ジェイク3

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 散々な目に遭いながら開けた扉を重い足取りで抜けて、更に奥の扉を開けるとその向うには既にソロモン達が待っていた。
「何だ、そのさえないツラは? まさかただスイッチを押すだけの簡単な任務をしくじるところだったんじゃないだろうな」
「フン」
 さすがのベアも今回ばかりは言い返す気力も無いらしい。
 ソロモンに一瞥をくれただけですぐに視線をそらしてしまった。
「ご苦労様でした」
 フレアが抱いていたボビーをエイティに手渡す。
「あーん、ボビー、逢いたかったわ〜」
 エイティがボビーを抱きしめ、頬をすりすりしながら泣き出すと、当のボビーは「何があったの?」といった様子で困惑顔だ。
「フレア、これ」
「あ、はい。皆さんどうかしました?」
「いや、別に・・・」
 オレもそれ以上の言葉も無く、重々しい手つきで砂時計をフレアに返した。
 とにかく疲れた。その一言しかない。
「えーと・・・せっかくここまで来たんですから、とにかく先へ進みましょう。この先はちょっと素敵な場所ですよ」
 どよっとなってしまった雰囲気を変えるべく、フレアが妙に明るい口調で言った。
「素敵な場所? 何があるのかしら」
「それは行ってみてのお楽しみです。さあ行きましょう」
 フレアはにっこりと微笑むとオレ達の背中を優しく押して階段へと促してくれた。
 それでエイティもベアも、そしてオレもやる気を復活させて歩き出すんだから、フレアってのはまるで太陽のような女だよな。

 階段を上がるとちょっとした広間があって、その奥には扉が一つ。
「さあここです。どうぞ」
 その部屋に入ったオレ達は、マジで一瞬言葉を失った。
「こ、これは」
「素敵・・・」
「ああ、なかなかだな」
 結局出てきたのはそんな間抜けな感嘆の言葉だけだった。
 そこには美しくきらめく星空があった。
 別に絵でもなんでもない、本物と見まがうばかりの無数の星々が、オレ達の頭上一面に浮かんでいる。
 時刻はまだ昼間のはずだから、これはきっと人工に造られたものだろう。
 そうと分かっていても、これは本物の夜空にしか見えない。
 青い星、白い星、赤い星。
 時には夜空に一直線を描いて流れていく星まで見えた。
「どうですか?」
 フレアが、ちょっと誇らしげに笑ってみせた。
「ハイ、素敵です。こんなところがあったんですね」
 エイティはまだ天井を見上げたままだ。
「でもさ、これって人工的なものだろ。どんな仕掛けになってるんだ? やっぱり魔法か何かかな」
「もう、ジェイク! そんな事言ったらムードぶち壊しじゃない」
 ロマンチックなムードとやらに水を注されてむくれるエイティ。
 でもムードとかそんなものは、オレには全く関係ないって。
「さすがに魔法使い君は好奇心が旺盛ですね。あなたの質問の答えはこれよ」
 フレアが示してくれたのは、人の頭くらいの青白い球体だった。
 それが、オレの胸元の高さに浮かんでいる。
 球体は、天井から吊るされるでも、台の上に乗せられているでもなかった。
 もちろん人の手が触れてもいない。
 ただ、浮いているのだ。
 よく見ると、この部屋の床の中心部には、祭壇にあったものと大きさも紋様も全く同じ魔方陣が描かれてあった。
 球体はその中心に浮かんで、ある。
「これは魔天球といいます。この部屋の星達は、この魔天球から映し出されています。ホログラフィ、立体映像と言えば分かりやすいかしら」
「へぇ、これもエルフの秘術ってやつ?」
「いいえ。恥ずかしながら私にも、これがどんな仕組みなのかまでは分かりません。エイティ、ちょっとこっちへ」
 フレアはエイティを手招きで呼んだ。
「ここに手をかざしてみて。直接触れないように気を付けて。そう、そのまま」
 フレアの支持どおりにエイティが魔天球に手をかざす。
 しばらくすると・・・
「あっ、星の配置が変わったわ」
「本当だ」
 明らかにさっきまでと星の配列が変化している。
「分かりましたか。今映し出されているのは、エイティが生まれた場所、生まれた瞬間の星の様子です」
「これが・・・私が生まれた時の星空」
 エイティはもちろん、オレもオッサンもただただ天井を見上げるばかりだ。
 一方、ソロモンはもう見飽きているのか別に興味も無さそうだし、ボビーにとっては興味以前の問題だろう。
「でも・・・」
 しばらく星空を見上げていたエイティがふいに口を開いた。
「私が生まれたのは昼間だって母から聞いてます。昼間は星はありませんよ」
「エイティ、昼間でも星はあるんですよ。ただ太陽の光が強過ぎて見えないだけ。
ホラ、あの少し赤くて大きな星、あれが太陽の位置を表しているの。あっちのあの青いのは月を表しています」
 なるほど、太陽そのものを再現すると、やっぱり星が見えなくなる。だから明るさを抑えて位置だけを表しているのか。
 その太陽はやや西方にある。エイティが生まれたのは昼過ぎ頃って訳だな。
「これもどんな仕掛けになっているのかは分かりません。主な目的はやっぱり占いですね」
「星占いですね」
「ええ。その人の運勢は星が示している。生まれた時の星の配置を知る事で、より詳しく占おうと昔の人は考えたようですね」
「運勢は星が示す、か」
 そのまましばらく星空を見つめていたエイティだった・・・が、その顔がにやぁと歪んだ。
 ヤバイ、こいつがこんな顔をする時は何か良くない事を思いついた時だ。
 以前もこの顔を見たような気がする。
 そうだよ、あれは夏の船の上、オレが女装をするハメになった時もエイティはこんな顔をしていたはずだ。
「ベア、ジェイクを取り押さえて」
 やっぱりだ。取り押さえろって何だよ!
「フム、なるほど」
 ベアも納得してんじゃねえ。
「オレを捕まえてどうする気だ?」
「別に。ただちょっと君が生まれた時の星空なんかも見てみたいなぁと思って。ついでにフレアに占いでもしてもらったら?」
「占いはダメだって言っただろー」
 オレは逃げを決め込んだ。
 しかし・・・
「手間を掛けさせるな」
 何故だ? さっきまで無関心だったはずのソロモンがオレの手をつかんでいる。
「よーしよくやったエルフよ」
「ふっ、ドワーフに褒められるとはな」
 ベアとソロモンが、オレという獲物を間にガッチリと握手を交わしている。
 お前らさっきまでケンカしてたはずだろ! こんな事で和解するなよ。
 右腕をベア、そして左腕をソロモンにがっしりと押さえ付けられ、オレは全く抵抗出来ない状態になっていた。
「さあ二人とも、ジェイクをこっちに」
「ああ」
「覚悟を決めろ」
 すっかり悪乗りした三人に弄ばれるオレだった。
「おいボビー、助けてくれ」
「ボビー、いい子だからおとなしくしててね」
 コクコクと頷くボビー。
 ボビーがオレよりもエイティの言う事を優先して聞くのは言うまでもない。
 どうやらウサ公に助けを求めるは無駄のようだ。
「フレア、助けて」
「あら、私もちょっと見てみたいんですけど」
 最後の頼みのフレアまで・・・
「さあジェイク、手をかして」
 エイティがオレの右手を掴んで魔天球へ近付けた。
 オレは最後の抵抗とばかりにコブシをぎゅーっと握り締める。
「しょうがないなあ。フレア、ここお願い」
 エイティはオレの手をフレアに預けると・・・
「コチョコチョコチョー」
 オレの脇の下をくすぐりやがった。
「わー! やめろ、エイティ」
 コブシに込めていた力が抜けてしまう。
 そのスキを逃さずエイティがオレの指を広げて、ついに魔天球に手のひらをかざしてしまった。
「やったぁ。さーて、どんな星空が出るのかしらね。フレア、しっかり占ってあげてよ」
「はい、楽しみですね」
 大人四人にがんじがらめにされたまま身動き出来ないオレ、もう勝手にしてくれ。
 やがて星空が新しいものに切り替わる。
「おお」
 一同どよめく中・・・
「これは、まさか」
 フレアだけが少し狼狽したような顔で星空の一点を見上げていた。
「どうかした?」
「え、ええ。ちょっと待って」
 フレアは魔天球に手をかざしたり星空を見上げたりとせわしなくしている。
 そして
「あそこ、太陽と月がぴったり重なっているでしょ」
「あ、本当だ」
 確かに。フレアが指した先には、太陽を表す赤い星と月を表す青い星が、寸分の狂いも無くピタリと重なっている。
「あれって、ひょっとして・・・」
「そう、皆既日食です。つまり、ジェイクが生まれた瞬間にその土地では皆既日食が起こっていたんですね」
 皆既日食、それは地球上のある場所から見て、月と太陽がすっぽりと重なってしまい、太陽が隠れて全く見えなくなる天文現象だ。
「オレが、生まれた瞬間に・・・皆既日食?」
「はい」
 フレアの声は心なしか震えているように思えた。
「それって良くないの?」
「あ、えーと・・・別に。それほどでもないです。ただ珍しいなと思って驚いただけです。ジェイクの運勢ですよね。うん、大丈夫ですよ。きっと幸せな人生を送れるはずです」
 嘘だ。おれの直感がそう告げていた。
 何かある。
 このフレアの慌てぶりはきっと何かあるはずだけど、今フレアを問い詰めたところで何も教えてはくれないだろう。
 オレ達は気まずい雰囲気のまま、しかし誰も口を開けないでいた。

 やがて
「フレア、ここはもういいだろう。先へ進むか」
「そうね、兄さん」
 ソロモンがそう切り出した。
「まだ何かあるの?」
「ええ。実はここからこの神殿の地下へ行けるんです。冒険者の皆さんには地上の神殿よりも地下に広がる迷宮の方がお好みかも知れませんね」
「地下迷宮?」
 オレ達の反応にフレアは少しはにかみながら、魔天球に手をかざして短い呪文を唱えた。
 すると、オレ達を乗せた魔方陣が音も無く下へ移動し始めたんだ。
「この魔方陣は昇降機になっています。このまま地下まで案内しますね」
 この時オレは気付いていなかったんだ。
 それまで太陽のような温かい微笑みを見せていたフレアの顔に、一瞬だけ浮かんだ月のような冷たい笑みに。

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