ジェイク3

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 立て続けに二の矢、三の矢が降り注いできた。
 オレ達は悲鳴を上げながらもその矢をかわしていった。
 襲撃者がいるのは樹の枝の上だろうか、幹の影に姿を隠しながら矢を放ってくる。 枝から枝へ飛び移りながら次々に弓を引く。
 ヤツの一番の狙いはベアのようだった。
 しかしベアも熟練の戦士、そう簡単にやられはしない。
 地面を転がり、時にはバトルアックスで飛んでくる矢を弾き返したりして応戦している。
 が、それにも限度がある。
「クソっ、このままじゃもたねえ」
 ベアが吐き捨てた。
 そもそもバトルアックスと弓矢とでは有効な間合いが全く違う。
 弓矢の方が遥かに長い射程を持つ。
 攻撃が届かないからといっていつまでも相手の攻撃を避けているだけではいつかは捕まってしまうだろう。
「ジェイク、なんとかしなさい!」
 エイティが長柄のスピアを振り回したところで届くはずもない。
 オレの呪文で何とかしたいところだが、でもなあ・・・
 相手は物影に姿を隠しながら細かく移動し続けていて、なかなか狙いが定まらない。
「えーい、何でもいいから当たれー!」
 やけっぱちで、敵が潜んでいるであろう方向へマダルトを放った。
 さすがにここで炎の呪文を使うのはマズイだろ。
 氷の嵐に吹き飛ばされて色付いた葉っぱが舞い上がり、冷気にさらされた幹や枝が次々と凍り付いていく。
 しかし、ただでさえあてずっぽうなのに、呪文障壁の影響を受けない屋外では、呪文の制御が難しくなる。
 敵は身軽に枝から枝へ飛び移り、やすやすとオレの呪文を逃れていた。
「姿を見せんか!」
 じれたベアの怒声が響いた。
「岩を好み鉄を崇拝するドワーフが何故このエルフの森に入り込んだ?」
 厳かな声と共に男が一人、樹の枝の上に姿を現した。

 男は半身の体勢で弓につがえた矢をこちらに向けていた。
 肌は透き通るように白く整った顔立ち。
 背中まで伸びた髪は森に溶け込むような緑。
 鋭い眼差しの奥に光る瞳も髪と同じ緑色。
 背格好はほとんどオレ達ヒューマンと変わらないけど、耳の先が尖っている。
 森の妖精、エルフだ。
 古い伝説では、エルフは不老不死だとか悠久の時を生きるとか云われているけれども、実態はそうでもないらしい。
 オレ達ヒューマンと同じように年を取り、そして老いていく。
 このエルフは、人間の年でいうと二十代前半といったところか。
 深い緑を基調とした迷彩のケープを羽織り、その上に矢筒を背負っている。
 腰には細身の長剣まで差している。
 ダリアの城塞都市の訓練場ではレインジャーというクラスがあるが、本来は弓を持ち、森で活動する野戦士の事だ。
 このエルフの男こそが本当の意味でのレインジャーと言えるのだろう。

「ここは古から我らエルフが棲む聖なる森。ドワーフの斧で切り倒して構わない樹など一本も無い。早々に立ち去れ」
 エルフは依然として構えた弓矢をベアに向けていた。
 岩場を好むドワーフと森を好むエルフは、お互いを憎みあい、争い続けた歴史を持つという。
 城塞都市に住むエルフならともかく、こうして古い森に棲み付いているエルフにとっては、斧を手にしたドワーフの存在は許せないものなのだろう。
 一方ドワーフに言わせれば、大地を覆い尽くしてしまう樹を愛するエルフというのは好ましくない存在なのだ。
 正に犬猿の仲。
 それがこうして出会ってしまったのだから、いきなり戦いになるのも無理はない、のかも知れないけどさ、こっちを巻き込むのだけは勘弁して欲しい。
「やはりエルフがいたか。道理で居心地が悪い訳だ」
 ベアは渋い顔のまま樹の上にいるエルフをにらみつけている。
「下りて来い! さもなくばキサマの足元の樹を切り倒すぞ」
 言うやバトルアックスを振り上げ、エルフがいる樹の幹に叩き付けた。
 ガツーンと鈍い音が響く。
「おのれドワーフ、許さん」
 怒りに満ちた顔で矢を放つエルフ。
 ベアはそれを避けようと身体を捻るが、かなりの至近距離だ、間に合わない。
「うおー」
 エルフの放った矢はベアの左肩に突き刺さっていた。
 ベアが装備しているフルプレートの胴体部分と肩当の部分の継ぎ目、正にここしかないというピンポイントだ。
 そこを正確に射抜くエルフの弓の腕前はかなりのものと言えるだろう。
 致命傷には至らないが、ベアがダメージを受けた事だけは間違いない。
 追い討ちをかけるべく、エルフが次の矢を弓につがえる。
 その時・・・
 いつの間に移動していたのか、樹の枝に上り付いていたボビーがエルフの右側面から飛び掛った。
「!」
 ボビーの急襲を受けバランスを崩したエルフだったが、巧みに枝を伝いながら樹を下り体勢を立て直すと華麗に着地。
 次の瞬間には、腰に下げている長剣を抜きベアに切り掛かっていた。
 ガツンと鈍い音が響く。
 エルフが剣を振るいベアがバトルアックスで受ける。
 今度は押し返したベアが繰り出す斧の一撃を、エルフは軽いステップでかわしていく。
 そしてまたエルフの剣が閃きベアのアックスがうなる。
 柔と剛。
 技と力。
 オレの目には、両者の戦いは互角に見えた。
 どちらからともなく「このッ」とか「クソっ」といった怒声が漏れてくる。
 あまりに気合の入った打ち合いに、オレもエイティも、そしてボビーもただただ我を忘れて見守るしか出来ないでいた。
 しかし、いくら何でもこのままじゃマズイ。
「おいエイティ、そろそろ止めた方が・・・」
「止めろってどうやって?」
 思わずエイティと二人、顔を見合わせてしまう。
 ベアとエルフの戦いは、本人達は真剣なんだろうけど、はたから見ているとまるでガキのケンカのようで、もうどちらかを援護するなんて気分にもなれない。
 あー、もちろん援護するならベアの方だけど、なんだかなあ・・・

 と、オレ達が途方に暮れている時だった。
「兄さん、何をやっているの! 止めて下さい」
 悲鳴とも絶叫ともつかない叫びと共に一人の女が駆け込んで来た。
 女は両手を広げベアとエルフの間に立ちはだかる。
「フレア、そこをどけ」
「どきません。兄さんこそバカな真似は止めて下さい」
 ベアと対峙しているエルフと同じように、この女の耳も先端が尖っている。
 エルフだ。
 男の方を「兄さん」なんて呼んでいるし、どうやら二人は兄妹らしい。

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