ジェイク3

戻る


13

「二人とも、無事だったか」
 ベアの声で意識を取り戻した。
 フレアに連れて行かれた地下の儀式の間、その床に描かれていた魔方陣が輝いた後の記憶が飛んでいるような気がする。
 それはどれくらいの時間だったのか・・・
 一秒だったかも知れないし、もしかしたら数時間だったかも知れない。
 いや、そんな事はないだろう。やはりごく短い時間だったに違いない。
 落ち着いたところで周囲を見渡す。
 そこは地上にあった祭壇の頂上だった。
「オッサン、ボビーも」
 ベアとボビー、黒衣のパーティの男達、そしてソロモンがいた。
 あの時分かれた全員がここに揃っていた事になる。
 そして魔方陣の描かれている範囲内には、オレ、エイティ、まだ気を失ったままの村の娘達がいる。
「ボビー、心配したのよ」
「エイティさん〜」
 エイティとボビーが感動の再会を果たしている。
「ボビー、言葉」
「もう遅い。さっきから散々『エイティさん〜』と喚きどおしだったからな」
「そうだったの。心配掛けてゴメンね」
「ハイ〜、心配でした」
 ただでさえ赤いボビーの目がいつもより更に真っ赤になっていた。
 それだけでもどんな状況だったか想像出来るな。
「オッサン・・・」
 ベアと話すのは何となく気まずくて、まともに顔も見られない。
「ボウズ、話は後だ。まずはここから脱出しないと」
「ああ」
 そう言ってもらえるとありがたい。まずはこの場を何とかしないとな。 
 そういえば、一人足りない・・・
「フレアは?」
「私はここよ、ジェイク」
 フレアは蓮の台座の上、モノリスにもたれながら立っていた。
 ドレスは血で赤く染まり、大量の出血の為か呼吸もやっとしている状態のようだ。
「フレア、もういい。下りてくるんだ」
「まだよ、兄さん。もうすぐこの場に神が甦る」
「お前まだそんな事を・・・」
 ソロモンがフレアへ歩み寄ろうと一歩踏み出した、その時だった。
 ズンと足元から突き上げられたような感覚の後、ゴゴゴゴゴという地鳴りが起こった。
 祭壇が激しく揺れる。
「みんな、逃げるんだ!」
 ベアが叫んだ。
「ちょっと、この娘さん達を連れて行かないと。あなた達も力を貸して」
「心得た」
 黒衣のパーティの中から男の戦士が二人、それとエイティの三人でそれぞれ一人ずつ娘を背負う。
 フレアもソロモンが強引に蓮の台座から引き下ろし、いわゆるお姫様だっこの形で担ぎ上げた。
 それを確認したら全員が祭壇から脱兎のごとく駆け下りた。
 ベア、ボビーを抱いたオレ、エイティ、黒衣のパーティのメンバー、そしてフレアを抱えたソロモンが辛うじて祭壇から離れたその直後だった。
 積み上げられた祭壇の石がガラガラと崩れ落ち、舞い上がった砂塵と瓦礫の山の中に巨大な人の頭のような影がおぼろに覗いていたのだ。
「あれがフレアが呼び覚ました神か」
 知らず言葉を吐き捨てていた。
 あの神とやらがどれ程ありがたいものなのか知ったこっちゃないが、こっちはその為に危うく生贄にされるところだったんだからな。
 しかしフレアの様子がおかしい。
「違う・・・」
「何が違うんだ?」
「あれは神の姿じゃないわ。あれは・・・あれは」
 フレアがガタガタとふるえ出したのは、出血で体温が低下したからというだけではないようだった。
 フレアは明らかに怯えている。
 何に? そんなの決まっている、自分が呼び出しちまったものにだ。
 それはもう言葉で説明なんて出来ない程の異形な存在だった。
 顔はドクロのよう、全身の至るところから禍々しい棘が生えている。
 右手はカギヅメ、そして左手はムチのような形状をしていた。
 特筆すべきはその大きさだ。
 この部屋は一階から三階まで吹き抜けになっているのに、奴はゆうにその天井まで背が届く程の巨体だった。
「あれは、ファイアーゴーレム。まさか、まさかあんなものがこの神殿に祭られていたなんて」
 フレアはもう半狂乱な状態に陥っていた。
 強引にソロモンから抜け下りると、ふらふらとファイアーゴーレムへと近付いて行く。
 獲物を捕らえる猛禽類のように、ファイアーゴーレムのカギヅメがフレアへ襲い掛かった。
「フレア!」
「フレア様」
 妹の名を呼ぶ兄を制して真っ先に飛び出したのは、黒衣の戦士の一人・ゴラウカーだった。
 迫り来るカギヅメとフレアの間に滑り込むと、身を挺してフレアをかばう。
 しかし、それはあまりにも自己犠牲が過ぎる行為だった。
 そのままカギヅメに鷲づかみにされたかと思うと、ファイアーゴーレムの胸元の高さまで持ち上げられてしまった。
 そしてファイアーゴーレムの左肩に装着された噴射口から吐き出されるのは、紅蓮に燃え盛る炎。
「うわー」
 超高熱の炎は、一瞬にしてゴラウカーの身体を消し炭に変えてしまう。
 ファイアーゴーレムは、そのまま炎をオレ達目掛けて噴出し続けた。
 これに黒衣のパーティの僧侶・アルマニアーが捕まってしまい、ゴラウカーに続いて二人目の犠牲者となった。
「全員とにかく逃げろ!」
 再度ベアが逃げを命じるべく叫んだ。
「ジェイク、マロールで飛べる?」
「ダメだ。こんな状況でマロールなんて使ったら、どこに飛ばされるか分からねえ」
 瞬間移動の呪文マロールはモンスターとの戦闘中にも使用する事は可能だ。
 しかしその場合は、正確な座標を把握出来ないままの移動になる。
 だからどこに飛ばされるかは分からない。
 下手をすれば石の中などに出る事もあり、その場合は生還不可能、つまりは全滅に繋がる事もある。
 例え普通の空間に出たとしても、そこが出口の近くとも限らない。
 かえって脱出が困難になるかも知れないのだ。
「マロールがダメなら走るしかない。全員出口まで走るんだ」
 ベアの支持は徹底して逃げだった。
 あのバケモノがどくらい強いのかは知らないが、少なくてもオレ達冒険者風情がどうにか出来るようなヤツじゃないのは明らかだ。
 命を落とした二人には悪いが、ここは退散せざるを得ないだろう。
「こっちよ」
 気絶した娘を背負ったまま、エイティが神殿の出口へと走り出した。
 ここからなら出口まではそう遠くない。走ればすぐに外へ出られるはずだ。
 アイツにやられちまったゴラウカーが抱えていた娘は、今はセレッサが背負っている。
 みんな一丸となって神殿の出口を目指した。
 
 通路を走り一度階段を上る。そしてまた通路を折れて正面の階段を下りれば、あの太陽の紋様が描かれた扉の前にたどり着いた。
 が・・・
「ソロモンとフレアは?」
 逃げるのに夢中で気付かなかった。
 この場にいるのは、オレ、エイティ、ベア、ボビー、黒衣の戦士ファロンと女戦士のセレッサ、そして魔法使いのユーリー、あとは気を失ったままの娘達。
 死んでしまった二人はともかく、ソロモンとフレアはどうしたんだ?
「探しに行こう。きっとまだ祭壇の近くにいるはずだ」
「待て、ボウズ。大勢で動くのはかえって犠牲者を増やしかねん。ここはワシが一人で行く」
「オッサン・・・」
「この扉は、どうやらあの石板が無いと開かないようだ」
 ベアがしきりに扉を開こうとするも、扉はびくりともしなかった。
「お前さんのマロールは脱出の切り札だ。もしもワシらが帰って来なくても、この神殿が崩れそうになったら迷わず脱出しろ」
「オッサン、そんな・・・死ぬ気か?」
「ヤツがしきりに謝っていたぞ。『妹の暴走を止められなくて済まなかった』とな。エルフもまんざら捨てたもんでもないらしいな」
 ベアはそう言葉を残すと、神殿の内部へ向かって走り出した。
「大丈夫よ。ベアならきっと生きて帰ってくる。もちろんソロモンとフレアも一緒にね」
「ああ、そうだな。オッサンは殺したって死にそうもないしな」
「ベアが帰ってきたら一緒に謝ってあげるから。そっちの方も心配しなくて良いからね」
「サンキュー、エイティ」
 正直な話、ベアがどう思っているか不安でたまらなかった。
 ベアはあれで正義感だけは強いからな、今まで騙されていたとなると面白いはずが無い。
 うそつきと罵られるかも知れない。
 今後はもうオレを仲間とは呼んでくれないかも知れない。
 もしもオレ一人だったら、このまま何も言わずにベアの前から姿を消していたかも知れない。
 でも今はエイティがいる。一緒に謝ると言ってくれた。
 それがとても嬉しかった。
 いつかは別々の道を歩む事になるかも知れない。
 でも今は・・・
 もう少しベアやエイティと一緒にすごしたい。
 だからキチンと話して謝らないと、そうだよな。

「そろそろヤバイんじゃないか?」
 黒衣の戦士・ファロンが言った。
 さっきからずっと地震のような揺れが続き、この神殿のこの場所も、いつ崩壊してもおかしくない状態になっていた。
「やはりドワーフに任せておくべきではなかったか」
「そんな事ないわよ。ベアならちゃんと与えられた任務は果たすわ。必ず生きて戻って来る。必ずよ」
 エイティがファロンを諭す。
 その間もオレは、いつでもマロールで脱出できるように精神を集中させていた。
 重苦しい時間が続く。
 しばらくして・・・
 ガヅン、と今までにないくらいの強烈な揺れがオレ達を襲った。
「これまでか」
 オレがマロールを発動させるべく呪文を唱え始めたその時だった。
「みんな、待たせた」
「ベア! ソロモンとフレアも・・・」
 ベアとソロモン、そしてソロモンに背負われたフレアがこの場に戻って来たのだった。
「ソロモン、あの石板は? あれが無いとこの扉が」
「それなんだが、どうも失くしてしまったらしい」
「ええー?」
「あの時フレアに渡したはずなんだが・・・」
 そうだった。
 確かあの月の扉の前で、フレアがソロモンから石板を受け取っていたはずだ。
 それをどこかで落としてしまったのか・・・
「いいよ、マロールで飛ぶ」
「この人数よ、大丈夫?」
「任せとけ」
 この場にいるのは全部で11人と一匹、本来なら定員オーバーだ。
 でもたった1メートル、この扉の向うへ飛べば良いだけの話だ。
 やってやる。
 精神の集中、目的地の明確なイメージ化、呪文の詠唱、そして・・・
「飛べ、マロール!」
 いつもよりも若干重い感じだったが、それでも浮遊感に包まれる。
 しかしそれも一瞬だった。
 重力が戻ったと感じた時にはもう、全員が扉の外側、神殿の外周部の通路に移動していたのだ。
 定員オーバーでのマロールはやはりきつかったのか、瞬間頭がクラッとなったけど、そんな事を言っている余裕は無い。
 最後の扉を蹴破って神殿の外へ飛び出す。
 そのまま走って神殿から10メートルくらい離れた時だった。
 ガラガラガラ・・・とけたたましい音をたてながら神殿が崩壊していったんだ。
 正に間一髪、神殿からの脱出に成功したって訳だ。

続きを読む