ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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「ウォーロックー!」
 ルシアンナが叫びながら、動かなくなったウォーロックの身体を強く揺する。
「あんた、酔っ払いのろくでなしだったけど、呪文の腕はわたしなんかよりずっと凄かったじゃない。こんなところで寝ている場合じゃないでしょうが」
 同じ魔法使いとして、ルシアンナはウォーロックと共に多くの時間を過ごしてきた。
 時には一冊の魔導書を交互に読み交わし、またある時には魔法についての考え方を口論しあい、そしてまたある時には先輩魔法使いとして教えを乞うてきたりもしたのだった。
 そのウォーロックも今やもの言わぬ死体となって、ルシアンナの腕の中にいる。
 ルシアンナの受けたショックは大きかった。
 しかしそれは他のメンバーにしても同じだった。
 共に迷宮探索を乗り越えてきた仲間を失う事は何よりの痛手だった。
 精神的にばかりではない。
 熟練の魔法使いであるウォーロックを失ったという事は、パーティとしての戦力の大幅なダウンをも意味していたのだ。
「まだ終わりじゃないぞ!」
 アイロノーズが意気消沈してしまったパーティに檄を飛ばす。
「ウォーロックの死を無駄にするな。オレ達はワードナを倒すためにここまで来たんだからな」
「わたしがやるよ」
「ルシアンナ?」
「ジルワンを使えばアイツを倒せるんだろ? ウォーロックの仇、わたしが取るから。ただ、わたしもジルワンは今まで使った事が無いんだ。呪文の詠唱に時間が掛かると思う。だから」
 ウォーロックの亡骸をそっと横たえると、ルシアンナは決然と立ち上がった。
「分かりました。その時間、私が作ります」
 鷹奈だった。
「私がバンパイアロードを引き付けますから、ルシアンナは呪文の詠唱に集中して下さい。ハヤテとアイロノーズはワードナに攻撃を」
「大丈夫か、鷹奈?」
「ええ。私だってハヤテと共にホークウインドと呼ばれた侍です。バンパイアロードを倒す事は難しいかも知れませんが、引き付けるぐらいはこなしてみせます」
「良い返事だ。行こう!」
 ハヤテと鷹奈が同時に動き出した。
「オレも負けちゃあいられねえ。ジイサン、援護を頼む」
「気を付けてな」
 アイロノーズが動くと同時に、ルーンは守備力を上げる呪文、バマツを唱えた。
 その傍らでは、ルシアンナがジルワンを唱えるべく精神を集中させていく。

 鷹奈がバンパイアロードに斬り掛かる。
 バンパイアロードは受け止めたりかわしたりして鷹奈の攻撃をしのぐと、今度は逆に反撃に出る。
「はぁ!」
「フン!」
 両者の攻防は互角。
 刀と爪がぶつかり合い、キンキンとかん高い音が室内に響いた。
 鷹奈は完全にバンパイアロードを引き付ける事に成功していた。
 その隙を突いて、ハヤテとアイロノーズがワードナへと迫る。
「・・・」
 それまでじっと押し黙り事態を静観していた大魔導師が、わずかに口元を歪ませ軽く掌を翻すと、強烈な氷の嵐が巻き起こった。
 ハヤテらを迎え撃つべく放たれたマダルトの冷気が渦を巻いて炸裂する。
 しかしハヤテは怯む事無く、忍者刀を眼前にかざして氷の嵐を斬り裂くように突き進む。
「ワードナ、その首貰った!」
 多くの魔物の首を斬り落としてきたハヤテの忍者刀がワードナの首筋へと伸びた。
 しかし次の瞬間、ワードナは魔術師とは思えない程の体捌きを見せたたのだ。
 ハヤテの繰り出した忍者刀をすれすれで掻いくぐると、ハヤテの懐に潜り込みすっと掌を差し出した。
「!」
 ワードナが自らの掌に瞬時に魔力を集中させて放つと、ハヤテの身体が大きく飛ばされてしまった。
「オレ様もいるぞ」
 ハヤテの反対側からアックスを振りかざして迫るアイロノーズには、軽く左手の人差し指を返しただけで発生させたマハリトの炎で足止めを食らわす。
 更にワードナはマハリトを連発する。
 止まる事無く降り注ぐマハリトの炎が次々とアイロノーズを襲う。
「クソッ、キリがねえぜ」
 アイロノーズは必死にマハリトの炎を掻い潜ろうと走り回るが、ワードナの反応速度の方が勝っていた。
 アイロノーズの行く先々で吹き上がる炎の柱。
 今やアイロノーズは部屋の片隅にまで追いやられてしまい、炎の柱に阻まれて身動きが取れなくなっていた。
 一方、ようやく起き上がったハヤテが再びワードナに向かって跳躍していた。
 ワードナの頭上から急降下するハヤテ。
 手にした忍者刀を大きく振りかざすのと同時に、ワードナが左手を差し出した。
 その掌に再び魔力を集中させ、ハヤテを迎撃するつもりなのだ。
 が。
「同じ手は食わんぞ、ワードナ!」
 ハヤテは空中で身体を捻ってワードナの一撃をかわすと忍者刀を思いっきり振るった。
 ざくり。
 鈍い音と同時に獲物を捕らえた確かな手応え。
 そして。
 ボトっと地面に落ちたのはワードナの左腕だった。
「!」
 左腕を斬り落とされた大魔導師の顔が愕然となる。
「ワードナ様!」
 同じく顔色を変えたバンパイアロードがワードナの下へ駆け寄らんとしていた。
「待ちなさい。貴方の相手は私ですよ」
 鷹奈がバンパイアロードとワードナの間に立ち塞がる。
「フッ、さすがにホークウインドと噂されるだけの事はあるようだ。私とワードナ様をここまで手こずらせたのはお前達が初めてだよ」
 蒼いマントが大きく広がり身体がフワリと浮かび上がった。
 バンパイアロードはそのまま鷹奈の頭上を飛び越えて、ワードナの傍らへと移動する。
「ワードナ様、お怪我の具合は? おお、これはむごい。すぐに手当てをせねばなりませんね」
 傷付いたワードナの左腕を診るバンパイアロード。
「だがその前に、ワードナ様の身体を傷付けたお前らを始末せねばなるまいな!」
 バンパイアロードの怒りの声が轟く。
「そうは行かんぞ!」
 ワードナが回復する前に倒してしまうべくハヤテが再び宙を舞う。
「オレもいるぜ」
 ようやくの事で炎の牢獄から解放されたアイロノーズも戦線に復活していた。
 そして。
「貴方の相手は私だと言ったはずです」
 あくまで自分の仕事を貫くのみとばかりに鷹奈がバンパイアロードに食い下がる。
「ええい、うるさい小娘が」
 鷹奈を振り切ろうと再び宙を跳ぶバンパイアロードの身体が、先に跳んでいたハヤテと交錯した。
 両者は宙空で二度、三度と小競り合いを繰り返した後、お互いに決め手を与えられないまま離れた場所に着地する。
 バンパイアロードが離れたその隙に、アイロノーズがワードナ目掛けて襲い掛かっていた。
「ワードナ、命は貰ったー!」
 アイロノーズのアックスがワードナへと叩き付けられる。
 ワードナは右腕一本で懸命に堪えていた。
「好機!」
 バンパイアロードはハヤテとの交錯でワードナの傍らを離れている。
 そしてワードナ自身もアイロノーズの攻撃を凌ぐので精一杯のはずだ。
 今しかないとばかりに鷹奈はワードナ目掛けて走り出した。
「ワードナ、覚悟!」
 完全に虚を突かれたワードナは鷹奈の突進に反応出来ないでいた。
 鷹奈の刀がワードナの胸元へ伸びる。
 そのまま大魔導師の身体を貫くかと思えた、その時だった。
 
 グサリ。

 鮮血を流していたのは鷹奈の方だった。
「ま、まさか・・・」
「ワードナ様に手を出す事は許さん」
 バンパイアロードであった。
 一旦はワードナの側を離れたと思っていたのに、いつの間に近付いたのか?
 バンパイアロードの爪が鷹奈の身体を背後から貫いていたのだった。
「鷹奈ー!」
 ハヤテが叫ぶも遅過ぎた。
 鷹奈の身体に突き刺さったバンパイアロードの右手が妖しく光る。
「うっ」
 呻き声をひとつ上げると鷹奈の身体がピクンと痙攣を起こした。
 そのまま身体がガクガクと震えだし、顔から生気が失われていく。
「いかん、エナジードレインじゃ」
 ルーンが叫んだ。
 高等な魔物が持つ特殊能力の中でも最も厄介で恐れられているのがこのエナジードレインだった。
 エナジードレインを受けた者は生命力を一気に吸い取られてしまい、それと同時に冒険者としての能力をも低下させられてしまう。
 中でもバンパイアロードのエナジードレイン能力は強烈で、一気に4レベル分にも相当する生命力を奪い去ってしまうのだった。
 それ程の生命力を一瞬のうちに吸い取られてしまったら、ショックでしばらくは動く事すら出来なくなるのも無理はない。
 勝利を確信したバンパイアロードの顔に笑みが浮んだ。
 が・・・
 次の瞬間、バンパイアロードの身体が、鷹奈を貫いたままの姿勢でボロボロと崩れ落ちていくのだった。
「ま、まさか・・・」
「遅くなってゴメン。ようやくジルワンの詠唱が完成したよ」
 ルシアンナだった。
 ハヤテ達が懸命に戦う中、一心不乱に呪文に集中していたルシアンナが発動させたジルワンがバンパイアロードの身体を粉々に打ち砕いたのだった。
「ワードナ様・・・」
 最後の言葉を残して砕け落ちる不死王バンパイアロード。
 しかしそれはあまりにも遅過ぎたのかも知れなかった。
 もしもあと一瞬早くルシアンナがジルワンを唱える事が出来たなら、鷹奈はエナジードレインを受けずに済んだかも知れなかったのにと思うと悔やまれる。
 そんな鷹奈に追い討ちが来る。
 朋友とも言えるバンパイアロードを失ったワードナが、最大の破壊力を誇る呪文ティルトウェイトを放ったのだった。
「伏せろー!」
 アイロノーズが叫ぶも間に合わなかった。
 ルシアンナが放ったものよりも更に強大な紅蓮の炎がパーティを襲う。
 比較的離れた場所にいたルーンやルシアンナは何とか直撃を免れたものの、至近距離にいたアイロノーズらはまともに呪文を食らってしまった。
「いかん、下がれ。集まるんじゃ」
 これ以上の戦いは無謀と判断したルーンが指示を下した。
 ティルトウェイトの直撃を受けながらも自力で動けるアイロノーズが、ようやくの事でルーンの側まで引き上げてきた。
「ヤツラは?」
 ハヤテと鷹奈の姿が見えない。
「あそこ」
 ルシアンナが指した先には、もうピクリとも動かなくなった鷹奈の身体をハヤテが抱え上げたところだった。
「ハヤテよ、急げ」
 アイロノーズに応えるようにハヤテが走る。
(鷹奈よ、無事でいてくれ)
 心でそう祈りながら。
「皆集まったな? 脱出するぞ」
 ルーンが誰に断るでもなく呪文を唱え始めた。
 緊急脱出用の呪文、ロクトフェイトである。
 装備品のほとんどを失う事になるので滅多に使われる呪文ではなかったが、こうなっては仕方ない。
 ルーンが呪文の詠唱を続ける間もワードナは追撃の手を緩めたりはしなかった。
 連弾となるティルトウェイトが発動される。
 その炎がパーティを包み込む寸前
「ロクトフェイト!」
 詠唱を完成させたルーンの呪文が発動し、パーティはワードナの部屋から脱出したのだった。
 バンパイアロードとバンパイアを倒したとは言え、ワードナを打ち倒せないままの帰還。
 それは紛れも無く敗走であった。

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