ジェイク3

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 フレアと呼ばれた女エルフ、背格好はエイティと同じくらいだろうか。
 例によってエルフの年齢はちょっとアレだけど、十代の後半、まあオレよりは若干年上だろう。
 腰まで届く豊かな髪は男のエルフと同じ緑。
 瞳も同じ緑に輝いていた。
 兄妹と言われればなるほど、二人の面差しはよく似ている。
 しかし肌の白さ、きめ細かさは兄以上だろう。
 オレから見ても本当に美人さんだと思う。
 男エルフは弓矢に剣、マントなどで完全装備なのに対して女エルフの方はごく普通のシャツに膝丈のスカートといった平服姿。
 あまりオシャレなんかに関心が無いのか、特にアクセサリーのようなものも見当たらない。
 それでいて、全身からどこか神秘的な雰囲気をかもしだしているのはエルフという種族のせいだろうか。
 イチイチ男エルフとか女エルフとか言うのも面倒なので、そろそろ自己紹介して欲しいところだ。

「皆さん、兄が乱暴な事をいたしまして、どうも申し訳ありません。私はこの森に棲むエルフのフレアといいます」
 女エルフ・フレアはぺこりとお辞儀をしてから「ホラ、兄さんも」と男エルフを睨んだ。
 しかし男エルフは相変わらず厳しい表情のまま、フレアの手前もう戦う気は無いみたいだけど、ベアとは視線を合わせないようにしていた。
「もう」
 とフレアは少しむくれてから
「兄の名前はソロモンです。この森を護るのが勤めなのです」
「そうですか。私の名前はエイテリウヌ、エイティと呼んで下さい。こっちがジェイクでこの子がボビー。そしてアレがベアです」
 エイティは順にオレ達を紹介していった。
 ベアが「アレ」扱いなのは、少し離れた場所でソロモンと同じようにそっぽを向いてむくれているからだ。
 同じ女どうし、この場の交渉はエイティに任せた方が良いだろう。
 あー、オレも一応そうだけどさ。でも違うだろ?
「それで、皆さんはどうしてこんな森の奥深くに?」
「ええ、ちょっと道に迷っちゃって。この森に神殿があるって聞いて来たんですけど・・・」
 おいおいちょっとエイティさん、それはいくら何でも口が軽すぎるだろう、とオレが思うより早く、
「やはりそうか。貴様ら神殿を荒らしに来た盗賊だな」
 ソロモンが剣を構えエイティに突き出していた。
 だから言わんこっちゃない。
 さっきフレアがソロモンについて「森を護るのが勤め」とか言ったばかりだろう。
「あ、いえ。盗賊なんてたいそうなもんじゃないんですけどね。アハハ」
 乾いた笑いで場を和まそうとするエイティ。でもさ、『神殿に行けばお宝の一つでも見付かるかも』とか言ってたよな、たしか。
 ソロモンは決してごまかされたりはせず、依然として厳しい目付きでオレ達を睨んでいる。
「兄さん」
 フレアがたしなめるもどうにも聞き入れそうにない。
 しゃーない、ここはオレの出番だな。
「別に悪気は無かったんだ。何か珍しいものがあるって聞いたら取りあえず調べに行こうってのは冒険者の習性ってやつさ。
 帰れって言うならすぐに帰るよ。オレ魔法使いだからマロール使えるんだ。この辺りならまだマロール一回で森から出られると思うからさ」
 エイティに代わって当たり障りの無い説明をした。
 はずなんだけど、一瞬だけフレアの顔が「ん?」という感じになったのは気のせいかな。
 オレ、何か変な事言ったか?
「そんな。せっかく来てくれたのに帰れだなんて。もうすぐ日も暮れます。今日のところはどうか私達の家に泊まっていって下さい。簡単ですけど夕ご飯くらいごちそうしますから」
「えっ、いいんですか?」
「ハイ。兄が乱暴をしたお詫びです」
「わあ、助かります。正直道に迷ってどうしようかと思っていたところなんです」
「是非どうぞ」
 これは意外な申し出だった。
 神殿荒らしかも知れない(違うけど)オレ達を泊めてくれた上に食事までごちそうしてくれるというのだ。
 つーかエイティ、やっぱり道に迷ってたのかよ。
「おいフレア!」
 語気を荒げるソロモンを無視して、フレアとエイティの間では既に話が決まってしまったようだ。
 夏に帆船で知り合ったクレアの時といい今日といい、すぐに誰とでも打ち解けて仲良くなれるのはエイティの立派な長所だろうな。
「どうする、オッサン?」
「ワシはエルフのほどこしなぞ受けん」
 エイティに対してベアの方は相変わらずだ。
「そんじゃあオッサンだけ野宿か?」
「む・・・そうは言っていないつもりだが」
 ドワーフのベアにとっては、エルフの世話を受けるというのがどうにも心苦しいようだ。
「あら? いけませんね。肩に矢が。これも兄さんの仕業ですね」
 そんなベアの肩に、矢が刺さったままになっているのに気付いたフレアがすっとベアの傍らに寄り添う。
「少しだけ我慢して下さい」
 フレアが多少強引に矢を引き抜くと一瞬だけベアの顔が歪んだ。
 ベアの肩口に手をかざし短く呪文を唱える。
 ぽわっと柔らかく温かな光が輝く。
「うむ、痛みが和らいだようだ」
「もう大丈夫ですよ」
「すまんな」
 これでベアの機嫌もいくらか直ったようだ。
「僧侶職なんですね?」
「ええ、街の人達がいう冒険者とはちょっと違うと思いますけど。でも一通りの治療や回復の呪文は心得ています。あとは古くから伝わるエルフの秘術とか」
 呪文を使えるのは、何もオレ達のように城塞都市の訓練場に冒険者として登録している者だけじゃない。
 独自で修行し習得した者や古くから伝わる術を受け継いでいる者も多いと聞く。
 オレだってガキの頃から育ての親のベインにしごかれてここまでになったしな。
「エルフの秘術ってどんなものがあります?」
「そうですね、呪い(まじない)の類のものです。人によっては迷信だと思われるかも知れませんが。あとは占いですね」
「占いが出来るんですか!」
「よかったら何か占ってあげますよ」
「ハイ。是非お願いします」
 こんなに舞い上がって喜んでいるエイティも珍しい。
 女ってのはどうしてこう占いなんてものが好きなんだろうな。
「皆さん、いつまでもこんな所にいるのもなんですし、どうぞ家に来て下さい。今日は良いキノコが収穫出来たんです。スープにするとおいしいですよ」
「ハイ、ありがとうございます」
 ぺこり、と大きな動作でお辞儀をするエイティ。
 これで今夜の宿は確定だよな。
 オレはもちろんだけど、フレアに傷の治療をしてもらったベアも特に異論は無いようだし、後は・・・
「良いですね、兄さん?」
 フレアがソロモンに念を押す。
「・・・」
「兄さん!」
「勝手にしろ」
 未だ納得していないのは一目瞭然、ソロモンはしぶしぶといった感じで一言だけ吐き捨てると踵を返して先に行ってしまった。
 どうやらこの男、妹にだけは頭が上がらないらしいな。

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