ジェイク3

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 フレアに案内されてしばらく行くと、急に森が途切れて目の前に大きな湖が広がっていた。
 秋の夕暮れは早い。
 傾きかけた本物の太陽と湖面に反射して映し出された幻影の太陽、二つの太陽が競うように赤く輝いている。
「さあどうぞ。狭い家ですけど」
 それは丸太で組まれた簡素な造りの家だった。
「エルフでも樹を切るんだな」
 ベアがやや皮肉を込めて言う。
「もちろんです。ですが私達は必要最低限しか樹を切りません。そしてその切り株には必ず新しい木の枝を接木しておくんですよ。
 樹を切る前には舞を舞って樹に宿る精霊達に許しを得たりもするんです」
「舞ですか」
「ええ。私はこれでも神殿の神に仕える巫女なんですよ。ホラあれが神殿です。あそこには古くからの神が祭られていると云われています」
 フレアが指した方を見ると、湖の畔のそう遠くない所に石造りの神殿が見えた。
「宜しければ明日にでも神殿の中をご案内しましょうか」
「いいんですか? 是非お願いします」
 すっかり打ち解けた様子のフレアとエイティの間でどんどん話が進んでいく。
 まっ、目指す神殿に案内してくれるってんだから、悪い話でもないよな。

 家の扉を開けるとすぐそこは台所を兼ねたリビングになっていた。
 まずフレアが慣れた手つきでランプに灯りをともして回った。
 かまど、テーブルに丸太の椅子、それに小さな造りの棚などがランプの灯りに照らされて浮かび上がる。
 リビングの奥から廊下が伸びていて、その向かって左側に部屋の扉が二つ並んで見える。
 それぞれが兄妹の寝室なのだそうだ。
 トイレは裏口から出たところにある小屋の中、風呂は無し。
 身体を洗いたくなったら、近くの川やすぐそこの湖で水浴びをするとフレアは教えてくれた。
 両親はすでに他界しているそうだ。親がいないのはオレと同じか。
 小さいながらも兄妹二人で住むには十分な家だろう。
「この辺りには他に住んでいる人はいないんですか?」
 エイティが聞くと
「昔は多くのエルフが棲んでいたんですけど・・・今はみんな都会へ出てしまって。残っているのは私と兄さんだけなんです」
 フレアは少し悲しそうに答えてくれた。
「それじゃあ夕飯の支度を始めます。皆さんはどうぞ椅子にでも腰を下ろして」
「あっ、手伝います」
「そうですか。それではお願いします」
 フレアとエイティが夕飯の支度に取り掛かる。
 自慢じゃねえけどオレは料理なんてものはからきしダメなんだ。
 オレを育ててくれたベインが『料理などは女のする仕事だ』とうるさかったからだ。
 偏屈と言うか頑固と言うか、とにかくひどいジジイだったぜ。
 今にして思えば、どうしてあそこまでうるさく言われたのかと首を捻りたくなる。
 男だって料理ぐらいはするだろう? ましてやオレ達は冒険者だ。
 旅先で仕入れた食料を自分達で料理して食べる事だってあるだろうに。
 実際、ベインは旅の空の下で野宿をした時には、ありあわせの材料でスープなんかを作って食べさせてくれたりもしたんだ。
 なのにどうしてオレが料理する事をあんなに神経質に禁じたのか、まったく訳が分からない。
 それでも育ての親の影響というのはやはり絶大なもので、ベインが死んで3年くらいになるけど、オレは一度も包丁を握った事がないんだ。
 城塞都市ならお金さえあればそれ程食うのに困る事は無い。
 そのお金は冒険で稼ぐ。
 オレのように全ての呪文をマスターした魔法使いは貴重だからな、あちこちのパーティから誘われたりして、稼ぎ口に不自由した事もほとんど無かったよ。

 やがてフレアとエイティが用意してくれた食事がテーブルに並ぶ。
 エルフの生活というのは基本的に自給自足だそうで、並べられた料理の食材も自分達で栽培した野菜や森で収穫してきたキノコや木の実、川や湖で獲った魚などだ。
 何かのお祝いや祭りの日には、ソロモンがシカやウサギ(!)などの小動物を狩ってくる事もあるそうだ。
 足りなかった椅子は小屋から出して補充して、全員が食卓に着いた。
 もちろん、ベアとソロモンはそれぞれテーブルの端、一番離れた所に座らせた。
「お口に合うと良いんですけど」
 フレアは心配していたけど、なかなかどうして。
 キノコがメインのスープには程よく香草が利いるし、焼いた魚の塩加減も絶妙だった。
 オレ達が「うまいうまい」を連発すると、フレアは「そうですか、良かったです」と嬉しそうに笑った。
 ただボビーだけはフレアが用意した野菜の葉切れを食べさせられていた。
 フレアはまだ、ボビーをごく普通のウサギだと思っているんだからそれも仕方ないか。
 でも、普通のウサギならそれで十分なんだろうけど、ボーパルバニーのボビーの好物は肉だからな、あれじゃあ物足りないだろう。
 
 食後には、これもフレア特製のハーブティがふるまわれた。
 その席での事だ。
「そうだわ。お約束の占い、今してみませんか」
 フレアが部屋の隅の棚に置いてあった、にぎりこぶしよりも一回りくらい大きな水晶玉を取り出してテーブルの上に置いた。
「さあエイティ、どうぞ。占って欲しいのはやっぱり恋愛関係ですか? いつ頃素敵な男性とめぐり逢えるか、とか」
「そ、そうですね。お願いします」
 エイティは少し照れていたけど、まんざらでもないようだ。
 真剣な顔で目の前に置かれた水晶玉に見入っている。
 フレアが水晶玉に手をかざしながら念を込める。
「ちょっと手を見せて下さい。ええ右手で結構です」
 言われてエイティが手を差し出す。
「どうですか?」
「うーん、そうねえ、微妙、かなあ」
「微妙?」
「ええ。今は男性というよりは、手の掛かるご兄弟、うーん弟さんか妹さんかな、そっちの方が気になっているみたい。何か心当たりは?」
「ないこともない、ですねえ」
 エイティは溜息を吐きながらチラリとオレを一瞥した。
 手の掛かる弟か妹ってオレかよ。
「どうもありがとうフレア」
 エイティは少し落胆しながら席を立った。
「あまり良い結果じゃなくてごめんなさいエイティ。次はジェイク、あなたもどうかしら?」
「えっ! オレはいいよ」
「遠慮しなくていいのよ。どうぞ」
「いいんだってば!」
 オレの手を取ろうとするフレアの手を反射的に跳ね除けてしまった。
 一瞬その場の空気が凍りつく。
 それまで興味なさそうにしていたベアやソロモンまでが、何事かとオレに注視していた。
「なにムキになってるのよジェイク? 占いぐらいで」
 エイティは「占いぐらい」って言うけど、それはマズイ。マズ過ぎる。
 だってそうだろ、占いなんてやったら心の奥まで見透かされそうで、そんな事をされたらオレの正体だってこの場でばらされかねないじゃないか。
 それだけは勘弁して欲しい。
「あ、ゴメン。ほら、オレあんまり性格とか良くないからさ。なんか変な事言われたりするのもイヤだろ? だから占いはいいよ」
 必死にそう言いつくろった。
「そう。無理強いしてゴメンなさい」
「ああ、オレの方こそ大きな声を出しちまって。悪かったよ」
 結局それで占いはお開きになってしまった。

そろそろ寝るかって時になってまた一悶着あった。
「ワシにこの男と一緒の部屋で寝ろと言うのか!」
「こっちこそ、いびきのうるさいドワーフなんかと一緒に寝られるか」
 それまでおとなしくしていたベアとソロモンが再びケンカを始めてしまったのだ。
 事の起こりは
「寝る時の部屋割りですけど、男の人は兄さんのお部屋に、女の人は私のお部屋にお願いします」
 というフレアの提案だった。
 今やすっかり打ち解けたエイティとフレアは何の問題も無いにしても、ベアとソロモンが同室という事になる。
 部屋の数が足りないとは言え、犬猿の仲の二人を同じ部屋にするのはあまりにも無謀だよな。
「ちょっと兄さん!」
「落ち着きなさいベア!」
 フレアとエイティがとりなそうとしてもどうにも治まらない。
 ここはやっぱオレの出番か。
「まあまあオッサン、ソロモンも。オレが二人の間で寝るから。それで我慢してくれよ。なっ」
「まあボウズがそう言うなら」
「フン、勝手にしろ」
 よし、オレの提案を二人ともしぶしぶながらも受け入れてくれたようだ。
 エイティが目線だけで「大丈夫?」と聞いてくる。
 オレはコクリと頷いた。
 男に混じって雑魚寝なんてオレにとっては日常茶飯事みたいなもんだ。
 別に着替えたりする訳じゃないし、何の問題もないだろう。
「それじゃあオッサン、もう寝ようぜ。今日は一日歩き続けたからもうくたくただよ」
 エイティとフレアが心配そうに見送ってくれる中、オレはベアと一緒にソロモンの部屋へ入った。

 その夜更け。
 フレアの淹れてくれたお茶を飲み過ぎたのか、不意にトイレに行きたくなった。
 眠かったけどこの尿意はもう我慢出来そうにない。
 意を決して起き上がる。
 部屋を出ると、台所の方から人の話し声が聞こえていた。
「おいフレア・・・」
「兄さん・・・」
 どうやらソロモンとフレアらしい。
 オレ達を泊めた事をまだもめているのかも知れないな。
 ソロモンが言ったとおり、ベアのいびきはひどかったからさ。
 トイレは台所とは反対側にある裏口を出たすぐそばの小屋にある。
 ガーネットの宿でもそうだけど、たいていのトイレは男女共用の個室仕様だからオレみたいなのには本当にありがたい。
 もちろんここのトイレも木製の腰掛式だ。
 便座に腰を下ろして用を足す。
 いくら男として育てられたからって、こればっかりはどうしようもないよな。
 何しろ基本的な身体の構造が違うんだから。
 それでも用が済んだらトイレの便座を上げておくのはガキの頃にベインに仕込まれた習慣だった。
 男がトイレを済ました後は、便座は上がっているものだから、なんだって。
 すっきりしたところでもう一眠りだ。
 小屋から戻るとまだソロモンとフレアは話していた。
 小声だが、他に音も無いのでここまで響いてくる。
「兄さん気付いてない? ジェイクって・・・」
 えっ、オレの話か?
 自分の名前が聞こえて思わず身体が反応した。
 それに合わせてギィと床がきしむ。
「誰だ?」
 ソロモンがこちらにやって来た。
「あっ、ゴメン。ちょっとトイレに行ってただけだから」
「そうか。オレももう寝る。明日は早いぞ」
 ソロモンはそのまま部屋へと消えていった。
「そうね、もう寝ましょう。明日は神殿を案内するから楽しみにしてて」
 フレアもそそくさと部屋へ引き上げてしまった。
「?」
 オレも何か腑に落ちないものを感じながらも部屋へ戻った。
 ベアのいびきは相変わらずだった。

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