ジェイク3

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 神殿二階の外周部からは、下へ降りる階段が四つ設けられてあった。
 東側に二つ、そして西側にも二つ。
 それぞれ南北に向かい合わせになっている。
 更には3階へ上がる階段も南北に一つずつあるのだが、それらは無視して、ソロモンは1階へ下りていった。
 どの階段から下りても結局は同じ場所に出られるらしい。
 この建物はあくまで神殿だからな、地下迷宮なんかとは根本的に造りが違うのだろう。
 迷う心配が無くてありがたいけどな。
 このフロアでも、何度か魔物と出くわした。
 さっきのウティウのような獣、ドラゴンフライに代表される虫、更にはオークにコボルトまで。
 どんな神様がこの神殿に祭られているのか知らないけど、ここにこれほどモンスターが棲み付いているとなるとありがたみも薄れるよな。
「昔はもっときちんと管理がなされていたんですけど・・・この森に棲むエルフの数が減るにつれて神殿も次第に荒れていったんです」
 フレアの説明を聞くまでもないだろう。
 ソロモンとフレアのエルフの兄妹二人だけでは、これだけの神殿を管理するのは難しいのは容易に想像出来る。
 まっ、モンスターそのものはほとんどがザコだからな、わざわざオレが呪文を使う場面なんてほとんど無かった。
 ソロモンの弓矢の腕前はかなりのものだったし、ベアもエイティも愛用の得物を振り回して暴れている。
 ボビーだってオークの首を噛み切って仕留めてみせたくらいだ。
 この調子なら、オレ達が神殿を一回りする頃には、あらかたモンスターが片付くかも知れないよな。

「ここが祭壇だ」
 ソロモンが一つの扉の前で立ち止まった。
 その扉には、羊か山羊の顔を模した装飾がほどこされてあった。
 いや・・・
 オレにはそれが、地下迷宮で時々見かけるレッサーデーモンの顔にも見えるんだけど・・・それは考えすぎか。
 扉は、それまで入れなかった神殿中央部へと続いているように思えた。
 ソロモンが後ろを振り返りフレアと目線を交わすと二人で頷き合う。
 特に言葉を発する事も無く、ソロモンがゆっくりと扉を押し開けた。

「うわー」
「へぇー」
 オレとエイティが間抜けな声を上げていた。
 そこは二階、いや三階までぶち抜きのホールのような広間だった。
 祭壇といってもチャチなものを想像していたけどとんでもない。
 ちょっとした小山のように、この神殿の二階部分まで届いているんじゃないかと思える程に高く石が組まれてある。
 階段が三つ、南、東、西にそれぞれ設置されているがどれも手すりが無くて、うっかり足を滑らせでもしたらちょっと危険かもな。
「ここがこの神殿の心臓部でもある祭壇です。ここで古の神を祭る祭事を執り行うのが巫女である私の務めなんですよ」
 フレアは慣れた足取りで祭壇の階段を上り始めた。
 オレ達もこわごわ後に続く。
 祭壇の頂上とも言える部分はちょっとしたスペースになっていた。
 中央には魔方陣が描かれ、全体的には十字型。
 正面には蓮の葉を模したような台座の上に、女性を象ったモノリス(一枚岩から削り出された石像だな)が祭られてある。
 どうして女性と分かるかというと、胸が膨らんでいるからだ。
 それが無かったら男か女かも分からないような、そんな素朴な像だ。
 古来、「女性は太陽だった」と云われた時代がある。
 遠い国では、「陽の巫女」と呼ばれる女王が魔術をもって国を治めたとも云われている。
 この地でも権力を持った女が神として祭られた、そんな歴史があったのかも知れない。
 そういえば、このエルフの兄妹にしてもそうだ。
 祭事を司るのは全て妹のフレアの仕事で、兄の方はどうやらその護衛といった役回りのようだ。
 いつもいつも兄が妹の指示で動いているのは、そんな背景があるのかも知れない。

 祭壇を見学した後は再び二階へ戻った。一番最初に上って来た階段から更に目の前の階段を上って三階へ。
「この階には別に案内するようなものは無いからな。さっさと四階へ行く。フレア、構わないな?」
「ハイ」
「さっさと案内せんか」
「分かってる。だが上へ行くには少し厄介な仕掛けを解除する必要がある」
「面倒ごとはゴメンだぞ」
「それほどでもない。これだ」
 ベアを軽くあしらったソロモンの目の前には、奇妙な顔型の彫像があった。
「この額の部分だ。ここにスイッチがあるだろう。そして、階段を挟んで反対側の通路の同じ位置にもこれと同じ彫像がある。
 このスイッチを同じタイミングで押さないと、あの扉が開かないのだ」
 ソロモンのすぐ脇には扉が一つ。
 なるほど、ガチャガチャとノブを回してみても開かないようだ。
「あの扉の向うに上への階段があるのね」
「ああ。扉をくぐったらその部屋の奥の扉の先だ」
「でもよ、どうやって同じタイミングでスイッチを押すんだよ?」
 階段からここまでは約20メートル程だから、その反対側同じ位置にある彫像まではざっと40メートル程という事になる。
 声を掛け合って「イチ、ニー、サン!」で出来ない事もないけど・・・
「これを使うのよ」
 フレアが差し出したのは小さな砂時計だった。それが二つ。
「これを同時に引っくり返すの。砂が落ちきるまでちょうど3分。そのタイミングでスイッチを押せばバッチリでしょ」
「なるほどね」
「問題は、誰が向こう側のスイッチを押しに行くかだ。やはりこの神殿に慣れたオレとフレアで行くか。グズなドワーフには任せられんからな」
「イヤ、ワシらが行く。いい加減貴様のケツの後を付いて歩くのにうんざりしていたところだ」
 お互いの身長差の関係もあって、ソロモンは上から見下すように、ベアは下から噛み付かんばかりに睨みあっている。
 面倒だからこっちでサッサと話を進めてしまおう。
「分かった。オレ達が行って来るよ。良いだろ、エイティ?」
「ええ。私達に任せて。ボビーはここで待っててね」
 コクコクと無言で頷くボビー。エイティの言いつけを守って、あくまで普通のウサギを演じてくれている。
 でもしっかり魔物の首を噛み切ったりしてるし、もう手遅れかもな。
「それじゃあ、これ」
 フレアが差し出す砂時計を受け取った。
 これを持つのはオレの役目だ。どうせ手ぶらだしな。
「おいオッサン、いつまで睨みあってんだ。もう行くぞ。せーのーで」
 フレアと同時に砂時計を逆さに引っくり返して歩き始める。
 時間は3分もあるんだ。のんびり行っても余裕だろう。

「ねえベア、あんまりソロモンとケンカしないでよ」
「分かっとるんだが、向うがイチイチ突っかかってくるからな」
「もうちょっと大人だと思ってたけど・・・」
 エルフの兄妹から離れたところで、今度はエイティとベアの間で始まった。
 ったく、忙しい連中だぜ。
 まあ、そんな言い合いをしていられるのも、この神殿に出て来るモンスターが大した強さじゃないって分かっているからだけどな。
 余裕ってやつだ。
 例えここでモンスターの一匹や二匹出て来たところで簡単に片付けられるだろうし、ましてやスイッチを押すタイミングを逸するようなヘマは・・・
「ねえ、あれ何?」
 おっと、言ってるそばからモンスターか? エイティが指す方へ注視する。
 そこにはフワフワとピンクのほこりのようなものが浮いていた。
 それも一つや二つじゃない。
 無数の綿ぼこりが濃い霧のように視界を遮り、オレ達の行く手を阻んでいる。
「これってファズボールか」
 噂には聞いていたけど見るのは初めてだ。
 まっ、ファズボール相手に死んだ、なんて話は聞いた事無いから平気だろ。
「何じゃこんなもの」
 ベアがバトルアックスでそれを払う。
 しかし、ファズボールはあっという間に元に戻ってしまった。
「邪魔ねー、もう」
 うっとうしそうにエイティがスピアを振るう。
 しかしいくらエイティがスピアを振り回しても、ただファズボールの群れをかき回すだけでまったく意味が無い。
「ジェイク、面倒だから呪文で始末して」
「ああ」
 最初からこうすれば良かったんだ。相手がどれくらいの体力か分からないけど、とりあえずメリトを唱えてみた。
 威力はハリトなみでしかないが、効果範囲はその数倍だ。あんなほこりくらい、これで何とかなるだろう・・・
 と思っていたけど、甘かった。
 呪文の炎はファズボールに当たる前にかき消されてしまったのだ。
「ウソだろ? 呪文無効化だと〜」
 呪文無効化といえば、上級悪魔などが持っている防御能力だ。
 こんな見るからに下等で原始的なモンスターがそんな能力を備えているなんて。
 オレ達魔法使いにとってはこんなに屈辱的な事は無い。
 正に事件だ。青天の霹靂だ。
 これはきっと悪夢に違いない。
「コノー!」
 頭に来たオレは続けざまにマハリトを放った。
 しかしそれもあえなく無効化されてしまう。
「ジェイク、呪文の無駄打ちは止めなさい。でも困ったわね、払っても払いきれない。呪文でも始末できない・・・」
 困惑するエイティ。
「オイ、砂時計、もう残り少ないぞ」
 ファズボールに気を取られて忘れていた。見れば砂時計の上部にはあと一握り程度の砂しか残っていない。
「何だと? ここでしくじったらあのエルフに何と言って笑われるか。そんな事になったら我々一族の末代までの恥じだ。ここは強行突破しかない!」
 うぉりゃあーと掛け声を残してファズボールの群れに飛び込むベア。
「仕方ない、続きましょう」
「ああ」
 エイティとオレもベアに続いて突撃を開始した。
「うおー!」
「きゃあ」
「何だよ、これ」
 三者三様の悲鳴や怒号を発しながら、ようやくファズボールの群れを抜けると目の前にさっきの彫像と同じものがあった。
「ボウズ、時間は?」
「もう少し。サン、ニー、イチ、ダメだ間に合わない!」
 彫像まであと数歩のところでタイムアップかと思われたその時、
 カチッ!
 エイティが突き出したスピアの先端が、彫像のスイッチを押していた。
「間に合ったの?」
 三人の視線がすぐ隣の扉に集まる。
 間も無くして・・・
 キィ、と音を立てて、扉が開いた。
「何とか間に合ったみてえだな」
「ウム、恥をかかずに済んだわい」
「ギリギリだったわね」
 三人でホッと溜息をつく。何だか無性に疲れたよ。

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