ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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 苦闘の末にフラックを倒したハヤテら一行だったが、その後は順調に各玄室を突破していった。
 第一の玄室からテレポートで第二エリアの通路へ。
 その先の玄室で出現したのは、ウィルオーウィスプと呼ばれる霊的な生物であった。
 呪文がほとんど利かない為に前衛の攻撃で蹴散らすしか撃退法が無いのだが、それ程危険な存在とは言えないだろう。
 第三の玄室には、司教の集団が現れた。
 魔法使いと僧侶の両系統の呪文を習得する司教だが、その習得は非常に遅い。
 敵として遭遇した時も低レベルの呪文しか使ってはこないだろう。
 それでもルーンがモンティノで呪文を封じてしまい、後はルシアンナがマダルトで一掃してやった。
 第四の玄室には炎の巨人、ファイアージャイアントが現れた。
 同じ巨人族のポイズンジャイアントなら猛毒のブレスを吐いてくる危険があるのだが、このファイアージャイアントは身体こそ大きいものの、手にした剣を力任せに振り回すだけだ。
 ハヤテ、鷹奈、アイロノーズの三人で難なく倒してしまった。
 第五の玄室では、盗賊の集団が待ち構えていた。
 巨大な蛮刀を持ち丸型の盾で完全武装しているとは言え盗賊は盗賊、戦況が不利と見るや一目散に逃げ出すのはここでも同じである。
 そして第六の玄室には魔獣の群れが現れた。
 一見水牛のような姿をしているゴーゴンと、ライオン、黒山羊、竜などを魔法で組み合わせた合成獣のキメラである。
 共にブレスを吐く難敵ではあったが既に戦い慣れた相手である。
 ゴーゴンを前衛陣が集中して攻撃し、キメラはウォーロックが呪文で仕留めた。
 これにて各玄室の守護者達は全て撃破した事になる。
 この地下十階には他にも様々な敵が現れる。
 レイバーロードやアーチメイジなどの、マスタークラスの冒険者以上の実力者。
 高熱のブレスを吐き散らす巨大な火竜ファイアードラゴンに、その死体をアンデッド化させたドラゴンゾンビ。
 魔界から召喚される巨大な悪魔、グレーターデーモン。
 太古に封印されたと云われる大悪魔、マイルフィック。
 それらの強敵と遭遇せずにここまで来れたのは運が良かったと言える。
 もしもグレーターデーモンなどに出遭っていたら苦戦は必至、治療回復呪文を必要以上に消耗させられ、地上への帰還を余儀なくされるところだったろう。
 各玄室で発見した宝箱は、当初の方針通り全て放置した。
 罠に引っ掛かる度に治療呪文を消費する事を思えば仕方ないところだろう。
 それにこの地下十階は、フロアの半分近くが石で埋め尽くされている。
 万が一テレポーターの罠に引っ掛かって石の中に放り込まれでもしたら、パーティはその瞬間に帰還不能となってしまう。
 パーティの戦力強化には欠かせないとは言え、ある意味宝箱は、魔物以上に危険な存在なのだ。

 パーティは現在、第六の玄室の中でキャンプを開いていた。
 目の前にはワードナの居室へと繋がっているテレポート地点があった。
 ここへ踏み込めばワードナはもう目の前なのである。
 また一方では、このフロアのスタート地点、すなわち地下九階からシュートで落ちた場所までのテレポート地点も存在している。
 このテレポートを利用すれば、すぐ目の前には地上へのテレポートポイントがあるはずだ。
 打倒ワードナの為に先へ進むのか、それとも勇気ある撤退か。
 最後の決断が求められていた。
「もちろん行くに決まってるな?」
 アイロノーズが最後の確認とばかりにパーティの面々に視線を廻らす。
「その前に、他のパーティの動向が気になるな。鷹奈、分かるか?」
「そうですね・・・」
 ハヤテに聞かれて、鷹奈はじっと目を閉じた。
 この玄室に残っている気配のかけら、残留思惟を拾い集めているのだ。
 その結果・・・
「少し前にこの玄室を訪れたパーティがいました。しかし、ここでポイズンジャイアントと遭遇、先手を取られたようです。
 パーティは辛くも戦いには勝ったようですが、かなりの痛手を負い・・・そのテレポートから帰還したようですね」
 鷹奈はすっとこのフロアのスタート地点へ繋がっているテレポートポイントを指差した。
「なるほどな。フレッドのパーティはここで帰ったか。そうか、アイツらがあらかた魔物を片付けてくれたおかげでオレ達は楽にここまで来れたって訳か」
 ライバルパーティによってもたらされた思わぬ幸福に思わずほくそえむアイロノーズ。
「鷹奈は行けるな?」
「もちろんです」
「よし、俺と鷹奈は問題無い。ワードナの顔を拝みに行こうぜ」
「よく言ってくれた」
 ハヤテと鷹奈の応えにアイロノーズは手を打って喜ぶ。
 しかし。
「あぁ・・・ワシのラム酒が切れてしまった。ラム酒を取りに行っても構わんか?」
 ウォーロックが空になったラム酒のビンを逆さに振っている。
「何寝ぼけた事言ってんのよ! アンタの酒を取りに戻るなんて時間の無駄! って言うか、そんな事したら今日の探索そのものが無意味に終わっちゃうでしょうが」
 ウォーロックに対して一気に捲くし立てるルシアンナ。
「もちろん行くわよ。ワードナを倒して近衛兵よ。立身出世なんだからね」
「その意気だ、ルシアンナ」
 アイロノーズと顔を見合わせ大きく頷き合った。
「あとはジイサンだけだ。もちろん異論は無いだろうな?」
 最後の確認とばかりに、アイロノーズの、いやパーティ全員の視線が老練の僧侶に集まった。
 ルーンはしばし黙ったまま、じっと考えを巡らせていた。
 やがて。
「確かに、今日はここまで快調に来られたの。それがかえって不気味よの。まるで何かに誘われているような・・・危険な感じがしてなあ」
 ポツリともらした。
「ジイサン、今更それは無いだろう。確かに今日は運が良かったかも知れない。しかし、明日もこううまく行くとは限らないぜ。目の前にチャンスが転がっているんだ。オレはみすみすそれを逃がしたくはない」
「俺もアイロノーズと同じ意見だ。他のパーティがワードナを倒す前に、是非とも戦ってみたい」
「ふむ。だが、この折れた杖がどうも気になっての」
 アイロノーズとハヤテが強く説得するも、ルーンは先が折れた杖をじっと見詰め、まだ迷っていた。
「まったく、年寄りはこれだから。そんな杖が折れたところで関係無いでしょ。だいたいワードナだってヨボヨボのジイサンなんでしょ。そんなの楽勝だって」
「お若いの、年寄りを甘く見ないほうが良いぞ」
 ルシアンナをジロリと睨み一喝するルーンだった。
「御老、心配される気持ちは分かりますが、打倒ワードナは誰かがいつかはやらねばならぬ事です。ならば私達が、今日それに挑んでも良いのではないてしょうか」
「ワシはの、年老いたワシ自身の命なんぞの心配はしとらんよ。ワシが心配しとるのは・・・」
 ルーンはそこで一旦言葉を切ると、じっと鷹奈の顔を見入った。
「あんたのような若いもんの行く末さ」
「御老・・・」
 その瞳に見詰められ、思わず言葉を飲み込む鷹奈だった。
 そこへハヤテが割り込む。
「俺達の未来は俺達自らの手で掴み取るまでだ。今日はその第一歩だ。ワードナを倒して地上へ凱旋する。きっと輝かしい未来が始まる。そうだろ、鷹奈?」
「その通りです」
 力強く頷く鷹奈。
 それを見たルーンが重々しく首を縦に振った。
「あい分かった。そこまで言うのならワシも最後まで付き合おう。こんな年寄りが何処まで役に立てるか分からんが、死力を尽くさせてもらうよ」
「何を言うんだジイサン。あんたの力が必要なのさ」
 アイロノーズがガッシリとルーンの手を握り締めた。
「これで決まりよね。さあ、ワードナ退治としゃれ込もうじゃない」
「おい、ワシのラム酒は・・・」
「だーかーらー、寝ぼけた事言ってんじゃないの」
「ラム酒が無かったらジンでも良いんじゃが」
「酒なんか地上へ戻ったらいくらでも飲ませてやるわよ。なんたってその頃には私達は英雄なんだからね。ホラ、行くわよ」
 ルシアンナがウォーロックを半ば羽交い絞めにするようにしてテレポートポイントへと引きずっていく。
「そうだ、ルシアンナの言う通りだ。オレ達は地上へ戻ればもう英雄なんだ」
 アイロノーズが最後の檄を飛ばし、パーティは最終エリアへ続くテレポートポイントへと踏み込んで行った。
 しかし。
 もしもウォーロックの酒瓶の中にあと一口でも酒が残っていたら・・・
 事態は大きく変わっていたであろう事を、この時のハヤテ達が知るはずもなかった。

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