ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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10

 思わぬ再会に動揺するハヤテ。
 いくら忍びの覆面で顔を隠したところで、昔の仲間達がハヤテを見間違えるはずもない。
「ねえハヤテ君なんでしょ? お願いだから返事をして」
 ルシアンナの呼びかけにも応えられない。
 ハヤテは震える手で鷹奈の脇差を抜くと、アイロノーズへと斬り掛かった。
「落ち着け、ハヤテ!」
 アイロノーズがアックスでハヤテの脇差を受け止める。
「まあ座れ」
 ハヤテの肩をがっしりと押さえ付けて力づくで座らせてしまい、そのままキャンプを開いた。
「ハヤテよ、まあオレの話を聞いてくれ。あれからみんなバラバラになってなあ・・・」
 アイロノーズがあの後のパーティの様子を語り出した。
 ウォーロックがロストし、鷹奈も蘇生を失敗して灰に。
 その灰を持ったハヤテは失踪。
 ルーンはすっかり老け込んで引退を宣言してしまったという。
「オレもすっかり嫌気が差してな、しばらく城塞都市を離れて近隣諸国を渡り歩いていた」
「わたしはビショップに転職したんだよ。あの時、攻撃呪文だけじゃなくて治療の呪文も使えたらって後悔したから」
 そう話したルシアンナの顔はどこか寂しそうだった。
 転職による影響だろうか、今のルシアンナはハヤテの記憶にある姿よりもずいぶん大人びて見えた。
「オレはつい先日にここへ戻って来た。そうしたら変な噂を聞くじゃないか。凄腕の忍者の話さ。オレにはすぐにピンと来た。そいつはハヤテに違いねえってな」
「そうだよ。わたしだって気にしてたんだから。それでアイロノーズと一緒に探しに来たの」
「鷹奈のためだ」
 ハヤテがようやく重い口を開いた。
「なあハヤテよ、こんな事をしていて果たして鷹奈は喜ぶと思うのか?」
「俺はもう一度鷹奈の顔が見たいんだ」
「鷹奈ちゃんの灰、まだ持ってるんでしょ? 寺院にお願いしたら何とかなるかも知れないよ」
「寺院は信用出来ない」
「ハヤテ君・・・」
 それっきり、誰も言葉を発しようとはしなかった。
 重苦しい沈黙の後。
「分かった、好きにしろ。ルシアンナ、行くぞ」
「ちょっとアイロノーズ! ハヤテ君をほっとくつもり?」
「ああ。コイツには何を言っても無駄のようだ。邪魔したな」
 アイロノーズはむっくりと立ち上がると未練を断ち切るように歩き始めた。
「ちょっとアイロノーズ・・・ハヤテ君、わたしは信じてるからね」
 ルシアンナもアイロノーズに続く。
 二人は玄室に設置されたテレポート地点から帰還していった。
 ハヤテは懐から鷹奈の灰を取り出しじっと見入った。
「鷹奈、俺はどうすれば・・・」
 と、その時だった。
 突然玄室の扉がバンっと勢いよく開かれたと思うと冒険者の一団が飛び込んできたのだった。
「はっ!」
 不意を突かれたハヤテの反応が遅れる。
「うおりゃあーーー!」
 冒険者の中の一人、年若い戦士がハヤテに躍り掛かってきた。
 ハヤテは鷹奈の灰が詰まった皮袋を懐にしまい、脇差を取ろうとしたが間に合わなかった。
 身体を捻って攻撃をかわそうとしたが、戦士の剣の切っ先がわずかにハヤテの忍者装束をかすめたのだった。
 その瞬間。
 胸元から白い粉状のものが飛び散った。
「鷹奈!」
 それは鷹奈の灰だった。
 まるで桜の花びらが散る時のように、鷹奈の灰が宙を舞う。
 いくら灰からの蘇生が可能と言っても、その灰が飛び散ってしまえばそれは叶わなくなってしまう。
 ハヤテは懸命に鷹奈の灰をかき集めようとした。
 が、今は冒険者との戦いの最中だった。
「うっ! まさか・・・」
 突然ハヤテの身体から力が抜け落ちていてしまった。
 冒険者の僧侶がマバディを唱えたのだった。
 マバディは敵の体力を大幅に奪い、一気に瀕死に追い込む呪文である。
 同じレベルに究極の治療呪文マディがあり、マバディ自体も単体攻撃呪文なのであまり使われる事の無い呪文だったが、彼はマディを習得していなかった。
 マディを習得していないが故に躊躇する事なく放ったマバディがハヤテに決まったのだった。
「もらった!」
「待て、殺すな」
 若き戦士がハヤテにとどめを刺そうとしたその直前、魔法使いとがそれを止めた。
「コイツは町で噂の忍者だろ。ここで始末するよりも地上へ連れて行って寺院にでも差し出せばいくらかの報奨金が貰えるんじゃないか」
「なるほどな」
 狡猾な冒険者達はハヤテを寺院へ差し出した方が得だと判断した。
「オラ、立てよ」
 体力のほとんどを奪われ反撃出来ないハヤテは、彼らがなすがままに捕らえられてしまった。
 その時、風の吹かないはずの地下迷宮に、一陣の風が吹き抜けた。
 風が巻き上げた鷹奈の灰に、ハヤテは鷹奈の姿を見た。
(ハヤテ・・・ハヤテ・・・)
 悲しそうにハヤテを見詰める鷹奈の瞳。
「鷹奈ー!」
 愛する女の名を叫ぶハヤテ。その声は果たして鷹奈に届いたのだろうか?
 さらに風が吹き、鷹奈の灰を舞い上げる。
 鷹奈の灰はそのまま、いずこともなく飛びし去っていった。

 地上へ連行されたハヤテは即座に寺院へと突き出されてしまった。
 ハヤテを捕らえたパーティには報奨金として一万ゴールドが支払われ、彼らはそれに満足して立ち去った。
 すぐさま寺院による裁判が開かれた。
 城塞都市では行政や軍事などは王宮が直接支配しているものの、裁判は寺院に委ねられているのだ。
 裁判は非公開で、寺院三階にある大僧正の執務室で執り行われた。
 執務室に飾られた、左右三対の翼を持つブロンズの女神像が見下ろす中、弁護人なども無く一方的にハヤテの罪状が決められていく。
「この者、邪悪なる大魔導師ワードナと結託し、地下迷宮に立て籠もり多くの冒険者を殺戮した。その罪は非常に重い。
 よって死罪を与えた上で、その遺体を299年間寺院にて収容、蘇生を禁止とする」
 これがハヤテに下された判決だった。
 死罪はともかく、遺体を299年間収容するとはどういう意味なのか?
 ハヤテが聞くと寺院付きの僧侶がこう答えた。
「遺体を埋葬せずに収容するという事は、魂を閉じ込める事なのです。身体が現世に残っているためにその魂は天に召される事も地に還る事も許されない。自らの身体を牢獄にして、寺院の収容所にて留め置かれるのです」
 魂の牢獄、それがこの判決の正体なのだ。
 ハヤテの魂は今後299年間、寺院に収容された自分の身体の中に閉じ込められるという。
 もちろん死罪を与えられた身体を動かす事など出来はしない。
 天に召されず地にも還れない魂は後の世に転生して生まれ変わる事も許されない。
 じっとその場にて時間が経つのを待つだけなのだ。
 また、収容期間が過ぎたところで、誰もハヤテの遺体を蘇生しようとしなければ、遺体はそのまま寺院に収容され続けるという。
 299年後、誰も知り合いがいない時代に、果たしてハヤテの身体を蘇生してくれる者がいるのかどうか・・・
 ハヤテを大いなる絶望が襲った。
 そして数日後、ハヤテに対する刑が執行された。
 僧侶らの唱えるバディの呪文で、身体に傷を付けられる事無く命を奪われるのだと教えられた。
 ハヤテの胸にふいに湧き上がる想いがあった。
(鷹奈よすまない。約束守れなかったな・・・)
 それはあの日交わした約束だった。
 ホウライへ行って一緒に桜を見たいという鷹奈の願いを、ついに叶えてやる事は出来なかった。
 それだけがハヤテの心残りだった。
 僧侶の呪文が高らかに詠唱される。
 ハヤテはやがて訪れるであろう死の瞬間をじっと待っていた。
 そして。
 呪文が発動すると同時にハヤテの意識は闇に飲み込まれていった。
 その後には何も無い。
 ハヤテにとっては永遠とも言える永い時を、死の眠りに就くだけだった。
 ハヤテの遺体は僧侶らの手によって防腐処理がほどこされ、寺院地下の収容所に安置された。
 これから最低でも299年間、ハヤテは蘇生される事なくこの場に留め置かれる事になる。

 その後、新しい仲間を集めたアイロノーズとルシアンナのパーティが大魔導師ワードナを打ち倒して地上へ魔よけを持ち帰ったのだが。
 魂の牢獄に繋がれたハヤテがその事を知る由も無かった。

 そして。
 季節は巡り、時は流れる。

第一部・完


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