ジェイク3

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エピローグ

 さて、その後がまた大変だった。
 取りあえず全員でソロモンとフレアの家へ戻る。
 濡れた服を着替えたいところだったけど、何しろ大人数だ。
 あいにく人数分の着替えは無かった。
 オレも含めた女達に優先的に着替えを回してもらい、男達は毛布に包まったりしていた。
 最初はオレも毛布でいいって言ったんだけど、それはエイティが頑として許してくれなかった。
 家の外に焚き火を燃やして濡れた服を乾かす。
 次は食事だ。
 ケガをしたフレアは、呪文による治療こそ済んだもののしばらくは安静が必要だ。
 調理はエイティを中心にセレッサとユーリーが担当した。
 前にも言ったけど、オレは料理なんて出来ないしな。
 いざ料理が出来ても、台所には全員で食べるだけの広さは無い。
 いっその事ってんで、全員が屋外で食べる事になった。
 秋の夜空には満月が浮かび、空気はひんやりと冷たかったけど、焚き火を囲んでの外での食事ってのも案外いいものだったぜ。
 食事の席は言葉を解禁されたボビーの一人舞台だったんだ。
 調子に乗って舞い上がったボビーに大はしゃぎする女達。
 一時はボビーの取り合いになったりして、もう大騒ぎだったぜ。
 食事が済んだら寝る場所の確保だ。
 エルフ達五人は台所に、村娘三人はフレアの部屋に。
 そしてオレ達にはソロモンの部屋が割り当てられた。
 それぞれのグループで話したい事や考えたい事もあるだろうからって、これはエイティが言い出して決まったんだ。
 部屋に落ち着くと、しばらく振りにいつものメンバーだけになった。
 オレ、エイティ、ベア、そしてボビーだ。
 オレはそこでベアに、オレ自身の事について話し始めたんだ。
 ベアは時々うむうむと頷くだけで、あとはじっと黙ってオレの話を聞いてくれた。
 そして。
「だいたい話は分かった。お前さんにはお前さんなりの生き方や考え方があっての事だったのだろうな」
「すまなかったな、オッサン」
「私からも謝るわ。だからジェイクを許してやって」
 エイティと二人で頭を下げた。
「まあなんだ。ボウズ、今までどおりって事で構わないな?」
「今までどおり?」
「ワシに秘密を打ち明けてくれたからと言って、今から女の格好をする訳でもないだろう。例の生贄の件もある。まだしばらくは男として生きていくつもりなんだろ?」
「それは・・・まあ」
「ならば今までどおり。それでいいな」
「ああ、そうしてもらえるとオレも助かるよ」
「でもボウズと呼ぶのはどうかな。かと言って嬢ちゃんも変だし・・・」
「名前で呼んであげればいいじゃない。ジェイクはジェイクなんだから」
「うむ。それではこれからはジェイクと名前で呼ばせてもらおう。これからもよろしくな、ジェイク」
「ああ、こちらこそよろしく。オッサン」
「なんだ、ワシはオッサンのままか」
 そこでみんな大笑いした。
「でもさあ、私思うんだけど・・・」
 ふいにエイティが切り出した。
「ジェイクを育ててくれたベインていう人、今回のような事件が起こるって予想していたんじゃないかしら?」
「うむ、ワシもそう思うな」
「どういう事だよ?」
「だから、皆既日食の瞬間に生まれた女の子は魔術的儀式の生贄に最適なんでしょ。ジェイクがそれにピッタリ該当すると知ったベインさんは・・・」
「ジェイクが女である事を隠して男として育てた。今回のような事件に巻き込まれないように、な」
「まさか・・・」
「間違いないわよ。ジェイクに誕生日がいつかを教えてくれなかったのも、きっとそう」
「嘘だよ、そんなの。二人はベインを知らないから・・・」
「ジェイクよ、親というのはいつでも子の事を心配するものだ。たとえそれが育ての親であってもな」
「そんな・・・まさか」
 エイティとベアはその後もこんこんと親心がどうとか、幸せを願ってとか諭してくれようとしたけど、オレにはどうにも納得いかない話だった。
 だってあのベインだぞ。
 そんな気が回るか、アイツが・・・
 結局その夜は、身体はクタクタに疲れているはずなのに、いろいろな事を考えすぎて、あまり寝付けなかったんだ。

 翌日。
 朝食を終えたオレ達は、ソロモンとフレアの家を離れる事にした。
 ダリアの城塞都市へ帰る前に、まずは娘達三人を村まで送り届けないとな。
 その前に、オレに話があるからってフレアに湖の畔へ呼び出された。
「今回は本当にゴメンなさい」
「それならもういいよ」
 深々と頭を下げるフレアだった。
「ところでさ、フレア達はこれからどうするんだ?」
「ええ。まずは死んでしまった二人のお弔いをしたいと思います。それが済んだらこの森を離れようかと」
「旅に出るのか?」
「はい。私気付いたんです。本に書いてある事だけが真実じゃないって。もっと自分の目で見て、自分の耳で聞いて。少し世の中の事を勉強してきます」
「ソロモンも一緒か?」
「ええ。初めは私一人で行くつもりだったんですけど・・・兄さんがどうしても一緒に行くって」
 フレアの視線が兄、ソロモンへと向けられた。
 そのソロモン、少し離れた場所でこちらを気にしていないような素振りを懸命に演じているつもりかも知れないが、常にフレアを見ているのはバレバレだ。
 ひょっとしたらあのアニキ、巫女の護衛がどうとか言う以前に、単にシスコンなだけなんじゃねえか?
「妹離れ出来ないアニキを持つとフレアも大変だな」
 フレアはそこで「そうですね」と笑う。
「やっぱりフレアにはその笑顔が似合うな。太陽のような笑顔だ」
「あら。口が上手ね。でも女の子にお世辞言われたって何も出ないわよ」
「それを言うなって」
 二人声を揃えて笑った。
「そう言えばさ、今日ってフレアの誕生日なんだろ」
「あっ・・・すっかり忘れてました。そうだったわね。今日で私も20歳。巫女としての霊力は次第に薄れていくわね。だから安心してね」
「何も心配なんかしてねえよ」
「そうそう、もう一つ大事な話があったの。誕生日よ、誕生日」
「だからフレアの誕生日なら・・・」
「違うの。ジェイクの誕生日よ」
「オレの?」
「ええ。あの時魔天球が映し出した日付は、15年前の七月七日。場所までは特定出来なかったけど、その日に皆既日食があったの」
「15年前の、七月七日・・・」
「そう。それがジェイクの誕生日。だからジェイクは満15歳ね」
「そ、そうなんだ・・・」
「それと、知ってると思うけど、皆既日食は世界中で見られた訳じゃないのよ。ある特定の地域でしか見られなかったの。だからその特定の地域を探し出せば・・・」
「そこがオレの生まれた場所?」
「そういう事。たった15年前よ。覚えている人はきっといるわ」
 15年前の七月七日、皆既日食があった場所、か。
「ありがとう、覚えておくよ」
「ええ」
 フレアはにっこりと微笑んでいる。
「ジェイクー、そろそろ行くよー」
「ああ。今行く」
 エイティが呼んでいる。旅立ちの時間だ。
「それじゃあ、行くわ。みんな元気でな」
「はい。旅の空の下から手紙書きますね」
 フレアと離れ、エイティ達と合流する。
「帰りも森の中を彷徨うなんてまっぴらだからな。マロールで一気だ」
「出る場所、間違わないでよ」
「そんなミスするかよ」
 最後にもう一度、湖の畔に立つフレアに視線を向けた。
 太陽が湖面に反射して、まるでフレア自身が輝いているように見えた。
 あの月のように冷たいフレアはもう何処にもいない。
 何たってフレアには、太陽のような笑顔が一番似合うからな。
 今回の事件は、フレアをはじめとするエルフ達はもちろん、オレ自身にとっても大きな転換点になったと思う。
 でもこの先どうなるか、そんなの分からないし・・・
 まっ、なるようになるんじゃねえの?
 マロールを唱えると、いつもの浮遊感に包まれる。
 こうしてオレ達は、エルフの棲む古き森を後にしたんだ。

ジェイク3・END