだけなんです」
「どうしてこの神殿についてそこまで詳しいんだ?」
「そうですね・・・それではその秘密について、この後すぐにご案内しましょう」
 懸命に取り繕ってはいたけど、心なしかフレアの顔からは今までの笑顔が消えているように思えた。
 この女、一体何を考えているんだ?
「ねえ、あれを見て」
 ふいにエイティが魔方陣の端から下の方を指して言った。
「あれは・・・」
 まずオレの目に飛び込んできたのは、蓮の台座に祭られたモノリスの石像だった。
 その石像を上から見下ろしているのだ。
 そして魔方陣が回転するにつれて、さっきまでいた祭壇の様子が確認出来た。
 魔方陣はゆっくりと下降し続け、ゆっくりと祭壇に吸い込まれていった。
 なおも沈み続ける魔方陣は、そのまま祭壇を通過、そして・・・
「着きました。ここが神殿の地下です」
 地下の一室に降りた魔方陣は、まるで何事も無かったかのようにピタリと動かず、ただその場にあった。
 そこは先程の星の広間と同じくらいの広さの部屋だった。
 しかし、星の広間がホログラフィのせいとはいえ無限に広がる夜空のように感じたのに対して、ここは四方を壁に遮られた、単なる閉鎖空間でしかなかった。
 四方の中の一つの壁いっぱいに、巨大な壁画が描かれている。
「この壁画、何が描かれているのかしら?」
「この神殿に祭られた神が描いていると云われています」
 絵について言葉で説明するのは難しいが、この壁画は丸や直線、曲線などを組み合わせただけの、いかにも原始人が描きましたといったような作風だといえば少しは想像してもらえるだろうか。
 フレアが「神」と言ったのは中央に描かれているこの人型だろうし、背後に描かれているのは太陽と月か?
「ここに何か書いてある。けど・・・読めないなコレ」
 オレは壁画のすみに書かれてある文字を見つけた。しかしその文字はオレが初めて見るもので、もちろんそんなものがオレに読めるはずはない。
「それは古代文字です。読んでみましょう。『太陽と月を一つにせし者、眠れる神を呼び覚ます』」
「どういう意味?」
「分かりません」
 フレアは静かに首を振った。
「太陽と月を一つに、か・・・」
 その時オレの中で、一つのキーワードが浮かび上がった。
「皆既日食・・・」
 そうだよ。皆既日食は、太陽と月がピッタリ一つに重なって起こる天文現象だ。
 正にこの言葉の通りじゃないか。
「そっかー、皆既日食ね。それじゃあ後半の『眠れる神』って?」
「そこまで知るかよ」
「ひょっとしたら、この神殿の神様だったりして」
「そこの落書きみたいなのが起き出すのか?」
「落書きなんて言ってると神様のバチが当たるわよ」
「当たるか、そんなの」
 オレとエイティは、この壁画の謎解きに夢中になっていた。
 そこへ、
「おい、早く行くぞ」
 ソロモンが少しイラついた口調でオレ達の謎解きを遮ると、スタスタと一人歩き始めた。
「あっ、今行きます。ほら、ジェイクも」
「ああ」
 返事をしてから、もう一度だけ壁画を見上げた
「太陽と月、か」
 
 魔方陣が降りた部屋を出ると、目の前には階段、左右には通路が延びていた。
 何だか神殿に入った所と似たような造りだな。
 ここは地下だけあって、通路の先は10メートル程しか見通せない。
「明るくしておきましょう」
 フレアがロミルワの呪文を唱えると、オレ達の周囲が明るくなっただけじゃなく、通路の先まで見通しが効くようになった。
「防御力も上げておきましょうか」
 次いでフレアが唱えたのは、パーティの守備力を高めるマポーフィックの呪文だ。
 これを唱えておけば、空気の盾が敵の物理攻撃を阻んでくれる。
 準備が出来たところで出発だ。
「兄さん、まずあそこへ」
「ああ」
 エルフの兄妹の間で簡単な打ち合わせが済むと、ソロモンは左の通路を進んだ。
 オレも冒険者だから今までにもいくつか地下迷宮を探索している。
 地下を歩くのは地上を歩くのとずいぶん感覚が違ってくるものだ。
 地上なら「わずか100メートル」の距離も、地下なら「遥か100メートル」になるのだ。
 それを差し引いても、この地下部分は地上の神殿よりも大きいと、オレの勘が告げていた。
 迷宮の広さ大きさを把握するのは、実はとても重要なんだ。
 マップの作成やマロールでの移動、イザという時の最短ルートでの脱出など、迷宮の大きさを知る事が即生きて地上へ戻る事に繋がっていく。
 と、考え事をしている間に目の前に扉が見えた。どうやら目的地に着いたようだ。
「さあジェイク、ここに君の質問の答えが待っているわ」
 フレアが扉を開けた。

 その部屋には、たくさんの書棚が並べられてあった。
 床から天井まで届くような大きな書棚だ、それが何列も。
 書棚にはぎっしりと本が詰め込まれてあって、もう長い間手を付けられていないだろうと思われる本がほとんどだ。
 書棚に入りきらなかった本が未整理のまま、雑然と山のように積まれてあったりもした。
 下手に触ればたちまち本の雪崩に巻き込まれるだろう事は容易に想像出来るな。
 古い書庫特有の、紙がかびてすえたような匂いが充満している。
 オレにとってはどこか懐かしい匂いだった。
「これらの書物が、私達にありとあらゆる知識を与えてくれました。
 天文学、神学、歴史、地学、伝説、民話、気象学、物理、科学、医学、生物学、魔術に占星術・・・あとは何があったかしら」
 フレアは適当に一冊本を引き抜くと、パラパラとページをめくっていった。
 オレもつられて本を一冊引き抜いた。
 どうやら医学に関するものだったらしい。あまり関心の無い分野だな。
「しかし残念ながら、古代文字や他国の言葉で書かれている書物も多数あります。実際に解読出来たのは、この書庫の中のごく一部でしかないのですよ」
「ごく一部でそれだけの知識を得られたのか。大したもんだな」
 オレは改めて書棚に並んだ本の背表紙に目を走らせた。
 その中には、魔法使いに関するものも多く並んでいる。後でニ、三冊くらい借りていこうか。
「そうそう、失われた古代魔術や禁呪に関するものもあったはずです。どれだったかしら」
 フレアも本の背表紙の列に指を走らせている。
「禁呪? マハマンならとっくに習得済みだよ」
 マハマン、それは唱えた者のレベルと引き換えに神の恩恵を授かる呪文だ。
 もちろんそんな呪文使った試しは無い。
「いえそうじゃなくて・・・何だったかしら?」
「古代魔術ねえ。んっ? 確かどこかで・・・」
 オレは古い記憶の糸をたぐっていった。
 古代魔術、失われた呪文・・・
 そうだ、ベインだ。
 オレがまだガキの頃、ベインの奴が失われた秘術をマスターしたとか何とか自慢してたな。
 あれは何だったっけ・・・
 確か、アズ・・・とかハブ・・・とか言ってたような。
 どっちにしろ酔っ払い戯言だってろくに耳をかさなかったけどな。
 と、オレが記憶の海を漂っていると
「ねーえ、もういいでしょ。早く次に行きましょうよ」
「ウム、ワシもこういう場所は落ち着かん」
 すっかり飽きた様子のエイティとベアがオレ達をせかしてきた。
 ハッキリ言ってここで盛り上がっていたのはオレとフレアだけだった。
 あとのメンバーは特に本を取るでもなく暇を持て余していたのだ。
「ああ、今行く。フレア、今度何冊か貸してくれよ」
「ええ。どれでも好きなのをどうぞ」
 オレ達は書庫を後にした。

 来た道を引き返して昇降機の部屋の扉の前まで戻った。
「上へ行くぞ」
 ソロモンが、特にフレアに確認するでもなく階段を上って行く。
「水の音がするわね」
「うむ」
 エイティの言うとおり、階段の向うから、水の流れる音が聞こえてくる。
 階段を上りきると、そこはまるで大掛かりな土木工事で築かれた堤防のようになっていて、目の前には川が流れていた。
 川幅は10〜15メートル程、右から左へ流れていて深さもかなりありそうだ。
「水を止めねばならんな。まずは向うへ渡るか」
「そうね」
 エルフの兄妹の間で交わされる打ち合わせ。しかしそれに「?」と首をかしげる。
「おい、水を『止める為に』向うへ渡るのか? 逆だろ。水を『止めてから』向うへ渡るんじゃねえのかよ」
 だってそうだろ? 辺りを見渡してもここらには橋も船も、向こう岸へ渡れるようなものは何も無いんだ。
 自慢じゃねえけどオレは泳げないからな、泳いで渡れってのは勘弁して欲しいぜ。
「道が無いなら道を造ればいいだけの話だ」
 ソロモンが再び太陽の石板を取り出すと、足元にあった四角い穴にそれを当てはめた。
 するとどうだ。
「み、水が割れていく・・・」
「ウソみたい」
 この神殿の数々の仕掛けにはもういい加減慣れたと思っていたけど、まさかこんな事が起こるなんてな。
 オレ達の目の前の水がきっちりそこだけ分かれて階段が顔を覗かせている。
 その先には、すっかり水が退いた川底が見える。
「これで向うへ渡れるだろ」
 ソロモンは悠々と階段を下り、川底だった場所へ向かった。

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