ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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 ワードナとの戦いから数ヶ月後。
 ハヤテは今も地下迷宮の中にいた。
 ただし、ワードナを倒すためではない。
 ワードナを倒しに来た冒険者を抹殺するためであった。

 あの日。
 ワードナの下から辛くも逃れたパーティは、一目散に寺院へと駆け込んだ。
 命を落とした仲間を助けるためにである。
 バンパイアロードのラカニトによって殺されたウォーロック。
 そして。
 バンパイアロードから4レベルものエナジードレインを受け、ワードナの放ったティルトウェイトの直撃を食らった鷹奈。
 即死だったウォーロックに対して鷹奈はしばらく息はあったのだが、パーティが地上へ帰還すると同時に事切れてしまった。
 カント寺院。
 カドルト神を祀っていると云われるこの寺院では、地下迷宮の探索でマヒや石化などに陥った冒険者の治療はもちろん、死者の蘇生をも手掛けている。
 高度な技術を以って執り行われる寺院付きの僧侶達による蘇生術は、冒険者の僧侶によるものよりもはるかに成功率が高いと信頼を集めている。
 しかし、それも絶対ではない。
 高齢による老衰や死体の状況が著しく破損している場合などは蘇生は不可能とされているし、そうでない場合でも、蘇生術を受ける者の体力、生命力、更には運などにも左右されるのだ。
 もしも蘇生に失敗すると、死体は燃え尽き灰と化してしまう。
 しかしそれで終わりではない。
 更に高度な蘇生技術を用いる事で灰からの生還も可能なのだが、その確立は最初の蘇生術よりもぐっと低くなるのだった。
 まずはウォーロックに対する蘇生術がほどこされた。
 しかし一度目は失敗に終わってしまった。
 更に灰からの蘇生を試みたものの、ついにウォーロックが息を吹き返す事はなかった。
 灰からの蘇生に失敗するとその者は還るべき肉体を完全に失ってしまう。
 ロストである。
 こうなってしまってはもはや蘇生は不可能で、この世に行き場を失った魂は天に召されるのみであった。
 年齢こそまだ五十代のウォーロックであったが、酒浸りの生活によってが身体を蝕まれていたのが影響したのだろう。
 次いで行われた鷹奈への蘇生術だったが・・・
 これも失敗に終わってしまった。
 エルフという種族は元来、ドワーフは元よりヒューマンよりも生命力が低いとされていた。
 それに加えて4レベルものエナジードレインを受け、大幅に生気を失っていただけに蘇生は難しかったと云えよう。
 更に灰からの蘇生を行うか? 
 寺院側から聞かれたのだったが、ハヤテがこれを拒んだのだった。
 もしも灰からの蘇生に失敗してしまえば、本当の意味で鷹奈を失ってしまう。
 そう考えると恐ろしくなり、ハヤテにはどうしても鷹奈に二回目の蘇生術をほどこしてやる勇気が持てなかったのだ。
 ウォーロックのロストを目の当たりにした事もハヤテを大きく動揺させていた。
 アイロノーズはハヤテに鷹奈の灰が詰められた革袋を渡し、「ゆっくり考えれば良い」と言い残して寺院を後にしたのだった。
 
 それから三日後。
 冒険者の宿の一室で鷹奈の灰が詰められた革袋を手に悶々と悩み続けていたハヤテの前に一人の男が現れた。
 男は少しの音も立てず微塵な気配を発する事無く、突然部屋の中に実体化してきた。
 ハヤテはその男の顔に見覚えがあった。
 いや、忘れる事など出来るはずもなかったのだ。
「バンパイアロード!」
 ハヤテは激しく混乱した。
 鷹奈の命を奪った憎むべき敵が何故ここに?
 それにヤツはルシアンナの呪文で粉々に砕け散ったはずなのに・・・
 バンパイアロードはそんなハヤテの想いなど我関せずとばかりに一方的に話を切り出した。
 その内容は
「ワードナと契約を交わせば鷹奈を確実に生き返らせてやる」
 というものだった。
 今も続けられているワードナによる魔よけの研究。
 それが完成すれば、死者を確実に生き返らせる事も可能なのだという。
 しかしそれにはまだしばらく時間が掛かる。
 それまでの間、ワードナを倒すために地下迷宮へ下りる冒険者達からワードナを守護するのだ、と。
 バンパイアロードはハヤテの返事を急がなかった。
 その気になったら地下迷宮へ来いと言い残して、姿を消したのだった。
 ハヤテは悩みに悩んだ。
 もしも鷹奈を生き返らせてくれるなら、ワードナと契約を交わすのもやむを得ないのではないか?
 しかし、ワードナこそが直接鷹奈の命を奪った張本人である。
 そんなヤツの軍門に下るなど・・・
 それに、バンパイアロードの話が真実かどうかも疑わしい。
 確証は何も無かった。
 だが、寺院に蘇生を任せるのはあまりにも危険な賭けである事も間違いない。
 そもそも鷹奈を灰にしてしまったのはその寺院なのだ。
 ウォーロックがロストした事もあって、ハヤテはどうしても寺院を信用する気にはなれなかった。
 もちろん、忍者であるハヤテ自身が鷹奈の蘇生など出来るはずもない。
 結局は誰かに頼まなければならなかった。
 失敗するかも知れない危険を冒してでも寺院に頼むか。
 それとも自らは闇に堕ちてでもワードナにすがるのか。
 一週間程悩んだ末ハヤテが出した結論は、後者だった。
 自分の気持ちが固まると、ハヤテは地下迷宮へと下りていた。
 地下一階のダークゾーンを抜けるための金の鍵と、地下四階と九階を結ぶエレベーターの通行証であるブルーリボンは、それらを預かっていたルシアンナの荷物の中から勝手に持ち出してしまっていた。
 それらを手に、慣れた地下迷宮の通路を進み、地下九階のシュートから地下十階へ下りたところで目の前にまたあの男が現れた。
 バンパイアロードである。
 バンパイアロードはハヤテの姿を確認すると短い呪文を詠唱する。
 次の瞬間、ハヤテの身体はワードナの玄室の中にあった。
 通常、地下十階は冒険者のマロールでは侵入出来ない区画であるはずなのに、バンパイアロードにはそれも関係無いようだった。
 ワードナはあの時と同じように、部屋の奥の机に向かって座っていた。
 ハヤテが斬り落としたはずの左腕が青白く輝いている。何か義手のようなものを付けているようだった。
 ワードナはハヤテの姿を確認すると短刀を取り出した。
 バンパイアロードがハヤテの身体を押さえ付け、左腕を差し出させる。
(斬り落とされる!)
 ハヤテがワードナにしたのと同じように、ワードナもハヤテの腕を斬り落とすのだと身体が恐怖した。
 しかしそれはハヤテの思い違いだった。
 ワードナは短刀をペンを持つように構えると、その切っ先でハヤテの左腕にわずかに傷を付けただけだった。
 若干血が滲んだもののそれもすぐに止まってしまう。
 血が乾いた後に出来たその傷痕は何かの文字のように見えたが、ハヤテにはそれが何を意味するのかは分からなかった。
 そして、傷痕が一瞬だけ禍々しい光を放ったように見えた。
「これにて血の契約は成立した」
 バンパイアロードが高らかに宣言した。
「血の契約だと?」
「そうだ。お前はワードナ様に終生の誓いを立てたのだ。その誓い、決して裏切るでないぞ。もしその時は、お前の魂をこの世から消滅させてしまう事など訳も無いのだからな」
「鷹奈は? 鷹奈は助かるのか?」
「それは今後のワードナ様の研究の如何によるだろう。お前の仕事はワードナ様の研究を邪魔する者どもをこの部屋に近づけぬようにする事だ」
「・・・」
 ハヤテは言葉を失った。
 やはり自分は間違っていたのではないかという激しい後悔の念がハヤテの胸に押し寄せてくる。
 その後、ワードナと血の契約を交わしたハヤテはハイマスターと名乗り、地下十階にて冒険者達を抹殺し続けたのだった。
 その手には忍者刀ではなく、侍用の脇差が握られていた。
 あの日、ロクトフェイトでワードナの部屋から脱出したパーティは装備品のほとんどを失っていた。
 しかし奇跡的に残ったのが、鷹奈が使っていた脇差だったのだ。
 その脇差で冒険者達を抹殺する度にハヤテは問う。
「鷹奈よ、果たして俺の選択は正しかったのか?」
 と。
 
 そして月日が流れた。
 ハヤテは相変わらずハイマスターとして地下十階に侵入してくる冒険者らを抹殺し続けていた。
 あの日からワードナとは会っていなかった。
 例の約束、「魔よけの研究が完成したら鷹奈を蘇生させる」も果たしてどうなったのか・・・
 ハヤテは鷹奈の脇差をじっと眺め、そして懐に隠し持った鷹奈の灰が詰められた革袋をしっかりと握り締める。
「鷹奈・・・」
 愛する女の名を呼んでみても、返事があるはずもない。
 そこにあるのは、どうしようもない虚しさだけだった。
 その時。
 ふいに玄室の扉が開かれた。
「見つけたぜ。一発目でビンゴとは運が良かった」
「ハヤテ君、ハヤテ君だよね?」
 それはハヤテにとって懐かしい声だった。
 かつて共に戦った仲間達、アイロノーズとルシアンナだったのである。

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