ジェイク3

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14

 崩壊する神殿を、皆一様に呆然と眺めていた。
 特にエルフの連中にはショックだったに違いない。
 大切な仲間を失った悲しみ。
 信じ、そして護り続けていたものが崩壊していく虚しさ。
 フレアの白い顔がより蒼白く見えるのは、何も出血のせいばかりじゃないんだろな。
 しかし、事はそれでは終わらなかったんだ。
 崩壊する瓦礫の山をズガガーンと押しのけて、あの炎の魔神・ファイアーゴーレムが大気の下に姿を現したんだ。
 あれだけの瓦礫の下敷きになってまだ動けるなんて、ったく、ヤツはとんでもないバケモノだぜ。
「どうするの?」
「どうするったって、逃げるしかねえだろ」
 思わずエイティと顔を見合わせる。
 戦って勝てる相手じゃない。ここは逃げの一手だ。
「みんな、逃げろ! とにかく逃げるんだ」
 ベアが叫ぶとみんなハッと我に返り、逃げの態勢に入った。
 しかし、ファイアーゴーレムはそれを許してはくれなかった。
 ヤツが吹き出す紅蓮の炎が、地を走り天を焦がす。
 そして森の樹々をも次々と焼き尽くしていった。
 オレ達の周囲の樹にも炎が引火し、逃げ道すら絶たれようとしていた。
 さっきのマロールでの精神的ダメージがまだ残っている。
 今すぐの連発はちょっと無理だな。
 マロールで逃げられないのなら走るしかない。
 しかし、燃え盛る森の樹々の中に飛び込むのは自殺行為だ。
 湖なら炎に巻き込まれる心配は無いだろうけど、辺りには小船一艘見当たらない。
「ああ、私はなんて愚かだったのでしょう・・・」
「フレア、落ち着け」
 取り乱すフレアをソロモンがなだめる。
「神様、どうか、どうか・・・」
 フレアが手を組み、真摯な祈りを捧げた。
 すると・・・
 ズン。ズン。ズン。ズン。
 遠くで鈍い音がする。
「何? 何の音?」
「足音か? それにしても・・・」
 巨大な動物がゆっくりと歩むような、そんな音が森の中から響いてきた。
 仮にあれが何かの足音だとしよう。
 その足音の主はどうやら一人じゃなさそうだ。
 あっちからこっちから、森のいたるところから次第にこっちへ向かって来ているように思えた。
 ファイアーゴーレムは休む事無く炎を撒き散らしている。
 このままでは森が全て焼き尽くされ、オレ達まで炎の海に巻き込まれてしまうのは時間の問題だ。
「神様!」
 フレアが更なる祈りの声を上げた。
 それに呼応するかのように、森がうごめいた。

 初めは何かの見間違いかと思った。
 あまりの出来事に、頭がおかしくなったんじゃないかとも思った。
 みんな唖然と、それを見上げていた。
 うごめく森の正体、それは樹そのものだったんだ。
 信じられない話だけど、樹が二本の足で立って歩いて来たのだ。
 いや、嘘のような本当の話だ。
 本来は枝だったと思われる部位を人間の両腕のようにゆっくり前後に振りながら、そして本来は根っこだったと思われる部位を人間の足のようにして、しっかりと大地を踏みしめ歩いている。
 
「あれは・・・森の守り神エント。まさか本当にいるなんて」
 それは古くから語り継がれていた伝説。
 しかし、伝説は単なる伝説ではなかったのだ。
 フレアも、ソロモンも、他のエルフ達も、そしてもちろんオレ達も。
 みんなが信じられないといった顔つきで、歩く樹・エントをただただ眺めていた。
 森から出て来たエントは一体や二体どころじゃなかった。
 それは15、いや20体近い樹の軍団。
 ずん、ずんと足音を響かせながら森から抜け出て来ていた。
 背の低い者でも5メートル、高い者になるとその倍近い。
 中には自身の枝や葉を、炎に焼かれている者もいた。
 エントの軍団がオレ達のすぐ目の前を通過する。
「ああ・・・私は本当に愚か者でした。
 私達を、そして森を護り続けてくれた神は、いつも私達のすぐそばにいたのです。それに気付かなかったなんて」
「フレア、もういい。今はしゃべるな」
 大量の出血をしているフレアを、ソロモンがひしと抱きしめる。
 森から抜け出たエントは、打ち合わせでもしていたのかすかさず二手に分かれた。
 一方のグループは真っ直ぐ湖へと向かう。
 そして、もう一方のグループは暴れるファイアーゴーレムに向かって行った。
 湖に向かったエントの軍団はそのまま湖に入り、手で水をすくっては辺りにまき始めた。
 巨大なエントがまく水の量は、それこそハンパじゃない。
 豪雨とも言わんばかりの水が、燃え盛る森の樹々に降り注いだ。
「うわー」
「冷たーい」
 水はもちろん、オレ達の頭上にも降り注ぐ。
 雨宿りする場所も余裕も無かった。全員あっという間にずぶ濡れだ。
 一方、ファイアーゴーレムに向かったグループは、壮絶な戦いを繰り広げていた。
 全身を炎に焼かれながらファイアーゴーレムに組み付くエント達。
 ある者がファイアーゴーレムの身体を押さえ、ある者が腕をへし折り、そしてある者が内臓をえぐり出していた。
 最後の抵抗とばかりに炎を吹き出す魔神。
 その炎に耐え切れず、燃え落ちるエントもいた。
 しかし最後に勝利したのはやはりエントの軍団だった。
 動きの鈍ったファイアーゴーレムを湖の中へと引きずり込み、そのまま湖の奥深くへと沈めてしまったのだ。
 湖面が波立ちしぶきが上がる。
 やがてそれも治まる。
 ついに炎の魔神は力尽きたのか、再び湖から浮上しては来なかった。
 全てが終わると、エントの軍団は再び森へと帰って行った。
 森は一部を消失してしまったものの、エント達の活躍で最低限の被害で食い止めたようだ。
 
 炎の魔神が湖の底に沈み、エントの軍団が引き上げてしまった。
 既に夕刻となった湖の畔は、赤い夕日に染まっていた。
「あの神殿は・・・」
 フレアがポツリと喋りだした。
「あの神殿は神を祭ったものなんかではなかったんですね。あの炎の魔物を封じて置く為の物だったんです。
 遠い昔、あのエントや私達の先人が、あの魔物を倒してこの場に封じたんです。だから神殿は石造りだった。木で造った神殿では炎の魔物を封じてはおけないと昔の人は考えたんですね」
「なるほどな。エルフの森には不似合いだと思っとったが・・・そういう訳だったのか」
 ベアが納得した様子で頷いている。
 そして・・・
「う、ううん・・・」
 今まで気を失っていた娘達が、意識を取り戻し始めていた。
「こ、ここは?」
 辺りを見回す娘達、その視線がエイティとぶつかった。
「大丈夫?」
 にっこりと微笑むエイティ。
「ああ、私達、助かったんですか?」
「ええ。もう大丈夫よ」
「皆さんが助けて下さったんですね? 何とお礼を言ったら・・・」
「それは違う、私が・・・」
「そうなんですよ!」
 事件の真相を告白しようとしたフレアの言葉をエイティが鋭く遮った。
「あなた達は盗賊団に誘拐されて、あそこにあった神殿の地下に監禁されていたの。だから私達は、あの神殿に詳しいエルフの皆さんに協力を要請したのね。
 エルフの皆さんの案内があったおかげで、何とかあなた達を救出する事が出来たわ。ちょっと色々あって、神殿はあの通り崩壊しちゃった。
 あなた達を誘拐した盗賊団もあの瓦礫の下敷きになっちゃったの。だからもう安心よ。
 そうよね? ベア、ジェイク」
 口からでまかせとは正にこの事だ。
 なんとエイティは、フレア達が企てた誘拐事件を、実際にはいもしない架空の盗賊団の犯行にでっち上げてしまったのだ。
 最後の「そうよね?〜」の部分で、こちらに向けられたエイティの瞳が鋭く光ったのをオレは見逃さなかった。
 あの瞳ににらまれたら、間違っても「違う」とは言えない。いや、言ってはいけないのだ。
「あ、ああ」
「そ、そうなんだよ」
 ベアもオレもエイティの勢いに飲まれて頷かざるを得なかった。
「そうだったんですか。どうもありがとうございました」
 娘達がぺこりと頭を下げる。
「あっ、はい・・・どうも」
 お礼を言われたエルフ達はすっかり恐縮してしまっていた。
 でも娘達もそれで納得しちまってるし、これで良かったのかも知れない。
 ここで敢えて真相を教えて、ソロモンやフレアを罪人にする事に何か意味があるだろうか?
 オレ達も娘達もみんな無事だったんだ。
 それでいいじゃないか。
 神殿の中で命を落としたエルフ達については、残念だったと思う。
 しかし、その悲しみを誰よりも背負っていかなければならないのは、他の誰でもない生き残ったエルフ達だ。
 ならば、これ以上彼らに責め苦を負わせる必要は無いのかも知れない。
 オレ自身フレアに殺され掛けたけど、そのフレアが反省しているのは明らかだし、もうそれについてあれこれ言うつもりも無い。
 みんなが幸せになるなら、エイティの口からでまかせに乗せられるのも悪くない。
 オレ、甘いかな?
 いや、やっぱりこれでいい。そうだよな。

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